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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
37/66

第19話 琥珀の鐘(前) 1/2

 空が秋の静けさをまといはじめた、ある日。

 いつもの部屋に、いつものふたりの姿があった。

「いくわよ、ウェイク!」

「いつでもいいぞ、メリー」

 それぞれスプーンと鍋をかまえ、むかいあっての真剣勝負。メリーがたっぷり息を吸い、凛々しく呪文をとなえだす。


「メア・ディム・ドリム、メア・ディム・ドリム。

 マリナス・ドリム…… ええっと、あら、次はなんだっけ?」


「たしかジェラタム、いや、ジェラトムだったか?」

 ウェイクはあわててレシピを見るけれど、時間ぎれ。彼のささえるお鍋から、ギラッとおかしな光がたちのぼった。


「いけない、爆発する!」

 窓に走り、危険物をつきだそうとするウェイク。

 けれど、目をつぶるタイミングが遅れて、三階からのすばらしい景色が視界に入ってしまった。

「うっ……」

と青ざめてよろめいて、それでも足はとまらない。

「あぶない、そっちは壁よ!」

 駆けよったメリーがあわてて彼の腕をとる。


 その瞬間、お鍋がまるごとギラアァッと発光した。とても攻撃的だ。ふたりは覚悟を決めて見つめあう。

「メリー、俺たちは星になれるだろうか」

「一緒に星座をつくりましょうね。閃光のお鍋座……」

 メリーの笑顔が引きつったとき。


 パッチン!

 と大きな音が鳴って、極彩色の火花がはじけて──

 なんにもなかったみたいに、消えてしまった。驚いて固まるふたりを残し、小さな部屋は静かになった。


「ケ、ケガはないか、メリー?」

 目をまん丸にしたウェイクが、輪っかのみつあみ頭を見おろす。メリーもびっくり顔で答えた。

「ありがとう、ごめんなさい…… ああ、新しいお菓子がこんなに難しいなんて!」

 しょんぼりした肩を、ウェイクがやさしくたたく。

「気にするな、うまくいかなくて当然なんだ。肝心のつくりかたが憶測まじりだからな」

 彼は灰色の瞳を細め、難しい表情でレシピをながめた。



 いにしえの魔法つかいが書きとめた、ふしぎなお菓子のレシピ集。

 すてきな贈りものをうけとった日、わくわく読みはじめたメリーは、すぐに声をあげた。

「まあ、虫くいだわ!」

 レシピはとってもアンティーク。あちこちインクがにじんだり、かすれたり……

 魔法史調査局の所長さんと3人で頭をひねり、なんとか読みとれたものが、 “こはくとう” だった。


「琥珀糖、ね。琥珀のお菓子なんて、それだけで夢みたい……」

「ああ、甘いだけではなさそうだな……」

 少女と青年は、仲よくうっとり。

 となりで虫メガネを手にした所長さんが、綿あめ頭をかしげた。

「ミス・シュガー、残念だがなぞなぞが残っておるよ。手順の最後を見てごらん」


〜こはくとうのつくりかた〜

 1. できるだけこまかいお砂糖と、きれいなお水をお鍋へ

 2. お好きなスプーンでまぜるよ。波のように優雅に!

 3. 呪文と“  ”を加えたら、甘い夢をめしあがれ


 メリーがじれったそうに悶えた。

「うう、肝心なところが薄れてる! 失われた材料、いったいなにかしら?」


 ということで、あらゆる食材をためしては、光を爆発させている。

「クリームがダメなら、おイモかも…… いっそ痺れるスパイスを」

 ごちゃごちゃの机のはじっこにティーセットを広げ、今日も失敗をふり返るメリー。

 クッキーをかじったウェイクが、さりげなく言った。

「もう少し、休んでもいいんじゃないか」

「あら、いま休憩中よ。やさしい調査員さんと一緒に、おいしいお茶で」

 にっこり笑いかけられ、彼は引きさがる。忙しく研究ノートをつけるメリーを、心配そうに見守った。



 すてきなこはくとう屋さんになろう、とメリーががんばっているのは、仕立て屋の令嬢・ソフィーのためだった。

 彼女が夢の中で出会った、記憶のない青年。

 彼の正体は、 “カート・アスター” という人物かもしれない……

 そんな耳寄り情報をキャッチしたのは、少し前のこと。メリーは期待いっぱいでソフィーを訪ねた。

「カートさんは天文学がご趣味らしいの。

 お名前を教えて、お星さまのお話をしたら、なにか思い出せるかも!」


 けれど、夢の青年は、ひたすら首をひねったという。

「私は、そういう名だったのかな……

 どうでしょうソフィーさん、私はカート・アスターという感じがしますか?」

 彼はソフィーの手をとり、顔を近づけた。

 あごと鼻筋が細い、上品な顔立ち。さっぱりわけた赤銅色の髪の下で、大きな瞳が救いを求めている。


 令嬢は少し頬を染め、しっかりうなずいた。

「ええ、ぴったりだと思いますわ」

「ではたとえば、カール・ラスターではどうでしょう。アート・ネスターでは?」

「そ、それもしっくりくるような……」

 彼らは途方に暮れて見つめあう。やがて青年は、沈んだ目を伏せた。


「すみません。私はあなたの大切な時間を奪っている。夢の中でも、現実でも」

 そこは木立ちにかこまれた小川のほとり。かわいらしい花がたくさん咲く、春のさかりの夢だった。

 そっと離した手のあいだを小さな蝶が飛んでいく。

 その羽が太陽にかさなった瞬間、ソフィーは目を覚ました。


「あの方、とても気にしていらしたの。そんなことはありません、と伝えられたらよかった」

 寂しそうな令嬢を見て、メリーはふるい立った。

「魔法のこはくとうなら、お二人を助けられるかも。早く習得して、しあわせな夢をとどけなくっちゃ!」




 研究のお手伝いを終えたウェイクは、早めのおやすみを言ってメリーの部屋をあとにした。

「マリナス・ドリム・アンバール・ジェラタム、か。俺が唱えても虚しいだけだ、メリーが成功しなくては……」

 長い坂をくだりながら、帽子に隠れた目がするどくなる。彼はじっと考えた。

 ──問題があるのは、レシピだけだろうか?


 メリーのこんぺいとうは、この夏から不調だった。

 けれど、幽霊城事件では完璧なこんぺいとうを作った。

 あの数日間にあったことといえば、時計塔の点検作業。鐘は鳴らず、町は静かで、こんぺいとうはいい具合……


「そうか、鐘だ。

 時計塔の鐘がメリーを邪魔しているとしたら…… 怪しむべきは、塔の番人だ!」


 サッとふり返れば、クロックベルのシンボルが、夕陽をあびて真っ赤にそびえている。ちょっと背が伸びたような気もする。

 ウェイクはひと目見てよろめいたけれど、ぐっと地面を踏みしめ、かっこいい笑顔をつくった。


「これはひさびさに陰謀の香りじゃないか?

 こんなところで揺れているヒマはない、俺がメリーのお菓子を守ってみせる!」

 俺がメリーを守ってみせる!

 と言いきるのは、まだ恥ずかしかった。



 数分後。

 勇敢な青年は、坂の上まであと一歩というところで見事に固まっていた。

 そこへ、ほっそり長身の女の子が、あわてて駆けてくる。

「ウェイクさん、大丈夫!?」

 メリーの親友・ルシアだ。彫像みたいになっていたウェイクが、震えながら微笑んだ。

「や、ルシ。も、暗、どっ」


 “やあルシア。もうすぐ暗くなるがどうしたんだ”


 メッセージを解読した少女は、スカートのポケットから、ちっちゃくてかわいいスプーンを取りだした。

「この前ね、メリーがおすすめティースプーンを貸してくれたの。

 とっても混ぜごこちがよかったよ、って伝えたくて…… ウェイクさん、これから時計塔にいくの?」


 青年の口はまだこわばっている。冷や汗をぬぐってなんとかうなずくと、ルシアは緑色の目を丸くした。

「もしかして、メリーのため?」

 勘のいい子だ。

 ウェイクは青い顔を赤くした。すると、はにかみ屋でおとなしい少女が、急にキリッとした。

「わかった、メリーが塔の中で迷っちゃったんだね! 私も手伝うよ」

 勘のよくない子だった。

 友だちのために決心したルシアは、あわあわ首をふるウェイクを引っぱって、あっというまに塔の入口についた。きゃしゃな腕で扉をたたく。


「すみません、ごめんください…… あれっ、開いてるね」

 今日の彼女はひと味ちがう。なにも恐れず軽やかに中へ飛びこんだ。

「メリー、助けにきたよっ」

「ま、待つんだルシア!」

 金縛りがとけたウェイクが、マントをひるがえしてあとを追う。


 刻はたそがれ、夜の手前。

 塔に飲みこまれていくふたりの上で、その日さいごの鐘が鳴りはじめた。

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