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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
36/66

第18話 ヨルが星をみつけたよ 2/2

 ヨルとキッドとフォレスタは、無事に隔離された。


「ここでおとなしくしてください。のちほど、オートマン博士があなた方の処遇を決められます」

 とってもかしこそうな係員が、額に青筋をたててドアを閉める。外からカギまでかけられて、それきり彼らはほうっておかれた。


 完全に巻きこまれた少年は、恨めしそうにヨルをながめた。

「どーしてくれるんだよ、僕の未来を。

 世界初の有人飛行成功者キッド・スカイラーの名前が、新聞より先にブラックリストに載っちゃったじゃないか」


 恋愛研究家は余裕しゃくしゃく、長椅子に寝そべってウインクを返す。

「ブラックはすてきな夜の色のひとつ。喜んでいいよ?」

「よくないっ!

 あーあ、せっかくオートマン博士の特別講義を聞きにきたのに。恋とか愛とか、すっかり心象悪くしたぞ」

 ため息をついてソファーにひっくりかえるキッド。

 ヨルが交代で起きあがり、赤い瞳をまたたかせた。


「ねぇキッド。あのおじいさん先生は、恋愛が嫌いなの?」



 いきなり真剣に尋ねられた少年は、宙を見あげて考えこんだ。

「ううん、嫌いっていうか……

 若いときから研究づけで、恋愛するヒマがなかったんじゃないかな」

 ヨルがびっくりして顔を近づける。

「ないの、一度も?

 初めての恋も最後の恋もないの、永遠に? それが彼のしあわせなの?」

「ストイックなんだろ。お前とは生き方が違うんだってば」

 キッドが口をとがらせる。


 納得できないヨルが言い返そうとしたとき。

 ソファーの背にとまっていたフォレスタが、

「ホウ」

と鳴いた。

 それはヨルだけに届く言葉。友だちと視線をかわした彼は、ぽつりとつぶやいた。

「君が言うなら、試すよ」

 それから長い脚を組んで横たわり、目を閉じてしまった。



「説教の前に昼寝かよ! ほんとにやりたい放題だなー」

 呆れたキッドは、肩をすくめてフクロウに笑いかけた。

「ま、静かになったからいいか。自由すぎる飼い主で、お前も苦労してんじゃないのか?」

(さあ、それはどうでしょう)

 澄まし顔でやりすごしたけれど、本当のところは、フォレスタもよくわからない。


 しばらくたってから、眠っていたヨルがくすぐったそうに微笑んだ。

 ぱちりとまぶたを開き、はね起きる。

「甘酸っぱくてほろ苦い!」

「えっ、なにが?」

 驚いたキッドをつかまえた彼は、ドアにむかって指を鳴らす。

 がっちりしたカギがひとりでにまわり、出口が開いた。にっこりふり返るヨル。

「大事な講義が始まるよ。お先にどうぞ、未来の大発明家くん」

 ぽかんとした少年の肩に、大きな夜の鳥が舞いおりた。




 講義会場にはたくさんの人が集まっていた。壇にあがったオートマン博士が、大きな黒板を指す。

「以上のことから、周期彗星の観測における注意点は……」

「はい、質問!」

 場違いな美声が発表に割りこむ。

 みんながどよめく中、ひとりの青年が華々しく立ちあがった。博士はいぶかしげに彼を見る。


「おや、君は隔離されたはずでは?」

「なんのことでしょう初めまして。僕はクロックベルの高所研究家、ウェイク・エルゼンです」

 ヨルは、どこからか盗ってきたメガネをかけて、くいっと押しあげた。


「博士はお星さまを調べておられる。では、お星さまそっくりのこんぺいとうはお好きですか?」


「終わった。きょう二度目の終わり」

 となりに座るキッドが、虚しく半笑いを浮かべる。ほかにできることはなかった。



 会場は水を打ったように静まった。オートマン博士が、落ちついて言いわたす。

「出ていきたまえ」

 しかし青年は挑むように笑顔を浮かべる。

「いいよ、でもその前に答えて。

 いちばん好きな星は何色ですか。青い星、赤い星、おひげと同じ白い星かな?」


 博士の表情がどんどん険しくなっていき、キッドは青ざめる。

「も、もうやめろヨル! 帰ろう!」

 必死に袖を引いた手がすばやくつかまれた。

 サッと引きあげられ、ヨルの横に立つ。みんなの注目がつき刺さり、キッドの息がとまった。

 青年は高らかに呼びかける。


「ねぇ博士。この子を見ると懐かしいでしょう」

「なにを言うんだね、彼とは初対面だ。教え子ならまだしも……」

「教え子? この子はあなただよ。

 あなたは、夢の中でこれくらいの男の子に戻る。そこに帰る理由があるから。そうだよね」



「なっ……」

 博士はギクリと身を引いた。謎の青年は、涼しい顔をキッドにむける。

「さあ、若きダリウス・オートマンくん。君のいちばん好きな色を教えて」

 赤い瞳がじっと見つめてくる。

 少年は、このうえなく繊細にささやいた。


「すみれ色。僕は、すみれ色をいつまでも眺めていたい」


「それはどうして?」

「僕の好きな人が、いちばん大切にしている色だから…… おい、このうっとりしたしゃべり方なんだよ!?」

 われに返ったキッド。ヨルがすかさず足を引っかけ、着席させる。

 そして悠々と腕を広げて、歌うように言った。


「愛しい人の愛するものは、深く心に刻まれる。

 ダリウスくんは今もすみれ色が大好きだよ。忘れられない初恋の、甘い呪いの色だから!」



 会場じゅうの視線が、いっせいに博士へそそがれた。

「あなたがすみれ色の恋を?」

「本当なのですか、博士!」

 彼は質問に答えられなかった。ただ真っ赤になって、杖を握りしめ震えていた。

 ヨルがやさしく手を伸ばし、微笑みかけた。


「怖がらなくって大丈夫。どんな恋も愛も、まったく恥ずかしくなどありませんよ」




 次にヨルたちが通されたのは、外カギのある監禁部屋ではなく、豪華な応接室だった。

 オートマン博士は、紅茶のカップを手にして、細いため息をついた。

「たしかに私は、遠い昔に叶わぬ恋をした。

 彼女は幼いころから許婚いいなずけが決まっていたんだ。しかし今でも悔いている。せめて気持ちを伝えていれば、と……」


 ぐったりする彼は、もう厳しい先生には見えない。

 繊細で傷つきやすい少年の面影に、長い月日がかさなっていた。とまどいながら謎の青年をうかがう。

「一体、なぜわかったんだね? 今日まで誰にも話したことはないのだが」


「あなたは講義の時間まで休憩するはずだ。

 うたたねして夢を見るかもしれない。その夢に、恋愛嫌いのヒントがあるかもしれない……

 って、フォレスタの名推理。だよね?」


 ヨルは、腕にとまったフクロウに、ケーキのかけらを差しだした。

 博士は素直な驚きを浮かべる。

「君は他人の夢をのぞけるのか」

「観察とおっしゃってください、博士」

 片目をぱちりとつぶったヨル。その横から、キッドがおそるおそる顔を出した。


「あのー、あんまりお悩みなら、クロックベルのこんぺいとう屋に行ってみてください。

 メリー・シュガーって女の子が、きっと助けてくれますから」

 名高い老学者は、穏やかな笑顔をむけた。

「ああ、感謝するよキッドくん。

 この問題は、私には難しすぎる。専門家に頼むのが最適らしい」





「だからね、メリー。

 そのうち、おひげの博士が訪ねてくるかもしれない。顔が怖いから追い返してもいいよ」

 ヨルは、メリーの部屋の窓に腰かけ、夜空にむかって足をぶらぶらさせた。

 スプーン片手にお砂糖をはかっていたメリーが、苦笑いの顔をあげる。


「いいえ、ちゃんとお待ちしています! まさか、あなたが大先生に宣伝してくれるなんて」

「売り込んだのはキッドだよ? 君とルシアにまた会いたいって言ってた、浮気な子」

 くるっと着地した彼は、軽い足どりで机までやってきて、少女をのぞきこんだ。

 視線をあわせ、呪文みたいに告げる。


「カート・アスター」


「あら、どなた? 学者さんかしら」

 聞き返したメリーは、ヨルの様子に気づいて手をとめた。

 青年の笑みは消え、ひたすら整った顔がそこにある。

「天文学者、ただしアマチュアのね。オートマン博士に手紙を送ってきたらしいよ。

 “あちこち旅をしていて、すみれ色の星を見つけました” って……」



 恋の思い出に誘われた博士は、その星をさがした。

 けれど、どうしても確認できない。カート・アスターなる人物に返事を出せば、あて先不明で戻ってきてしまったという。

「それはね、去年の春のはじめごろだって」

 ヨルがつけたして、メリーの青い瞳が大きくなった。

「去年の春? それって、ソフィーさんの夢がはじまったのと同じ……!」


 仕立て屋の令嬢が夢の中で知りあった、とある男性。

 記憶を失った彼について、メリーとウェイクは “各地を旅する研究者かもしれない” と推測していた。

 特徴も時期もかさなっている。

 ひょっとしたら、その素人天文学者が……?


「カート・アスターさんね。すごい手がかりだわ、ありがとうヨル!」

 きらきらの笑顔をむけられたヨル。魅力たっぷり微笑んで、つやつやの黒髪をかきあげた。

「どういたしまして。

 お礼はキスひとつでいいよ、かわいいこんぺいとう屋さん?」

 身を乗りだした彼の唇に、銀のスプーンがぺたりと押しつけられた。


   (第18話 おわり)

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