第18話 ヨルが星をみつけたよ 2/2
ヨルとキッドとフォレスタは、無事に隔離された。
「ここでおとなしくしてください。のちほど、オートマン博士があなた方の処遇を決められます」
とってもかしこそうな係員が、額に青筋をたててドアを閉める。外からカギまでかけられて、それきり彼らはほうっておかれた。
完全に巻きこまれた少年は、恨めしそうにヨルをながめた。
「どーしてくれるんだよ、僕の未来を。
世界初の有人飛行成功者キッド・スカイラーの名前が、新聞より先にブラックリストに載っちゃったじゃないか」
恋愛研究家は余裕しゃくしゃく、長椅子に寝そべってウインクを返す。
「ブラックはすてきな夜の色のひとつ。喜んでいいよ?」
「よくないっ!
あーあ、せっかくオートマン博士の特別講義を聞きにきたのに。恋とか愛とか、すっかり心象悪くしたぞ」
ため息をついてソファーにひっくりかえるキッド。
ヨルが交代で起きあがり、赤い瞳をまたたかせた。
「ねぇキッド。あのおじいさん先生は、恋愛が嫌いなの?」
いきなり真剣に尋ねられた少年は、宙を見あげて考えこんだ。
「ううん、嫌いっていうか……
若いときから研究づけで、恋愛するヒマがなかったんじゃないかな」
ヨルがびっくりして顔を近づける。
「ないの、一度も?
初めての恋も最後の恋もないの、永遠に? それが彼のしあわせなの?」
「ストイックなんだろ。お前とは生き方が違うんだってば」
キッドが口をとがらせる。
納得できないヨルが言い返そうとしたとき。
ソファーの背にとまっていたフォレスタが、
「ホウ」
と鳴いた。
それはヨルだけに届く言葉。友だちと視線をかわした彼は、ぽつりとつぶやいた。
「君が言うなら、試すよ」
それから長い脚を組んで横たわり、目を閉じてしまった。
「説教の前に昼寝かよ! ほんとにやりたい放題だなー」
呆れたキッドは、肩をすくめてフクロウに笑いかけた。
「ま、静かになったからいいか。自由すぎる飼い主で、お前も苦労してんじゃないのか?」
(さあ、それはどうでしょう)
澄まし顔でやりすごしたけれど、本当のところは、フォレスタもよくわからない。
しばらくたってから、眠っていたヨルがくすぐったそうに微笑んだ。
ぱちりとまぶたを開き、はね起きる。
「甘酸っぱくてほろ苦い!」
「えっ、なにが?」
驚いたキッドをつかまえた彼は、ドアにむかって指を鳴らす。
がっちりしたカギがひとりでにまわり、出口が開いた。にっこりふり返るヨル。
「大事な講義が始まるよ。お先にどうぞ、未来の大発明家くん」
ぽかんとした少年の肩に、大きな夜の鳥が舞いおりた。
講義会場にはたくさんの人が集まっていた。壇にあがったオートマン博士が、大きな黒板を指す。
「以上のことから、周期彗星の観測における注意点は……」
「はい、質問!」
場違いな美声が発表に割りこむ。
みんながどよめく中、ひとりの青年が華々しく立ちあがった。博士はいぶかしげに彼を見る。
「おや、君は隔離されたはずでは?」
「なんのことでしょう初めまして。僕はクロックベルの高所研究家、ウェイク・エルゼンです」
ヨルは、どこからか盗ってきたメガネをかけて、くいっと押しあげた。
「博士はお星さまを調べておられる。では、お星さまそっくりのこんぺいとうはお好きですか?」
「終わった。きょう二度目の終わり」
となりに座るキッドが、虚しく半笑いを浮かべる。ほかにできることはなかった。
会場は水を打ったように静まった。オートマン博士が、落ちついて言いわたす。
「出ていきたまえ」
しかし青年は挑むように笑顔を浮かべる。
「いいよ、でもその前に答えて。
いちばん好きな星は何色ですか。青い星、赤い星、おひげと同じ白い星かな?」
博士の表情がどんどん険しくなっていき、キッドは青ざめる。
「も、もうやめろヨル! 帰ろう!」
必死に袖を引いた手がすばやくつかまれた。
サッと引きあげられ、ヨルの横に立つ。みんなの注目がつき刺さり、キッドの息がとまった。
青年は高らかに呼びかける。
「ねぇ博士。この子を見ると懐かしいでしょう」
「なにを言うんだね、彼とは初対面だ。教え子ならまだしも……」
「教え子? この子はあなただよ。
あなたは、夢の中でこれくらいの男の子に戻る。そこに帰る理由があるから。そうだよね」
「なっ……」
博士はギクリと身を引いた。謎の青年は、涼しい顔をキッドにむける。
「さあ、若きダリウス・オートマンくん。君のいちばん好きな色を教えて」
赤い瞳がじっと見つめてくる。
少年は、このうえなく繊細にささやいた。
「すみれ色。僕は、すみれ色をいつまでも眺めていたい」
「それはどうして?」
「僕の好きな人が、いちばん大切にしている色だから…… おい、このうっとりしたしゃべり方なんだよ!?」
われに返ったキッド。ヨルがすかさず足を引っかけ、着席させる。
そして悠々と腕を広げて、歌うように言った。
「愛しい人の愛するものは、深く心に刻まれる。
ダリウスくんは今もすみれ色が大好きだよ。忘れられない初恋の、甘い呪いの色だから!」
会場じゅうの視線が、いっせいに博士へそそがれた。
「あなたがすみれ色の恋を?」
「本当なのですか、博士!」
彼は質問に答えられなかった。ただ真っ赤になって、杖を握りしめ震えていた。
ヨルがやさしく手を伸ばし、微笑みかけた。
「怖がらなくって大丈夫。どんな恋も愛も、まったく恥ずかしくなどありませんよ」
次にヨルたちが通されたのは、外カギのある監禁部屋ではなく、豪華な応接室だった。
オートマン博士は、紅茶のカップを手にして、細いため息をついた。
「たしかに私は、遠い昔に叶わぬ恋をした。
彼女は幼いころから許婚が決まっていたんだ。しかし今でも悔いている。せめて気持ちを伝えていれば、と……」
ぐったりする彼は、もう厳しい先生には見えない。
繊細で傷つきやすい少年の面影に、長い月日がかさなっていた。とまどいながら謎の青年をうかがう。
「一体、なぜわかったんだね? 今日まで誰にも話したことはないのだが」
「あなたは講義の時間まで休憩するはずだ。
うたたねして夢を見るかもしれない。その夢に、恋愛嫌いのヒントがあるかもしれない……
って、フォレスタの名推理。だよね?」
ヨルは、腕にとまったフクロウに、ケーキのかけらを差しだした。
博士は素直な驚きを浮かべる。
「君は他人の夢をのぞけるのか」
「観察とおっしゃってください、博士」
片目をぱちりとつぶったヨル。その横から、キッドがおそるおそる顔を出した。
「あのー、あんまりお悩みなら、クロックベルのこんぺいとう屋に行ってみてください。
メリー・シュガーって女の子が、きっと助けてくれますから」
名高い老学者は、穏やかな笑顔をむけた。
「ああ、感謝するよキッドくん。
この問題は、私には難しすぎる。専門家に頼むのが最適らしい」
「だからね、メリー。
そのうち、おひげの博士が訪ねてくるかもしれない。顔が怖いから追い返してもいいよ」
ヨルは、メリーの部屋の窓に腰かけ、夜空にむかって足をぶらぶらさせた。
スプーン片手にお砂糖をはかっていたメリーが、苦笑いの顔をあげる。
「いいえ、ちゃんとお待ちしています! まさか、あなたが大先生に宣伝してくれるなんて」
「売り込んだのはキッドだよ? 君とルシアにまた会いたいって言ってた、浮気な子」
くるっと着地した彼は、軽い足どりで机までやってきて、少女をのぞきこんだ。
視線をあわせ、呪文みたいに告げる。
「カート・アスター」
「あら、どなた? 学者さんかしら」
聞き返したメリーは、ヨルの様子に気づいて手をとめた。
青年の笑みは消え、ひたすら整った顔がそこにある。
「天文学者、ただしアマチュアのね。オートマン博士に手紙を送ってきたらしいよ。
“あちこち旅をしていて、すみれ色の星を見つけました” って……」
恋の思い出に誘われた博士は、その星をさがした。
けれど、どうしても確認できない。カート・アスターなる人物に返事を出せば、あて先不明で戻ってきてしまったという。
「それはね、去年の春のはじめごろだって」
ヨルがつけたして、メリーの青い瞳が大きくなった。
「去年の春? それって、ソフィーさんの夢がはじまったのと同じ……!」
仕立て屋の令嬢が夢の中で知りあった、とある男性。
記憶を失った彼について、メリーとウェイクは “各地を旅する研究者かもしれない” と推測していた。
特徴も時期もかさなっている。
ひょっとしたら、その素人天文学者が……?
「カート・アスターさんね。すごい手がかりだわ、ありがとうヨル!」
きらきらの笑顔をむけられたヨル。魅力たっぷり微笑んで、つやつやの黒髪をかきあげた。
「どういたしまして。
お礼はキスひとつでいいよ、かわいいこんぺいとう屋さん?」
身を乗りだした彼の唇に、銀のスプーンがぺたりと押しつけられた。
(第18話 おわり)




