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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
35/66

第18話 ヨルが星をみつけたよ 1/2

「はぁ……」

 すてきで怪しいため息が響く、教会の屋根裏部屋。

 ため息の主は、謎の青年ヨル。長いまつげをぱちぱちさせ、窓辺でぐんにゃりしている。

 かたわらの金のカゴから、立派なフクロウが顔を出した。

「マスター、昨夜はお帰りが遅かった。また深酒ですか」


「ちょっとだけのつもりだったんだよ?

 けど、みんな寄ってたかって僕をつぶそうとするんだもん、にっこり笑顔で。人間って怖い」

 ぐったり身を起こし、頭の重たさに顔をしかめるヨル。


 かしこいフォレスタは、首を180度かしげる。

「みんな、といいますと?」

「みんなきれいなお姉さん」

「マスター、あなたはしかたのない人だ」

「あっ冷たい。君に見捨てられたら、僕もうおしまい」


 彼は、お日さまのこぼれる床にばったり倒れた。

 いつもなら、おしまいごっこにもすぐ飽きて動きまわるのに、今日は敷物にうつぶせたまま。



 そこへ時計塔が目を覚まし、おはようの7時の鐘が鳴った。

 転がったヨルが、赤い瞳を閉じて身ぶるいする。

「んー、あの音! フォレスタ助けて」

「はいはい」

 よき友人は、自慢の翼で主の耳にフタをしてあげた。


 少し前から、ヨルは鐘の音が嫌いになってしまった。

 時計塔の番人が、イザベルという女性にかわったせいらしい。

 紫色の目をした人形のような美女── その正体をつきとめなければ、とフォレスタは考えている。

 だけど今は、ご主人さまを元気づけるのが先決。



「床の上で鐘をあびるより、外にでた方がよろしいかと。メリー・シュガーとおしゃべりしてはいかがです?」

「なんだかお菓子の研究で忙しいらしいよ。僕、遊ぶのはうまいけど、お勉強は苦手」

 ヨルはすねたように寝返りをうつ。


「ならば、ウェイク・エルゼン“で”遊んでみては? 気弱メガネの郵便屋でもよいでしょう」

「うーん、やっぱり女の子がいい」

「あなたはしかたのない人だ」


 ばっさり切り捨てられた青年は、あおむけになって声をあげた。

「それじゃあ、ルシアを誘おうかな!

 最近会ってないし、ここにご招待して、一晩じゅう僕のバイオリンを聴いてもらって……」

「やめてください彼女はまだ子どもです」


 フォレスタが本気の低音で抗議する。

 ルシアとの秘密の歌のレッスンは、ぽつりぽつりとつづいていた。そのわずかな時間は、彼の宝物だ。

 ヨルはちらっと笑顔を見せた。

「大丈夫、わかってるよぉ。あの子は君専用」

 けれど、明るい表情はすぐに引っこんでしまって、ため息がひとつ。屋根裏部屋はしーんとなった。



「……ねえフォレスタ。持ってきて」

「水ですか」

「なにかおもしろいこと! 外から拾ってきて。

 じゃないと、ヨルム・フォルス氏は本日かぎりで終了いたします。ありがとう……」

 勝手な言葉を最後に、彼は眠りについた(早めの昼寝)。午後には起きだして、また退屈に苦しむだろう。


 フォレスタは、トンとイスの背に飛びのって、寝息をたてる主を見おろした。目を軽く閉じて丸まって、とってもすやすやしている。

「ああ、本当にしかたのない人だ」

 大きな鳥は、やれやれと首をふった。


 ヨルは彼のことを “友だち” というけれど、このところどうも保護者にされているような気がする。

 ともかく、欲しがりマスターの空腹を満たすトピックを探そう。

「行ってまいります、マスター。晩夏とはいえ、寝冷えにご用心を」

 うすい上掛けを器用につかみ、ヨルの身体にふわっと落としてやる。それから働き者の翼を広げ、朝の光へと滑りだしていった。





 その日の午後。

 クロックベルから少し離れた、とある町。大通りの真ん中の公会堂に、たくさんの人が集まっていた。

 でん! と立った看板には、いかめしい文字が並ぶ。


 “至高の学術博覧会  ~すばらしく偉大で難解な研究と成果~”


「……ねえフォレスタ。僕、おもしろいこと探してってお願いしたんだけど」

 きちんとおしゃれしたヨルは、肩の上のフクロウにしょんぼり顔をむけた。

 フォレスタは大真面目に答える。

「ええ、クロックベルにはないものを探しました。

 とびきり新しいものにふれたら、気分も一新するかと思いまして!」


「すでに看板からして意味がわからないよ。

 楽しいお散歩っていうからついてきたのに、目的地はおじさんだらけ。空気が枯れてる……」

 とぼとぼ歩いて会場に入る。

 公会堂は、熱心に展示を観覧する学術紳士であふれていた。まじめなお勉強ムード一色だ。



 フォレスタは、ヨルをはげまして語りかける。

「マスター、博覧会の開催は、あのボーッとした郵便屋から奪った情報ですよ」

「ステファンから?」

「はい。

 私が広告をひったくると、彼は自転車ごとひっくりかえりかけて、帽子がスポーンと吹き飛びました」


 事実はもっとのんびりしている。

 郵便屋の青年は、木陰に自転車をとめて休憩していた。フォレスタが舞いおりてじっと見つめたら、

「今日のお知らせですよ」

とチラシをくれたのだ。

 ご主人の興味を引くためなら、少しの嘘もご愛嬌。彼のねらいどおり、ヨルはまんまと目を光らせた。


「帽子が飛んで…… メガネはズレた?」

「右上にむかって40度ほど。困って焦って半泣きで、なかなか愉快な顔でした」

「ちょっと楽しくなってきたかも。メガネのおもしろいズレ方についての研究はないかなあ」



 きょろきょろしたヨルが、とたんに顔を輝かせた。

「見てフォレスタ、翼があるよ」

 しなやかに指さした先に、飛行機の大きな模型が宙づりになっている。青年はフクロウを肩に乗せて駆けだした。

「あれおみやげにしよう、お部屋に飾る!」


「な、なんだね彼は!?」

 ぎょっとした紳士たちがあわてて道を開ける。

 ひとりの少年が、模型に見とれていて逃げ遅れた。迫りくるきらきらした風を感じて、やっとふり返り……

 空色の目を丸くした。

「あーっ、ヨル! なんでお前がここに!?」



 飛びあがった少年の頭を、ヨルがポンポンなでた。

「やぁ、えーっと、飛行機だいすきくん!」

「ロバート・キッド・スカイラー!

 もう、あいかわらずだなーあんたは…… なんか育ってないか?」

 手をふり払ったキッドが、相手を見あげる。

 クロックベルで起きたサーカス騒動で知りあったとき、ヨルは歳の近い少年の姿をしていたのだ。

(※第11~12話 サーカス・ラビリンス)


 青年はあやしく微笑む。

「今日はお勉強だから大人だよぉ。君こそ、比較的おめかししてどうしたの? デート?」

 するとキッドは、オレンジがかった巻き毛をかっこよく整えながら、キリリと返した。

「なにいってるんだ、僕だって研究者だぞ。

 飛行機開発の最先端を視察にきたんだ。まわりはみんなライバルさ、とても刺激になるぜ」


 理解をこえた答えに、ヨルの表情が消える。

「おじさんとたわむれて刺激的? 君って変な子……」

「真顔で返すなよ!

 あんたがここにいる方が、よっぽど変だってば。派手なペットまでつれてさ」


 キッドが指を近づけると、フォレスタはくわっとくちばしを開けた。

(友人か配下か保護者かはっきりしませんが、愛玩動物ではありません!)

「ひゃっ!」

 驚いて飛びのく少年。ヨルがはしゃいで笑い声をあげた、そのとき。


「君たち。会場ではお静かに願おう」


 重々しい渋い声のあとに、ドンと杖をつく音が響いた。



 あたりがヒヤッと静まる。

 ヨルたちがふりむくと、がっしりした老紳士が立ちはだかっていた。

 長くて四角い顔。ぴったりなでつけた白い髪と、きっちり刈り込んだ白ひげ。

 まっすぐなまなざしに温かみはなく、名門学校でいちばん恐れられている先生、といった感じだ。

 キッドが息を飲んで固まった。


「ダリウス・オートマン博士……!」

「誰ですおっとマン?」

 ヨルがかしげた首を、キッドがすかさずつかまえて、一緒に頭をさげた。

「すみません! 友だちと会っちゃって、つい盛りあがりましたっ」


「君と僕、友だちだっけ」

 頭をさげたまま尋ねるヨルに、キッドがささやく。

「いーから20秒黙ってくれ!

 あの人は天文学の大先生で、博覧会の責任者でもあるんだ。怒らせちゃまずい」


 主の頭上に避難したフォレスタが、

(19、18、17……)

とカウントダウンをはじめる。そのあいだ、ヨルはおとなしく口を閉じていた。



 やがて、オートマン博士がため息をついた。

「わかればよろしい。よく勉強したまえ、若者よ」

「はぁい!」

 ぴったり0秒、ヨルが元気に顔をあげる。博士は、妙にきらきらした青年をギロリと眺めた。


「失礼だが、君はどこの学派に所属しているのだね?」

「あのー博士、この人は迷いこんだだけで。存在がまちがいなんです」

 キッドがヨルを引っこめようとする。

 けれど遅かった。

 さっそうと前に出たヨルは、フクロウを頭に乗せて胸を張った。



「僕は一匹オオカミ派のヨルム・フォルス。

 クロックベル教会の屋根裏で、日夜研究しているよ。甘くてにがい極上の謎、 “恋愛” について!」

 フォレスタがタイミングばっちりで翼を広げ、華をそえた。



 主従のオブジェを見つめるオートマン博士。その表情は石のように冷たかった。

 かみそりみたいに冷たい声で、ひとこと。


「恋や愛など、まったくくだらん」


 大先生は、深く静かに、とても怒っていた。

 会場が凍りつく。キッド少年のうめき声が、むなしく落っこちた。

「あー、終わったな……」

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