第17話 幽霊城、よみがえる謎(後) 2/2
ウェイクの目の前で、古代の魔法剣術がひらめいた。
その威力はとんでもなく、よろいを身につけたルーセント卿が水平にふっとんでいった。
「誰がどう見ても勝負あり! 大丈夫ですか」
ヨロヨロ立ちあがる主を、あわてて支えてやる。
「ルーセント卿、あなたの夢は叶いました。現実に帰りましょう」
「現実。なんと嫌な言葉だ…… 少しは忖度せよウェイク」
勝者ブラッカーが静かに歩いてきた。
「ウェイクくんの言うとおり。もう再試合はお受けできません」
おさめた剣のまわりに、魔法の波動がシュウシュウまとわりついている。ウェイクはちょっと身を引いた。
ブラッカーは、宿敵へ穏やかに言いきかせる。
「僕たちの時代はとっくに終わっています。
そして行くべき場所がある。勇敢な少女が、たったひとりで毒殺犯に立ちむかっているのですよ?」
「ううう……」
ルーセント卿は歯をくいしばり、苦しそうにふたりを見あげた。
「すまん。
この輝かしい夢に、もう少しだけ生きていたい。時の流れの突端に帰れば、我輩は廃城の死者に戻ってしまう」
「ルーセント卿……」
同情の気配を見せたウェイクのとなりで、魔道剣士が紫の瞳を光らせた。
すさまじいつむじ風が走り、森が鳴く。風にまかれた三人は10センチくらい浮きあがった。
着地、そして沈黙。
はらはら落ちる葉っぱにかこまれ、ルーセント卿がつぶやいた。
「かえります」
時が進んだ、月光の城。
「きゃあぁーっ!」
と少女の悲鳴が響いたところに、目覚めたウェイクが駆けつけた。
「メリー、もう大丈夫…… わっ!?」
中から押しだされてきたメリーを受けとめ、彼は息をのんだ。ボロボロの調理場いっぱいに、黒い影が渦巻いている。
メリーがウェイクにすがりつく。
「あ、あの乳母さん、自分が誰だったか忘れちゃったみたい!」
「そうか、いかにも話が通じなさそうだ!」
大きくふくらんだ影をにらみつけると、形を失った手がふたりへ伸びてきた。
「あっ……」
メリーがすくみあがる。ウェイクは、彼女を抱きしめて目を閉じた。
「そうはさせんぞ!」
サッと走った亡霊の剣。
今ふたたび透きとおったルーセント卿が、ふたりの前に凛々しく立っていた。
「乳母よ、いらぬ気づかいをしてくれたものだな。
我輩とブラッカー、ふたつの裁きを受け…… ブラッカー、お前はその姿でしかいられないのか?」
人魂に戻ってしまった魔道剣士は、ふわふわ動いてうなずいた。
「手足はなくとも、文句ぐらいは聞いてもらいましょう。ルーセント卿、僕が補佐します!」
彼らは巨大な影にむかっていく。
メリーがハッと顔をあげた。
「わ、私も行かなきゃっ」
「俺も武器を持ってくるんだった。君の預かりものしかない」
と、砂時計を取りだすウェイク。それを見たメリーが、青い目を丸くした。
「あっ、砂!」
「なにっ!?」
ウェイクもびっくりして手もとを見た。
からっぽだった砂時計に、紫色の砂―― 不思議な粒がきらめいている。
メリーは導かれるように手をかさねた。
そっと時計をかたむけると、砂がサラサラ流れはじめた。
そのとき。
「う、うう……」
と、しゃがれたうめき声がした。
調理場の影の動きがとまって、だんだん小さくなっていく。それはやがて、うずくまって震える乳母の形になった。
「なんと、彼女の時が巻き戻ったぞ!」
声をあげたルーセント卿のとなりで、ブラッカーも剣士の姿を取りもどしていた。
「おお、僕の身体も…… これはどういうことでしょう」
ひらめいたウェイクが、彼にむきなおる。
「きっと、あなたの魔法だ。夢の中で時計を満たしたんだ!」
「それじゃあ、これは魔法の砂時計なの?」
と、メリーもびっくり。
ブラッカーが穏やかにうなずいた。
「どうやらそのようですね。砂が落ちるまでに、乳母どのを処罰しなくては」
ルーセント卿は、さすがに悲しそうだった。
自分のめんどうを見てくれた乳母に歩み寄り、そっと声をかける。
「ばかなことをしたな、乳母や。
この育て子の身を案じ、愛した城を守ろうと、現世の工事までも妨害するとは……」
「いいえ。そんなことはどうだっていいわ」
「ん?」
乳母の亡霊は、涙でゆがんだ顔をあげた。
「ぜんぶあなたのせい。
あなたが私をもてあそんだのが悪いのよ、クロード・ブラッカー!」
丸々した指が、うらみをこめて魔道剣士をさした。
「ぼ、僕のせいだって!?」
みんなの注目を集めたブラッカーは、驚きのあまりちょっと薄くなった。
ルーセント卿が、青白い顔をけわしくして詰め寄る。
「貴様、うちの乳母になにをしたのだ」
「待ってください、なんの話ですか。その方と個人的なおつきあいなどしていませんよ」
うろたえる彼に、乳母がわめく。
「恋文をいくつも送ったのに、返事をくれなかったでしょ!
それなのに、町で会うたび甘くやさしく微笑んで、私を惑わして……」
「ただのあいさつですよ!」
身を震わせたブラッカーを、困り顔のメリーが見あげる。
「ブラッカーさん、お手紙をもらった覚えはあるの?」
「さあ、そういった手紙のあつかいは、召使いに一任していましたから…… あまりに数が多かったので」
素直に困りきっている彼は、たしかに魅力的だ。
ルーセント卿とウェイクが真顔になる。
「貴様は悪魔のような男だ」
「“ごめんね悪いねすまないね” の一行詩でも返せばよかったのではないですか」
乳母がわあわあ泣きだした。
「そうよ、たくさんの女を苦しめたひどい人!
だから命を奪ってやった。私の愛を受けいれるまで、ずっとこの城に閉じこめていたかったのよ!」
ふりむいたメリーは、スプーンをびしっとかかげた。
「失恋は気の毒だけれど、そこまでやっちゃ逆うらみ。
さあ選んで。ブラッカーさんから罰をもらうか、甘くてかわいいこんぺいとうになるか!」
少女の両側に、ふたりの剣士が並ぶ。
もう犯人は逃げられない。三百年の時をこえて、謎が解きあかされた。
「エルゼンくん、ミス・シュガー、本当に助かったよ!
おかげで、冬がくる前に城を取りこわせそうだ。君たちはシープランドでいちばん勇気がある」
魔法史調査局にやってきた伯爵は、ご満悦でふたりをたたえた。
彼の前にちょこんと座ったメリーが、ティーカップをかたむける。
「あそこに新しいお屋敷を建てるの?」
「そうだよ、次の春にはね。
ぜひとも落成パーティーに招待させてくれたまえ。
ところでお礼だが、本当にこれでいいのかね? へなちょこ弱虫と書いてあるが」
彼は、ルーセント卿の肖像画をさしだした。
ウェイクがしんみりしてうなずく。
「事件の記念です。勇者の称号より、ずっと尊い」
彼は昨夜の結末を思い返す。
毒殺事件と、工事の邪魔。両方の犯人だった乳母は、ブラッカーの求めにしたがい、罪をつぐなうため天へ昇っていった。
ブラッカーとルーセント卿は、清々しい顔を見あわせる。
「これで、われわれの因縁も終わりますね」
「うむ。実にいい試合だった」
握手をかわした剣士たちは、静かに月光へ溶けた。時計の中の砂も、一緒に消えていた。
「さて、工事の進みぐあいを見にいかなくては! そろそろ失礼しよう」
忙しい伯爵は、せかせか腰をあげて立ちどまる。
「ああ、ミス・シュガー。君へ贈りものを預かっているんだった」
「私に?」
「“赤い壁の部屋” から見つかったそうだよ。これからの君に役立つだろう」
と、平べったい包みが渡される。
きょとんとした少女を残し、伯爵は意気揚々と出ていった。
メリーは、日だまりのイスに戻って包みをひらく。
それは、白っぽい革張りの、古びた本だった。大きいけれど厚みはない。
「誰かの日記かしら?」
表紙をめくってみると、うす紫色の遊び紙に、ふたつの文が記されていた。
“メリー・シュガーにささげる”
“われわれの、うるわしき夢乙女のために”
はじめの字はきっちり角ばって、その下の字は穏やに流れて。
インクの色はあせていて、とっても昔に書かれたみたいだった。
「まあ、あのお二人!」
幽霊剣士たちの笑顔が浮かび、メリーは思わず微笑んだ。
次のページには、かわいらしい飾り文字の、大きなタイトルが。
“魔法 甘くておいしいよ”
ハッとなってページをめくる。
そこには、子どものらくがきみたいな絵がいっぱい。
ちまちました文字をたどってみると、どうやらお菓子の作り方らしい。
スティックキャンディー、キャラメル、それからおなじみのこんぺいとう……
「レシピ。これ、魔法のレシピなんだわ!」
青い目を輝かせると、食いしんぼうの魔法つかいの声が届いた気がした。
『そうだよ、ふしぎなメリー・シュガー。
とびきりおいしい甘い夢、もっともっとつくろうね』
「ええ、つくるわ。大好きなみんなのために!」
輪っかのみつあみの少女は、遠い時代からの贈りものを、ぎゅっと抱きしめた。
彼女は、笑顔でウェイクにふりむいた。
「ねえ見て、とってもすてきな…… ウェイク?」
返事がない。
青年は窓辺に立ちつくし、遠い目で肖像画を眺めていた。
「騒がしく暴れるが、憎めない人だった。わが主よ、月光の森で安らかに……」
これは、しばらく時間をあげなきゃ。
メリーはそっと座りなおし、レシピをじっくり読みはじめた。
(第17話 おわり)




