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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
34/66

第17話 幽霊城、よみがえる謎(後) 2/2

 ウェイクの目の前で、古代の魔法剣術がひらめいた。

 その威力はとんでもなく、よろいを身につけたルーセント卿が水平にふっとんでいった。

「誰がどう見ても勝負あり! 大丈夫ですか」

 ヨロヨロ立ちあがる主を、あわてて支えてやる。

「ルーセント卿、あなたの夢は叶いました。現実に帰りましょう」

「現実。なんと嫌な言葉だ…… 少しは忖度そんたくせよウェイク」


 勝者ブラッカーが静かに歩いてきた。

「ウェイクくんの言うとおり。もう再試合はお受けできません」

 おさめた剣のまわりに、魔法の波動がシュウシュウまとわりついている。ウェイクはちょっと身を引いた。

 ブラッカーは、宿敵へ穏やかに言いきかせる。


「僕たちの時代はとっくに終わっています。

 そして行くべき場所がある。勇敢な少女が、たったひとりで毒殺犯に立ちむかっているのですよ?」



「ううう……」

 ルーセント卿は歯をくいしばり、苦しそうにふたりを見あげた。

「すまん。

 この輝かしい夢に、もう少しだけ生きていたい。時の流れの突端に帰れば、我輩は廃城の死者に戻ってしまう」


「ルーセント卿……」

 同情の気配を見せたウェイクのとなりで、魔道剣士が紫の瞳を光らせた。

 すさまじいつむじ風が走り、森が鳴く。風にまかれた三人は10センチくらい浮きあがった。

 着地、そして沈黙。

 はらはら落ちる葉っぱにかこまれ、ルーセント卿がつぶやいた。

「かえります」




 時が進んだ、月光の城。

「きゃあぁーっ!」

と少女の悲鳴が響いたところに、目覚めたウェイクが駆けつけた。

「メリー、もう大丈夫…… わっ!?」

 中から押しだされてきたメリーを受けとめ、彼は息をのんだ。ボロボロの調理場いっぱいに、黒い影が渦巻いている。


 メリーがウェイクにすがりつく。

「あ、あの乳母さん、自分が誰だったか忘れちゃったみたい!」

「そうか、いかにも話が通じなさそうだ!」

 大きくふくらんだ影をにらみつけると、形を失った手がふたりへ伸びてきた。

「あっ……」

 メリーがすくみあがる。ウェイクは、彼女を抱きしめて目を閉じた。



「そうはさせんぞ!」

 サッと走った亡霊の剣。

 今ふたたび透きとおったルーセント卿が、ふたりの前に凛々しく立っていた。


「乳母よ、いらぬ気づかいをしてくれたものだな。

 我輩とブラッカー、ふたつの裁きを受け…… ブラッカー、お前はその姿でしかいられないのか?」


 人魂に戻ってしまった魔道剣士は、ふわふわ動いてうなずいた。

「手足はなくとも、文句ぐらいは聞いてもらいましょう。ルーセント卿、僕が補佐します!」


 彼らは巨大な影にむかっていく。

 メリーがハッと顔をあげた。

「わ、私も行かなきゃっ」

「俺も武器を持ってくるんだった。君の預かりものしかない」

と、砂時計を取りだすウェイク。それを見たメリーが、青い目を丸くした。


「あっ、砂!」


「なにっ!?」

 ウェイクもびっくりして手もとを見た。

 からっぽだった砂時計に、紫色の砂―― 不思議な粒がきらめいている。

 メリーは導かれるように手をかさねた。

 そっと時計をかたむけると、砂がサラサラ流れはじめた。



 そのとき。

「う、うう……」

と、しゃがれたうめき声がした。

 調理場の影の動きがとまって、だんだん小さくなっていく。それはやがて、うずくまって震える乳母の形になった。


「なんと、彼女の時が巻き戻ったぞ!」

 声をあげたルーセント卿のとなりで、ブラッカーも剣士の姿を取りもどしていた。

「おお、僕の身体も…… これはどういうことでしょう」


 ひらめいたウェイクが、彼にむきなおる。

「きっと、あなたの魔法だ。夢の中で時計を満たしたんだ!」

「それじゃあ、これは魔法の砂時計なの?」

と、メリーもびっくり。

 ブラッカーが穏やかにうなずいた。

「どうやらそのようですね。砂が落ちるまでに、乳母どのを処罰しなくては」



 ルーセント卿は、さすがに悲しそうだった。

 自分のめんどうを見てくれた乳母に歩み寄り、そっと声をかける。

「ばかなことをしたな、乳母や。

 この育て子の身を案じ、愛した城を守ろうと、現世の工事までも妨害するとは……」


「いいえ。そんなことはどうだっていいわ」

「ん?」

 乳母の亡霊は、涙でゆがんだ顔をあげた。

「ぜんぶあなたのせい。

 あなたが私をもてあそんだのが悪いのよ、クロード・ブラッカー!」

 丸々した指が、うらみをこめて魔道剣士をさした。




「ぼ、僕のせいだって!?」

 みんなの注目を集めたブラッカーは、驚きのあまりちょっと薄くなった。

 ルーセント卿が、青白い顔をけわしくして詰め寄る。

「貴様、うちの乳母になにをしたのだ」

「待ってください、なんの話ですか。その方と個人的なおつきあいなどしていませんよ」


 うろたえる彼に、乳母がわめく。

「恋文をいくつも送ったのに、返事をくれなかったでしょ!

 それなのに、町で会うたび甘くやさしく微笑んで、私を惑わして……」

「ただのあいさつですよ!」

 身を震わせたブラッカーを、困り顔のメリーが見あげる。

「ブラッカーさん、お手紙をもらった覚えはあるの?」


「さあ、そういった手紙のあつかいは、召使いに一任していましたから…… あまりに数が多かったので」

 素直に困りきっている彼は、たしかに魅力的だ。

 ルーセント卿とウェイクが真顔になる。

「貴様は悪魔のような男だ」

「“ごめんね悪いねすまないね” の一行詩でも返せばよかったのではないですか」



 乳母がわあわあ泣きだした。

「そうよ、たくさんの女を苦しめたひどい人!

 だから命を奪ってやった。私の愛を受けいれるまで、ずっとこの城に閉じこめていたかったのよ!」


 ふりむいたメリーは、スプーンをびしっとかかげた。

「失恋は気の毒だけれど、そこまでやっちゃさかうらみ。

 さあ選んで。ブラッカーさんから罰をもらうか、甘くてかわいいこんぺいとうになるか!」


 少女の両側に、ふたりの剣士が並ぶ。

 もう犯人は逃げられない。三百年の時をこえて、謎が解きあかされた。




「エルゼンくん、ミス・シュガー、本当に助かったよ!

 おかげで、冬がくる前に城を取りこわせそうだ。君たちはシープランドでいちばん勇気がある」

 魔法史調査局にやってきた伯爵は、ご満悦でふたりをたたえた。

 彼の前にちょこんと座ったメリーが、ティーカップをかたむける。

「あそこに新しいお屋敷を建てるの?」


「そうだよ、次の春にはね。

 ぜひとも落成パーティーに招待させてくれたまえ。

 ところでお礼だが、本当にこれでいいのかね? へなちょこ弱虫と書いてあるが」

 彼は、ルーセント卿の肖像画をさしだした。

 ウェイクがしんみりしてうなずく。

「事件の記念です。勇者の称号より、ずっと尊い」



 彼は昨夜の結末を思い返す。

 毒殺事件と、工事の邪魔。両方の犯人だった乳母は、ブラッカーの求めにしたがい、罪をつぐなうため天へ昇っていった。

 ブラッカーとルーセント卿は、清々しい顔を見あわせる。


「これで、われわれの因縁も終わりますね」

「うむ。実にいい試合だった」

 握手をかわした剣士たちは、静かに月光へ溶けた。時計の中の砂も、一緒に消えていた。



「さて、工事の進みぐあいを見にいかなくては! そろそろ失礼しよう」

 忙しい伯爵は、せかせか腰をあげて立ちどまる。

「ああ、ミス・シュガー。君へ贈りものを預かっているんだった」

「私に?」

「“赤い壁の部屋” から見つかったそうだよ。これからの君に役立つだろう」

と、平べったい包みが渡される。

 きょとんとした少女を残し、伯爵は意気揚々と出ていった。



 メリーは、日だまりのイスに戻って包みをひらく。

 それは、白っぽい革張りの、古びた本だった。大きいけれど厚みはない。

「誰かの日記かしら?」

 表紙をめくってみると、うす紫色の遊び紙に、ふたつの文が記されていた。


 “メリー・シュガーにささげる”


 “われわれの、うるわしき夢乙女のために”


 はじめの字はきっちり角ばって、その下の字は穏やに流れて。

 インクの色はあせていて、とっても昔に書かれたみたいだった。

「まあ、あのお二人!」

 幽霊剣士たちの笑顔が浮かび、メリーは思わず微笑んだ。

 次のページには、かわいらしい飾り文字の、大きなタイトルが。


 “魔法 甘くておいしいよ”


 ハッとなってページをめくる。

 そこには、子どものらくがきみたいな絵がいっぱい。

 ちまちました文字をたどってみると、どうやらお菓子の作り方らしい。

 スティックキャンディー、キャラメル、それからおなじみのこんぺいとう……


「レシピ。これ、魔法のレシピなんだわ!」

 青い目を輝かせると、食いしんぼうの魔法つかいの声が届いた気がした。


『そうだよ、ふしぎなメリー・シュガー。

 とびきりおいしい甘い夢、もっともっとつくろうね』


「ええ、つくるわ。大好きなみんなのために!」

 輪っかのみつあみの少女は、遠い時代からの贈りものを、ぎゅっと抱きしめた。



 彼女は、笑顔でウェイクにふりむいた。

「ねえ見て、とってもすてきな…… ウェイク?」

 返事がない。

 青年は窓辺に立ちつくし、遠い目で肖像画を眺めていた。

「騒がしく暴れるが、憎めない人だった。わが主よ、月光の森で安らかに……」


 これは、しばらく時間をあげなきゃ。

 メリーはそっと座りなおし、レシピをじっくり読みはじめた。



   (第17話 おわり)

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