第17話 幽霊城、よみがえる謎(後) 1/2
トラニウス・クラルス・リア・ルーセント卿は、明るい日ざしの下で目を覚ました。
ハッとかざした手は、透けていない。
白銀のよろいが輝き、あたりの森を映している。三百年前と同じ緑の色……
「おお、これは」
気難しい顔に喜びがあふれた。
「我輩はよみがえったぞ。どうだ、朽ちかけていた城もあのように!」
ピカピカのお城を見あげたとき、来客をつげる角笛が鳴りひびいた。
扉が開いて、従者のウェイクが走ってくる。細っこくてひよひよだが忠実な青年だ。
「ルーセント卿、ブラッカー様がお越しになりました」
「うむ、もてなしに不足のなきように。定刻になったら庭へ通せ」
「はっ!」
ウェイクは城へ引きかえす。調理場から顔をのぞかせる少女に、こっそり声をかけた。
「さて、ここからだな。夢の具合はどうだ?」
「ルーセント卿とブラッカーさん、ふたりの記憶はとってもはっきり。毒を盛った犯人を見つけるにはじゅうぶんだわ」
そう言ってまわりをうかがうメリーは、三百年前の最新ファッションに身を包んでいた。
胸下から切りかえた、ふんわり広がる水色のドレス。
肩口は丸く、袖はすらりと細い。ぬいつけられたリボンとレースが繊細な模様を描き、湖から生まれた妖精のよう。
おろした金髪は華やかに編みこんで、シトラスの白い花をかざっている。
とてもかわいい。
と、ウェイクは思った。
そう伝えようか迷ったけれど、真剣な彼女を前にして言葉を飲みこむ。
「どこに犯人がいるかわからない。用心してくれ」
「ええ、あなたも気をつけてね」
夕焼けのバラ色の瞳で見つめられた青年は、戦場に送り出される英雄みたいな気分になった。
メリーは忙しく調理場に引っこむ。
「さあいくわよ! 古代の探偵乙女、出陣…… あっ、いけない」
やたらと長い裾を踏んでしまい、もどかしそうにドレスをつまみあげる。
「かわいいけれど持て余しちゃう。いざというとき、ちゃんと動けるかしら」
そこへ、大柄なおばさんが手をたたきながら入ってきた。
「ほらほら、ボーッとしないで。
早くワインをお持ちしなさい。坊ちゃまのお客さまに失礼があってはいけませんよ」
「はぁい! 容疑者1、ルーセント卿の乳母さん」
小さくつぶやいたメリーは、杯をのせたお盆を運んでいく。
ウェイクが門を開け、背の高い剣士が入ってくるのが見えた。
「ブラッカーさんだわ、よかった。人魂のままだったらどうしようかと思ったの」
と、彼を見あげてびっくりした。
「イ、イザベルさん!?」
黒い髪と、ふしぎな紫の瞳。整った顔立ち。
ルーセント卿の宿敵は、時計塔の番人によく似ていた。ただし年齢はずっと上で、イザベルの親戚のおじさんというのがぴったり。
彼は少女へ微笑みかけた。
「クロード・ブラッカーですよ。夢乙女のメリー、あらためましてお見知りおきを」
穏やかに礼をして、ワインの杯を悲しそうにながめる。
「ああ、懐かしき器…… 僕はここでもう一度命を落とすのでしょうか?」
それに答えたのはウェイクだった。
ひらひらのシャツをなびかせて走りこみ、勢いよく杯を払いのけた。
「なにっ!?」
ブラッカーはさすがの反射神経で飛びのく。ウェイクが(多少棒読みで)声をはりあげた。
「ああーしまった、気合を入れすぎてとんだご無礼を! メリー、新しい杯をお持ちしてくれー」
「おい、どうしたんだ?」
「あらあら、お掃除しないと……」
ほかの召使いも集まってくる。
あたりにいた者がほとんどそろったのを確かめ、メリーは調理場へ引きかえした。
そこには、目をつりあげた乳母が待ちかまえていた。
「まったく、なにをしているの! さあ、これをブラッカーさまに……」
差しだされたおかわりの杯。間髪いれず、かわいいかけ声がはじける。
「えいっ!」
メリーのお盆がひらめき、おかわりを引っくりかえした。
乳母が大きな悲鳴をあげる。
だけど少女はとまらない、容赦ない。ドレスが赤紫に染まるのにもかまわず、棚に並ぶワインの壷を次から次へとたたき壊していく。
乳母は真っ青になってメリーをつかまえ、金切り声で叫んだ。
「やめなさい、やめて! 早く、はやくワインを出さないとっ」
少女がするどくふりむいた。
「早くワインを出さないと、決闘がはじまっちゃう。
そうおっしゃりたいのね? 毒を入れた犯人は、あなただわ!」
メリーは一瞬で夢から舞いもどった。
そこは荒れはてた夜の城。となりに横たわるウェイクに、そっと声をかける。
「ありがとう、ウェイク。ここで休んでいてね」
それからランタンを持って走りだす。
昨夜、ここにきたとき。黒い影が調理場の窓に映り、メリーをおどかした。
その大きなシルエットは、夢に現れた乳母とぴったりかさなった。
「私たち、とっくに犯人と会ってたんだわ。急がないと逃げられちゃう!」
二本の剣がぶつかって、夢の森にはげしく火花が散った。
「やるな、ブラッカー! さすがは黒い流星」
念願の決闘がかなって、ルーセント卿は楽しそうだ。
一方のブラッカーは心配顔。相手の攻撃を払ったすきに、審判のウェイクへ尋ねた。
「メリー嬢は、あちらに戻って大丈夫なのですか? 一人であの乳母どのを追うのは危険です」
ウェイクが情けなく眉をさげる。
「俺も起きたいんだが。
どうやら、俺たち三人はこんぺいとうでつながっているらしい。全員が目覚めないと、夢を抜け出せないようだ」
そして、絶対に目覚めたがらない者が──
ルーセント卿が、いる。
「うおぉブラッカー覚悟しろ、これぞわが月光の一突き!」
「ああ、めんどうな人だなぁあなたは!」
ついつい身をかわしたブラッカーは、ハッと気がついた。
僕が負ければいいじゃないか。それでなにもかも終わるんだ!
彼は、晴れやかな気持ちで相手の太刀筋へ飛びこんだ。
ルーセント卿がブラッカーの剣をはじきとばし、刃をぴたりと首すじにむけた。
「勝負あり!」
ウェイクが手をあげ、召使いたちが喜びに沸く。
ブラッカーは急ぎ歩み寄り、宿敵に握手を求めた。
「感服いたしました、あなたこそ領主です。さあ、もう目を覚ましましょう」
けれど、ルーセント卿はちっとも嬉しそうじゃなく、口をへの字に曲げていた。
そして、言った。
「やりなおし」
「えっ?」
「ブラッカー、お前は魔道剣士であろう。なのに、一度も魔法を使わなかったではないか」
「…………」
なりゆきを予感したブラッカーとウェイクに、涼しい風が吹く。
ルーセント卿はいそいそと剣を拾い、宿敵へ手渡した。淡色の目が燃えている。
「ほかの者ならいざしらず、我輩に手加減など無用。全力でかかってくるがよい!」
コトリ、と靴の音が反響する。
夏の光があふれていた調理場は、三百年の時間と闇の中に、ずっしり沈んでいた。
「乳母さん。そこにいるんでしょう」
入口に立ったメリーは、ヒビの走る窓にむかって声を張った。
「あなたは、卑怯なやり方でルーセント卿を助けた。
そしてずーっと隠れていたのね。ブラッカーさんを探すあの人を見守りながら、なんにも言わずに……
そのかくれんぼは、今夜で終わりよ!」
びしっとスプーンをつきつける。
もう一方の手には、ちっちゃなお鍋を握りしめ…… やったことはないけれど、悪いおばけはこんぺいとうにしてしまおう!
返事のかわりに、窓ガラスからどす黒いモヤモヤが浮きあがった。
メリーはごくりとつばを飲む。
もうひとつの戦いが、ここにはじまった。




