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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
33/66

第17話 幽霊城、よみがえる謎(後) 1/2

 トラニウス・クラルス・リア・ルーセント卿は、明るい日ざしの下で目を覚ました。

 ハッとかざした手は、透けていない。

 白銀のよろいが輝き、あたりの森を映している。三百年前と同じ緑の色……

「おお、これは」

 気難しい顔に喜びがあふれた。

「我輩はよみがえったぞ。どうだ、朽ちかけていた城もあのように!」


 ピカピカのお城を見あげたとき、来客をつげる角笛が鳴りひびいた。

 扉が開いて、従者のウェイクが走ってくる。細っこくてひよひよだが忠実な青年だ。

「ルーセント卿、ブラッカー様がお越しになりました」

「うむ、もてなしに不足のなきように。定刻になったら庭へ通せ」

「はっ!」

 ウェイクは城へ引きかえす。調理場から顔をのぞかせる少女に、こっそり声をかけた。

「さて、ここからだな。夢の具合はどうだ?」



「ルーセント卿とブラッカーさん、ふたりの記憶はとってもはっきり。毒を盛った犯人を見つけるにはじゅうぶんだわ」

 そう言ってまわりをうかがうメリーは、三百年前の最新ファッションに身を包んでいた。

 胸下から切りかえた、ふんわり広がる水色のドレス。

 肩口は丸く、袖はすらりと細い。ぬいつけられたリボンとレースが繊細な模様を描き、湖から生まれた妖精のよう。

 おろした金髪は華やかに編みこんで、シトラスの白い花をかざっている。


 とてもかわいい。


 と、ウェイクは思った。

 そう伝えようか迷ったけれど、真剣な彼女を前にして言葉を飲みこむ。

「どこに犯人がいるかわからない。用心してくれ」

「ええ、あなたも気をつけてね」

 夕焼けのバラ色の瞳で見つめられた青年は、戦場に送り出される英雄みたいな気分になった。



 メリーは忙しく調理場に引っこむ。

「さあいくわよ! 古代の探偵乙女、出陣…… あっ、いけない」

 やたらと長い裾を踏んでしまい、もどかしそうにドレスをつまみあげる。

「かわいいけれど持て余しちゃう。いざというとき、ちゃんと動けるかしら」


 そこへ、大柄なおばさんが手をたたきながら入ってきた。

「ほらほら、ボーッとしないで。

 早くワインをお持ちしなさい。坊ちゃまのお客さまに失礼があってはいけませんよ」

「はぁい! 容疑者1、ルーセント卿の乳母さん」

 小さくつぶやいたメリーは、杯をのせたお盆を運んでいく。

 ウェイクが門を開け、背の高い剣士が入ってくるのが見えた。

「ブラッカーさんだわ、よかった。人魂のままだったらどうしようかと思ったの」

と、彼を見あげてびっくりした。

「イ、イザベルさん!?」


 黒い髪と、ふしぎな紫の瞳。整った顔立ち。

 ルーセント卿の宿敵は、時計塔の番人によく似ていた。ただし年齢はずっと上で、イザベルの親戚のおじさんというのがぴったり。

 彼は少女へ微笑みかけた。


「クロード・ブラッカーですよ。夢乙女のメリー、あらためましてお見知りおきを」

 穏やかに礼をして、ワインの杯を悲しそうにながめる。

「ああ、懐かしき器…… 僕はここでもう一度命を落とすのでしょうか?」



 それに答えたのはウェイクだった。

 ひらひらのシャツをなびかせて走りこみ、勢いよく杯を払いのけた。

「なにっ!?」

 ブラッカーはさすがの反射神経で飛びのく。ウェイクが(多少棒読みで)声をはりあげた。

「ああーしまった、気合を入れすぎてとんだご無礼を! メリー、新しい杯をお持ちしてくれー」


「おい、どうしたんだ?」

「あらあら、お掃除しないと……」

 ほかの召使いも集まってくる。

 あたりにいた者がほとんどそろったのを確かめ、メリーは調理場へ引きかえした。

 そこには、目をつりあげた乳母が待ちかまえていた。


「まったく、なにをしているの! さあ、これをブラッカーさまに……」

 差しだされたおかわりの杯。間髪いれず、かわいいかけ声がはじける。

「えいっ!」

 メリーのお盆がひらめき、おかわりを引っくりかえした。



 乳母が大きな悲鳴をあげる。

 だけど少女はとまらない、容赦ない。ドレスが赤紫に染まるのにもかまわず、棚に並ぶワインの壷を次から次へとたたき壊していく。

 乳母は真っ青になってメリーをつかまえ、金切り声で叫んだ。

「やめなさい、やめて! 早く、はやくワインを出さないとっ」


 少女がするどくふりむいた。

「早くワインを出さないと、決闘がはじまっちゃう。

 そうおっしゃりたいのね? 毒を入れた犯人は、あなただわ!」



 メリーは一瞬で夢から舞いもどった。

 そこは荒れはてた夜の城。となりに横たわるウェイクに、そっと声をかける。

「ありがとう、ウェイク。ここで休んでいてね」

 それからランタンを持って走りだす。


 昨夜、ここにきたとき。黒い影が調理場の窓に映り、メリーをおどかした。

 その大きなシルエットは、夢に現れた乳母とぴったりかさなった。

「私たち、とっくに犯人と会ってたんだわ。急がないと逃げられちゃう!」





 二本の剣がぶつかって、夢の森にはげしく火花が散った。

「やるな、ブラッカー! さすがは黒い流星」

 念願の決闘がかなって、ルーセント卿は楽しそうだ。

 一方のブラッカーは心配顔。相手の攻撃を払ったすきに、審判のウェイクへ尋ねた。

「メリー嬢は、あちらに戻って大丈夫なのですか? 一人であの乳母どのを追うのは危険です」


 ウェイクが情けなく眉をさげる。

「俺も起きたいんだが。

 どうやら、俺たち三人はこんぺいとうでつながっているらしい。全員が目覚めないと、夢を抜け出せないようだ」

 そして、絶対に目覚めたがらない者が──

 ルーセント卿が、いる。



「うおぉブラッカー覚悟しろ、これぞわが月光の一突き!」

「ああ、めんどうな人だなぁあなたは!」

 ついつい身をかわしたブラッカーは、ハッと気がついた。

 僕が負ければいいじゃないか。それでなにもかも終わるんだ!


 彼は、晴れやかな気持ちで相手の太刀筋へ飛びこんだ。

 ルーセント卿がブラッカーの剣をはじきとばし、刃をぴたりと首すじにむけた。

「勝負あり!」

 ウェイクが手をあげ、召使いたちが喜びに沸く。

 ブラッカーは急ぎ歩み寄り、宿敵に握手を求めた。

「感服いたしました、あなたこそ領主です。さあ、もう目を覚ましましょう」

 けれど、ルーセント卿はちっとも嬉しそうじゃなく、口をへの字に曲げていた。

 そして、言った。


「やりなおし」


「えっ?」

「ブラッカー、お前は魔道剣士であろう。なのに、一度も魔法を使わなかったではないか」

「…………」

 なりゆきを予感したブラッカーとウェイクに、涼しい風が吹く。

 ルーセント卿はいそいそと剣を拾い、宿敵へ手渡した。淡色の目が燃えている。

「ほかの者ならいざしらず、我輩に手加減など無用。全力でかかってくるがよい!」




 コトリ、と靴の音が反響する。

 夏の光があふれていた調理場は、三百年の時間と闇の中に、ずっしり沈んでいた。

「乳母さん。そこにいるんでしょう」

 入口に立ったメリーは、ヒビの走る窓にむかって声を張った。


「あなたは、卑怯なやり方でルーセント卿を助けた。

 そしてずーっと隠れていたのね。ブラッカーさんを探すあの人を見守りながら、なんにも言わずに……

 そのかくれんぼは、今夜で終わりよ!」


 びしっとスプーンをつきつける。

 もう一方の手には、ちっちゃなお鍋を握りしめ…… やったことはないけれど、悪いおばけはこんぺいとうにしてしまおう!

 返事のかわりに、窓ガラスからどす黒いモヤモヤが浮きあがった。

 メリーはごくりとつばを飲む。

 もうひとつの戦いが、ここにはじまった。

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