第16話 幽霊城、よみがえる謎(前) 2/2
「わが宿敵の名は、クロード・ブラッカー。
我輩はあやつと領主の座を争い、決闘を申し入れたのだ。約束の日、ブラッカーはこの城へやってきた!」
ルーセント卿は、すけすけの剣をふりまわしながら通路を進む。
道にたむろしていた人魂が「ひえぇ」というように道を開けた。従者ウェイクは、迷惑な人だな、と主を見る。
迷惑な剣がぴたりととまり、亡霊がつぶやいた。
「だがあやつは、戦う前に死んだ」
ウェイクが眉をひそめる。
「それは気の毒に。なにが起きたのです?」
「我輩は作法にしたがい、試合の前にワインをすすめた。何者かが、そこに毒を入れたのだ」
かわいそうなブラッカーは、その場で息を引きとってしまったという。
結局、犯人はわからずじまい。ルーセント卿は領主になったけれど、こんなうわさが流れた。
“怖気づいたルーセント卿が、毒殺を指示したんじゃないか──”
「それであなたに “へなちょこ弱虫” の称号が? 冤罪ではありませんか!」
ウェイクが同情すると、彼は苦々しい顔でうなずいた。
「たしかにブラッカーは強かった。
魔法をあやつる魔道剣士であり、 “黒い流星” とまで呼ばれた男だ。しかし我輩がなにを恐れるものか、ルーセントの月光の一突きを見よ!」
ぴしっと軌道を描いて剣が走る。引っかかれた壁がもろっと崩れた。
毎晩これでは、城も荒れるはずだ。
ウェイクは深く納得したけれど、幽霊の取りおさえ方はわからない。なんとか口をはさみ、推理のヒントをもらおうとする。
「謎はいまだに残っているのですね。当時の召使いはいらっしゃらないのですか?」
「みな、愛想をつかしてさっさと天へ昇ってしまった。
うぬうぅあれだけの待遇を与えてやったというのになんと薄情な!」
「す、少しお休みになられては……」
頑固で繊細な顔がくるりとふりむく。
「休めだと!?
いいや、ブラッカーを打ち負かすまで我輩はけっして安らぐまい。そう誓って、この百年は眠ってすらいないのだぞっ」
亡霊が暴れ、廊下が壊れる。壁の破片を浴びたウェイクが、ハッとひらめいた。
「“眠る” だって? それだ!
ルーセント卿、捜索は延期です。もっと平和的な方法であなたを助け……」
「どこだあぁブラッカー、姿を見せよおぉ!」
怒りにまかせて駆けていく剣士。
ウェイクは、手を筒にして呼びかけた。
「明日出なおします。どうかその時まで従者にしておいてください!」
ちょうどそのとき、ウェイクの後ろで壁が回転して、メリーがぽいっと押し出された。
「メリー、無事だったか! 君の出番だぞ」
「こんぺいとう再開ね?
どんなお望みも甘く叶える、メリー・シュガーにおまかせを…… あーあ」
彼女は大きく伸びをして、パキパキ首をまわす。ウェイクが心配そうにのぞきこむ。
「首をやられたのか?」
「ゆっくり箱で待ちくたびれたの。ブラッカーさんがいなかったら、退屈で石になっちゃってたかも!」
「え」
目を点にしたウェイクの前に、青白い光が飛んできた。
「こんばんは、調査員どの」
ふわふわの人魂は穏やかにあいさつしたけれど、廊下の先に気づいてはねあがった。
「あっ、ルーセント卿! すみません、私はこれで失礼します」
ブラッカーの魂は、すうっと消えてしまった。
進み出たメリーが目をこらす。
「あの方が、血の気の多いへなちょこ弱虫卿ね? ……あんまりよく見えないわ」
ウェイクがふり返ると、勇ましく暴走する主は、月光の下で哀れなくらい透けていた。
「メア・ディム・ドリム、メア・ディム・ドリム……」
ささやく呪文と甘い香り。
銀のスプーンが宙をかきまぜ、ゆらめく輝きが立ちのぼる。
帰ってきたかわいいこんぺいとう屋さん、メリーの復帰初仕事。ウェイクは、鍋をまわしながらドキドキして見守った。
「今宵一粒、月星ひやり。
遠い日の謎はどんな味? 透きとおる真相にみちびいて!」
スプーンが大きくはずんで、天井をさす。
チラッ、と冷たい光がまたたき、お砂糖がいっぺんに変身した。
半透明の白に、うすい黄色とブルーがもやもや混ざっている。
大きさもツノも、おかしなところはなんにもない、きれいなこんぺいとうのできあがり。
鍋をのぞいたウェイクが明るく笑った。
「大成功だ! やったな、メリー」
少女がほっと息をつく。
「はじめの一歩、なんとかなったわ。時間は大丈夫かしら? 鐘が鳴らないと困っちゃう」
窓にかけていたレースをめくると、時計塔の針は17時前をさしていた。
クロックベルのシンボルは、年に一度の大点検中。すっかり黙りこくっていて、町のみんなは落ちつかない数日をすごしていた。
ウェイクがかいがいしくはたらき、こんぺいとうを仕上げにかかる。
「よし、日没までに城へ行こう。
リボンはこの透けに透けているものだな? 俺の主にそっくりだ」
「オーガンジーっていうの。おばけ専用というわけじゃないの」
「ビンはこの棚の中…… ルーセント卿とブラッカー氏と、二人分か」
「ううん、もうひとつ必要よ」
「なに?」
きょとんとふり返った彼に、メリーが口ごもりながら言う。
「幽霊さんの夢にお邪魔できるか、自信がなくって…… あなたの夢を入口にさせてほしいのだけど、いいかしら」
「なんだ、そんなことか。いくらでも使ってくれ」
さわやかに答えてから気づく。
「俺はあの城で無防備に眠らないといけないのか」
彼の表情が無に近づいた。
メリーは、輪っかのみつあみ頭を深々とさげた。
「えぇ、なんなの君たち?
僕と遊びたいのかと思ったら、フォレスタを “貸して” なんて!」
ヨルは端整な顔をしかめ、屋根裏部屋の入口からお客さまを見おろした。
メリーが必死に手をあわせる。
「毒殺事件の犯人をつきとめたいの。
強くて賢いフォレスタがいてくれたら、とっても助かるわ。お願い!」
「このとおりだ、ヨル。力を貸してくれ」
ウェイクも帽子をとって頭をさげる。
ここは教会の中、うまいぐあいに賛美歌が聞こえてきて、ムードはばっちりだ。
はしごに腰かけたヨルは、バイオリンを膝に置いて首をかしげた。
「んー、それじゃあいいよ? お返しに、なぁんでも言うこと聞いてくれるなら……」
「それはちょっと」
メリーとウェイクが声をそろえる。色々な危機を感じ、とても真剣だ。
ヨルはしなやかな手で黒髪をかきあげ、つんと首をそらした。
「だったらダメ。
フォレスタは僕の友だちだし、今日は夜どおし遊ぶって約束してるんだ。残念でした」
ちょっと舌を出して笑われ、ウェイクは憮然とする。
「無駄足だったな。行こうメリー、遅くなってしまう」
ふたりの背中を眺めていたヨルが、急に声をあげた。
「メリー、あれはどこ? ライオン王子の砂時計」
メリーが不思議そうにふり返る。
「ハーティスさまの贈りもの? 宝物いれにしまってあるわ」
「今夜、役にたつと思う。たぶん」
無邪気に言われて、彼女はとまどう。
「けど、まだ中身が見つからないの。からっぽのままじゃ、なんにも測れない」
すると謎の青年は、お砂糖みたいな微笑みを浮かべた。
「なんにも? 本当に?」
少しの間をおいて、やさしく尋ねる。
「持っていくよね、メリー・シュガー」
少女は、よくわからないけれどうなずいた。
うなずきかえすヨルの瞳の赤が、やわらかい色を帯びた。
「さあ、僕がお手伝いするのはここまで。
ウェイク、君が透けちゃったら泣いてあげる。心からのウソ泣きだよ!」
彼は満足そうにバイオリンをかまえ、独奏の鎮魂歌でお客さまを送りだした。
(第17話につづく)




