第16話 幽霊城、よみがえる謎(前) 1/2
夏の満月は、少し太陽に似てる。
大きくてくっきりきわだって、ちょっとのすき間からもさしこんで……
今夜、メリーとウェイクが目にしているのも、そんな明るい月の光だった。
「きれいだな、メリー」
静かにささやくウェイクは、彼女の肩を抱いている。
ぴったり寄り添ったメリーが、そっと答えた。
「本当にすてきね、ウェイク…… こんな場所じゃなきゃあぁーっ!?」
ボロボロのガラスに大きな人影が映って、メリーは飛びあがった。
「だめだ、見るな!」
ウェイクがすばやく彼女をかばう。けれど、彼の声もばっちり裏返っていた。
ふたりは、とっても古いお城の中を歩いている。
くっつきあっているのは、怖いからだ。
ところどころ崩れた石壁から月光が漏れ、荒れはてた通路を不気味に照らす。
ウェイクは震えながらメリーを見つめた。
「き、君は戻った方がいい。これは調査局の仕事だ」
「ううん、あなたを一人にはできなあぁ人魂っ!」
「見てはいけないいぃ!」
お城があるのは、クロックベルの北側に広がる、深い森の奥。
今日の午後、そのあたりの土地を受けつぐ紳士が、魔法史調査局にやってきた。
「古い城を取り壊そうとしたら、怪奇現象ばかり起きるんだ。
みんな怖がってしまって、作業がちっとも進まない。なんとかしてくれたまえ」
頼みこまれた所長さんは、わたあめ頭をかしげて困り顔。
「伯爵、われわれはおばけの調査はしておりませんですよ。
あなたのお城はとなり町の区分ですし、勝手なことはできません……」
「あちらで声をかけたが、誰も手をあげないのだ。私の町には腰抜けばかり、どこかに勇者はいないものか!」
伯爵が嘆いた、そのとき。
外回りから帰還したウェイクが、さっそうとドアを開けた。
「話は聞かせてもらった。その依頼、俺が受けよう」
「おお、なんとありがたい!」
パッと席をたった伯爵が、青年の手をしっかり握る。ウェイクはキリッと握りかえし、上司へふりむく。
「そういうわけで所長、出動の許可をくれ」
生真面目な顔には、 “勇者になりたいです” と書いてあった。やる気じゅうぶん、今すぐ飛び出していきそうだ。
「ひとりでは危険だよ、わしも一緒に…… うっ、いてて!」
立ちあがりかけた所長さんは、腰を押さえて座りこんでしまう。今朝、やんちゃざかりの孫と遊んでいて痛めたばかりだった。
ウェイクがやさしく押しとどめる。
「いいんだ、身体を大事にしてくれ。それでは伯爵、これから現場を偵察してきます」
そこへ、もう一度ドアが開いた。
夏の光が事務所いっぱいに入りこみ、みんなが目をむける。
涼しげなレースつきのドレスをなびかせて、輪っかのみつあみの少女が不敵に微笑んでいた。
「お話聞かせてもらったわ、ウェイク。その依頼、私が手伝う!」
そうして、勇者になりたい少女と青年はお城を調べている。
メリーがぎこちない手つきで地図を広げた。
「ええっと、さっき通った呪いのガラスが “調理場” ね。
怪現象がいちばん多いのは、地下の “赤い壁の部屋”…… どうしてよりによって赤なのかしら」
「情熱の色ということにしよう。あの階段をおりるんだな」
ウェイクがランタンをかかげると、ぼろぼろの廊下の奥に真っ暗闇が口を開けていた。
引きつって笑うメリー。
「よ、よかった、すごく低いところ。あなたも平気ね」
「ははは地獄よりは標高がありそうだ。メリーすまないが手をつないでくれないか」
「私もお願いしようと思っていたの」
ふたりは、子羊みたいに震えながら石段をくだっていった。
影と月光の通路が静まりかえる。
ガシャッ、
という音が、どこかで響いた。
遠い日々の戦いがよみがえったような、そんな音が。
「ねえウェイク、私だんだん慣れてきたわ。さっきは怖がりすぎたみたい!」
メリーは、たどりついた “赤い壁の部屋” を調べながら言った。
小さな暖炉にたくさんの燭台。かざり彫りの入ったイスやテーブルは、年代物ながらしっかりしている。
かつて赤かった壁はすっかり色あせ、怖いというより寂しげだった。
彼女はウェイクへ笑顔をむける。
「窓がないのが残念だけれど、なかなかすてきなお部屋じゃないかしら?」
「ああ、そうだな。
謎の足音も物音も、夏むきの音楽会と思えば…… おっと、こんなところに絵が」
彼は、すみっこにつみかさなったガラクタの中から、ホコリまみれの肖像画を取り出した。
描かれているのは、ひらひらした豪華な服装の青年だ。
淡い金髪とうすい灰色の瞳。広く張りだした額。
大きな口をへの字に結んでいて、顔かたちは骨太ながらも神経質そうだった。
メリーが興味しんしんでのぞきこむ。
「昔の当主さまかしら? 伯爵さんにあんまり似ていないわ」
「彼の血縁ではないんだろう。
この城の持ち主は、何度か変わっているそうだ。ほら、ここに名前が…… んっ、“へなちょこ弱虫卿” だって!?」
読みあげたウェイクが驚いた、そのとき。
描かれた青年貴族が、サッと怒りの表情に変わった。そして部屋に響く不気味な声。
『わが城は、肝だめし用の遊び場にあらずうぅ……!』
「うわあぁーっ!」
絵を投げ出すウェイク。びっくりしたメリーが飛びのいて、壁に張りつく。
と、その部分がくるっと動いた。
「えっ……?」
ふりむくヒマもなく、壁はあっという間に少女をつれさり、ばたんと閉まってしまった。
「メリー、大丈夫か!?」
ウェイクが恐怖を忘れて壁をたたくが、びくともしない。
「隠し扉か。一体なんだ、この部屋は!」
「わが祖父の代までは拷問部屋だった」
「そうか、そう言われるといかにもそんな感じがする」
ウェイクは、返事が飛んできた方をひょいと見た。
肖像画そっくりの青年貴族が、彼をにらみつけていた。
身体はほとんど透けている。
「……!」
至近距離すぎる幽霊に、口をぱくぱくさせるウェイク。
腕組みした貴族霊は、やれやれとため息をついた。
「なんと軟弱なひよっこだ。恋人を守りたいのなら度胸を見せよ」
「こ、恋人同士に見えたのか、俺とメリーが?」
打ってかわって頬を染めた青年に、霊が呆れかえる。
「本当にお子さまだな。
あの少女は、からくり仕掛けで上階に戻っている。迎えにいって立ち去るがよい。我輩は忙しいのだ」
われに返ったウェイクが、透けた背中を呼びとめる。
「待ってくれ、へなちょこ弱虫卿」
「わが名はトラニウス・クラルス・リア・ルーセント! 不名誉なあだ名で呼ぶなぁっ!!」
怒りの形相でふり返るルーセント卿。
鋼の胸あてがガチャガチャ鳴り、ウェイクがハッとなる。
「この城に敵がひそんでいるのか? 解体工事を邪魔しているのは、そいつかもしれない」
「解体の邪魔だと? なんの話をしているのだ、ひよっこ侵入者」
亡霊はぱちぱちまばたきをした。
彼は怪奇現象にかかわっていないようだ。そう判断したウェイクは、詳しい事情を話した。
しかし、相手はひたすら首をひねった。
「それは妙だな。
わが宿敵は、我輩との決闘から逃げ回っている。城がなくなれば自由になれるのだから、むしろ解体を歓迎するだろう。
まったくあやつめ、どこに隠れているのか……」
彼のしかめっつらを見て、ウェイクはひらめいた。
「では、俺が捜索に協力しよう。
あなた方の決着がついたら、こちらの犯人探しを手伝ってくれないか?」
身を乗り出した青年を、亡霊の淡い目が用心深くうかがう。それから重々しくうなずいた。
「……いいだろう。
ひよひよひよっこウェイク・エルゼン、今宵かぎりわが従者となるのだ。ついてくるがよい」
「おつかえできて光栄です、へなちょこ弱虫ルーセント卿。
まずはメリーを助けに行きたいのですが。犯人に気づかれたら、彼女に危険がおよぶかもしれません」
ルーセント卿は自慢げに顎をそらした。
「心配無用だ。
からくり箱が上にのぼりきるまで、じっくり一時間かかる。そのあいだは誰も手出しできぬよ」
ひどい城だ。一刻も早く壊した方がいい。
ウェイクは決意をあらたにして、透ける主の後につづいた。
そのころ、メリーは箱の中にいた。
怒った肖像画にびっくりして、壁がまわってウェイクが見えなくなって。
暗くてせまい場所でちぢみあがっていると、床がじりじりあがりはじめたのだった。
旅はあんまりスムーズじゃない。
ちょっとのぼれば水平に滑りだし、たまに下にさがって、地下と地上のあいだをさまよいつづけている。
「うう、まっすぐのぼってくれたらいいのに! いつになったら、どこにたどりつくのかしら?」
箱の真ん中には、「どうぞお使いください」というふうにイスが置いてあった。ふかふかクッションつきで座りごこち抜群、うっかり眠ってしまいそう。
彼女は目をこすってつぶやいた。
「ウェイクはきっと大丈夫よね。肖像画のおばけさんも、へなちょこ弱虫だっていうし」
「あのう、そんなことないですよ。ルーセント卿はかなり血の気が多いんです」
「あら、それじゃあ心配……」
メリーは、となりに浮かんでいる青白い光を見つめた。
「あなた、おしゃべりができるの! あの当主さまを知っているのね」
相手はちかちかまたたいて、疲れきった声で答えた。
「よぉーく知っていますとも。
三百年間追いかけられたら、ほろびた骨身にも染みるというものです」




