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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
30/66

第15話 レインのとっておき 2/2

「それで私は、レオール王国に」

「ふむふむ」


「ヨルっていう人と、一緒に」

「なるほど」


「問題を、解決、し、て……

 あの、イザベルさん。この階段どこまでつづくのかしら!? うっ、動悸が……!」


 メリーは、ぜいぜい言って手すりにもたれかかった。

 すばやく助けに戻った番人が、まばゆい笑顔をむける。


「私があまり外に出ない理由がおわかりですね。一日の運動が、この中ですんでしまうのですよ」

「恐怖の塔だわ」

「あと50段もありません。がんばりましょう」



 ひっぱられたり押されたり、はるか高い文字盤のそばまで。

 番人の部屋に入ると、大きな窓に雨の町が広がった。

 それはしっとり風情のある、すてきな眺め……


 だけど、予想外のトレーニングを終えたかよわい少女の目には、もうイスしか映らない。

「ああ、なんて愛おしい平らな木材……!」

 よろよろ席についたメリーは、やっとひと心地ついた。



 くわしいいきさつを聞くと、イザベルはゆっくりうなずいた。

「そういうことでしたか。よくわかりました」

 それから、まぶたを閉じて考える。

 ──なんだか、占い師さんみたい。

 むかいに座ったメリーは、そわそわしながら彼女を待つ。ぱちっと紫の目がひらき、結果がつげられた。


「ウェイクさんは、あなたが好きなのです」


「うぐっ!?」

 おいしいお茶が勢いよくのどにつまった。びっくり見開いた目に、涙がたまる。

「だ、出しぬけになにをおっしゃるの、イザベルさん?」


「彼はこう思っているんでしょう。

 困っているあなたを助けるのは、自分でありたいと。これは愛情、親愛の情です」


「親愛。

 そうね、彼は大切なお友だちだもの。これからもずっと仲よくしたい……」


 メリーは、カップにむかって何度もうなずく。

 けれど、お茶の泉にうつる表情は、ずんと重たい。輪っかのみつあみにもハリがなかった。



 これは、ウェイクとの気まずい行きちがいのせい?

 それとも、“親愛” と “お友だち” という言葉のせい? いったいどっちなの、メリー・シュガー……


 きらめく答えは聞こえない。

 自分の心が、すっかりわからなかった。



 時計塔の番人は、唐突で的確だった。

「あなたは、魔法をお持ちです」

「えっ!」

 じっと固まっていた少女が、はじかれたように顔をあげる。

 イザベルは、少し身を乗り出して、ひみつを明かすようにささやいた。


「誰もが持っている、心の魔法。

 本当の気持ちを伝えれば、かならず彼に届きますよ」


 とても美しい笑顔は、どこか寂しげで、メリーをハッとさせた。

 ぴったりの返事を見つけられず、ただイザベルと見つめあう。

 すると、そのとき。

 小雨の窓に大きな影がひるがえった。

 フクロウだ。




「あら、今日はお客さんが多いですね」

 ふりかえったイザベルを、メリーがとめる。

「待って、あれはヨルの鳥なの!」

「ええ、フクロウは夜の鳥」


 番人が窓を開けると、大きな鳥が吸いつくように舞いおりた。

 メリーは、イザベルを守るように前に出る。

「こんにちは、フォレスタ。

 お茶がほしいのかしら、それとも、このバター香る厚焼きクッキー…… あらっ?」


 そっと首を伸ばした彼女は、眉をはねあげた。

 湿った羽毛の背中が、ちょこんと盛りあがっている。

 もっと近づいてみると、ケープをまとったちっちゃなリスが、つぶらな瞳をぱちぱちしていた。

「レイン!? どうしてフォレスタの上に!」



 イザベルも動物たちをのぞきこんだ。

「捕獲ではなさそうです。これはまったくの善意、そうでしょう?」

 問いかけられたフクロウは、知らんぷりして片方の翼を伸ばした。


 なだらかな斜面を、レインが滑りおりてくる。

 メリーは、小さな身体をすくいあげ、ハンカチで水滴をぬぐった。

「なにがあったの、レイン。まさか、ウェイクがどうかしたの!?」


 かしこいレインが、ふさふさのしっぽをピンと立て、危機を伝える。

「……大変、高いところにのぼってしまったのね!

 ごめんなさいイザベルさん、私、ウェイクを助けにいかなくちゃ」


 彼女は、レインを抱いて部屋を飛びだした。

 かと思うと、あわてて戻って顔を出す。

「お茶をごちそうさま。次はぜひ、私のお部屋にいらしてね」

 忙しく手をふり、今度こそ階段を駆けおりていった。



「愛ですね」

 少女を見送った番人は、しみじみ断言し、窓へふりむく。

 フクロウはそこにとどまっていた。

 イザベルが微笑む。

「この雨に翼を。あなたはやさしい鳥……」


 半月のような眼が彼女をとらえる。声はなくても、言葉はそこにあった。

(借りを返しただけだ。義理とやさしさは違う)

「かさなることもあります」

 落ちついて答えるイザベルを見すえ、フォレスタは首をかたむけた。



(お前は何者だ?

 マスターがお前を恐れている。気まぐれで自由奔放でやりたい放題の、あの私のマスターが)


 イザベルは、唇のはしをほんの少しあげて、繊細な笑みで答えた。

 窓に手をかけ、空を見あげる。

「さようなら、やさしい夜の鳥。もうすぐあなたの時間ですね」




 ものすごい勢いで塔をおりたメリー。

 ぐるぐるの下り坂の途中で、目指す相手とはちあわせた。

「ウェイク!」

「メリー、どうしたんだ!?」

 びっくりした彼は、坂の高さも忘れて駆け寄る。

 輪っかのみつあみの少女は、差しのべられた手をぎゅっと握った。


「よかった、無事だったのね! レインが知らせてくれたの、あなたが危ないって」


「なんだと?

 俺はレインをさがしていたんだ。下界で見つけられず、君に会いに行こうと…… その、結局頼ってばかりだが」


 しどろもどろの彼に、レインがパッと飛びうつる。

 ふさふさのしっぽが、元気に首すじをたたいてこう言った。

(ほら、ごめんねチャンス到来!)


 ウェイクは胸をつかれた。

「レイン。そうか、このために……」

 ヨルに鍋をまわされたからといって、あんな八つ当たりを──

 自分の子どもっぽさを思い出し、頬が熱くなる。先に口をひらいたのは、メリーだった。


「あのね、ウェイク。

 私、きっとまたこんぺいとうをつくるわ。

 そのときはお鍋をまわしてほしいの。ほかの誰でもない、あなたに」



 じっと見あげてくる青い瞳。

 どんな海にも空にもない、夢の色。

 一度踏みいれば抜けだせない。わかっていながら、誰が飛びこむ?



 魅入られた青年は、短いひとことで飛びこんだ。

「君のためなら、よろこんで」



「ありがとう」

 ふしぎな少女は、お砂糖みたいな微笑みを返した。

 いつのまにか、あたりには夏の夕方らしいさわやかな光が満ちている。

 ふたりは、照れくさそうに笑顔をかわした。


「雨もおしまいね」

「ああ、ずいぶん長かったな」

「そうね、やっぱりお日さまが好き……」

と言いかけたメリーが、ハッと息をのむ。


「いけない! イザベルさんのところに、傘を忘れてきちゃった」

「時計塔に行ったのか?」

「ええ……

 それはそれはすさまじい階段だったの。番人さんって、強くないと務まらないのね」


 乙女の両足は早くも痛みだしている。

 メリーは、決意をこめて沈む夕陽を見た。


「あした。明日取りにいきます、誓って」

 一緒にふりむいたウェイクは、まぶしさに目を細め、ぽつりとつぶやいた。


「俺も、塔にのぼっていたんだ」



「えっ、やっぱり危険なところにいたのね! どこなの、この町の中?」

 ふたたびあわてたメリーに、彼は情けない笑顔をむけた。


「意地っぱりの塔。

 あやうくおりられなくなるところだった。この前はすまなかった、メリー」



 彼の首もとで、レインはすっかり満足そう。

 笑いあうふたりを見あげながら、揺れるしっぽが言うことには──


(謎とスリル、それから“ごめんね“。これが、とっておきの仲なおりレシピ!)



   (第15話 おわり)


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