第15話 レインのとっておき 2/2
「それで私は、レオール王国に」
「ふむふむ」
「ヨルっていう人と、一緒に」
「なるほど」
「問題を、解決、し、て……
あの、イザベルさん。この階段どこまでつづくのかしら!? うっ、動悸が……!」
メリーは、ぜいぜい言って手すりにもたれかかった。
すばやく助けに戻った番人が、まばゆい笑顔をむける。
「私があまり外に出ない理由がおわかりですね。一日の運動が、この中ですんでしまうのですよ」
「恐怖の塔だわ」
「あと50段もありません。がんばりましょう」
ひっぱられたり押されたり、はるか高い文字盤のそばまで。
番人の部屋に入ると、大きな窓に雨の町が広がった。
それはしっとり風情のある、すてきな眺め……
だけど、予想外のトレーニングを終えたかよわい少女の目には、もうイスしか映らない。
「ああ、なんて愛おしい平らな木材……!」
よろよろ席についたメリーは、やっとひと心地ついた。
くわしいいきさつを聞くと、イザベルはゆっくりうなずいた。
「そういうことでしたか。よくわかりました」
それから、まぶたを閉じて考える。
──なんだか、占い師さんみたい。
むかいに座ったメリーは、そわそわしながら彼女を待つ。ぱちっと紫の目がひらき、結果がつげられた。
「ウェイクさんは、あなたが好きなのです」
「うぐっ!?」
おいしいお茶が勢いよくのどにつまった。びっくり見開いた目に、涙がたまる。
「だ、出しぬけになにをおっしゃるの、イザベルさん?」
「彼はこう思っているんでしょう。
困っているあなたを助けるのは、自分でありたいと。これは愛情、親愛の情です」
「親愛。
そうね、彼は大切なお友だちだもの。これからもずっと仲よくしたい……」
メリーは、カップにむかって何度もうなずく。
けれど、お茶の泉にうつる表情は、ずんと重たい。輪っかのみつあみにもハリがなかった。
これは、ウェイクとの気まずい行きちがいのせい?
それとも、“親愛” と “お友だち” という言葉のせい? いったいどっちなの、メリー・シュガー……
きらめく答えは聞こえない。
自分の心が、すっかりわからなかった。
時計塔の番人は、唐突で的確だった。
「あなたは、魔法をお持ちです」
「えっ!」
じっと固まっていた少女が、はじかれたように顔をあげる。
イザベルは、少し身を乗り出して、ひみつを明かすようにささやいた。
「誰もが持っている、心の魔法。
本当の気持ちを伝えれば、かならず彼に届きますよ」
とても美しい笑顔は、どこか寂しげで、メリーをハッとさせた。
ぴったりの返事を見つけられず、ただイザベルと見つめあう。
すると、そのとき。
小雨の窓に大きな影がひるがえった。
フクロウだ。
「あら、今日はお客さんが多いですね」
ふりかえったイザベルを、メリーがとめる。
「待って、あれはヨルの鳥なの!」
「ええ、フクロウは夜の鳥」
番人が窓を開けると、大きな鳥が吸いつくように舞いおりた。
メリーは、イザベルを守るように前に出る。
「こんにちは、フォレスタ。
お茶がほしいのかしら、それとも、このバター香る厚焼きクッキー…… あらっ?」
そっと首を伸ばした彼女は、眉をはねあげた。
湿った羽毛の背中が、ちょこんと盛りあがっている。
もっと近づいてみると、ケープをまとったちっちゃなリスが、つぶらな瞳をぱちぱちしていた。
「レイン!? どうしてフォレスタの上に!」
イザベルも動物たちをのぞきこんだ。
「捕獲ではなさそうです。これはまったくの善意、そうでしょう?」
問いかけられたフクロウは、知らんぷりして片方の翼を伸ばした。
なだらかな斜面を、レインが滑りおりてくる。
メリーは、小さな身体をすくいあげ、ハンカチで水滴をぬぐった。
「なにがあったの、レイン。まさか、ウェイクがどうかしたの!?」
かしこいレインが、ふさふさのしっぽをピンと立て、危機を伝える。
「……大変、高いところにのぼってしまったのね!
ごめんなさいイザベルさん、私、ウェイクを助けにいかなくちゃ」
彼女は、レインを抱いて部屋を飛びだした。
かと思うと、あわてて戻って顔を出す。
「お茶をごちそうさま。次はぜひ、私のお部屋にいらしてね」
忙しく手をふり、今度こそ階段を駆けおりていった。
「愛ですね」
少女を見送った番人は、しみじみ断言し、窓へふりむく。
フクロウはそこにとどまっていた。
イザベルが微笑む。
「この雨に翼を。あなたはやさしい鳥……」
半月のような眼が彼女をとらえる。声はなくても、言葉はそこにあった。
(借りを返しただけだ。義理とやさしさは違う)
「かさなることもあります」
落ちついて答えるイザベルを見すえ、フォレスタは首をかたむけた。
(お前は何者だ?
マスターがお前を恐れている。気まぐれで自由奔放でやりたい放題の、あの私のマスターが)
イザベルは、唇のはしをほんの少しあげて、繊細な笑みで答えた。
窓に手をかけ、空を見あげる。
「さようなら、やさしい夜の鳥。もうすぐあなたの時間ですね」
ものすごい勢いで塔をおりたメリー。
ぐるぐるの下り坂の途中で、目指す相手とはちあわせた。
「ウェイク!」
「メリー、どうしたんだ!?」
びっくりした彼は、坂の高さも忘れて駆け寄る。
輪っかのみつあみの少女は、差しのべられた手をぎゅっと握った。
「よかった、無事だったのね! レインが知らせてくれたの、あなたが危ないって」
「なんだと?
俺はレインをさがしていたんだ。下界で見つけられず、君に会いに行こうと…… その、結局頼ってばかりだが」
しどろもどろの彼に、レインがパッと飛びうつる。
ふさふさのしっぽが、元気に首すじをたたいてこう言った。
(ほら、ごめんねチャンス到来!)
ウェイクは胸をつかれた。
「レイン。そうか、このために……」
ヨルに鍋をまわされたからといって、あんな八つ当たりを──
自分の子どもっぽさを思い出し、頬が熱くなる。先に口をひらいたのは、メリーだった。
「あのね、ウェイク。
私、きっとまたこんぺいとうをつくるわ。
そのときはお鍋をまわしてほしいの。ほかの誰でもない、あなたに」
じっと見あげてくる青い瞳。
どんな海にも空にもない、夢の色。
一度踏みいれば抜けだせない。わかっていながら、誰が飛びこむ?
魅入られた青年は、短いひとことで飛びこんだ。
「君のためなら、よろこんで」
「ありがとう」
ふしぎな少女は、お砂糖みたいな微笑みを返した。
いつのまにか、あたりには夏の夕方らしいさわやかな光が満ちている。
ふたりは、照れくさそうに笑顔をかわした。
「雨もおしまいね」
「ああ、ずいぶん長かったな」
「そうね、やっぱりお日さまが好き……」
と言いかけたメリーが、ハッと息をのむ。
「いけない! イザベルさんのところに、傘を忘れてきちゃった」
「時計塔に行ったのか?」
「ええ……
それはそれはすさまじい階段だったの。番人さんって、強くないと務まらないのね」
乙女の両足は早くも痛みだしている。
メリーは、決意をこめて沈む夕陽を見た。
「あした。明日取りにいきます、誓って」
一緒にふりむいたウェイクは、まぶしさに目を細め、ぽつりとつぶやいた。
「俺も、塔にのぼっていたんだ」
「えっ、やっぱり危険なところにいたのね! どこなの、この町の中?」
ふたたびあわてたメリーに、彼は情けない笑顔をむけた。
「意地っぱりの塔。
あやうくおりられなくなるところだった。この前はすまなかった、メリー」
彼の首もとで、レインはすっかり満足そう。
笑いあうふたりを見あげながら、揺れるしっぽが言うことには──
(謎とスリル、それから“ごめんね“。これが、とっておきの仲なおりレシピ!)
(第15話 おわり)




