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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─1─ クロックベルのメリー
3/66

第2話 ウェイクの薬はちょっと苦い 1/2

 ウェイク・エルゼンはドアをたたいていた。

「魔法史調査局だ。聴取にきた、ここを開けろ」

 ノックをとめて耳をすます。

 三階建てのてっぺん、吹き抜けの廊下は、シーンと静まり返っている。


 彼は、少し口調を強めた。

「メリー・シュガー、君は監視対象に指定されている! おとなしく出てきな……」

「こんにちはウェイクさん」

「うわぁっ!?」

 背後からあいさつされた青年は、垂直に飛びあがった。


「いいジャンプだわ。さすが調査員!」

 はしゃぐ声にふりむけば、金の髪に青い目の少女が楽しげに見あげてくる。

 今日は輪っかのみつあみに紺のリボンを結び、ブラウスもスカートも秋の色。この前よりずっとおとなっぽかった。

 先手をとられたウェイクは、メリーが抱える買い物袋に目を走らせる。


「怪しいものを仕入れたようだな。なんの取引をしてきたんだ」

「お昼の材料をそろえに、ちょっと下界まで。ライ麦パンのサンドイッチはお好き?」

「……その回答は具によって変わるが、俺にごちそうしようというならムダだ。監視対象から食べものは受けとれない」


「それは残念! じゃあ、また今度」

 メリーは調査員のマントを引っぱって脇にどけ、スカートのポケットをさぐる。


「おかしいわ、カギをどこにやったのメリー・シュガー? コインと一緒に払ってしまったのかしら、いくら金属だからってそれはカギにもコインにも失礼……」


 とまらない独りごと、パタパタ飛びまわる手、いつまでも見つからないカギ。

 ウェイクは無言で買い物袋を持ってやった。メリーがパッと笑顔になる。

「まあ、ありがとう。クロックベル一番の紳士ね」

「ちがう。逃げようとしてもそうはいかないぞ。詳しく説明してもらう、このあいだの現象について」

 キリッと言いきったとき、時計塔から正午の鐘が響いてきた。



 目の前でできあがった、夢のこんぺいとう。

 先日、メリーに出会ったあとで、事務所に戻ったウェイクはきっちり報告した。

「こんぺいとう屋だ、暫定だが。スプーンで砂糖をまぜて、一瞬で星をつくっていた」


 これを聞いたおじいさん所長は、初めていぶかしげな顔になった。

「それは奇妙だ。あのお菓子は、つくるのに何時間もかかるはずだよ。大きな粒にするには数日かけるそうだ」


「では、やはり陰謀……!」

「そこまでは行かん。戻っておいでウェイク」

 所長さんが青年をなだめ、それからやっぱり首をひねった。


「そのメリーという子。ひょっとしたら、今に生きる魔法つかいかもしれないなあ」

「俺もそう思ったんだが。あらためて言葉にすると、夢物語みたいだ」

 ウェイクはすんなりした眉をさげ、自信なさげに答える。

 二人は一緒になって考えこんだ。



 大きな魔法がぶつかりあったのは、もう遠い昔のこと。

 不思議な力は、ある時はじけて散らばって――


 当時の魔法つかいの手記によれば、

「粘土が砂に変わってしまい、私たちはなんの形もつくれなくなった!」


 そんなわけで、今となっては、見えない砂つぶとしてみんなの暮らしにただよっている。

 たとえば、郵便屋さんが踏みこんだペダルにまとわりついたり。

 子守唄のメロディーに乗って、赤ちゃんのほっぺたでぽよんとはねたり。

 祝祭にかかげたランタンの光にそっとまざっていたり……


 なんとなく、なにかが起こる、かもね?

 そんなあいまいな予感として残っているだけ。

 ウェイクは、そのぼんやりした予感を確かめようと、ふたたびメリーを訪ねてきたのだった。



「この世界では、もう誰も魔法を使えない。それなのにメリー、君は……」

と、ウェイクが、机に乗っているこまごましたものを指す。

「ありえない現象を起こした。この普通きわまりないスプーンと鍋で」


「“ありえない現象”? あんまりロマンチックじゃないわね、調査局はそういう言葉がお好みなの?」

 メリーは仕切りの奥の小さなキッチンから答える。

 熱いお湯のコポコポいう音と、紅茶の香り。

 平和な雰囲気に騙されてはいけない。ウェイクは灰色の目を慎重にまたたかせた。


「君が認めるなら、魔法と呼ぶ」

「そう呼ぶなら、あなたは魔法にかかわる陰謀に手を貸したことになるわね。ふふふ」

「共謀罪、だと……?」

「冗談です。ねえ、ちっちゃな奇跡、っていうのはどうかしら? ずっとすてきだと思うわ」


 トレーを運んできたメリーは、ごちゃごちゃの机の前でまごついた。

 ウェイクが無言で片づけてやる。このかわいい魔女は整理整頓が苦手らしい。

「ああ、ありがとうウェイクさん。どうぞ、すわって」

「ウェイクでかまわない。俺は楽しいお知りあいじゃないし、紅茶よりコーヒー派だ」

 彼は窓に背をむけて腕組みした。


「いいかメリー、呼び方の問題ではない。

 もし君が、秘密の力をよいことに使っていても、それを嗅ぎつけた悪人にねらわれるかもしれないだろう?

 魔法史調査局は、よみがえった魔法の悪用をふせぐ義務があるんだ」


 彼が真面目に語ってるあいだ、メリーはうすくスライスしたパン(軽く焼いてある)にバターとマスタードを塗りたくっていた。

「つまり、私が危ない目にあったら、いつでもどこでもあなたが助けにきてくれるっていうことね。すてき!」


 そういいつつ、心はサンドイッチに奪われている。

 彼女は、ピクルスとチーズとスモークチキンを手ばやくはさみ、

「失礼」

とウェイクにことわってから一口目をかじった。


「なんとも幸せそうな魔法つかいだな」

「そうね、おいしさって魔法ね」

「君はすっとぼける魔法がうまい」

 調査員は、本日もからぶりだと悟ってため息をついた。


 お茶を飲んだメリーが視線をあげる。

「そうだ。あなたへお礼があるの」

「俺に?」

「そこの引き出しを開けて、そうそれ。手前にある、ブルーのリボンの……」


 青いリボンのかかった、小さなビン。

 透明なガラスの中には、空色の星々がつまっていた。


 こんぺいとうを手にしたウェイクは、じろりとメリーを見る。

「なんの呪いをかけようというんだ?」

「呪いをとくんです。あなた、高いところから落っこちる夢に悩んでるんじゃない?」

「なっ……」

 彼は言葉をうしなって、それが答えになった。

「そうだと思ったの。長いあいだ、くり返し見てるでしょう」

 メリーはもう笑っていない。驚いて固まる青年に、静かなまなざしをそそいだ。


「助けられるかも。私のちっちゃな奇跡で」

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