第15話 レインのとっておき 1/2
今日は朝から雨ふり。
時計塔のそびえる高台に、大きな雨音が響く。
細長い建物の、てっぺんの部屋のドアには、こんなプレートがかかっていた。
☆こんぺいとう おやすみです ごめんなさい☆
メリー・シュガーは、ごちゃごちゃの机の前にちゃんとすわっている。
けれど、青い瞳はすっかりかがやきをなくしていた。ノートを広げて頭をしぼる。
「後悔がスプーン2さじ、夏の思い出が3さじ…… わからないわ、なにがいけなかったのかしら」
実は、レオール王国から帰って以来、こんぺいとうの調子が悪い。
ごろごろ大きすぎたり、つぶつぶ小さすぎたり。
トゲがやたら長いかと思えば、スプーンの上でへにょへにょに溶けてしまったり……
原因をつきとめようと、ペンをインクにひたすけれど、迷えるうずまきを描くばかり。
ため息をついて手をとめて、うす暗い窓をながめた。
異変に気づいたのは、数日前のこと。
「最近、ケンカ別れしてしまった友だちが夢に出てくるんだ。
しかし、原っぱの遠くにいて、走っても走ってもたどりつけないんだよ」
そんな悩みをうちあけたのは、ルシアがかよう学校の先生。
メリーは自信たっぷりに受けあった。
「五十年前の、苦い夏……
このメリー・シュガーが、甘くよみがえらせてみせます!」
そうしてつくったのは、あざやかなヒマワリ色のこんぺいとう。
空色とアイボリーのリボンをかさねて結び、先生に贈った。
次の日、彼は笑顔でドアをたたいた。
「すごかったよ、ミス・シュガー! 私と友だちは、ヒマワリ色の海で海賊と戦ったんだ」
「えっ」
「力をあわせて4隻も沈めてやったよ。
そしたら友だちが、 “今は海の上だけど、目覚めれば川ぞいの町にいるんだ” と言うじゃないか。すぐ会いにいくよ、本当にありがとう」
「まあ…… よかった……」
かろうじて笑顔を浮かべたメリー。
心の中では、どこまでもどこまでも首をかしげて、景色がひっくりかえっていた。
ウェイクが里帰りから戻ってくると、彼女はまっさきに相談した。
「海賊なんて、そんなスパイスを加えたつもりはないのに。
スプーンがまがっているのかしら……」
青年は、事務所の机につき、生真面目に考える。
「レオール王国で、なにか悪いものを食べなかったか。
レインのために買ったクルミが傷んでいて、自分で食べたら体調をくずしたことがある」
「それは大丈夫だと思うわ。ヨルも元気にうろついてるもの」
「ああ、あいつがくっついてきたんだったな。
宮廷に姫君にヨル、いかにも危ない取りあわせだ」
おかしそうに目を細めるウェイク。メリーは身を乗り出した。
「そう、こんぺいとうを邪魔されたの!
素直にお鍋をまわしてくれたから、油断しちゃった」
ウェイクの動きが、ぱたりととまる。
「……あいつが、鍋まわしを?」
「ええ。宮廷の調理場に、ふたりでもぐりこんだの。
結局、彼のおかげでなんとかなったわ。気まぐれだけれど、頼りになるのね」
楽しそうに語る前で、ウェイクの表情がどんどん薄くなっていく。
「あなたはどうだった、故郷でゆっくり……
あら、どこにいくの。見回りは終わったんでしょう?」
メリーは、いきなり立ちあがった青年を、不思議そうにのぞきこんだ。
彼は短く答える。
「散歩だ」
そして帽子もかぶらず、カゴから見あげるレインに「行ってくるよ」のあいさつもせず、ドアを開ける。
メリーがあわてて追いかけた。
「待ってウェイク、急にどうしたの!」
「どうもしていない」
彼は、肩ごしにふりかえり、ぼそっと言った。
「君には休養をすすめる。きっと、楽しい旅の疲れが出たんだろう」
そんなわけで、メリーは夏休み中。
「なにが気にさわったのかしら、ウェイク。
すてきなジェシオさまについて語るのは我慢したのに……」
ぎこちない別れになってしまい、レシピ研究の気分も乗らない。
あきらめたメリーは、ついにノートを閉じる。
「ルシアもおでかけしてるし、どうしようかな。お昼寝したって、夢が見れなきゃひとりぼっちね」
しょぼくれて窓辺に寄ると、雨のむこうで鐘が歌った。
日曜日だけの、15時の合図──
なんとなく、「おいで」と聞こえた。
「……そうだ!
時計塔の、新しい番人さん。まだ、ちゃんとごあいさつしていなかったわ」
いそいそとおめかししたメリーは、小さな傘をさし、町のてっぺんまで坂をのぼっていった。
一方、ウェイク・エルゼンは焦っていた。
「ああ、あああ……!」
震える手で、事務所の本棚や机をひっくりかえす。奥の部屋から、所長さんが綿あめ頭をのぞかせた。
「おやウェイク、大掃除かい」
「レ、レインが消えた! かわいいから誘拐されたに違いない、これは陰謀だ!」
「ひさしぶりだなあ、君の陰謀論。
レインはお散歩じゃないかね? 上着をきていったようだよ」
カゴをよく見れば、小さなケープ(ウェイクの手づくり。夏用のレース素材)がなくなっている。
しかしウェイクは、青ざめた顔を横にふった。
「この雨の中を、たったひとりで、クルミも持たずに? ありえない、異常事態だ」
所長さんが、部下の肩をたたく。
「それでは、手わけして町をさがそう。ミス・シュガーにも協力してもらったらどうだい?」
青年は、ちょっと口ごもってから答えた。
「……いや、彼女は休養中だ。レインは俺が助けだしてみせる」
時計塔の美しい番人は、おとずれた少女へ微笑みかけた。
「ミス・メリー・シュガー。ようこそ、時のしくみの中へ」
一直線に切りそろえた黒い前髪、白い肌、透きとおる紫の瞳。突然の訪問にも、驚くそぶりはない。
やっぱり、私を呼んだんだわ。
メリーはそんな気がした。
「さあどうぞ。足もとに気をつけて……」
静かにまねき入れられ、らせん状の階段をのぼる。
見あげれば、大きな歯車たちが、休むことなくはたらいていた。キリリ、とまわりつづける音が耳をくすぐる。
「塔の心臓ですよ」
前を進むイザベルが言い、メリーはびっくりした。
背中をむけているのに、どうしてわかったんだろう? ちょっと探るように答えてみる。
「本当に、よく見えるのね」
「ええ、隠すことなどありません」
「てっきり秘密かと思っていたの」
「この塔は、みなさんの想像をかきたてるようですね」
すいすい階段をのぼっていく彼女は、夏のさかりにローブをまとっているのに、とっても涼しげ。
まるで謎めいた宝石。
あなたはだあれ、ふしぎな人――
そう考えていると、宝石が口を開いた。
「あなたは、ふしぎな女の子」
「えっ!」
階段の上で飛びあがるメリー。
番人は、手すりに指をそえてふり返った。
「郵便屋さんが、お手紙に書いていました。
クロックベルのこんぺいとう屋さんは、すてきでふしぎな方だと」
「ああ、ステファン! お手紙のやりとり、つづいているのね」
メガネをかけた、気弱な青年が思い浮かぶ。
郵便屋ステファンは、少し前、メリーに助けを求めにきた。
「イザベルの夢ばかり見てしまう」と、顔を赤くして。
彼女はこうはげました。
「それは、あなたが自分で解ける謎。こんぺいとうの出番はないわ」
居あわせたウェイクもうなずく。
「ああ、きわめて個人的な問題だな。調査局としても関与できない」
「ウ、ウェイクさんまで! そんなこと言わずに、力を貸してください……」
郵便屋さんが泣きつくと、ウェイクは友だちの頭をぽんぽんした。
「よき友人のために、いくらでも応援しよう。がんばれ、ステファン」
珍しく、にっこり笑った彼。
その姿はメリーの心に焼きついた。
けれど、 “散歩だ” とむけられたあの日の背中が、すてきな笑顔を隠してしまった。
心が沈んで、足がとまる。
メリーはぽつりとつぶやいた。
「いつも、やさしいのに」
イザベルが数段おりてきて、うつむいた少女の肩にふれた。
「ミス・シュガー。よろしければ、お話をうかがいましょう」
「私の……?」
メリーは、とまどって番人を見あげる。
「はい。あなたの影を晴らすために」
濡れた窓を背に、アメジストの瞳がひそやかに輝いた。




