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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
29/66

第15話 レインのとっておき 1/2

 今日は朝から雨ふり。

 時計塔のそびえる高台に、大きな雨音が響く。

 細長い建物の、てっぺんの部屋のドアには、こんなプレートがかかっていた。


  ☆こんぺいとう おやすみです ごめんなさい☆


 メリー・シュガーは、ごちゃごちゃの机の前にちゃんとすわっている。

 けれど、青い瞳はすっかりかがやきをなくしていた。ノートを広げて頭をしぼる。


「後悔がスプーン2さじ、夏の思い出が3さじ…… わからないわ、なにがいけなかったのかしら」



 実は、レオール王国から帰って以来、こんぺいとうの調子が悪い。

 ごろごろ大きすぎたり、つぶつぶ小さすぎたり。

 トゲがやたら長いかと思えば、スプーンの上でへにょへにょに溶けてしまったり……


 原因をつきとめようと、ペンをインクにひたすけれど、迷えるうずまきを描くばかり。

 ため息をついて手をとめて、うす暗い窓をながめた。




 異変に気づいたのは、数日前のこと。

「最近、ケンカ別れしてしまった友だちが夢に出てくるんだ。

 しかし、原っぱの遠くにいて、走っても走ってもたどりつけないんだよ」


 そんな悩みをうちあけたのは、ルシアがかよう学校の先生。

 メリーは自信たっぷりに受けあった。

「五十年前の、苦い夏……

 このメリー・シュガーが、甘くよみがえらせてみせます!」


 そうしてつくったのは、あざやかなヒマワリ色のこんぺいとう。

 空色とアイボリーのリボンをかさねて結び、先生に贈った。



 次の日、彼は笑顔でドアをたたいた。

「すごかったよ、ミス・シュガー! 私と友だちは、ヒマワリ色の海で海賊と戦ったんだ」

「えっ」


「力をあわせて4隻も沈めてやったよ。 

 そしたら友だちが、 “今は海の上だけど、目覚めれば川ぞいの町にいるんだ” と言うじゃないか。すぐ会いにいくよ、本当にありがとう」


「まあ…… よかった……」

 かろうじて笑顔を浮かべたメリー。

 心の中では、どこまでもどこまでも首をかしげて、景色がひっくりかえっていた。



 ウェイクが里帰りから戻ってくると、彼女はまっさきに相談した。

「海賊なんて、そんなスパイスを加えたつもりはないのに。

 スプーンがまがっているのかしら……」


 青年は、事務所の机につき、生真面目に考える。

「レオール王国で、なにか悪いものを食べなかったか。

 レインのために買ったクルミが傷んでいて、自分で食べたら体調をくずしたことがある」


「それは大丈夫だと思うわ。ヨルも元気にうろついてるもの」

「ああ、あいつがくっついてきたんだったな。

 宮廷に姫君にヨル、いかにも危ない取りあわせだ」


 おかしそうに目を細めるウェイク。メリーは身を乗り出した。

「そう、こんぺいとうを邪魔されたの!

 素直にお鍋をまわしてくれたから、油断しちゃった」



 ウェイクの動きが、ぱたりととまる。

「……あいつが、鍋まわしを?」


「ええ。宮廷の調理場に、ふたりでもぐりこんだの。

 結局、彼のおかげでなんとかなったわ。気まぐれだけれど、頼りになるのね」


 楽しそうに語る前で、ウェイクの表情がどんどん薄くなっていく。

「あなたはどうだった、故郷でゆっくり……

 あら、どこにいくの。見回りは終わったんでしょう?」

 メリーは、いきなり立ちあがった青年を、不思議そうにのぞきこんだ。

 彼は短く答える。


「散歩だ」


 そして帽子もかぶらず、カゴから見あげるレインに「行ってくるよ」のあいさつもせず、ドアを開ける。

 メリーがあわてて追いかけた。

「待ってウェイク、急にどうしたの!」

「どうもしていない」

 彼は、肩ごしにふりかえり、ぼそっと言った。


「君には休養をすすめる。きっと、楽しい旅の疲れが出たんだろう」




 そんなわけで、メリーは夏休み中。

「なにが気にさわったのかしら、ウェイク。

 すてきなジェシオさまについて語るのは我慢したのに……」


 ぎこちない別れになってしまい、レシピ研究の気分も乗らない。

 あきらめたメリーは、ついにノートを閉じる。

「ルシアもおでかけしてるし、どうしようかな。お昼寝したって、夢が見れなきゃひとりぼっちね」


 しょぼくれて窓辺に寄ると、雨のむこうで鐘が歌った。

 日曜日だけの、15時の合図──

 なんとなく、「おいで」と聞こえた。


「……そうだ!

 時計塔の、新しい番人さん。まだ、ちゃんとごあいさつしていなかったわ」

 いそいそとおめかししたメリーは、小さな傘をさし、町のてっぺんまで坂をのぼっていった。





 一方、ウェイク・エルゼンは焦っていた。

「ああ、あああ……!」

 震える手で、事務所の本棚や机をひっくりかえす。奥の部屋から、所長さんが綿あめ頭をのぞかせた。

「おやウェイク、大掃除かい」


「レ、レインが消えた! かわいいから誘拐されたに違いない、これは陰謀だ!」

「ひさしぶりだなあ、君の陰謀論。

 レインはお散歩じゃないかね? 上着をきていったようだよ」


 カゴをよく見れば、小さなケープ(ウェイクの手づくり。夏用のレース素材)がなくなっている。

 しかしウェイクは、青ざめた顔を横にふった。



「この雨の中を、たったひとりで、クルミも持たずに? ありえない、異常事態だ」

 所長さんが、部下の肩をたたく。

「それでは、手わけして町をさがそう。ミス・シュガーにも協力してもらったらどうだい?」


 青年は、ちょっと口ごもってから答えた。

「……いや、彼女は休養中だ。レインは俺が助けだしてみせる」





 時計塔の美しい番人は、おとずれた少女へ微笑みかけた。

「ミス・メリー・シュガー。ようこそ、時のしくみの中へ」

 一直線に切りそろえた黒い前髪、白い肌、透きとおる紫の瞳。突然の訪問にも、驚くそぶりはない。


 やっぱり、私を呼んだんだわ。

 メリーはそんな気がした。


「さあどうぞ。足もとに気をつけて……」

 静かにまねき入れられ、らせん状の階段をのぼる。

 見あげれば、大きな歯車たちが、休むことなくはたらいていた。キリリ、とまわりつづける音が耳をくすぐる。



「塔の心臓ですよ」

 前を進むイザベルが言い、メリーはびっくりした。

 背中をむけているのに、どうしてわかったんだろう? ちょっと探るように答えてみる。


「本当に、よく見えるのね」

「ええ、隠すことなどありません」

「てっきり秘密かと思っていたの」

「この塔は、みなさんの想像をかきたてるようですね」


 すいすい階段をのぼっていく彼女は、夏のさかりにローブをまとっているのに、とっても涼しげ。

 まるで謎めいた宝石。

 あなたはだあれ、ふしぎな人――

 そう考えていると、宝石が口を開いた。


「あなたは、ふしぎな女の子」



「えっ!」

 階段の上で飛びあがるメリー。

 番人は、手すりに指をそえてふり返った。


「郵便屋さんが、お手紙に書いていました。

 クロックベルのこんぺいとう屋さんは、すてきでふしぎな方だと」


「ああ、ステファン! お手紙のやりとり、つづいているのね」

 メガネをかけた、気弱な青年が思い浮かぶ。

 郵便屋ステファンは、少し前、メリーに助けを求めにきた。

「イザベルの夢ばかり見てしまう」と、顔を赤くして。



 彼女はこうはげました。

「それは、あなたが自分で解ける謎。こんぺいとうの出番はないわ」

 居あわせたウェイクもうなずく。

「ああ、きわめて個人的な問題だな。調査局としても関与できない」


「ウ、ウェイクさんまで! そんなこと言わずに、力を貸してください……」

 郵便屋さんが泣きつくと、ウェイクは友だちの頭をぽんぽんした。

「よき友人のために、いくらでも応援しよう。がんばれ、ステファン」


 珍しく、にっこり笑った彼。

 その姿はメリーの心に焼きついた。

 けれど、 “散歩だ” とむけられたあの日の背中が、すてきな笑顔を隠してしまった。



 心が沈んで、足がとまる。

 メリーはぽつりとつぶやいた。

「いつも、やさしいのに」



 イザベルが数段おりてきて、うつむいた少女の肩にふれた。

「ミス・シュガー。よろしければ、お話をうかがいましょう」

「私の……?」

 メリーは、とまどって番人を見あげる。


「はい。あなたの影を晴らすために」

 濡れた窓を背に、アメジストの瞳がひそやかに輝いた。

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