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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
28/66

第14話 ライオン姫は本の虫 2/2

「かわいかったね、メガネのお姫さま。おしゃべりも楽しかったし、僕満足」

 ヨルがにこにこして鍋をなでた。

 スプーンを手にしたメリーは、腕を組んでしかめっつら。

「私は困っちゃった。レシピがさっぱり決まらないわ」


 ふたりがいるのは、宮廷の調理場のすみっこ。

 夕食はすでにはじまっていて、みんなガヤガヤ忙しい。まぎれこんだ異国の客を気にする者はいなかった。

 きょとんとしたヨルが、少女をのぞきこむ。


「そんなにつんつんしないで、メリー。宮廷のエプロン、とっても似合ってかわいいよ?」

「そうです、私はかわいい偽装コックさん……

 じゃなくって、どうするの、ヨル。まかせてほしいって言うから、あなたを信じたのに!」



 さきほど、姫君と面会したふたり。

 ヨルは、恋愛研究家を名乗ったくせに、はじめのひとことで役目を投げすてた。  

「僕も物語が好きだよ! 先月発売の “大略奪” は、もう読んだ?」


「ええ! 手に入れたその日に読みきってしまいましたわ」

 クリスティーヌの顔がパッと明るくなり、メリーは失敗を予感する。

「ねえヨル、あまり時間がないの。現実のお話を……」

 こっそり肩をつついても、青年と姫君は盛りあがるばかり。


「“呪いの捜査網” もおもしろかったよねぇ。途中で探偵が殺されちゃって」

「先をおっしゃらないで、これから後半を読みますの! 呪術をあやつる謎の怪人、いったい誰なのかしら」


 空想の世界に思いをはせ、うっとりするクリスティーヌ。

 すぐそこに魅力的な青年がいるのに、そちらにはぜんぜんドキドキしていない。

 かわりにぬいぐるみを置いたって、おんなじ調子でおしゃべりしそう……


 ──これは、まずい。


 メリーはあわてて身を乗り出した。

「あ、あのっ。お砂糖みたいに甘い、とびっきりの恋愛小説はいかがですか!?」

 姫君がやさしく微笑んだ。

「そういった作品も読みますわ。年に一冊ほど」



 というわけで。

 メリーは、調理場で頭をかかえることになってしまった。

「ああ、なにをどれだけ入れたらいいのかしら。

 最上級にロマンチックなレシピじゃないとダメ、わざとらしすぎてもダメ……」


 すてきで怪しい青年が、歌うように言う。

「夢の中でお誘いしようか? 僕、手ごわいほどやる気が出るから」

「やめて、出さないで!

 うう、姫君のご趣味があれじゃあ、トゲトゲのこんぺいとうになっちゃう。“大略奪” に “呪いの捜査網”、“青年義賊レッド”……」


「あと、“脱走せよ! 地獄の血まみれ地下牢”。

 これおもしろかったよ、最後にお城を爆破するんだ。ドーン、バラバラ!」

 ヨルが勢いよく両手をあげる。

 メリーはハッとした。


「お城が、こわれるの?」

「それはそれは盛大に、こっぱみじんにね」

 人さし指を唇にあてるヨル。

 流れ星みたいなウィンクが、メリーにひらめきをプレゼントした。



「そうよ。まずは、お姫さまの本当の望みをかなえなくっちゃ!」

 銀のスプーンがくるりと踊り、お砂糖の上に呪文をそそぐ。


「大好きな小道にときめくステップ。

 恋は自然に、その先に。メア・ディム・ドリム、メア・ディム……」

「ヨルム」

「ちがう! ああ、こんぺいとうに不純物がっ」



 時すでに遅し。

 きらっと生まれた甘い星々は、目もくらむようなエメラルドブルー。

 そこに、ワインの赤紫が、ゆらりと混ざりあっている。

 ヨルは嬉しそうに声をあげた。


「わぁきれい。できたね、完璧だね」

「こ、構想とぜんぜんちがうわ!

 あなたなにを混ぜたの!? 待って、それをビンに入れないで!」


 あわてふためく彼女をおいて、ヨルは異常なすばやさでビンにリボンをむすぶ。

 スマートでムダのない動作で、デザートのトレーに小ビンをのせた。世にもあやしいこんぺいとうが食卓に運ばれていく。


「あああ……」

 調理場にくずれ落ちるメリー。まじめな顔をしたヨルが、うしろからくっついてささやいた。

「ちゃんと説明書きもつけたから。ぜんぶうまくいくよ、メリー?」





 読書好きの人は、はっきりした夢を見やすいらしい。

 クリスティーヌ姫もそのひとり。

「今日はどんなことが起こるかしら?」

と、毎晩ちょっとした楽しみにしているほど。


 けれど、不思議なこんぺいとうと一緒に眠った、その夜。

 夢は、“ちょっと楽しむ” どころじゃなかった。



 パッと目を覚ますと、彼女はすぐに気づいた。

「あっ、ここは毒ヘビ洞窟!」

 湿った土壁と、うねうね曲がった道。

 まちがいなく、愛読書 “脱走せよ! 地獄の血まみれ地下牢” の終盤シーンだ。


「クリス、こっちだ!」

 凛々しい声がして、彼女は顔をあげる。

 道の先でたいまつをかかげているのは、眼帯をつけた野性的な青年……

「シェリダン・ラフォールド……」

 クリスティーヌは、憧れの主人公を呆然と見あげた。



「首領の名を忘れないとは、優秀な手下だ」

 ちらりと苦笑したシェリダン。

 迫りくる足音を聞きつけ、オオカミのような視線を走らせる。

「看守どもだ。さっさとずらかるぞ」

「は、はいっ」

 ズボンとブーツの脚で、必死に追いかけるクリスティーヌ。

 胸がドキドキするのは、慣れない服装のせいだけではなかった。


「いたか?」

「いや、きっと上だ。行こう!」

 脇道からも響く、追っ手の声。焦ったクリスティーヌは、岩肌に足をすべらせた。

「きゃあっ!」


 大きく揺らいだ身体を、シェリダンが支えた。

 荒っぽいようでいて、やさしい手。間近に見る瞳は澄みきっている。

 そう彼は、哀しい過去を背負って盗賊になった、影の貴族……


「あ、ありがとう、シェリダン」

「……次は助けない。足手まといはごめんだ」

 青年は低くつぶやき、すばやく身を離す。

 精悍せいかんな横顔に苦悩がにじんでいた。クリスティーヌは悟る。

 ――この方、気づいているんだわ。わたくしが女性であることに。



「ねえヨル、これは不穏じゃないかしら」

 メリーは、追っ手の一団にまぎれつつ、顔をくもらせた。

「そうかな? ドラマチックでいいと思うよ?」

 看守の制服を着こなしたヨルが、シャンパン色の瞳で笑う。

 メリーは、夕焼けのバラ色の瞳でうらめしそうに見あげた。


「こんぺいとう、つくりなおせばよかったんだわ。メア・ディム・ヨルムは不純の呪文……」

「そんなことないよぉ。脱出したら幸せな結婚式かも」

「だめだめだめ、そんなのだめ! 行きましょう看守さんっ」

 先頭にたった彼女に、「おーっ!」と男たちがつづく。



 クリスティーヌは、息をきらしながら、たくましい背中に告げた。

「シェリダン、もうすぐ、お別れです」

 青年が強い声で答える。

「弱音をはくな、クリス。出口は近い」

 けれど姫君は、もうわかっていた。

 物語が大好きだからこそ、わかってしまった。


「これはすてきな、特別な夢。

 どんなに遠くへ逃げても…… 目覚めという結末は、変えることができないのです」


 シェリダンがハッとふりかえる。

 たいまつの炎が彼の動揺を照らした、そのとき。

 爆発音がして、洞窟の天井がいっぺんに消え去った。



 いきなり広がる青空。メリーは仰天した。

「な、なんだか雑だわ!」

「僕の成分かな? 看守も消えたけど、夢も消えそう」

 ヨルが額に手をかざせば、景色がうすれていく。

 消えゆく荒野の真ん中で、クリスティーヌたちは終わりのときをむかえた。


「クリス……」

 シェリダンの片目が、切なそうに細まる。

 姫君はせいいっぱい微笑む。最後に見せる自分は、笑顔でありたかった。


「さようなら、シェリダン。また、本の中でお会いしましょう」




 次の日。

 急いで用事をすませたハーティス王子が、宮廷に駆けこんだ。

「戻ったぞ、ジェシオ! ミス・シュガーは……」

「入れちがいですね。さきほど帰路につきましたよ」


 弟が答え、彼はしょんぼりと髪をかきまわす。

「ううむ、それは失礼をしてしまった。例の件はどうなった、クリスティーヌの姿が見えないが」

「おでかけされました。数日、お帰りになりません」


「そんなに図書館にこもるつもりなのか!?」

 びっくりした兄に、ジェシオはいたずらっぽく笑った。


「いいえ!

 父上の公務のお手伝いで、南の都にむかっています。どうやら出会いをさがす気になったようですよ、広い世界で」


「おお、それはなによりだ!」

 ハーティスの顔が明るくかがやく。

「父上も安心しておられました。今回については、そう詮索されないでしょう」


「どうだジェシオ、やはりミス・シュガーは名探偵だろう?」

 熱っぽく身を乗り出す兄に、弟は苦笑した。

「本業は、こんぺいとう屋だそうです」

「肩書きなど、ささいなことだよ」

 満足そうなハーティス。ジェシオはきびきびと反論する。


「それは危険な考え方です。

 このさい申しあげますが、次期国王として、兄上はどうもお人よしすぎます。

 ヨルム・フォルス氏も “どんくさい” と申していました」


「おっと、それは……」

 ハーティスは、目を丸くしてからニッと笑った。

「そこはあらためるが、ミス・シュガーに関しては一歩も引かないぞ? ひさしぶりにひと勝負しようじゃないか!」

「受けてたちましょう!」



 王子たちが元気に駆けだした、そのころ。

 馬車に揺られるクリスティーヌは、特別な夢を思い返していた。


 目覚めてしまう前の、ほんの一瞬。

 盗賊の青年は、彼女の肩にふれて、熱いささやきを残した。


「クリスティーヌ、俺をさがしてくれ。物語の外で」



 メッセージを受けとった今、姫君は燃えている。

「待っていて、わたくしのシェリダン。

 国じゅうを、世界中をめぐっても、かならずあなたを見つけ出してみせます……」


 きらきらの瞳にメガネをかけて、新しい本を開く。

「捜索の知恵をつけるため、さらなる読書を。やっぱり本って、すばらしいですわ!」


    (第14話 おわり)

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