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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
26/66

第13話 がんばれ郵便屋さん 2/2

「鐘が怖い? まあ、ヨルがそんなことを」

 メリーがびっくりすると、ウェイクは考えこんで言った。

「時計塔に近づく気にもならないそうだ。

 それで鐘の音を避け、町をふらついている。こちらはこちらで、別の事件が起こりそうだな」


 郵便屋さんの相談から数日。

 ふたりは、町なかの庭園で会議をしていた。ウェイクの灰色の目が、そっと少女をのぞきこむ。

「君はどうだ。あの音で不安になったりしなかったか」

「ええ、いつもどおりに聴こえたわ。心配してくれてるのね、ウェイク」


 メリーは、花にかこまれて微笑んだ。

 ついこのあいだ、何者かが彼女の力をねらっていることがわかったばかり。

 ウェイクが調査員の顔でうなずく。


「サーカスの件で、メリー・シュガーは監視対象から保護対象になった。ところで、今回は例のものの出番はないのか?」

「こんぺいとうっていって!

 スプーンが踊るか踊らないかは、番人さんとお話ししてみないと…… いけないんだけれど……」


 気まずそうに、つま先で地面をいじるメリー。

 ウェイクはピンときた。



「うろうろしすぎたんだな、メリー」

「うう、そう……

 すっかり警戒されちゃって、道でも会えなくなっちゃった。探偵への道はけわしいわ」

と、輪っかのみつあみまでぐったりする。

 思わずふきだしたウェイクは、目を細めて尋ねた。


「ここはやはり、調査員が出動するべきじゃないか?」

「だめよウェイク! 時計塔は町のてっぺんだもの」

「なに、雲の上に行くわけではない。君と出会って、俺も多少きたえられたからな」


 頼もしい申し出と、青ざめた微笑み。

 メリーは彼の肩をぽんぽんたたいた。

「大丈夫、だいじょうぶよ。

 お気持ちだけいただくわ、ありがとう。心からありがとう」


 ていねいにことわったとき。

 石畳のむこうから、チリンとベルの音がした。



「ミス・シュガー! ウェイクさん!」

 郵便屋ステファンが、急いで自転車を飛びおりる。

 ころげ落ちた帽子をわたわた拾い、あいさつも忘れてこう言った。


「お騒がせしました、謎は解決ですっ」



「ええっ!?」

「鐘の音が、もとに戻りました…… 僕の思いすごしだったようです。本当にすみません」

 恥ずかしそうに頭をさげたステファン。

 呆気にとられるふたりを残し、そそくさとペダルをこいで、去ってしまった。


「こ、これでいいのかしら? 次は変装して捜査しようと思ってたのに」

 自転車を見送ったメリーが、とまどってウェイクを見あげた。

 彼は、あごに手をあてて首をひねる。

「番人は警戒心がつよい、か……」

 

 人形のように、宝石のように、語ることばを秘めた女性。

 彼女が守っているのは、時計だけだろうか――?

「鐘が正常になろうが、監視対象入りだな」

 そうつぶやいて、ウェイクは思う。今回ばかりは、ヨルが正しいかもしれない。




 郵便屋ステファンは、坂のてっぺんの時計塔をながめ、ため息をついた。

 昨日の朝、鐘は明るい音に戻っていた。それから今日まで、なんにも変わりはない。

 はやとちりの、勘違いだ。

 ミス・シュガーまで巻きこんで、僕はなんてばかなんだろう……


 くるっと自転車を返すと、道の先に、ほっそり背の高い女の子を見つけた。

 ペダルをふんで声をかける。

「こんにちは、ルシア。君にお届けものだよ」

 大きな封筒をわたすと、おとなしい少女に笑顔がはじけた。


「わあ、新しい楽譜! ありがとう、郵便屋さん」

「楽器をはじめたのかい?」

「ううん、お歌なの。お友だちと練習しようと思って」


 それはいいね、と答えようとしたとき。

 17時の鐘が鳴った。

 暮れる空よりも哀しい音を響かせて。



「あっ……」

 ステファンは、塔にふりむいたきり言葉をうしなう。

 やっぱり気のせいじゃなかった! だからって、僕はどうしたらいい?


 翻弄される郵便屋さん。ルシアがふしぎそうに首をかしげた。

「鐘がどうかしたの?」

「ああ、いや、なんでもないよ。

 のこりの配達を急がないと。歌の練習、がんばってくださいね」


 彼は弱々しくはにかみ、走りだす。

 ぽかんとしたルシア。ぱちぱちまばたきすると、あわてて手をふった。

「郵便屋さんも、がんばって!」


 澄んだ声は、まわりを歩いていた人たちをふりむかせる。

 ステファンの自転車は、ちょうど上り坂にさしかかっていた。

「おお、速いぞ郵便屋さん!」

「若いっていいねえ、がんばれ」

「がんばってー」


 お年寄りから子どもまで、次々と声があがる。

 思わぬ応援に押されたステファンは、顔を真っ赤にしてペダルをこいだ。

「よ、よしてください。ただの配達ですよ」


 逃げるように坂をのぼりきった、その瞬間。

 高台の見晴らしと一緒に、ひらめきが輝いた。

「……そうだ。

 僕は、ただの郵便屋。だったら、郵便屋らしく、届けたらいいんだ!」




 その日の最後の配達先は、時計塔だった。

 自転車をとめると、あたりはもううす暗い。ステファンは、さんざん迷ったすえに、えいっと呼び鈴のヒモをひっぱった。


 ドキドキがおさまるより先に、小さな声がふってきた。

「はい……?」

 ハッと見あげれば、上の窓から、番人が顔をだしている。窓枠にかけた細い指に、長い髪がさらりとこぼれた。

 ステファンは、一通の封筒をあわててかざす。


「こんばんは、郵便屋です。あなたにお手紙です」

 美しい番人は、ちょっとの間をあけて尋ねた。

「どなたからでしょう」

「そ、それは……」

 口ごもる彼を、紫の瞳が見つめる。

 じっと動かない彼女は、そのまま人形になってしまいそうだ。ステファンは、塔から飛びおりる心地で叫んだ。


「僕からです!」


 番人の目が、影の中で少し開いたようだった。

 やがて、白い手が伸びて、塔の入口をさす。

「わかりました。

 すみませんが、扉にさしこんでいただけますか? いま、手がはなせなくて」

「はいっ、もちろん」

「どうも、ご親切に」


 かすかな微笑みが光り、窓は閉まった。

 手紙をにぎしりめたステファンは、しばらく立ちつくしていた。





 みんなの応援をもらってから、少したったある日。

 郵便屋さんのもとに、お返事がやってきた。


 “ステファンさんへ


  あなたのお手紙を読みました。

  この何日か、鐘の音が変わっていた、と書いておられましたね。

  部品をたしかめたら、歯車をささえる木の柱に、小さなヒビが入っていました!

  早くに修理ができて、とても助かりました。ありがとう。

 

  すてきな耳の郵便屋さんに、感謝をこめて  時計塔管理人 イザベル”



 なめらかな筆跡をながめ、ステファンの心がパッと晴れた。

「そうか、故障だったのか…… 役に立ててよかった」

 これで本当に解決だ。

 ホッと息をつくと、目の前の手紙がパッと消えた。


「わっ!? あっ、ヨルさん。返してください!」

「お日さまの道ばたでお手紙。君、いつでも隙だらけだよねぇ」

 謎の青年は、郵便屋を器用にかわす。

 たっぷり時間をかけ、赤い瞳で文をなでて、笑顔で返却。



「ラブレターじゃなくてつまんない。もっとがんばりなよ、郵便屋さん」

「こ、これでもがんばったんです!」

「じゃあ、次はもっとがんばりたい?

 そういうこと? 努力の果てにあの人をどうしたい、こうしたい?」


「ぼ、僕はなにも、そんな…… 変なうわさを広めないでくださいよ!?」

「広めなくもない、かもしれなくもない」

「ヨルさーん……!」

 必死になるステファンをほうって、ヨルはさっさと歩きだした。

 一瞬だけ、刺すような視線を時計塔に送る。


「僕は信じないよ」


 低くつぶやき、真剣な面持ちで角をまがった。



 その先に、花園が待っていた。

 通りいっぱいのお店から、春らしく着飾った女性たちが手をふる。

「ヨルム、ご機嫌いかが! お茶の時間よ、うちに寄っていって」

「それより、いちごのデニッシュをどうぞ。味見してくれるでしょう?」


 ヨルは、さっきまでの考えをほうり投げ、にっこり華やかに微笑んだ。

「春っていいよね、甘い季節! さぁ、どれにしようかな?」




 メリーは、郵便屋さんの報告を、少しもうたがわなかった。

「よかったわね、ステファン。番人のイザベルさんとも、お近づきになれて!」

と、元気にスプーンをふる。


「ああ。返事がきたところをみると、彼女はそれほど人嫌いでもなさそうだな」

 ウェイクが鍋をまわして答える。

 町の謎は増えた気がするけれど、メリーが満足しているので、とりあえずよしとした。



「さあウェイク、私が選ぶのはどっちのリボンでしょう?」

「まったく同じ色に見えるが、どことなく左だ」

「あなたも目が育ってきたわね……!」

 小さなビンにリボンをかければ、春の夢のできあがり。

 ちょうどノックの音がして、メリーが笑顔でふりかえる。

「お時間ぴったりね、どうぞ入って」


 ところが、ドアのむこうにいたのは、メガネの郵便屋さんだった。

 メリーとウェイクが、びっくりして駆け寄る。

「ステファン、どうしたの!」

「まさか、また鐘が?」


「そ、それが……」

 頬を赤くした青年は、困りはてて言った。


「こんぺいとうをいただけますか、ミスシュガー? あれから、イザベルさんの夢ばかり見てしまうんです……」


    (第13話 おわり)

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