第13話 がんばれ郵便屋さん 1/2
「ミス・メリー・シュガー、こんにちは!」
ドアがコンコンたたかれて、少女が顔をのぞかせた。
「はあい、今日はどちらの王さまからお手紙?」
目の前にたっているのは、黒いカバンをななめにかけた青年。
ちょうどお昼の鐘が鳴りはじめて、時計塔の方にぼんやり顔をむけている。
「郵便屋さん」
「…………」
「ステファン・フォンターナさん!」
「はっ!?
すみません、ぼうっとして。僕のフルネームを知ってたんですね、ミス・シュガー」
丸いメガネと、リンゴみたいに赤い頬。
やさしくはにかむ彼を見あげて、メリーは「ふふふ」と笑った。
「私に不可能はあんまりないの。メリー・シュガーはかわいい名探偵さん……」
「“自称”をつけるんだ、メリー」
と、少女のうしろからあらわれたのは、魔法史調査員ウェイク・エルゼン。
星柄のミトンをはめた手を、きびきびふった。
「やあステファン。配達ではないようだが、こんぺいとうを求めにきたのか?」
「いえ、それが、少しお尋ねしたくて。
時計塔の鐘なんですが…… 音色が変わった気がしませんか?」
「えっ?」
びっくりしたふたりは、宙を見つめて耳をすませる。
その瞬間、最後の鐘のしっぽが、すうっと溶けて、消えた。
メリーが重々しくうなずく。
「……わからなかったわ。
次の鐘は5時間後ね。くわしいお話を聞かせてちょうだい、おいしいお茶と一緒に!」
ごちゃごちゃの机を(ウェイクが)片づけ、ティーカップが3つならぶ。
この部屋にイスはふたつだけ。メリーは、かさねたトランクにちょこんと腰かけた。
「それで、どんなふうに音が変わったのかしら」
「なんだか、切なくなるんです。
朝と昼はかすかに。夕方の鐘では、胸をぎゅっと締めつけられます。
このあいだまで、そんなことなかったのに……」
メガネの青年は、ウェイクに困り顔をむける。
年の近いふたりは、気心の知れた間柄。ウェイクは、ちょっと気弱な友だちに遠慮せず、ずばりと言った。
「それは、時計塔の新しい番人のせいだろう」
クロックベルのシンボル、古い時計塔。
その管理をうけもつ番人が、今年の春に交代することになった。町ではこんなおしゃべりがかわされた。
「どんな技師がくるのかなあ」
「きっと、ベテランのおじいさんよ。これまでずっとそうだったもの」
のんびりした予想は、跡形もなく吹き飛ぶことになる。
いつのまにかやってきた番人は、なんと若い女性だった。
しかも、とんでもなく美しかった。
「大変よ。時計塔の番人は、お人形だわ!」
「えっ、自動人形がこの町に?」
「ひょっとして魔法じゃないか……!?」
そんな混乱を巻きおこした彼女は、騒ぎを避けて、時計塔にひっこんでしまった。
けれど、ときおり外を歩けば、誰もが目をうばわれた。
透きとおる白い肌。
このあたりでは珍しい、黒くてまっすぐな髪。
切りそろえた前髪の下にかがやく、アメジストのような紫の瞳――
「私もお見かけしたわ。
ミステリアスで、とっても魅力的な方! 宝石箱のいちばん底に隠れてる、ひみつの石みたい」
うっとりしたメリーは、輪切りのレモンをカップに投げいれた。
パッと明るくなった紅茶の色が、恋の予感をつれてくる。すっかりわくわくして、悩めるお客さまにむきあった。
「ウェイクの言うとおりよ、ステファン。あなたがそういう気持ちになるのも、当たり前だと思うの」
「認めてしまえば楽になるぞ」
こんぺいとうコンビに迫られた郵便屋は、身ぶり手ぶりで訴えた。
「か、鐘の話ですってば!
新しい番人さんになって、もう1ヶ月ですよ。いきなり音が変わるなんて、おかしいですよね」
「そういうことでしたら、依頼人さん」
キリッとしたメリーが、ティースプーンをふりあげた。
「その謎、私がといてみせましょう。
名探偵メリー・シュガーは、お砂糖のかけらひとつ見逃しません!」
「ああ、ありがとうミス・シュガー! あなたに相談してよかったです」
郵便屋さんは、ホッと笑顔を見せた。
一方のウェイクは、しょんぼり眉をさげる。
「すまない、メリー。
時計塔は高度がありすぎる。平地の調査なら手伝えるんだが」
「いいのよウェイク、無理しないで。
本当に探偵になれたら、ハーティスさまにお知らせしなくっちゃ!
もう王さまに紹介しても大丈夫ですよ、って。そしたらまたお会いできるかしら……」
おとなりの国の王子さまを思いだし、メリーは二度目のうっとり顔。
影のような微笑みを返すウェイク。彼はこのところ、いろいろ悲しい。
メリーは、夕方の鐘が鳴る前に、時計塔までやってきた。
「ここが現場ね…… 怪しいもの、危ないもの、ヨルの気配、なし」
するどく観察して、さっそく名探偵気分。
見あげた塔は、まわりの木々よりもっともっと高い。長い時間を絵の具にしたような、くすんだ金色をしている。
「ひみつの色だわ。あの番人さんにぴったり」
つぶやきに誘われて、針が17時をさした。
カーン…… と空をふるわせ、てっぺんの鐘が歌いだす。
首をそらしてたたずんだメリーは、眠るように目を閉じた。
同じ鐘を、ウェイクは事務所で聴いていた。
「切ない音、か。
今までと変わらないようだが…… どうだろう、レイン?」
手のひらにのせたリスは、彼を見あげて、「?」と首をかしげた。
「ああ、俺もそう思う。
ほかにうわさも入ってこないし、やはりステファンの心境のせいではないだろうか。なあ、レイン?」
「ねぇ、差し迫ったムードでリスに意見きくのやめなよ。僕、心配になるよ」
思いがけない声が答える。
ウェイクがふりむくと、ドアからなじみの顔がのぞいていた。
黒髪の美青年、クロックベルの生ける謎・ヨルだ。
──またこいつが出た。
ウェイクは顔をしかめ、レインをカゴに避難させた。
ちょっと前に、ヨルに一杯くわされて、まだ謝罪をうけていない。
(※“図書館でいかがわしい本を読んでいたウェイク・エルゼン事件” くわしくは第10話をごらんください)
「ヨル、俺に言うことはないか」
「恋のおまじない、効いてないみたいだね」
「もういい、口を閉じてくれ。酒盛りならおことわりだ、俺は一滴で倒れてあとが面倒だぞ」
じろりとヨルをにらむ。
相手は、瞳とおそろいの色をした赤ワインのビンを抱きしめた。
「やだ、これは僕とフォレスタの分!」
「フクロウと酒宴か。景気がいいな」
「ううん、もらったんだよ?
お酒飲みたいなぁって歌って歩いてたら、お肉屋さんのマダムが “旦那には内緒よ、坊や” って。
お金はいらないって言うから、僕はちゃんと別のお礼を……」
「聞きたくない。町の風紀を乱すな」
げんなりしたウェイクだけれど、ふと思いついた。
「お前は、時計塔の新しい番人に会ったか?」
「うん。きれいなお姉さんだった」
そこの道に犬が寝てたよ、とでもいうような、そっけない口ぶり。
ウェイクは、予想がはずれて驚いた。
「やけに冷静じゃないか。お前のことだから、すでにちょっかいをかけているかと……」
「僕をなんだと思ってるのかなぁ。
女性は大好きだけど、誰でもいいわけじゃないよ。ねぇレイン?」
すらりとした指でカゴをなでるヨル。
にっこり笑いかけると、恥ずかしがったレインがしっぽで顔をかくした。
ウェイクが、カゴを丸ごと避難させつつ尋ねる。
「ますます意外だ。彼女のどこが気に入らないんだ」
「んー、わかんない。なんとなく、どこか? 君だってあるでしょ、そういうこと」
彼の困惑は、演技ではないようだ。
ウェイクはあきらめて立ちあがった。
「では、調査はここまでだ。事務所を閉める、外に出てくれ」
マントをはおって、レインのカゴを持つ。
ヨルが目を開いて声をあげた。
「あ、誘拐!」
「特別措置だ。所長は出張中、お前が出没中。俺は厳戒体制をしく」
「ひどい。ウェイクもいじわるになってきたよね」
楽しそうに口をとがらせるヨル。
ウェイクは、ついでのおまけに聞いてみた。
「ところで、番人が交代したわけだが。鐘の響きまで変わったと思うか?」
ヨルの態度から、急に軽さが抜けた。
すばやく窓にむき、遠くを見るように目を細める。険しいともいえる表情に、ウェイクの心臓がドキッとはねた。
「ああ、そうか。あの人の鐘……」
ふしぎな青年は、冷たいひとりごとを落とした。
「僕、あの音が怖い」




