第12話 サーカス・ラビリンス(後) 2/2
サーカスの迷宮が解ける、少し前。
ヨルは、ちがう夢の中にいた。
「ここだと思ったんだよね。思ったけど……」
と、淡い金色の目をまたたかせる。
「これは予想してないよ、ウェイク?」
そこは、木もれ日のそそぐ、ここちよい森の中。
見あげるくらい大きなリスが、すやすや眠っている。ふかふかの身体にもたれて、夢の持ち主・ウェイクも眠る。
そして、メリー・シュガーは、リスの丸まった尻尾に横たわっていた。
かさねた両手に頬をのせて、目を閉じて。ほどけた長い髪がゆるやかに光る。
ふたりと一匹の陽だまりは、呆れるほど平和だった。
「それでは、名探偵ヨルム・フォルス氏の華麗なる推理……」
気どって歩みよったヨルは、メリーとウェイクを交互にのぞきこむ。
「こんぺいとうには、依頼主のウソが、スプーン5杯ぶんくらいまざっていた。
思わぬ隠し味のせいで、ウソつきが見る夢がサーカスとかさなる。
メリーをつれて帰ったら、たぶん大体もとどおり。完璧!」
太陽にむかってばんざいすると、メリーの顔に影かかかった。
ころんと寝がえりをうった彼女に、ヨルはささやく。
「君も異変におそわれた。
それで助けを求めたんだね。サーカスなんて、なにがあってもぜったい観にいかない人間の夢に」
人形のような、整った顔がくもる。
「……僕じゃダメだった。夢を見られないから」
ちょっと怒ったようでいながら、涙の気配もふくんだ、もろい感情が走った。
メリーの頬にそっとふれる。
少しのあいだ愛おしそうに見つめて、
耳もとで叫んだ。
「さぁ起きて!
みんなが君を待ってるよ、かわいいかわいいメリー・シュガーッ!」
「きゃーっ!?」
全身で飛びあがったメリー。
にこにこする黒髪の青年を見て、目を丸くした。
「ヨル、どうしてここに。サーカスは? 町でなにがあったの!」
「まぁいろいろ、すごくいろいろ。
帰りましょうか、お嬢さん? 道化の笑顔もかくれる、闇の時間へご招待……」
ヨルは、王子さま顔負けの優雅なしぐさで、少女の手をとる。
ついでに、優雅なつま先でウェイクをつっついてやった。彼は(夢の中で)眠ったまま、真横にたおれた。
サーカスから一夜が明けても、メリーのびっくりは終わらなかった。
「竜の国のスパイ、ですって!? あのマリオンが、まさか!」
輪っかのみつあみをはねさせて、みんなを見まわす。
ルシア、工房の少年キッド、レオールのハーティス王子。
集会場所は、魔法史調査局の事務所。
なりゆきを理解できてないウェイクが、ミステリーな顔をする。
「ルシアはわかるが、なんだこの取りあわせは?
恐ろしい乗り物が好きなキッド少年、はじめまして。ハーティス王子、あなたがなぜ俺のなわばりに……」
すでに混乱している彼を、所長さんがなだめる。
「いいかね、ウェイク。ミス・シュガーの力が、何者かにねらわれたんだよ」
「それでは、所長!」
「ああ、陰謀だねえ」
「ついに。ついにやってきたのか……!」
ウェイクの瞳が輝きだした。
キッドが、ハーティス王子の肩を軽くたたいた。
「竜のドラゴニアって、めっちゃくちゃつきあいが悪い、閉じこもりの国だろ? 親方が言ってた」
「ああ、いかにも。
こちらが手をさしだしても、あちらが突っぱねるのだ。どんな企みであれ、彼らが一枚かんでいると私は思うよ」
ハーティスは、凛々しい眉を寄せ、難しい顔をした。
西にライオン、東に竜。
二つの大国にはさまれているのが、メリーたちのいるひつじの国。
そして、ライオンと竜は、ずっと昔から仲が悪かった。
メリーがかわいらしく首をかしげた。
「マリオンと、閉じこもりの竜……
なんだかあんまり結びつきません、ハーティスさま。おしゃべりな極楽鳥みたいな子だったんです」
「メリー、君はとてもやさしい。純粋な心は、ときに悪を惹きつけてしまうんだ」
王子さまは、親愛と心配をこめて少女に微笑んだ。
メリーの頬が一瞬で染まる。
「そ、そう、かしら…… あなたがおっしゃるなら……」
それを見ていたキッドが、
「王子ってすごいんだな」
と感心した。ウェイクは、恥じらう少女の横でひたすら無になっていた。
みんなをまとめたのは、綿あめ頭の所長さんだった。
「それでは、調査局の本部に相談してこよう。
ほかの町にも、その赤毛の子が現れているかもしれないね。王子には、わしから報告のお手紙をさしあげますよ」
「おお、それはありがたい!」
「ただし、本部にお願いするとなるとね、ミス・シュガー?」
所長さんは、やさしく語りかけた。
「君に認めてもらわないといけないんだよ。そのふしぎな力が、魔法だってね」
みんながいっせいにメリーを見る。
彼女は、びっくり顔で背すじをのばした。なぜかウェイクがあわてだす。
「メリー、無理に答えなくていい。
調査局の決まりは決まりだが、それは別として、君の意思は尊重されるべきだ!」
青年は、必死になるあまり、パッと少女の手をとった。
王子もルシアもキッドも、息を飲んでふたりを見つめる。
目を見開いていたメリーが、ぱちぱちまばたきする。まっすぐウェイクを見て、言った。
「……自分でも、わからないの。
あなたは、魔法だと思う? 私のこんぺいとう」
会議はおひらきになり、みんなは事務所をあとにした。
「ああ、弟になんと説明したものか。私は、彼女が探偵だとたしかめにきたんだが……」
嘆き節とうらはらに、ハーティスは楽しそうだ。
キッドがくるっとふりかえる。
「結局、ますますわかんなくなったな!」
「まさしく、クロックベルは謎の町だよ。ウェイク、君は嬉しそうに見えるが?」
王子に尋ねられ、青年はハッと首をふった。
「そんなことはない。ただ、謎につぐ謎は…… いかにもメリーらしいと思ったんだ」
ウェイクは前を見た。ルシアと並んだメリーが、春の小道をとことこ歩いてゆく。
キッドがニヤニヤして彼をつついた。
「なるほどねー、ウェイクさんは謎に恋してるわけだ」
「どうしてそうなるんだ?」
「どうして認めないんだよー?
これってぜったいダメな例だよな、ハーティス王子。ライオンパワーで恋愛指南してやってくれよ」
「残念ながら、レオールにそういう秘術はないのだ……」
男たちの雑談は、ぽかぽか陽気にまぎれて、のんきに消えていく。
ルシアは、となりを歩く友だちをそっと見おろした。
「メリー、大丈夫? 疲れたんじゃないかな」
しょんぼりしていたメリーが、パッと顔をあげる。
「ええ、長く眠りすぎちゃったみたい。今日はスプーンと徹夜しようかしら」
おどけて答えたけれど、やっぱり元気がない。
すると、ちょうちょがひらひらやってきて、輪っかのみつあみにとまった。
ささやかな予感に、ルシアが微笑む。
「あのね、その赤毛の女の子、きっとまた会えるよ」
「マリオンに……?」
「そう。いつか本当に、メリーのこんぺいとうが必要になるの。
あなたはマリオンを助けてあげる。今回のことを、ちょっとだけ叱ってから」
背の高い少女は、すらっと長い腕を天にのばした。
「それからね、今度こそお友だちになるんだよ」
空はやさしい色をしている。つられて見あげたメリーの笑顔が、やっと晴れた。
「そうね、そうなってほしい。きっとなるわ!」
「3人でお茶会しようね。ルイーゼも一緒に」
にっこりしたルシアの瞳が、いたずらっぽく開いた。
「みんな大変だったけど、私、楽しかったなあ。
不思議なサーカスをみて、王子さまともお話しできて…… ハーティスさま、本当にすてきだね!」
これを聞いたメリーが、さっそく目を輝かせる。
「あら、あなたはキッドを気に入ったかと思ったのに!
一緒に飛行機にのったんでしょう、どうだった、ドキドキした?」
軽やかに笑いあう女の子たち。
楽しい内緒話がはじまって、少しだけ早足になった。
(第12話 おわり)




