第11話 サーカス・ラビリンス(前) 2/2
「おい。そのチケットは、僕にくれようとしたんだぜ!」
工房の町のキッドは、いきなり現れた横どり犯につめよった。
謎の少年はまったくマイペース。
「君はそう思う、僕は思わない。さて、どうしようかなぁ」
レースいっぱいのシャツをひらめかせ、くるっとまわる。
彼を見おろしたルシアが、とまどいながらつぶやいた。
「あの、もしかして、あなたがヨル? もっとお兄さんのはずだけど……」
「だって、サーカスは子どものものだから。
僕、ちゃんとまわりにあわせられるんだよ。がんばったよ、ほめてくれる?」
幼いながら端整な顔を近づけられ、ルシアは一歩さがった。
ヨルがふみだせば、少女はさがる。縮まらない距離──
彼は切なげに首をかしげた。
「なんで逃げちゃうの…… 僕のこと、嫌い?」
「ううん、けど、メリーが教えてくれたもの。あなたには気をつけてって」
これにはキッドが飛びあがった。
「君、メリーの友だち!?」
と、笑顔でルシアを見あげる。
「僕はキッド・スカイラー。メリーに会いにきたんだ、飛行船にのって」
「あっ、あなたのお話も聞いたよ。翼の男の子!」
盛りあがる二人をながめていたヨルが、ひょいっとルシアの手をとった。
「そういうことなら返すね、はい」
彼女にチケットをにぎらせ、ついでに手の甲へひとつキスを……
しようとしたところを、キッドがすさまじい速さで払いのけた。
ヨルが赤い目を丸くする。
「やるなぁ、君」
「工房できたえた反射神経だぜ。で、チケットのないお前はどうするんだ?」
「いいよ、外から見るもん。またね、ルシア!」
軽やかに手をふった彼は、しゃれたケープをなびかせて去っていった。
「…………」
かちこちに固まっているルシア。やわらかい唇がかすめた手は、宙に差しのべたまま。
「だ、大丈夫? 行こっか、えーっと、ルシア」
キッドがそっと背中を押したとき、幕のむこうから歓声がひびいた。
シャーン!
とシンバルの花が咲けば、にぎやかな音楽にのせた陽気なあいさつ。
「クロックベルのみなさま、お待たせいたしておりません!
時計の町で遅刻は厳禁。
ラビリンス・サーカス開幕でございます。今宵の迷宮、ぞんぶんにお楽しみあれ」
「さあ、ここに禁断の大魔術だ。炎から生まれるは地獄の獣か」
シルクハットをかぶった猛獣つかいが、ドラムにあわせてムチをふるう。
ごおっと燃える火の輪から、大きなライオンが飛びだした。
「きゃあっ、食べられちゃう!」
「ママー!」
ちっちゃな子たちの悲鳴があがると、猛獣つかいはおおげさにあわててみせる。
「おっとご安心を、迷宮のライオンはネコよりよい子。はいっ」
号令にあわせて、ライオンたちが次々と大玉に飛びのる。
コロコロと玉をころがせば、みんな笑って拍手かっさい。
ルシアも、友だちと一緒に夢中になっていた。
「わあっ、すごい!」
「みて、こっちにもくるよ!」
キッドという男の子も会場に入れたし、ヨルはまぎれこんでいないみたい。
メリーの姿が見えないことだけが心配だった。
早起きして、疲れちゃったのかな? あとで会えるよね、メリー……
心の中でつぶやいたとき。
歓声にまざって、別のひとりごとが聞こえた。
「ライオンをあやつる、か。あまりいい気はしないな」
ルシアがそっと目をやると、うす暗い席に、見なれないお兄さんがうつむいている。
今夜は、特別にいろんな人が集まっているみたいだった。
「いよいよやってまいりました、空中ブランコ。宙の美技こそサーカスの華!」
団長さんが手をあげれば、きらめく衣装のブランコ乗りが、天井すれすれにあらわれる。
ルシアは、はるか下のステージに目をこらした。
見習いの団員たちがネットを張っている。こんぺいとうをもらったのは、どの子だろう。
「チケットをくれたのはね、赤毛にそばかす、深い緑の目をした、元気な女の子……」
今朝のメリーは、半分眠っているみたいな顔でそう話していた。
だけど今、ステージのどこにも、そんな子はいなかった。
……なんだか、おかしい。
ルシアのわくわくがひっこんで、まわりの拍手が一段と大きくなる。
つられて目をあげると、
ブランコの上には、
サルがいた。
「ええっ!?」
ルシアは、自分の身長を忘れてたちあがる。
きらきらの衣装を着たサルは、彼女にむかって長ーい腕をふった。
パッと宙に飛んだなら、くるくるまわって何回転? 人間技とは思えない、そうですわたしはサルだから……
混乱したルシアは、となりの友だちを揺さぶった。
「ねえ、あれおサルさんだよ!」
「そうよ、サーカスだもん」
ふりむいた友だちは、かわいらしい小熊の顔をしていた。にっこり笑った口から、はちみつの香りがしそう。
気がつけば客席じゅう、イヌやウサギ、ウマにトラ…… 動物の顔でいっぱい。
そのみんなが、立ちすくむルシアにむかって声をそろえた。
「お嬢ちゃん、なにを驚いてるの? 今夜はサーカスじゃないか!」
メリーは、とっても眠たかった。
窓の外はすっかり暗い。もう坂をおりていないと、サーカスに間にあわない。
なのに彼女は、まだごちゃごちゃの机についていた。
「うう、やっぱり早起きは身体に悪いわ…… もっとお昼寝すればよかった」
目を開けようとすればするほど、まぶたが重くなっていく。こっくり、かくん、と首がゆれる。
「いけない!」
と頭をふって、それからまたこっくりさん。
「い、いけ、な、い……」
何回もくりかえし、ついに机につっぷしてしまった。
静まりかえった部屋、ランプの明かりがジジッと切れる。
窓からは月と星の光。
それから、なにか別の輝きが、一緒に滑りこんできた。
メリーの輪っかのみつあみが、しゅるしゅるとほどけていく。
やがて金色の波になって、ふわりと肩に広がった。
「ラビリンス・サーカスはまだまだつづく!
今宵の目玉は “迷路の小鳥”。
小さな翼は、この迷宮をぬけだせるか否か。とくとごらんあれ!」
ワーッという歓声は、いろんな動物の鳴き声の合唱。
「みんな、どうしちゃったの!」
ルシアは、必死になって出口への幕をくぐった。もう一枚めくれば、テントの外へ……
だけど、出むかえたのは野原じゃなくって、まぶしい舞台。
「ようこそ、ラビリンス・サーカスへ!」
「きゃっ!?」
あわててテントを閉じるルシア。
すると、うしろの暗幕から、少年が転がるように飛びだしてきた。
「あっルシア、よかった! 大丈夫かっ」
「キッドくん……!」
ふたりは、幕と幕のあいだで手をとりあった。キッドが冷や汗をたらして言う。
「これって、サーカスなんかじゃないよな。なんていうか、その……」
「夢の中、でしょ?」
ヨル少年が、またまたいきなり現れた。
キッドはもう驚かない。こいつはこういうやつなんだ、と顔をしかめた。
「なんだ、結局いたのかよ。チケットないくせに」
「僕、もぐりこむの大好き。こういう騒ぎもね」
そう笑う少年の瞳は、ワインレッドからシャンパンの金色に変わっている。
うすく色づいた月の目で、ふたつの幕をかわるがわる見た。
「で、どっちも入口みたいだけど。どういたしますか、キッド・スカイラー隊長?」
「えー、僕にまとめろってのかよー」
ここで、ルシアが小さく手をあげた。
「あのね、メリーが、サーカスの子にこんぺいとうをあげたの。
もしかしたら、これはその子の夢かも。けど、ふたりとも、どこにいるのかわからなくって……」
「そっか。じゃあまずは、メリーを探したらいいんだな。よし!」
気合をいれたキッドの襟くびを、ヨルがびよーんとひっぱる。
「残念でした、メリーはきてません。どっちみち外に出ないとね」
「お前、もぐりこむの得意なんだろ? 抜け穴のひとつでも見つけてこいよ」
「もっとやさしく言ってくれないとやだ」
「……どうか抜け穴を見つけてきてくださいませんか、ヨルさま」
「そういうお願いは女の子にされたいなぁ、ねえルシア?」
甘えた様子で少女にくっつこうとしたヨルを、キッドのきたえられた手が阻止した。
そのとき、凛々しい声が飛んできた。
「ああよかった、私のほかにも避難者が!」
みんながふりむくと、ひらめいた暗幕から、背の高い青年が走ってくる。
足もとまであるなめらかなマントをまとい、つばの広い帽子を深くかぶっていた。
「逃げられたのは、君たちだけか? これは一体、どうしたことだろう」
とまどいながらも、明るくて爽やかな声。
ルシアは、パッと気がついた。
「あなたは、猛獣つかいが気に入らなかったお兄さん!」
「ああ、いかにも。私は、ライオンの国レオールからきたのでね。
だが、けっしてお忍びの第一王子などではなく、通りすがりの民間の旅行者だよ」
キリッとする青年は、目のまわりを隠すマスクをつけていた。
けれど、立ちふるまいには気品があふれ、こぼれんばかり。ヨルとは別の方向で怪しすぎた。
「うわー、また変なのが増えた……」
4人目の仲間を前にして、途方にくれるキッド。
その肩に、ヨルがなれなれしく腕をまわした。がっちりつかんで左右にゆらす。
「そんな顔しないで、仲よくしよう? 人手が多い方が、いろんなところを調べられるよ」
「まあ、それはそうだけどさ」
「それでは、優雅な脱出の旅へ。ロバート・キッド・スカイラー号、発進!」
「おいよせ、僕は飛行機じゃなあぁーっ!?」
思いっきり突きとばされたキッドが、幕につっこんで倒れて消えた。
「キッドくん!?」
ルシアが伸ばした手は届かない。
謎の高貴な青年が、サッと駆けだした。
「われわれも行こう。力をあわせて、この迷宮を攻略するんだ!」
(第12話につづく)




