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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─2─ レオールはライオンの国
21/66

第11話 サーカス・ラビリンス(前) 1/2

「信じる心と、勇気をふたさじ。かくし味は、成功の手まねき……」

 時計塔のみえる、いつもの部屋。

 かわいらしい呪文に銀のスプーンが踊って、メリーは今日も忙しい。


「メア・ディム・ドリム、メア・ディム・ドリム。

 今宵にあがる夢の幕、星が背中をおすように。ふみだす一歩にかがやきを!」


 きらっと光った不思議な粉が、鍋のお砂糖を変身させる。

 目にもあざやかな、緑とピンクのこんぺいとう…… できたてをビンにうつしかえ、メリーはホッと微笑んだ。

「よかった、なんとか間に合ったわ。

 さあメリー・シュガー、ぼやぼやしないで。この星にぴったりのリボンをかけなくっちゃ」



 引きだしをごそごそしていると、お客さまがやってきた。

 ドアがはっきり3回たたかれて、快活な女の子の声がする。

「ハイ、こんぺいとう屋さん! あなたになぞなぞをプレゼント、あたしは一体誰でしょう?」


「空中ブランコの大スター、サーカスに咲く赤い花!

 ……に、なる予定の、ミス・マリオン・バート。どうぞステージへ!」

 メリーがお芝居のように答えると、サッとドアが開く。

 燃えるような赤毛の、すらっとした女の子がポーズをとっていた。

「じゃーん! 助けてもらいにきましたー」


 ぱっちりした緑色の目に、元気なそばかす。

 カラフルな練習着をきたマリオンは、おもちゃ箱から飛びだしてきたみたい。

 メリーは、彼女のために、赤と白のストライプのリボンをえらんだ。サーカスにぴったりの、にぎやかで楽しいこんぺいとうのできあがり。


「はい、これがあなたの夢。今夜、フタをあけて枕もとに置いてね」

「わー、かわいい!

 もしかして、食べたら眠くなるとか? みんなにつまみ食いされたら、おやすみサーカスになっちゃう!」

 マリオンがおもしろそうに笑って、メリーもかわいらしく笑い声をあげた。



 毎年毎年、冬がうたたねをはじめて、春風が目を覚ますころ……

 クロックベルに、大きなお楽しみがやってくる。

「これを見ないと、春がこないわ」

「いよいよ明日だね。今年はどんな演目かなあ!」

 町じゅうをうきうきさせる、ラビリンス・サーカス。赤毛のマリオンは、その見習い団員だった。


「今回、初めて舞台にたてるの! けど、失敗する夢ばっかり見ちゃって……」

と、頭をかく彼女のために、メリーのスプーンがくるり。

 あいにく鍋まわし役(ウェイク・エルゼン20才)がつかまらず、ちょっと不安だったけれど、無事にこんぺいとうを渡すことができた。



「ほんとにありがと、メリー。ぜったい成功させるから、明日見にきてよね」

 マリオンは、お礼のチケットを差しだした。

「あたしって気がきくから、ほら」

 2枚の紙きれをぴらぴらさせて、ニッと笑う。


「大切な人とご一緒できるように! すてきなお相手がいるんでしょ、メリー?」

「もちろんいるわ、大切なお友だちが。がんばってね、マリオン」

「あーあ、うまく逃げるんだから。それじゃ、またね!」

 愉快な少女は、陽気なステップで出ていった。



 夕暮れの部屋にひとり、チケットを見つめるメリー。

 サーカスといえば、アクロバットにトランポリン、宙を飛びかうブランコ乗りたち――

「……ウェイクは誘えないわね、ぜったいに」

 思い浮かべた青年の顔は、すでに青ざめていた。


「どうしようかしら、この1枚。

 ルシアはもう持ってたし、ソフィーさんはお留守。所長さんも、ご家族と行くって言ってたなあ」


 すると、頭の中のウェイクを押しのけて、黒髪の美青年があらわれた。

「ねぇねぇ、僕は? 忘れないでよ」

「忘れてないわ、ヨル。あなた好みでしょうね、こういう楽しい……」


 迷宮ラビリンスサーカス。

 迷宮と、夜。


「……うう、なんだか心がざわざわする。ごめんなさい、あなたもお誘いできないわ」

 メリーは、輪っかのみつあみを揺らして首をふる。

 ヨルの幻が「いじわるメリー」とすねて消えていった。



「そうだ!

 明日の朝、ルシアにあずけようっと。学校のお友だちに使ってもらえるかも」

 そう決めると、メリーはパタパタと戸じまりをはじめる。

 窓を閉めるとき、情けない顔で夕陽にお願いした。

「おやすみなさい、お日さま。どうか、ぴかぴかの光で私を起こしてね」


 夜ふかしは得意だけれど、学校にかよえるくらいの早起きとなると、ぜんぜん自信がなかった。

 本当に、心の底から、お砂糖ひとつぶほどにも。




 そして、次の日。

 そよ風の吹く森の手前に、サーカスのテントがたてられた。

 まだお昼だけれど、待ちきれなくなった人たちが、あたりをうろうろしている。

 小さな男の子が、とつぜん空を指さした。

「ママ、みて! お船が飛んでくるよ」

「えっ? あらまあ!」


 青空と雲を泳いで、クジラみたいな風船が、ぷかぷか近づいてくる。

 大きくふくらんだ袋には、 “ラビリンス・サーカス” の華麗なロゴが描かれていた。

 おじさんが感心して声をあげる。

「飛行船だ。宣伝がついてくるなんて、初めてだなあ」


 みんなが見あげたクジラのお腹。

 そこにくっついた操舵室に、少年の姿があった。遠い時計塔をながめ、空色の瞳を輝かせる。

「ここがクロックベル……

 君の町だ、メリー・シュガー。飛行機じゃないけど、いちおう飛んできたぜ!」




 うす青い夜がおりてきて、まばゆいランプが灯される。

 ラビリンス・サーカスのテントは、明るく照らされて、暗い森から浮きあがっていた。

「さあお待ちかね、開場だよ!」

 ピエロが開けた入口に、町の人々が押しよせる。

 その中に、ルシアもいた。学校の友だちが、人に流されがちな彼女をひっぱる。

「早くいこう、いちばん前の列にすわらなきゃ!」


 「ええっと、誰かチケットのない人、いませんか……」

 ぐるっとまわりを見まわすルシア。

 背が高くて役に立つこともある。おとなから赤ちゃんまで、みんな券をにぎりしめているのがわかった。

 彼女は友だちにささやいた。

「もっと手前でさがしてみる。私、あとから行くね」

「じゃあ、席をとっておくわ。気をつけて!」



 テントの外に出ると、ルシアはようやく息をついた。

 少し冷えてきた春の夜。たくさんつながったランプの光が、草むらに映っている。

「メリー、まだきてないのかなあ」

 きょろきょろしているうちに、人の気配がぱったりとだえてしまった。

 外にもれていたざわめきも、だんだん静かになっていく。


「どうしよう、閉まっちゃうかも…… チケット、サーカスの人にあずけたらいいかな?」

 焦ってテントに戻ったけれど、団員もお客もいない。

 舞台につづく暗幕だけが、どっしりとおろされていた。

 しかたなく、席につこうとした時。


「待ったー、閉めないで! チケット1枚くださいっ」


 少年の声がはじけて、ルシアは飛びあがってふりむいた。

「あれっ、君は……?」

と、目を丸くした男の子が、息をきらしている。

 袖をまくったシャツに吊りスボン、帽子からオレンジっぽい巻き毛がのぞく。ちょっと年上らしくて――

 目線は、ルシアよりも、ティースプーンひとつぶん低かった。



 彼女はついつい身がまえた。

 町の子にからかわれるのは平気になったけれど、初めて会う人に驚かれるのは、楽しいことじゃない。

 工員っぽい少年が、口を開いて、言った。

「なんだあ」


「……えっ?」

「サーカスの子かと思った、チケット持ってるからさ! 君、入んなくていいの?」

「あ、あの」

「ん?」

 不思議そうに、親しげにのぞきこまれ、ルシアはうろたえる。

 手ににぎりしめているものを思い出すと、とっさに差しだした。

「これ、あなたに!」



「わぁ、僕に? 嬉しいなぁ!」


 うきうきした声とともに、チケットが横からかっさらわれた。

「えっ!?」

 ルシアと少年は、そろって顔をむける。

 まちがいなく誰もいなかったその場所に、新たな人物が出現していた。

 よそゆきのおめかしをした、黒い髪、赤い瞳の “少年” が。


「ありがとう。僕、君もサーカスも大好きだよ」

 すてきで怪しい少年は、ルシアを間近に見あげて、魅力たっぷりに微笑みかけた。

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