第11話 サーカス・ラビリンス(前) 1/2
「信じる心と、勇気をふたさじ。かくし味は、成功の手まねき……」
時計塔のみえる、いつもの部屋。
かわいらしい呪文に銀のスプーンが踊って、メリーは今日も忙しい。
「メア・ディム・ドリム、メア・ディム・ドリム。
今宵にあがる夢の幕、星が背中をおすように。ふみだす一歩にかがやきを!」
きらっと光った不思議な粉が、鍋のお砂糖を変身させる。
目にもあざやかな、緑とピンクのこんぺいとう…… できたてをビンにうつしかえ、メリーはホッと微笑んだ。
「よかった、なんとか間に合ったわ。
さあメリー・シュガー、ぼやぼやしないで。この星にぴったりのリボンをかけなくっちゃ」
引きだしをごそごそしていると、お客さまがやってきた。
ドアがはっきり3回たたかれて、快活な女の子の声がする。
「ハイ、こんぺいとう屋さん! あなたになぞなぞをプレゼント、あたしは一体誰でしょう?」
「空中ブランコの大スター、サーカスに咲く赤い花!
……に、なる予定の、ミス・マリオン・バート。どうぞステージへ!」
メリーがお芝居のように答えると、サッとドアが開く。
燃えるような赤毛の、すらっとした女の子がポーズをとっていた。
「じゃーん! 助けてもらいにきましたー」
ぱっちりした緑色の目に、元気なそばかす。
カラフルな練習着をきたマリオンは、おもちゃ箱から飛びだしてきたみたい。
メリーは、彼女のために、赤と白のストライプのリボンをえらんだ。サーカスにぴったりの、にぎやかで楽しいこんぺいとうのできあがり。
「はい、これがあなたの夢。今夜、フタをあけて枕もとに置いてね」
「わー、かわいい!
もしかして、食べたら眠くなるとか? みんなにつまみ食いされたら、おやすみサーカスになっちゃう!」
マリオンがおもしろそうに笑って、メリーもかわいらしく笑い声をあげた。
毎年毎年、冬がうたたねをはじめて、春風が目を覚ますころ……
クロックベルに、大きなお楽しみがやってくる。
「これを見ないと、春がこないわ」
「いよいよ明日だね。今年はどんな演目かなあ!」
町じゅうをうきうきさせる、ラビリンス・サーカス。赤毛のマリオンは、その見習い団員だった。
「今回、初めて舞台にたてるの! けど、失敗する夢ばっかり見ちゃって……」
と、頭をかく彼女のために、メリーのスプーンがくるり。
あいにく鍋まわし役(ウェイク・エルゼン20才)がつかまらず、ちょっと不安だったけれど、無事にこんぺいとうを渡すことができた。
「ほんとにありがと、メリー。ぜったい成功させるから、明日見にきてよね」
マリオンは、お礼のチケットを差しだした。
「あたしって気がきくから、ほら」
2枚の紙きれをぴらぴらさせて、ニッと笑う。
「大切な人とご一緒できるように! すてきなお相手がいるんでしょ、メリー?」
「もちろんいるわ、大切なお友だちが。がんばってね、マリオン」
「あーあ、うまく逃げるんだから。それじゃ、またね!」
愉快な少女は、陽気なステップで出ていった。
夕暮れの部屋にひとり、チケットを見つめるメリー。
サーカスといえば、アクロバットにトランポリン、宙を飛びかうブランコ乗りたち――
「……ウェイクは誘えないわね、ぜったいに」
思い浮かべた青年の顔は、すでに青ざめていた。
「どうしようかしら、この1枚。
ルシアはもう持ってたし、ソフィーさんはお留守。所長さんも、ご家族と行くって言ってたなあ」
すると、頭の中のウェイクを押しのけて、黒髪の美青年があらわれた。
「ねぇねぇ、僕は? 忘れないでよ」
「忘れてないわ、ヨル。あなた好みでしょうね、こういう楽しい……」
迷宮サーカス。
迷宮と、夜。
「……うう、なんだか心がざわざわする。ごめんなさい、あなたもお誘いできないわ」
メリーは、輪っかのみつあみを揺らして首をふる。
ヨルの幻が「いじわるメリー」とすねて消えていった。
「そうだ!
明日の朝、ルシアにあずけようっと。学校のお友だちに使ってもらえるかも」
そう決めると、メリーはパタパタと戸じまりをはじめる。
窓を閉めるとき、情けない顔で夕陽にお願いした。
「おやすみなさい、お日さま。どうか、ぴかぴかの光で私を起こしてね」
夜ふかしは得意だけれど、学校にかよえるくらいの早起きとなると、ぜんぜん自信がなかった。
本当に、心の底から、お砂糖ひとつぶほどにも。
そして、次の日。
そよ風の吹く森の手前に、サーカスのテントがたてられた。
まだお昼だけれど、待ちきれなくなった人たちが、あたりをうろうろしている。
小さな男の子が、とつぜん空を指さした。
「ママ、みて! お船が飛んでくるよ」
「えっ? あらまあ!」
青空と雲を泳いで、クジラみたいな風船が、ぷかぷか近づいてくる。
大きくふくらんだ袋には、 “ラビリンス・サーカス” の華麗なロゴが描かれていた。
おじさんが感心して声をあげる。
「飛行船だ。宣伝がついてくるなんて、初めてだなあ」
みんなが見あげたクジラのお腹。
そこにくっついた操舵室に、少年の姿があった。遠い時計塔をながめ、空色の瞳を輝かせる。
「ここがクロックベル……
君の町だ、メリー・シュガー。飛行機じゃないけど、いちおう飛んできたぜ!」
うす青い夜がおりてきて、まばゆいランプが灯される。
ラビリンス・サーカスのテントは、明るく照らされて、暗い森から浮きあがっていた。
「さあお待ちかね、開場だよ!」
ピエロが開けた入口に、町の人々が押しよせる。
その中に、ルシアもいた。学校の友だちが、人に流されがちな彼女をひっぱる。
「早くいこう、いちばん前の列にすわらなきゃ!」
「ええっと、誰かチケットのない人、いませんか……」
ぐるっとまわりを見まわすルシア。
背が高くて役に立つこともある。おとなから赤ちゃんまで、みんな券をにぎりしめているのがわかった。
彼女は友だちにささやいた。
「もっと手前でさがしてみる。私、あとから行くね」
「じゃあ、席をとっておくわ。気をつけて!」
テントの外に出ると、ルシアはようやく息をついた。
少し冷えてきた春の夜。たくさんつながったランプの光が、草むらに映っている。
「メリー、まだきてないのかなあ」
きょろきょろしているうちに、人の気配がぱったりとだえてしまった。
外にもれていたざわめきも、だんだん静かになっていく。
「どうしよう、閉まっちゃうかも…… チケット、サーカスの人にあずけたらいいかな?」
焦ってテントに戻ったけれど、団員もお客もいない。
舞台につづく暗幕だけが、どっしりとおろされていた。
しかたなく、席につこうとした時。
「待ったー、閉めないで! チケット1枚くださいっ」
少年の声がはじけて、ルシアは飛びあがってふりむいた。
「あれっ、君は……?」
と、目を丸くした男の子が、息をきらしている。
袖をまくったシャツに吊りスボン、帽子からオレンジっぽい巻き毛がのぞく。ちょっと年上らしくて――
目線は、ルシアよりも、ティースプーンひとつぶん低かった。
彼女はついつい身がまえた。
町の子にからかわれるのは平気になったけれど、初めて会う人に驚かれるのは、楽しいことじゃない。
工員っぽい少年が、口を開いて、言った。
「なんだあ」
「……えっ?」
「サーカスの子かと思った、チケット持ってるからさ! 君、入んなくていいの?」
「あ、あの」
「ん?」
不思議そうに、親しげにのぞきこまれ、ルシアはうろたえる。
手ににぎりしめているものを思い出すと、とっさに差しだした。
「これ、あなたに!」
「わぁ、僕に? 嬉しいなぁ!」
うきうきした声とともに、チケットが横からかっさらわれた。
「えっ!?」
ルシアと少年は、そろって顔をむける。
まちがいなく誰もいなかったその場所に、新たな人物が出現していた。
よそゆきのおめかしをした、黒い髪、赤い瞳の “少年” が。
「ありがとう。僕、君もサーカスも大好きだよ」
すてきで怪しい少年は、ルシアを間近に見あげて、魅力たっぷりに微笑みかけた。




