第10話 王子のふしぎな贈りもの 2/2
そのころ、おとなりのライオンの国で。
砂時計の贈り主・ハーティス王子が、叱られていた。
「なにを考えておいでですか、兄上。おばあさまの思い出の品を、他人にあげてしまうなんて!」
眉間にしわをたてるのは、弟のジェシオ王子。
兄に似ているけれど、ほっそりした顔にはするどさが目だつ。
ハーティスは、すねたように口をとがらせる。
「そう怒るな、ジェシオ。
肖像画が完成したのはメリーのおかげだし、あの時計は彼女にぴったりだと思ったんだ」
「親愛をこめすぎたプレゼントは、疑いをまねきます。婚約のお話だって、これから本腰に入るというのに」
弟王子は、呆れたように首をふった。
ひとつに束ねた金髪が揺れる。馬のしっぽみたいにまっすぐサラサラで、彼のびしっとした印象を強めていた。
ふたりは剣のけいこを終えたところ。
試合で負けたばかりのハーティスは、たじたじとなって身をひく。
「うう、お前はいつでもこまやかだな。いい侍従長になれるよ」
しっかり者の末っ子は、白い額に手をあてた。
「だいたい、兄上は人がよすぎるのです。
俺や父上がいないあいだに、どこの馬の骨ともしれぬ少女を頭から信じて……」
「おっと、そうは言わせないぞ?
名探偵メリー・シュガーは、シープランド王の保証つき。そして、事件をあざやかに解決したんだからな!」
子供っぽく胸をはるハーティス。
ジェシオは、とっても冷静な視線をそそぎ、告げた。
「メリー・シュガーという探偵は、シープランドのどこにも存在しないそうです」
「なにをいうんだジェシオ!?」
兄の青い目がまん丸になった。弟は細いため息をつく。
「気になったので、調べさせました。
その少女は、名前か職業のどちらかをいつわっているようですね」
「…………」
「シープランド王に問いあわせては? 父上に知れたら、雷が落ちるだけじゃすみませんよ」
理知的な顔が、急に心細そうになった。
頭の中に鳴りわたるのは、低くて重たい、立派な声── お父さまの本気のお叱り。
“なぜだ、なぜ黙っていたのだジェシオッ!!”
レオール王は、怖い。
本物のライオンより怖い。
と、兄弟王子は昔から信じていた。宮廷のみんなも、なにか問題が起きればこんなふうに祈る。
“どうか、王さまのたてがみにふれませんように!”
いつも明るいハーティスが、くっきり整った顔をこわばらせた。ついつい小声に、早口になる。
「ち、父上はとてもお忙しい。
ささいな過去に目をむけはしない、だろう? そうだと言ってくれ、お願いだ」
ジェシオは青い瞳を曇らせる。
「俺もそう思いたいです。
しかし、万が一のときに言い訳…… じゃなかった、説明できなくては。
メリー・シュガーの正体をはっきりさせるべきですよ。巻きぞえでお説教なんて、ごめんですからね」
ハーティスはすかさず彼の肩をつかんだ。
「いま本音が見えたぞ! お前は昔からつめが甘いっ」
「隙だらけなのは今日の兄上でしょう。なんですか、あの子猫のケンカみたいな剣さばきは!」
むきになった兄弟は、ぐっと顔をつきあわせる。
ハーティスが、さっき出てきたばかりの修業場へ目をやった。
「よし。おまけの一試合といこうじゃないか」
「受けてたちましょう」
現実逃避に走る王子たち。
ふたりが剣をひっつかんだ、その時。
廊下の先に、従者があらわれた。
「ハーティスさま。王さまがお呼びです!」
「っ……!」
凍りつく兄弟。
手をふった従者は、ふたたび声をはりあげた。
「来月におこなう、領地の視察のお話だそうで。お急ぎください」
「あ…… ああ、わかった」
なんとか答えたハーティスは、さりげなく肩をよせ、弟にささやいた。
「お前が正しかった、父上は怖い。ミス・シュガーが探偵だと証明すればいいんだな?」
「それが一番です。俺の側近を行かせましょうか」
ジェシオがホッとしたのもつかの間。
レオールの輝ける第一王子は、堂々と宣言した。
「いや、私が行く。友人にまつわる疑問は、自分でたしかめたい」
「……兄上、ぜんぜんわかっていませんね!?」
「もちろん、身分は隠してお忍び旅行だ。心配するな、弟よ」
ハーティスは決意をこめて微笑み、父王のもとへむかっていった。
呆然と見送ったジェシオ。けれど、ハッと目覚めて、すぐに駆けだした。
「これは先手をうたないと。
父上は怖すぎるし、兄上は元気すぎる。俺はいつも、裏でコソコソするはめになるんだ!」
苦労性の末っ子の嘆きが、黄金の宮廷にこだました。
「たいした手がかりにならなかったな。時間をとらせてしまった」
ウェイクは、となりを歩くメリーを申し訳なさそうに見おろした。
メリーが明るく首をふる。
「そんなことないわ、とっても楽しかった!
ハーティスさまのおばあさまって、占星術師のお家柄だったのね」
「ご先祖は宮廷につかえた占い師、か…… レオール王国の中でも、かなり古い家系だな」
町はもう青い夕暮れの中。
風がどんどん冷えていき、ちょっと寂しくなる時刻――
並んで歩く人がいてよかった、と感じさせる、一日の終わりにさしかかっていた。
「星と夢と、占い。なんだか身近な気がしちゃうなあ」
遠い時代へ、ロマンチックな思いをはせるメリー。
一方のウェイクは、すっかり思案顔だ。
「皇太后さまの家系からは、優秀な学者もたくさん出ていたようだ。あちこちつながりそうに思えるんだが……」
「ソフィーさんの、夢のお相手のことね」
名前も記憶もなくしたその人は、なにかの研究者らしい。
地道に調べているけれど、まだ手がかりはなかった。ウェイクはあいまいにうなずいた。
「その男性と…… それから、ヨルもふくめて。ひとつの大きな謎とするのは、考えすぎだろうか」
灰色の目が迷いの影をおびている。
それを払うように、メリーがにっこりした。
「次はあなたが探偵で、私はお手伝いさん。秘密のかけらを集めて、大きな絵を完成させましょう!」
踊るような足どりの少女を見て、ウェイクは思う。
最後のかけらは、こんぺいとうの形をしているんだろう?
できあがった絵の中で、君がやさしく笑うんだ。
そうじゃないか、メリー・シュガー。
「……どんな絵であっても、二人でながめたい」
ささやかなひとりごとは、通りかかった馬車の音にかき消された。
ウェイクは少し微笑み、帽子をさげて表情を隠した。
「それじゃあ、俺はここで」
そう言った彼は、お店の集まる方に身体をむけている。
メリーが不思議そうに尋ねた。
「あらウェイク、まだ用事が?」
「布を買いに。ほんの少しでいいんだ、駆けこみでも売ってくれるだろう」
「……もしかして。
レインのケープ、つくってあげるの? あなた、お裁縫ができたのね!」
少女がびっくり声をあげると、青年は恥ずかしそうに背中をかえした。
「ボタンくらいしかつけられないが、なんとかなる。気をつけて帰れよ」
几帳面な歩みにあわせて、マントが揺れる。
ランプの明かりがふりかかり、石畳に大きな影をつくった。
彼が少し進んだころ。
小さな影が、走って追いついた。
「さっそく手伝うわ、探偵の布えらび。あなたって、本当にあなたね」
しみじみとつぶやくメリーに、嬉しいけれど複雑な顔のウェイク。
「だからそれはどういう意味だ?」
「やさしいっていうこと。
星と夢、夢とやさしさ。これだってなかなか近いんじゃないかしら!」
ふたりは、並んでお店のドアをたたいた。
メリーのバッグの中で、砂時計がコロンとかたむく。
からっぽのガラスがかすかにきらめいた。見えないなにかを、大切に数えているみたいに。
(第10話 おわり)




