表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─2─ レオールはライオンの国
20/66

第10話 王子のふしぎな贈りもの 2/2

 そのころ、おとなりのライオンの国で。

 砂時計の贈り主・ハーティス王子が、叱られていた。


「なにを考えておいでですか、兄上。おばあさまの思い出の品を、他人にあげてしまうなんて!」

 眉間にしわをたてるのは、弟のジェシオ王子。

 兄に似ているけれど、ほっそりした顔にはするどさが目だつ。


 ハーティスは、すねたように口をとがらせる。

「そう怒るな、ジェシオ。

 肖像画が完成したのはメリーのおかげだし、あの時計は彼女にぴったりだと思ったんだ」


「親愛をこめすぎたプレゼントは、疑いをまねきます。婚約のお話だって、これから本腰に入るというのに」

 弟王子は、呆れたように首をふった。

 ひとつに束ねた金髪が揺れる。馬のしっぽみたいにまっすぐサラサラで、彼のびしっとした印象を強めていた。


 ふたりは剣のけいこを終えたところ。

 試合で負けたばかりのハーティスは、たじたじとなって身をひく。

「うう、お前はいつでもこまやかだな。いい侍従長になれるよ」



 しっかり者の末っ子は、白い額に手をあてた。

「だいたい、兄上は人がよすぎるのです。

 俺や父上がいないあいだに、どこの馬の骨ともしれぬ少女を頭から信じて……」

「おっと、そうは言わせないぞ?

 名探偵メリー・シュガーは、シープランド王の保証つき。そして、事件をあざやかに解決したんだからな!」

 子供っぽく胸をはるハーティス。

 ジェシオは、とっても冷静な視線をそそぎ、告げた。


「メリー・シュガーという探偵は、シープランドのどこにも存在しないそうです」



「なにをいうんだジェシオ!?」

 兄の青い目がまん丸になった。弟は細いため息をつく。

「気になったので、調べさせました。

 その少女は、名前か職業のどちらかをいつわっているようですね」

「…………」

「シープランド王に問いあわせては? 父上に知れたら、雷が落ちるだけじゃすみませんよ」


 理知的な顔が、急に心細そうになった。

 頭の中に鳴りわたるのは、低くて重たい、立派な声── お父さまの本気のお叱り。


 “なぜだ、なぜ黙っていたのだジェシオッ!!”



 レオール王は、怖い。

 本物のライオンより怖い。

 と、兄弟王子は昔から信じていた。宮廷のみんなも、なにか問題が起きればこんなふうに祈る。

 “どうか、王さまのたてがみにふれませんように!”



 いつも明るいハーティスが、くっきり整った顔をこわばらせた。ついつい小声に、早口になる。

「ち、父上はとてもお忙しい。

 ささいな過去に目をむけはしない、だろう? そうだと言ってくれ、お願いだ」


 ジェシオは青い瞳を曇らせる。

「俺もそう思いたいです。

 しかし、万が一のときに言い訳…… じゃなかった、説明できなくては。

 メリー・シュガーの正体をはっきりさせるべきですよ。巻きぞえでお説教なんて、ごめんですからね」


 ハーティスはすかさず彼の肩をつかんだ。

「いま本音が見えたぞ! お前は昔からつめが甘いっ」

「隙だらけなのは今日の兄上でしょう。なんですか、あの子猫のケンカみたいな剣さばきは!」

 むきになった兄弟は、ぐっと顔をつきあわせる。

 ハーティスが、さっき出てきたばかりの修業場へ目をやった。


「よし。おまけの一試合といこうじゃないか」

「受けてたちましょう」

 現実逃避に走る王子たち。

 ふたりが剣をひっつかんだ、その時。

 廊下の先に、従者があらわれた。


「ハーティスさま。王さまがお呼びです!」



「っ……!」

 凍りつく兄弟。

 手をふった従者は、ふたたび声をはりあげた。

「来月におこなう、領地の視察のお話だそうで。お急ぎください」

「あ…… ああ、わかった」

 なんとか答えたハーティスは、さりげなく肩をよせ、弟にささやいた。


「お前が正しかった、父上は怖い。ミス・シュガーが探偵だと証明すればいいんだな?」

「それが一番です。俺の側近を行かせましょうか」

 ジェシオがホッとしたのもつかの間。

 レオールの輝ける第一王子は、堂々と宣言した。


「いや、私が行く。友人にまつわる疑問は、自分でたしかめたい」



「……兄上、ぜんぜんわかっていませんね!?」

「もちろん、身分は隠してお忍び旅行だ。心配するな、弟よ」

 ハーティスは決意をこめて微笑み、父王のもとへむかっていった。


 呆然と見送ったジェシオ。けれど、ハッと目覚めて、すぐに駆けだした。

「これは先手をうたないと。

 父上は怖すぎるし、兄上は元気すぎる。俺はいつも、裏でコソコソするはめになるんだ!」

 苦労性の末っ子の嘆きが、黄金の宮廷にこだました。




「たいした手がかりにならなかったな。時間をとらせてしまった」

 ウェイクは、となりを歩くメリーを申し訳なさそうに見おろした。

 メリーが明るく首をふる。

「そんなことないわ、とっても楽しかった!

 ハーティスさまのおばあさまって、占星術師のお家柄だったのね」

「ご先祖は宮廷につかえた占い師、か…… レオール王国の中でも、かなり古い家系だな」


 町はもう青い夕暮れの中。

 風がどんどん冷えていき、ちょっと寂しくなる時刻――

 並んで歩く人がいてよかった、と感じさせる、一日の終わりにさしかかっていた。



「星と夢と、占い。なんだか身近な気がしちゃうなあ」

 遠い時代へ、ロマンチックな思いをはせるメリー。

 一方のウェイクは、すっかり思案顔だ。

「皇太后さまの家系からは、優秀な学者もたくさん出ていたようだ。あちこちつながりそうに思えるんだが……」


「ソフィーさんの、夢のお相手のことね」

 名前も記憶もなくしたその人は、なにかの研究者らしい。

 地道に調べているけれど、まだ手がかりはなかった。ウェイクはあいまいにうなずいた。


「その男性と…… それから、ヨルもふくめて。ひとつの大きな謎とするのは、考えすぎだろうか」

 灰色の目が迷いの影をおびている。

 それを払うように、メリーがにっこりした。

「次はあなたが探偵で、私はお手伝いさん。秘密のかけらを集めて、大きな絵を完成させましょう!」



 踊るような足どりの少女を見て、ウェイクは思う。

 最後のかけらは、こんぺいとうの形をしているんだろう?

 できあがった絵の中で、君がやさしく笑うんだ。

 そうじゃないか、メリー・シュガー。



「……どんな絵であっても、二人でながめたい」

 ささやかなひとりごとは、通りかかった馬車の音にかき消された。

 ウェイクは少し微笑み、帽子をさげて表情を隠した。


「それじゃあ、俺はここで」

 そう言った彼は、お店の集まる方に身体をむけている。

 メリーが不思議そうに尋ねた。

「あらウェイク、まだ用事が?」

「布を買いに。ほんの少しでいいんだ、駆けこみでも売ってくれるだろう」


「……もしかして。

 レインのケープ、つくってあげるの? あなた、お裁縫ができたのね!」

 少女がびっくり声をあげると、青年は恥ずかしそうに背中をかえした。

「ボタンくらいしかつけられないが、なんとかなる。気をつけて帰れよ」



 几帳面な歩みにあわせて、マントが揺れる。

 ランプの明かりがふりかかり、石畳に大きな影をつくった。

 彼が少し進んだころ。

 小さな影が、走って追いついた。


「さっそく手伝うわ、探偵の布えらび。あなたって、本当にあなたね」

 しみじみとつぶやくメリーに、嬉しいけれど複雑な顔のウェイク。

「だからそれはどういう意味だ?」

「やさしいっていうこと。

 星と夢、夢とやさしさ。これだってなかなか近いんじゃないかしら!」

 ふたりは、並んでお店のドアをたたいた。


 メリーのバッグの中で、砂時計がコロンとかたむく。

 からっぽのガラスがかすかにきらめいた。見えないなにかを、大切に数えているみたいに。


    (第10話 おわり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ