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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─1─ クロックベルのメリー
2/66

第1話 メリーの薬は苦くない 2/2

 怪しい部屋へ果敢に踏み入ったウェイクは、目を見開いた。

「ん、これは……」

 彼を包みこんだのは、暗い陰謀のにおいではなく、ふわっとした甘い香りだ。

 しかも、たくらみ顔の悪い大人はおらず、きれいな布を広げた女の子がイスに立っているだけ。


「こんなところから失礼!」

 十五歳くらいのその子は、ラベンダー色のドレスをひるがえし駆け寄ってきた。ウェイクにあわあわと礼をして、布をさしだす。

「これを窓に張りたくて。お願いできます?」

「なんだって?」

 青年は、呆気にとられて少女を見おろした。


 彼女は、ただかわいいだけでなく、なんだか不思議な魅力のある子だった。

 金色の髪はふたつのみつあみに分け、両耳の下でくるんと輪っかにしている。

 どこかひつじを思わせるのは、そこに真っ白いリボンを飾っているせいかもしれない。


 さっきまでの奮闘が頬をうすく染めて、大きな瞳の青さを引きたてる。まっすぐ見つめられたウェイクは、思いっきりうろたえた。

「な、なにを、君は。俺がなにをしにきたか、わかっているのか?」


「わからないけどこんにちは、私はメリー・シュガー。あなたはだあれ?」

「ウ、ウェイクだ。ウェイク・エルゼン」

「ウェイクさん、私は人を助けたくて急いでるの。早くしないと間に合わないわ!」

 一生懸命なメリーは、青年を窓へと押しやった。


 ここは、高台の建物の三階。

 あまりにも見晴らしのよすぎる窓が広がっている。視界いっぱいすぐそこに、ちょっと揺れたら落っこちる――

 ウェイクは息を飲む間もなく硬直した。


「あら? どうしたの」

 机に戻ったメリーが、まばたきをして尋ねる。

「…………」

 青年は、背をむけたまま、とてもゆっくりと首を横にふった。さびついたブリキ人形みたいに。

 メリーはハッとなった。

「あっ、高いところダメなのね!」

 急いで青年を引っぱり戻す。真っ青になったウェイクは、トランクの山の前にへなへなしゃがみこんでしまった。



 実をいうと、この区域にのぼってくることすら、彼にとって決心のいることだった。

 坂道は永遠みたいにぐるぐる続き、足場はどんどん高くなっていく。

 なるべくまわりを見ないようにして、なんとかたどりついたのだけれど……



「ごめんなさい、私ったら聞きもしないで。大丈夫?」

 メリーが調査員の帽子をはずすと、つやのある茶色の髪は、冷や汗でぺったりしていた。少女はハンカチを取りだしてそっとぬぐう。

 やさしい感触と清潔な香りが恐怖をほぐしていく。

 マントの中にちぢこまってキノコのようになっていたウェイクは、深い息をついた。


 心配そうなメリーと目があうと、安心と一緒に恥ずかしさが湧いてきた。

 ハンカチの手をとめて、冷静なふりをして言う。

「こうしよう。トランクの上にイスを置き、俺が押さえる。そこに君が乗って布を張る。どうだ、メリー?」

「まあ名案、そうしましょう!」


 ふたりはてきぱきと動き出し、あっという間に窓に布が張られた。

 晴れの光が通ってきて、部屋全体にうす青い影がかかる。

「次はどうすればいい、メリー」

 ウェイクとしては、与えられた作業に没頭して、今いる場所の高さを忘れたい。女の子は輪っかのみつあみを揺らし、嬉しそうにふりむいた。


「それじゃあウェイクさん、このミトンを両手にはめて」

「よしきた」

 マントを脱ぎ、星の柄のミトンをつけたウェイクは、机をはさんでメリーと向かいあう。

 せまい机の上には、とりとめのない怪しいものがたくさん乗っていた。

 天びんや小皿、謎の本、リボンの切れはしに小ビン……

 だけど、今の彼にそれを見とがめる余裕はない。


「お鍋の取っ手を持ってね。そっとかたむけて、じっくり回して」

「こうか」

「そうそう、お上手」

 にっこりしたのも一瞬のこと。

 銀のスプーンを手にしたメリーは、少しまぶたをさげ、浅い鍋の一点を見つめる。

 もう片方の手には、きちんと量ったお砂糖の小皿。ウェイクがまわす鍋に、それを静かにふり入れた。



「……春のとまどい。お砂糖づけのすみれ色ひとさじ」

 じっと考える声にあわせて、ひらっと踊ったスプーンが見えないなにかをすくう。


「夏の冒険は空青と雲、ひとさじ。かくれんぼの秋を見とおす黄金、できるだけたくさん! さあ、レシピはばっちり」


 ここでメリーは、すうっと息を吸った。

 スプーンをくるくるまわしはじめる。


「メア・ディム・ドリム、メア・ディム・ドリム。今宵一粒、甘い夢。すてきな出会いに導いて……」

 呪文はまるで子守唄。

 ウェイクが眠たくなってきたとき。

 メリーが稲妻のようにスプーンをかかげた。

「わっ!?」

 うす暗い空中にパッと輝くモヤがはじけて、彼はいっぺんに目を覚ました。



「できたっ」

と喜ぶメリーにつられて、鍋をのぞくウェイク。

 サラサラ流れていたお砂糖は、色とりどりのこんぺいとうになってコロコロ転がっていた。

「こ、これは…… 今の一瞬で?」

 灰色の目を丸くしてメリーを見る。

 彼女が答えようとすると、玄関からひかえめなノックが響いた。ひっそりした若い女性の声がする。

「ごめんください、ミス・メリー・シュガー?」


 そちらへふり返る寸前、メリーは助っ人にむかってパチリと片目を閉じた。「間に合った、ありがとう!」をこめて。

 それからお客さまに明るく呼びかけた。

「はい、どうぞ。ドアは開いてます!」




 ウェイクは、できたてのこんぺいとうを小ビンにうつすところまで手伝って、あとは壁ぎわでじっとしていた。

 メリーがビンの口にリボンを結び、美しい令嬢に手渡す。


「ききめは今夜かぎり。明かりを消してから、フタを開けて枕もとに置いてね。眠りに落ちれば、夢に“彼”が待ってます」


「私、大丈夫かしら。あの方にお名前を尋ねられるかしら」

 心細そうな令嬢に、メリーはスプーンをあっちこっちふってみせた。

「さあ、こんぺいとうも万能じゃないの。うかうかしてると横から取られちゃうかも?」

「それは嫌!」

 ついつい声を高くした令嬢は、頬を染めてうつむいた。

 メリーが彼女にやさしくふれる。

「夢はあなたの味方。勇気を持ってね、きっとうまくいくわ」

「ありがとう、メリー……」


 窓にはまだ布がかかっていて、部屋は暗い。

 それでもウェイクは、この令嬢に見覚えがあることに気づいた。大通りに店をかまえる、高級仕立て屋の一人娘だ。

 これからむかえる夜のことで頭がいっぱいの彼女は、ミトンをつけている青年を鍋まわし職人とでも思ったらしい。

 優雅に会釈をして、急ぎ足で帰っていった。



 布を取り去って、部屋に色彩が戻る。

 あと少しで陽も沈みはじめる、そんな時刻だった。


「本当にありがとう、ウェイクさん。あなたがきてくれてとっても助かったわ」

 ホッとした様子のメリーは、かちゃかちゃと小皿を片づける。

「ああ……」

と、ぼんやり返事をしたウェイクだけど、やっと自分の任務を思い出した。

「待て、今のはなんだ? 夢がどうとか言っていたが、あれは魔法じゃないのか!」


 彼が勤めているのは、魔法史調査局・クロックベル支部。

 魔法が使われた形跡を調べるのが仕事――

 といっても、それは“過去に使われた魔法”についての話。魔法つかいが現代にいたとしたら、とんでもない大事件だ。



 メリーは、そしらぬ顔をつんとあげた。

「魔法ってなんのこと? 私はかわいいこんぺいとう屋さんメリー・シュガー……」

「今かわいいって言ったか?」

「じゃあそこは取り消し。でもね、ウェイクさん。私がしているのは、お話を聞いてささやかなお菓子を渡すことだけなの。信じてくれる?」

 少女は不安そうに首をかしげた。


 ふたりのまわりには、まだお砂糖の香りがただよっている。

 視線を交わしたウェイクには、メリーの青い目の中にまたたく星が見えた気がした。

「……ああ、わかった」

 彼は小さくうなずいた。

 メリーの緊張がとけて、甘い微笑みが広がる。

 思わず笑顔を返しかけた調査員は、ピリッとなって首をふった。

「今日は見逃そう。だが今後、君は監視対象となる。いいな」


「それじゃあ、またきてくれるのね! ぴったりのサイズのミトンを用意しておこうっと。好きな色はなあに? お好みの柄は?」

「手伝いはこれっきりだ! お茶はいかが、なんていうなよ。俺は平地に帰る」



 特にお茶を出すつもりはなかったメリーは、あっさり彼を送りだした。

 手すりにもたれて、吹き抜けの階段をおりる青年に手をふる。

「さようならウェイクさん。ちょっと早いけど、おやすみなさい! 下り坂で転ばないように……」


 さっきの恥ずかしさがぶり返して、ウェイクはぶっきらぼうにさえぎった。

「おやすみメリー、いい夢を」

 返事がかえってくると思ったのに、少女の声がとだえる。

 気にさわっただろうか。焦ったウェイクがふり返って見あげると、彼女は困ったように微笑んでいた。


「ありがとう。でも、私は夢を見ないの」



    (第1話 おわり)

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