表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─2─ レオールはライオンの国
19/66

第10話 王子のふしぎな贈りもの 1/2

 おだやかに晴れた、冬のクロックベル。

 町の大通りをつかって、にぎやかな骨董こっとう市が開かれていた。


「おじさま、これは純銀かしら。それとも、めっきかしら」

 アンティークのスプーンをふるのは、輪っかのみつあみのメリー・シュガー。

 鑑定に本気の大まじめ、かわいらしい顔がキリッとしている。


 店のおじさんは、すっとぼけて空を見あげた。

「さあ、どうだったかね。お嬢ちゃんが買ってくれたら思いだせるかもなあ」

「ううう、やり手だわ……」

 スプーンをにらんでいるところへ、黒ずくめの青年がやってきた。



「断罪人のような顔をしているな、メリー。そのスプーンを裁くのか」

「めっきだったら有罪です。こんにちは、ウェイク。あなたもお買いもの?」

 メリーが笑いかけると、彼のマントの衿もとから、小さなリスがぴょこっと顔をだした。


「まあ、レイン! 一緒にお散歩できるようになったのね」

「ああ、それで風よけのケープがほしかったんだ。だが、リスの服はどこもあつかっていないらしい」

 帽子の下で、生真面目な目に影がさす。

 メリーは、しょんぼりした青年をまじまじ見つめた。


「あなたって、とってもあなたね」

「……それはどういう意味だ?

 君だって君だ、白昼堂々と魔法の道具をさがしているじゃないか」


 調査員らしく、監視対象にせまるウェイク。

 少女は、かるく肩をすくめて視線をはね返した。

「本命は別よ。カトラリーは、ついで(・・・)の気晴らし!」


「えっ、あんなに熱心に見てたのに!?」

と、びっくりした店主に、スプーンが返却される。

「許してね、おじさま。ご縁がなかったみたい。

 あのねウェイク、私が探しにきたのは、これの中身なの」



 メリーが取り出したのは、小さな砂時計だった。

 きゅっとくびれたガラスの器と、にぶく輝く金色の枠。

 その装飾は、きらめく星々と、溶けかけの砂糖細工みたいなかわいいライオン――


 ウェイクは目を見開いた。

「もしかして、レオール王国から贈られたのか?」

「そう、筆さがしのお礼ですって。

 けど、ちょうどいい砂ってなかなか売ってないのね……」

 ため息をついたメリーは、市場をぐるりと見わたした。



 おとなりの国の王子さま・ハーティスは、手紙にこう書いていた。


 “ひつじの国のメリー・シュガーへ

  これは、亡き祖母から受けついだ宝物です。

  君なら砂を見つけられると思う。

  ふたたび時を刻めたなら、おばあさまも名探偵に感謝するでしょう!”

  (王子さまは、字までピカピカにかっこよかった)



 謎の砂時計を渡されたウェイクが、首をひねる。

「彼の祖母というと、レオールの皇太后さまだな。たしか、占いが得意な方だったと思うが」

「うらない?」

「ああ。先王との婚礼の日どりを、ご自分で占って決めた、と聞いた覚えがある」


「それじゃあこれは、占いのお姫さまのひみつの時計……

 なんてすてきな響き! どんな砂で、なにをはかれるのかしら」

 メリーが目を輝かせる。

 彼女のわくわくが伝わって、ウェイクもすっかりその気になった。


「一緒にきてくれ、事務所に詳しい記録がある。レイン、悪いが君の買いものは……」

と、肩にのったリスを見る。

 かしこい彼女は、ふさふさの尻尾を右にふった。

「“いつでもかまわない”か、ありがとう。行こう、メリー」

「おしゃべりもできるようになったのね……!」


 感心したメリーは、ウェイクと並んで歩きだす。

 取りのこされた露天商は、めっきの安スプーンをくやしそうに握った。

「ええい、あとひと押しだったのに! あの兄ちゃんに邪魔されなけりゃなあ」




「所長、戻りました。監視対象一名が同行中だ」

 きびきび報告するウェイク。

 その横から、輪っかのみつあみがひょいとのぞいた。

「こんにちは、所長さん! いいお天気ね」

「ようこそ、こんぺいとう屋さん。雨つづきだったのによく晴れたねえ」

 わたあめのような白髪のおじいさんは、のんびりにこにこして答えた。

 メリーがいたずらっぽく言う。


「ええ、パッと変わって、魔法みたい」

「いま魔法といったな?」

 ウェイクがすかさず目を光らせる。

「たとえ話よ。本当に魔法が好きなのね」

「好きなわけではないぞ」

「それじゃあ、魔法つかいも好きじゃないの?」

 メリーが、切なげな表情で彼を見あげた。うろたえるウェイク。


「いや、けっして嫌いなわけでは…… 待て、これは誘導尋問だ!」

「ふふふ、メリー・シュガーがあなたを甘く導きます」

「ヨルみたいなことを言うな。あいつは思い出したくない」

 ウェイクは、苦い顔で髪をかきまわした。



 ちょっと前、クロックベルで事件が起きた。

 その名も、“図書館でいかがわしい本を読んでいたウェイク・エルゼン事件”――


「やあウェイク、変な本を読んでたんだって?」

「ちがうんだ、聞いてくれ! ヨルという男が、恋のおまじないの本を押しつけてきて……」

「でも、君、読んだんだろう」

「そうだが、ほんの数ページだし、実践はしていない!」


 ということで、疑いをかけられてとても苦労したウェイク。

 町なかでヨルに会っても、すっかり無視するようになっていた。


 イスについたメリーが、苦笑いで尋ねる。

「ヨルが寂しがってたわよ、ちっともおしゃべりしてくれないって。

 いつになったら許してあげる? 春のお花が咲いたころ?」

「どれだけ春がめぐっても許すものか」

 ウェイクは灰色の瞳を静かに燃やす。仲介役の少女は、「あーあ!」と天井をあおいだ。



 所長さんは、ふたりを穏やかにながめる。

 魔法つかいかもしれない女の子と、彼女を守る青年。

 彼らが一緒にいるかぎり、危ないことはなさそうだ、と所長さんは思った。


 頼もしき青年は、リスをカゴに戻してふり返った。

「所長、レオール王国の魔法史を調べたいんだ。書庫を開けていいだろうか」

「ああ、もちろん。

 ミス・シュガー、そのあいだにコーヒーでもいかがかね? いい豆があるよ」


「あら、私もウェイクのお手伝い……」

 立ちあがりかけたメリーを、彼がサッととめる。

「ここにいてくれ。書庫は危険だ、ホコリまみれになる」

 セリフはいまいちだけれど、キリッとしたウェイクはまあまあかっこよかった。



 ホコリを逃れたメリーは、陽だまりのテーブルでカフェオレをいただくことになった。

 カップを渡した所長さんが、のんびり尋ねる。

「ヨルというのは、教会の下宿人のことだね?」

「ええ、司祭さんにうまく取りいったみたい!

 ヨルム・フォルスって名乗ってるの。彼とお話しされて?」


「いいや。だが、色んなうわさが入ってくるよ。

 なんというのか、えらく不思議な青年のようだなあ」

 メガネをひょいとあげて、頬づえをつく。

 両手でカップをつつんだ女の子は、これまであったことを思い返して、こくりとうなずいた。


「ミス・シュガー。君の見立てだと、彼はどんな人かな?」

「……心配な人。

 あっちこっちひらひらして、どこに飛んでいっちゃうかわからないの」

 静かに答えたメリーは、明るい窓をながめた。



 夢の世界にひるがえるヨル。

 彼がなにより大好きなもの―― “自由” をひっくり返せば、裏にはこう書いてある。

 “ひとりぼっち”


 今のヨルには、たったひとりの(つかまえた)友だちがいる。

 けれど、もし、あのフクロウが逃げだしてしまったら?


「きっと、またお友だちを増やそうとする。

 けど、ヨルのやり方じゃダメなの。フォレスタは、金の鳥カゴじゃ歌をうたえなかったんだから」



 なぞなぞのようなつぶやきを、所長さんはじっくり聞いた。

「ミス・メリー・シュガー。

 彼が大きな事件を起こしたときは、君に協力をお願いするよ。彼にとっても、それが一番よさそうだね」


「そうだといいんだけれど。

 ヨルに言わせると、私はお友だちじゃなくて “ただのかわいいメリー・シュガー” なんですって!」

「おやおや、それはそれは」

 ふたりが笑い声をあげると、ちょうどウェイクが帰還した。


「すまない、遅くなった。ついホコリ掃除を」

「おかえりなさい、ウェイク!」

 メリーは、花のような笑顔で彼をむかえた。


「……ただいま」

 ぼそっと返すウェイク。照れてうつむいた頭から、大きなワタぼこりが落っこちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ