第9話 朝を呼ぶ歌 2/2
ほんの少しの羽ばたきと、枝のしなる音がした。
――フクロウさん?
ルシアは、ぱちりと目を開く。
冷えた窓から差しこむ、月の光。朝はまだ遠いみたいだった。
そっと起きあがって、外をのぞいてみる。
この前と同じように、フクロウの影が、木の上にじっとしていた。胸がドキドキしてくる。
「ヨルの様子をみてくる」
と、メリーがうけあってくれたのは、今日の午後のこと。
それから夕方までたっぷりおしゃべりしたから、調査はまだこれから。白か黒か、この夜はどちらにもいろどられる。
表情を硬くしたルシアは、仲よしのお人形を抱きよせた。
「落ちつこうね、ルイーゼ。メリーと約束したとおりに」
なにもしなければ、大丈夫……
「ホウ」
フクロウが声をあげた。
ルシアがびくっとすると、すぐにもうひとつ、
「ホーゥ……」
ものすごく寂しげに鳴く。
なんだか、強く呼ばれている気がした。
「うう、どうすればいいのかな?」
迷いに迷って、ついにベッドをおりる。
メリーと約束したけれど、メリーだったら、あのフクロウをほうっておかないと思ったから。
ルイーゼと一緒に、窓をくぐりぬける。
冷たい空気に洗われて、庭にたつ。溶けずに残る雪が月光をはじいていた。
「こんばんは、フクロウさん」
張りつめたあいさつは、白い吐息になって届く。
大きな鳥は、少女を見つめて、ゆっくり首をまわした。
それから、低くさえずりはじめた。
ルシアはハッとした。
「それ、私がうたってた歌!」
けれど、盛りあがりに突入したとたん、音がはずれた。
「私がうたってた歌、と、ちょっとちがう……?」
そうでしょうか、と言うようにさえずりつづけるフクロウ。
彼はそこそこ音痴だった。ルシアはがまんできなくなって、ほそぼそと歌う鳥を見あげた。
「あのね、そこはこうだよ」
と、小声で歌う。
丸い眼をまたたかせたフクロウが、少女の旋律にあわせる……
ように努力しながらも、やっぱり音をはずす。
ひとりと一羽は不協和音をかなでた。
だけどルシアは、この秘密の合唱を楽しく思った。
フクロウの歌声からも、暗い影は消えている。ひととおりレッスンを終えると、彼は一瞬で飛び去っていった。
その翌日。
うわさを集めたメリー・シュガーは、教会に足をむけた。司祭さんは、めったにやってこない女の子を見て喜んだ。
「こんにちは、メリー。お祈りかね、相談ごとかね?」
「ああごめんなさい、司祭さん。新しい下宿人に会わせてほしいの。屋根裏の住人に」
メリーが申し訳なさそうに頭をさげ、輪っかのみつあみを揺らす。
苦笑いした司祭さんは、天井へ声を張りあげた。
「おおい、ヨルム! 君にお客さまだよ」
数分あと、メリーはヨルの “家” にまねかれていた。
「なんていうことかしら、あなたが教会の屋根裏に住むなんて!
どんな手品をお使いになったの、ミスター・ヨルム・フォルス?」
「僕なんにもしてないよ?
ちょっと困ってますって言っただけ。ここの司祭さん、やさしいね」
笑顔のヨルが、ティーカップを差しだす。
メリーは、謎のお茶を慎重に見きわめてから口をつけた。
色んなハーブのまざった味と香り。胸がざわつくような、ホッとするような……
それは、この部屋の印象とかさなった。
きらびやかな鏡や女神像、こまごました絵画。大きな花瓶いっぱいに、季節を無視した真っ赤なバラ。
そういう色々を照らすランプの灯は、不思議とやわらかい。
せまい部屋を見まわして、メリーが尋ねる。
「フォレスタはどこ? あなたのお友だち、お留守かしら」
「ああ、みんな僕らを引き離そうとする! ちゃんと一緒だよ」
彼は、窓の手前にかかっていた布をめくった。
金の鳥カゴの中で、フクロウが眼を閉じている。視線をよこしたヨルが、人さし指を唇にあてた。
「今は、フォレスタにとって夜だから」
端整な横顔に、意外な思いやりがこもっている。
メリーは、少し複雑な気分でうなずいた。
今朝はやく、ルシアが夜中に起きたことを伝えにきてくれた。
「わかったよ、メリー。あのフクロウさん、寂しくてたまらなかったんだと思う」
「まあ、フォレスタが?」
「うん。不安で、心細くて……
誰かと一緒にいたかった。小さい時の私が、ひとりぼっちだったみたいに」
今の両親にめぐりあうまで、彼女はそういう日々をすごしていた。
ルシアは真剣に言う。
「もしかしたら、あのころの私とおんなじなのかも」
メリーはやさしく微笑んだ。
「そうだったのね。だから、あなたのところにきたんだわ」
眠るフクロウを見つめながら、メリーは考える。
最初に出会ったとき、フォレスタは森のみんなの夢を奪っていた。だけど、
「ほしいのは、夢じゃなかったのね」
そして、ヨルはそれを知らない。
いつか気づけるといいけれど……
メリーは、かちゃかちゃ動きまわっている青年に目をやった。
「お待たせいたしました、夢にもまさる一皿をここに!
君のお望みはアップルパイ、それともキャラメルクランブルパイ?」
芝居がかったしぐさで、どこからともなくお菓子を出してくる。
ふたりっきりになると、脈絡のないふるまいが、人なつっこさに変わるみたいだった。
「まあ、おいしそう! ヨルム・フォルス氏はお菓子屋さんなの?」
「そういうことにしてもいいよ。そうしてほしいなら」
首をかしげ、じっとのぞきこんでくるヨル。
今日は手品も魔法もなし。アップルパイを選んだメリーへ、素直にお皿を渡す。
彼女も、もてなしを楽しむことに決めた。
あれこれつっつくのは、また今度。シナモン香る甘いこんがりパイに、フォークをさっくり。
「それで、ヨルムさん。屋根裏の生活はいかが?」
「おおむね快適!
すきま風はご愛嬌、でも、君のところの方が寒いんじゃないかな。引っ越してきてもいいよ?」
「いえ、それはけっこう」
「いじわる」
口をとがらせたヨル。
かと思えばパッと表情を変え、親しげに身を乗り出す。
「昨日、ウェイクに会ったよ。図書館のすみっこで見つけた」
「そうそう、彼に調べものをお願いしてて……」
「いかがわしい本を読んでたけど?」
「!?」
パイのかけらがのどにつまり、少女が目を見開く。
「事件ですねぇ、メリー・シュガー。おかわりどうぞ」
と、優雅にお茶をそそぐ青年。
「待って、いかがわしい本ってなに。あなたが貸したの!?」
「んー、そうともいえる」
「嘘でしょウェイク……!」
涙目でむせるメリーと、微笑むヨル。
ここからまた、ひと騒動あるかも?
わくわくしてきたヨルは、眠る友だちへふりむいた。
「あるといいなぁ、お祭り騒ぎ。そしたらいっぱい遊べるね、フォレスタ!」
(そうでしょうか、マスター……)
フクロウの片眼が、しかたなさそうに、ちょっとだけ開く。
今日は返事をしてくれた。嬉しくなったヨルは、すてきに怪しく、にっこり笑った。
(第9話 おわり)




