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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─2─ レオールはライオンの国
16/66

第8話 ライオン王子とわがままな画家(後) 2/2

 目を開いたサラは、黄金の森にたっていた。

 いっぱいにしげる草木も、葉っぱのかさなる地面も、みんな金色。

「なっ、なにこれ!?」

 見あげた空は、かわいらしいピンクでいろどられている。もくもくの雲を描く筆のあと――

 彼女はハッとする。


「絵の具…… ここ、絵の中なんだわ」

 歩きだしたとたんに、声がふってきた。

くしものの森へようこそ、天才画家さん!」

「あなたは、あのおかしなメイド? やっぱり曲者だったのね!」


 ぐるりと見まわしても、輪っかのみつあみの女の子はどこにもいない。

 甘くて凛とした声だけが響く。


「そう、私は王子さまを助けにきた曲者です。

 あなたは肖像画を完成させなきゃ。メア・ディム・ドリム、隠れんぼはもうおしまい!」



 それを合図に、ピンクの空から、きらきらした輝きが滑りおりてきた。

 風になって黄金の森を駆けぬける。枝や葉っぱを揺らすたび、

 ポンッ!

 と軽い音がはじけて、そこに筆が現れた。

 まるで果実みたいに、森じゅうに筆がみのってゆく。


「なっ……」

と、サラが後ずさる。

 見まちがえるはずがない。目に入る筆ぜんぶが、あの “夢でなくしたお気に入りの筆” だ。

 彼女は、顔を引きつらせて立ちすくんだ。




 そのとき。 

「おおい、サラ! 大丈夫か」

 金色の葉っぱをかきわけて、ケビンが走ってきた。

 彼は、ホッとしてふりむいたサラの肩に、やさしく手を置いた。


「一緒に筆を見つけよう。そしたら元に戻れる」

 彼女は目をそらしてうつむく。

「でも、こんなにあるのよ。とても探し出せないわ」

「ひとつずつ確かめればいいさ、二人ならできる」

「…………」

 黙りこんでしまうサラ。その瞳をケビンがのぞきこむ。


「ハーティス王子には、婚約のお話がきているそうだな」

 彼女の身体が、ビクッとはねる。


「新しい肖像画は、お相手の姫君へ贈られる。

 絵を描いているときに、王子から聞いたんだろう? 君は、絵をしあげたくなくて、筆をなくしたことにした」

 彼は、痛みをこらえるような表情をしていた。

「子供っぽいやり方だ、サラ。それじゃあ気持ちは伝わらないよ」



 彼女は、するどく顔をあげた。

「だって、伝えてどうなるの!

 彼は王族よ。想いが届くわけないじゃない、はじめから決まって……」


 いつもの激しさが戻ったのは、一瞬のこと。

 あとの言葉は涙にかわる。顔をおおった手は、天才画家のものとは思えないほど、小さくて弱々しかった。

 ケビンが、震える背中をなでた。


「筆は、どこにあるんだ? 教えてくれ。君が心配で」

 そう言いかけて、口をとめる。

 あの謎の太鼓たたきの顔が思い浮かんだ。

 “彼女のため。本当に、そうか?”



「……いや、違う」

 ケビンは、キッとなって声を張りあげた。

「肖像画も縁談も、さっさとできあがってしまえばいいんだ。

 そしたら、王子の結婚式で勝利の歌を吹いてやる。

 俺はいつだってこう思ってた。君をあいつなんかに渡してたまるか!」


 サラが濡れた顔をあげる。

「ケビン……」

 見つめあう二人のまわりから、筆は消えていた。黄金の木々に、たくさんの真っ赤な実を描きのこして。

 甘ずっぱい香りが、遠い思い出とかさなる。

 ケンカした日も、仲なおりの日も。ふたりの故郷には、こんな色のベリーがいっぱい実っていた。

 われに返ったケビンが、もごもごとつぶやく。


「俺も子どもだな。君のことを言ってられない」

 それが、夢の終わりをつげる言葉になった。



 まだ暗い早朝、サラは飛び起きた。

 はだしのまま、アトリエの机に駆け寄る。デッサン用のモチーフから、ひとつを取りあげた。

 いつかケビンにもらった、木のフルート。

 空洞をのぞいてから、軽くふってみる。

 ずっと隠してあった筆が、コツンと机に落っこちた。




 宮廷画家の大事な筆は、夢の中でみつかった。

 ……と、いうことになった。

 ハーティス王子のとんでもなくかっこいい肖像画は、無事に描きあがった。


「おお、なんとすばらしい! さすがサラ殿」

「いや、間にあってよかった。これにて一件落着ですなあ」

 アトリエを訪れた大臣たちは、胸をなでおろして帰っていった。


 それから、ハーティス王子もやってきた。

 描かれた自分を見た彼は、しばらくのあいだ、みごとなできばえに圧倒されていた。ふり返って微笑む。

「サラ。君は、かけがえのない友人だよ。

 これは完璧以上…… 実物よりも、はるかに男前に描いてくれたようだが?」

「さすがの目利きね。遅れたおわびだと思ってください」

 画家は、肩をすくめて平然と答える。


「天才にいつわりなし。君のそういうところが好きだ」

 王子は、端整な顔をくしゃくしゃにして、明るい笑い声をあげた。

 サラの胸はズキッとしたけれど、表情には出ずにすんだ。

「ところで、ハーティス王子。私のアトリエに、かわいいスパイを差しむけましたわね?」

 彼は青い瞳を輝かせる。

「君の目こそごまかせないな。

 あれはシープランドの名探偵だ。夢まで捜査できるとは、まったく感銘をうけたよ」


 あの子、ぜったいに探偵じゃない。もっと別のなにかだわ──

 サラはそう思ったけれど、王子が楽しんでいるみたいなので、心にしまっておいた。



「で、その探偵さんはどちらへ?」

「シープランドから迎えがきて、帰国したよ。

 今日の晩餐に招待したかったんだが…… あらためてお礼を贈ることにした」

 口をへの字にした王子が、残念そうにうなずく。

 サラは、まっしろのキャンバスを用意しながら言った。


「だったら、少し待っていただけます? 私、探偵さんのために絵を描きますから」

「それは名案だ! できあがったら、私にも見せてくれるか?」

 無邪気にのぞきこんでくる王子。

 画家の目は、ものをよく見とおせる。

 たから、王子の中にあるのが純粋な友情だけということも、はっきり見えた。


 彼女は、すみっこに置いた木のフルートに目をやる。

 それから、穏やかに微笑んだ。

「ええ、ごらんにいれますわ。夢の森を飛ぶ、ひつじの絵を」




「ああ、懐かしの時計塔! やっぱりクロックベルは落ちつくわ」

 馬車をおりたメリーは、心からホッとした。

 普段着に戻ったウェイクが、となりに並ぶ。任務が無事にすんで、彼も安心していた。


「こんぺいとうは、二人分。君に言われて驚いたが、うまくいったな」

「筆さがしの方はばっちりね。あの二人も、そうなるといいんだけれど」

 サラと、ケビン。

 同じ夢の中で、ちょっと素直になれたなら、あとは彼らしだいだ。

 ウェイクが晴ればれとトランクを持ちあげた。


「よし、旅のしあげだ。家まで送ろう」

「ありがとう、ウェイク!

 この旅はあなたに頼りっぱなし…… あらっ、あれは?」

 メリーが首をのばす。

 並木道の真ん中を、自転車がやってくる。

 軽やかにペダルをこいでいるのは、ヨルだった。黒い髪をお日さまに輝かせて、にっこり笑う。

「おかえり、メリー! よろしければ、お荷物はこびましょうか?」



「待てーっ、自転車どろぼう!」

 うしろから追いかけてくるのは、郵便屋のお兄さん。とれだけ走らされたのか、すでによろよろ、息も絶えだえ。

「あ、僕あぶない。また今度ね」

 すばやく逃げだしたヨルだけれど、すれちがった女の人へしなやかに手を伸ばすのを忘れなかった。


「君、自転車すき? つれてってあげるよ、普段はいけないところまで」

「いえ、あの、私……」

 誘われた女性は、戸惑いながらもがっちり魅了されていた。


 ウェイクはしみじみと言った。

「あいつは論外だが、王子のように自覚がなさすぎるのも困るな。婚約がまとまれば、きっとたくさんの女性が泣くだろう」

「しかたないわ、あんなにすてきなんだもの! ああハーティスさま、あなたこそ一時の夢……」


 ライオン王子の輝く面影にひたるメリー。

 きらきらの思い出はとまらない。

「サラさんが描いた、弟王子さまの肖像画を見た?

 ハーティスさまに似ていて、少しヨルっぽくもあったの。お会いしたかったなあ、それがいちばん心のこり」


 ウェイクは、最後まで聞く前に、無言で歩きだした。

 メリーがあわててついていく。

「あなただってかっこよかったわ、あのしょんぼりワルツ!

 楽団の制服もよく似合って、とくに太鼓がぴったり…… ねえウェイク、待ってってば」


「行こう。早くレインにただいまを言いたい」

 彼はすたすたと坂をのぼっていく。

 すねた背中のむこうで、時計塔がおかえりの歌をうたいはじめた。


    (第8話 おわり)

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