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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─2─ レオールはライオンの国
15/66

第8話 ライオン王子とわがままな画家(後) 1/2

 夢の中で筆をなくしたという、宮廷画家のサラ。

 彼女は、あいかわらず王子さまの肖像画にそっぽをむいていた。


 すると、閉めきったアトリエに、コンコンとノックが響く。聞こえないふりでデッサンをつづけるサラ。

 ノックの音はやまない。

 コン、

 ココン、

 コココココン……


 キツツキのように扉が歌いだす。

 サラは、うんざりしてふり返った。

「やめて! 誰もこないようにって、あれだけ言ったでしょう」

「サラさま、もう15時です。大事なおやつをお忘れですよ」

 聞き覚えのない、かわいらしい声が答える。

 どうせケビンがお説教にきたんだろう、と思っていたサラは、大きな目を丸くした。



「いらないわ、さっきリンゴを食べたの。さげてちょうだい」

「わあ、じゃあ私がいただきます! 見つかったら怒られちゃう、中に入れてくださいますか?」

「ええっ? ……まあ、わかったわ。アトリエでは静かにしてよね」

「はいっ、もちろん!」


 あまり静かではない返事をして、メイドが入ってきた。

 金の髪を輪っかのみつあみにした、十五才くらいの女の子。ティーワゴンをぎこちなく押す姿を見て、サラは納得した。

「ああ、新人さんだったの。机をつかっていいから、食べたら出ていって……」


 言葉が終わる前に、メイドはもう焼き菓子をほおばっていた。立ったままで、幸せそうに。

 画家の視線に気づいて、青い目をまん丸にする。


「ごめんなさい、バタバタしていてなにも食べてなくて。ワルツってなかなか体力をつかうのね」

と、カップにそそいだお茶まで飲んで、心配そうにつぶやく。

「ウェイクは大丈夫かしら。

 いっぱい足を踏んじゃったし、あっちに食べものの気配はなかったけれど……」


「最近のメイドは、ダンスのレッスンまでするの? お気楽なことね」

 肩をすくめたサラは、デッサンに戻った。

 筆をなくしてから、もう何枚も描いている。

 モチーフは、お気に入りの壷と、ケビンにもらった木のフルート。リンゴは食べてしまったから、オレンジを代役に。

 細かいところまで正確に、集中して……



 集中したかった。

 けれど、ものすごく、気が散った。


 おかしなメイドは、あっという間におやつをたいらげて、忍び足でアトリエを歩きまわりはじめた。

 サラが描いた作品を見ては、

「わあ、すてき!」

「家に飾りたいわ」

「かわいい小鳥、ルシアにぴったりね」

と、ささやき声で盛りあがる。


 そしてついに、描きかけの一枚にたどりついた。

 優雅に微笑む、王子さまの肖像――

 サラは鉛筆を強くにぎった。あの子になにを言われても、私は知らんぷり。



 メイドは、なんにも言わなかった。

 サラのところまでてくてくやってきて、画用紙をのぞきこむ。

「まあ、おいしそうなオレンジ! 白と黒なのに、とってもみずみずしいわ」


「待って、まってまって!

 肖像画の感想は? 私が描いたハーティスさまは、オレンジ以下だっていうの!?」

 必死に問いただすと、メイドはどこ吹く風で首をかしげた。


「なんだか問題があるそうなので、そっとしておこうかなって……」

 そういいながら、彼女はぐっと顔を近づけてきた。

 青い目がキラキラ輝いている。

「あのう、サラさま。大事な筆をなくしたのは、どんな夢の中ですか?」


 だけど、画家はものを見るのが得意だった。

 大きな目をするどくして言いはなつ。

「あなた、メイドじゃないわね」

「えっ、まさかそんな!

 私はかわいい新入りメイドさん、真っ白なエプロンがこんなに似合う……」

 メリーは、軽やかに踊ってごまかそうとしたけれど、サラは厳しい顔で首をふった。

「今、すぐ、出ていって。

 そうでないと衛兵を呼ぶわ。ここに筆泥棒がいるってね」




 一方、ウェイクは太鼓をたたいていた。

 正しくいうと、手に持った太鼓をたたくふりをしつつ、楽団の練習に忍びこむことに成功していた。


 大きな窓のそばに、フルート吹きの青年がすわっている。

 ウェイクはさりげなく近づいた。

「やあ、ケビン。今日もいい笛だな、よく光っている」

「そうかい? どうも調子があがらないよ」


 がっしりした青年は、困ったように頭をかいた。

 飛びいりの偽団員をうたがいもしない。これはチャンスだ。

 ウェイクは太鼓をトンとたたき、尋問をはじめた。


「画家の件が気になっているのか? 君と彼女は、幼なじみだと聞いたが」

「ああ、サラとは同じ村で育ったんだ。ケンカばっかりしていたけどね」

 ケビンの顔に、うっすらと微笑みがうかぶ。

「それが、一緒に宮廷につとめられるなんて。

 芸術学校にかよってたころは、夢にも思わなかったな」


 かざり気のない、あたたかい口ぶり。

 彼のたたずまいは、金ピカの宮廷に舞いこんだ落ち葉のようで、人をホッとさせる力がある。ウェイクは好感を持った。



「それにしても、ケビン。サラの絵は実にすばらしいな、彼女はまったく天才だ」

「才能だけじゃない、すごい努力家なんだよ!

 気まぐれでわがままではあるけれど…… 今回は、いつもよりずっと頑固で、変なんだ」


 茶色の瞳が暗くなる。ウェイクは、太鼓をひとつたたいて聞いた。

「心配か」

「ああ、もちろん」


 熱心な声の裏に、別の気持ちがこめられていた。

 調査員がするどく切りこむ。

「ケビン、君はどう思っているんだ。彼女の手に筆を戻したいか?」


「あ、当たり前だろう!

 王家の注文を放りだすなんて、とんでもないよ! 俺は、サラの将来のために……」

「彼女のため。本当に、そうか?」



 素朴な青年は、ハッとなってウェイクを見つめた。

「……君は、誰だい?」

「ただの太鼓たたき見習いさ」


 かっこよく答えたウェイクが、ドアへふり返る。

 ケビンも目をやると、見慣れないメイドの女の子が、ぴょんぴょん飛びはねて必死に手まねきしていた。

 謎の青年が、太鼓を置いて立ちあがる。

「さて、楽団員は廃業だ。次の仕事は鍋まわし職人、だといいんだが」




 その日の夜もふけたころ。

「あら、これは?」

 サラは、アトリエに届いたカゴを見て、けげんな声をあげた。デッサン用の果物の中に、頼んでいないものが入っている。


 金色のリボンが結ばれた、小さなビン。

 中につまっているのは、ピンクと赤のお砂糖の星。


「……こんぺいとう? 画題にもできないわね」

 雑に机へ置いたとき、ビンにくっついているカードに気づいた。丸っこいかわいい字で、こう書いてある。


 “こんぺいとうは、食べものです”


「知ってるわよ」


 “だから、ぜったいに開けないでください”


「……!?」


 “フタを開けて枕もとに置いて眠ったりしないでください。ぜったいに”



 わけがわからなくて、サラはちょっとだけ怖くなった。

 けれど、きつく言って人払いをした手前、いまさら誰かを呼ぶのも気がひける。

 なにより、彼女はあまのじゃくだった。

 キッと強気な顔をあげる。


「おもしろいじゃない。

 受けてたつわよ、怪人こんぺいとう。毒でも胞子でもまいてごらんなさい!」


 アトリエにくっついた寝室に引っこんで、ベッドに飛びこむ。

 小ビンのフタをはずすと、中身がぜんぶこぼれそうな勢いで、サイドテーブルにたたきつけた。


 暗闇に、甘ずっぱい香りがふわっと広がる。

 ――この香り、なんだったかしら?

 なんだか懐かしい気がして、ちらっと記憶をさぐる。けれど、答えが見えないまま、彼女は眠りに落ちていった。

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