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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─2─ レオールはライオンの国
14/66

第7話 ライオン王子とわがままな画家(前) 2/2

 ここは、ライオンの国・レオール。

 黄金の宮廷で、新年をむかえるしたくが進められていた。豪華な会議室に、大臣たちが勢ぞろい。


「さて、段どりは完璧ですな! 年末年始は、晩餐会に舞踏会」

「忘れちゃいけない音楽会」

「まったく順調、絶好調。

 ……あとは、その場にかざる王子の肖像画だけ、ですねえ」


 全員ががっくり肩を落とした、その時。

 大きな扉が開いて、召使いが顔を出した。


「みなさま、ご来賓らいひんです!

 シープランドはクロックベルから、

 奇跡をみつける名探偵 ミス・メリー・シュガーさま、それなりに有能な助手 ウェイク・エルゼンさま!」


「なんだって?」

 驚くみんなの前に、探偵がゆっくりと歩み出た。



 すみれ色とピンクの、レースたっぷりのドレス。

 美しく結いあげた金色の髪。

 青い瞳は、秘密をたたえる宝石の輝き……


「お招きいただきました、メリー・シュガーでございます」


 砂糖菓子みたいな少女は、緊張に頬を赤くして、精一杯おしとやかに礼をした。

 うしろには、裾長のジャケット(こちらもひらひらのレースつき)をまとった青年が、影のようにしたがっている。

 それなりに上品な彼は、灰色の目を油断なく走らせて会釈した。


「おお……!」

 大臣たちが感嘆する。

 一人が立ちあがり、少女探偵にうやうやしく頭をさげた。

「ひつじの国の、ミス・メリー・シュガー」

「はい」


「失礼ですが、お間違えではありませんかな?

 探偵がくるなど、われわれは一切聞かされておりませんよ!」


 おひげの大臣が、にこやかに、しかし容赦なく言いはなった。




 二人が引っくりかえりそうになっていた、そのころ。

 宮廷にあるアトリエで、画家がデッサンをしていた。

 リンゴや壷、木の笛―― もくもくと手を動かす彼女に、大柄な青年が話しかける。


「サラ、機嫌をなおせよ。君なら、どんな筆でも使いこなせるはずだ」

「だめよ。あれじゃないと、続きは描けない」


 ものうげに答えるサラは、パッと見たところ、まったく宮廷に似合わない。

 絵の具だらけのスモック、くたびれたスリッパ。

 あっちこっちクセだらけの切り髪。

 とっても無作法だけれど、ものをよく映す大きな瞳は、いかにも天才画家っぽかった。


 青年は、表情をけわしくして身を乗りだす。

「やる気が出ないなんて言いわけ、いつまでも通らないぞ」

「あら、なにをするにも気持ちが大切じゃない。演奏家ならわかるでしょ、ケビン?」

 画家は、彼が握っているフルートにあごをしゃくった。

 ケビンは宮廷の楽団員。ふたりは王家のおかかえ芸術家どうしで、態度は正反対だ。



「わがままもほどほどにしろ、サラ。

 いくら君でも、雇い主にさからえばお払い箱。これまでのがんばりが、ぜんぶムダに……」

「あなただって、大事な練習を抜けだしてきたじゃない!

 自分には関係のない、はたらかない画家を叱るためにね」


 笑いまじりに返され、青年は声をつまらせる。

 彼らは同じ村で育った幼なじみ。ちょっと言い合いをすれば、負けるのはいつもケビンだ。

 彼は、やっと言葉を絞りだす。


「君のためを思ってるんだ」

 サラはデッサンの鉛筆の音で答えた。

 こうなってしまうと、話はおしまい。よくわかっているケビンは、大きな背を丸めて退散した。


 残された画家は、すみっこに立ててある絵をながめる。

 それは描きかけの王子さまの肖像で、もうすでにかっこいい。

 細かいところがぼんやりしているせいで、夢の中から微笑みかけているみたいだった。


「なによ、こんな絵……」

 彼女は、急にムッとなって、机のリンゴをひったくる。勢いよくかじりつくと、キッと王子さまをにらんだ。

「あなたは仕上がらないわ。永遠に!」




 メリーの探偵業は、はじまる前に終わった。

 宮廷をひき返しながら、彼女は静かに怒っていた。


「私、帰ったらひつじの王さまに文句を申しあげるわ。

 ちゃんとお顔を見てうったえるわ。衛兵がとめたってムダよ、銀のスプーンでメア・ディム・ドリム……」


「兵士のこんぺいとうか。しょっぱい味がしそうだ、それとも苦いか」

と相づちをうつウェイクは、ちょっと複雑だ。

 王子さまに会わずに帰れるなら、彼の胃は痛まない。

 でも、メリーの元気がなくなるのは嫌だし、残念なこともあった。


「これでは、ソフィーさんへの情報も得られなさそうだな」

「そうよ、せっかくのチャンスが! おめかしもがんばったのに」

 がっかりとドレスを見おろすメリー。

 なぐさめる言葉を必死に探したウェイクは、ふと足をとめた。そばの部屋から、楽団の練習がもれてくる。


 彼はちょっとだけ微笑み、メリーの手をとった。

「腹いせに、一曲踊って帰ろう。俺は下手だがかまわないか、ミス・シュガー?」

「喜んでおうけします、ミスター・エルゼン。音楽も悲しげでぴったりね……」


 メリーはぐったり苦笑いを返す。

 さいわい、まわりに人はいない。ふたりは、しょんぼりくるくる回りはじめた。


「すまない、踏んだ」

「かすり傷よ…… あら失礼」

「踏まれた」

 そんなやりとりをしながら、短調のワルツを終えた時。

 廊下の先が、いきなりパッと明るくなった。



「ああよかった、ひつじの探偵嬢!」

 さわやかな声をあげたのは、黄金のライオン―― のような、堂々とした青年だった。

 足早にやってきて、とんでもなく優雅に礼をする。


「どうか、無礼を許してくれ。

 私の従者がむかえるはずだったのだが、彼がうっかり昼寝を。あらためて、内密に話がしたい」


 まっすぐ見つめてくる彼は、背が高く、くっきりと整った顔立ちをしていた。

 肩まである髪は濃い金色に波うち、たてがみを思わせる。りりしい眉の下の目は、どこまでも深い青。

 ウェイクの頭で、王子さま警報が鳴りひびいた。


「……もしや、あなたは!」

「ああ、私の名はハーティス。

 レオール王国第一王子にして、画家に肖像を投げだされた、情けない男だよ」

 彼が笑うと、メリーもウェイクも、その瞳に吸いこまれそうになった。




 探偵たちは、秘密の小部屋と呼ぶには豪華すぎる一室へ通された。

「筆がなくなったのは、今月の初めだ。

 サラはすっかり熱意をうしなって、私をアトリエに入れてくれなくなった。

 それまで、絵を描いてもらいながら楽しく会話をしていたのだが……」


 ライオンの王子がため息をつく。

 メリーはウェイクを見た。


「その筆じゃないとぜったいにダメ、っていうことがあるのかしら?」

「君のスプーンに置きかえてみたらどうだ?」

「そうね、あれじゃなきゃぜったいにダメ!

 ……でもないわ。ほかのスプーンだって、慣れちゃえば使えるはず」

「そういうものなのか……」

 きっと魔法の専用品だろう、という推理は大きくはずれた。



「サラのこだわりは、並の画家とはちがう。

 かわりの筆を何本も贈ったんだが、どれも不十分らしい。すべて送りかえされてしまったよ」

 王子が言い、ウェイクは彼にむきなおる。


「お言葉ですが、その画家、少し怪しいのではないですか?」

「ううん、どうだろうか。私としては、彼女をねたむ誰かが盗んだと思うのだが」

 首をかしげた王子に、メリーが申し出た。


「ハーティスさま、おまかせください。

 この事件、私とウェイクがばっちり解き明かしてみせます」


「ああ、ミス・シュガー! どうかお願いする、このとおりだ」

 大きく伸びやかな両手が、少女の手をつつみこむ。

 正真正銘の、キラキラの王子さまの視線をひとりじめしたメリー。

「あっ、あの。ええ、もちろん……」

と、真っ赤になってうつむいた。

 となりで表情を消すウェイク。もう胃薬どころではなかった。


 ハーティス王子が輝く笑顔をむける。

「君たちの協力、心から感謝するよ。さっそく捜査をはじめてくれ!」



    (第8話につづく)

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