第7話 ライオン王子とわがままな画家(前) 2/2
ここは、ライオンの国・レオール。
黄金の宮廷で、新年をむかえるしたくが進められていた。豪華な会議室に、大臣たちが勢ぞろい。
「さて、段どりは完璧ですな! 年末年始は、晩餐会に舞踏会」
「忘れちゃいけない音楽会」
「まったく順調、絶好調。
……あとは、その場にかざる王子の肖像画だけ、ですねえ」
全員ががっくり肩を落とした、その時。
大きな扉が開いて、召使いが顔を出した。
「みなさま、ご来賓です!
シープランドはクロックベルから、
奇跡をみつける名探偵 ミス・メリー・シュガーさま、それなりに有能な助手 ウェイク・エルゼンさま!」
「なんだって?」
驚くみんなの前に、探偵がゆっくりと歩み出た。
すみれ色とピンクの、レースたっぷりのドレス。
美しく結いあげた金色の髪。
青い瞳は、秘密をたたえる宝石の輝き……
「お招きいただきました、メリー・シュガーでございます」
砂糖菓子みたいな少女は、緊張に頬を赤くして、精一杯おしとやかに礼をした。
うしろには、裾長のジャケット(こちらもひらひらのレースつき)をまとった青年が、影のようにしたがっている。
それなりに上品な彼は、灰色の目を油断なく走らせて会釈した。
「おお……!」
大臣たちが感嘆する。
一人が立ちあがり、少女探偵にうやうやしく頭をさげた。
「ひつじの国の、ミス・メリー・シュガー」
「はい」
「失礼ですが、お間違えではありませんかな?
探偵がくるなど、われわれは一切聞かされておりませんよ!」
おひげの大臣が、にこやかに、しかし容赦なく言いはなった。
二人が引っくりかえりそうになっていた、そのころ。
宮廷にあるアトリエで、画家がデッサンをしていた。
リンゴや壷、木の笛―― もくもくと手を動かす彼女に、大柄な青年が話しかける。
「サラ、機嫌をなおせよ。君なら、どんな筆でも使いこなせるはずだ」
「だめよ。あれじゃないと、続きは描けない」
ものうげに答えるサラは、パッと見たところ、まったく宮廷に似合わない。
絵の具だらけのスモック、くたびれたスリッパ。
あっちこっちクセだらけの切り髪。
とっても無作法だけれど、ものをよく映す大きな瞳は、いかにも天才画家っぽかった。
青年は、表情をけわしくして身を乗りだす。
「やる気が出ないなんて言いわけ、いつまでも通らないぞ」
「あら、なにをするにも気持ちが大切じゃない。演奏家ならわかるでしょ、ケビン?」
画家は、彼が握っているフルートにあごをしゃくった。
ケビンは宮廷の楽団員。ふたりは王家のおかかえ芸術家どうしで、態度は正反対だ。
「わがままもほどほどにしろ、サラ。
いくら君でも、雇い主にさからえばお払い箱。これまでのがんばりが、ぜんぶムダに……」
「あなただって、大事な練習を抜けだしてきたじゃない!
自分には関係のない、はたらかない画家を叱るためにね」
笑いまじりに返され、青年は声をつまらせる。
彼らは同じ村で育った幼なじみ。ちょっと言い合いをすれば、負けるのはいつもケビンだ。
彼は、やっと言葉を絞りだす。
「君のためを思ってるんだ」
サラはデッサンの鉛筆の音で答えた。
こうなってしまうと、話はおしまい。よくわかっているケビンは、大きな背を丸めて退散した。
残された画家は、すみっこに立ててある絵をながめる。
それは描きかけの王子さまの肖像で、もうすでにかっこいい。
細かいところがぼんやりしているせいで、夢の中から微笑みかけているみたいだった。
「なによ、こんな絵……」
彼女は、急にムッとなって、机のリンゴをひったくる。勢いよくかじりつくと、キッと王子さまをにらんだ。
「あなたは仕上がらないわ。永遠に!」
メリーの探偵業は、はじまる前に終わった。
宮廷をひき返しながら、彼女は静かに怒っていた。
「私、帰ったらひつじの王さまに文句を申しあげるわ。
ちゃんとお顔を見てうったえるわ。衛兵がとめたってムダよ、銀のスプーンでメア・ディム・ドリム……」
「兵士のこんぺいとうか。しょっぱい味がしそうだ、それとも苦いか」
と相づちをうつウェイクは、ちょっと複雑だ。
王子さまに会わずに帰れるなら、彼の胃は痛まない。
でも、メリーの元気がなくなるのは嫌だし、残念なこともあった。
「これでは、ソフィーさんへの情報も得られなさそうだな」
「そうよ、せっかくのチャンスが! おめかしもがんばったのに」
がっかりとドレスを見おろすメリー。
なぐさめる言葉を必死に探したウェイクは、ふと足をとめた。そばの部屋から、楽団の練習がもれてくる。
彼はちょっとだけ微笑み、メリーの手をとった。
「腹いせに、一曲踊って帰ろう。俺は下手だがかまわないか、ミス・シュガー?」
「喜んでおうけします、ミスター・エルゼン。音楽も悲しげでぴったりね……」
メリーはぐったり苦笑いを返す。
さいわい、まわりに人はいない。ふたりは、しょんぼりくるくる回りはじめた。
「すまない、踏んだ」
「かすり傷よ…… あら失礼」
「踏まれた」
そんなやりとりをしながら、短調のワルツを終えた時。
廊下の先が、いきなりパッと明るくなった。
「ああよかった、ひつじの探偵嬢!」
さわやかな声をあげたのは、黄金のライオン―― のような、堂々とした青年だった。
足早にやってきて、とんでもなく優雅に礼をする。
「どうか、無礼を許してくれ。
私の従者がむかえるはずだったのだが、彼がうっかり昼寝を。あらためて、内密に話がしたい」
まっすぐ見つめてくる彼は、背が高く、くっきりと整った顔立ちをしていた。
肩まである髪は濃い金色に波うち、たてがみを思わせる。りりしい眉の下の目は、どこまでも深い青。
ウェイクの頭で、王子さま警報が鳴りひびいた。
「……もしや、あなたは!」
「ああ、私の名はハーティス。
レオール王国第一王子にして、画家に肖像を投げだされた、情けない男だよ」
彼が笑うと、メリーもウェイクも、その瞳に吸いこまれそうになった。
探偵たちは、秘密の小部屋と呼ぶには豪華すぎる一室へ通された。
「筆がなくなったのは、今月の初めだ。
サラはすっかり熱意をうしなって、私をアトリエに入れてくれなくなった。
それまで、絵を描いてもらいながら楽しく会話をしていたのだが……」
ライオンの王子がため息をつく。
メリーはウェイクを見た。
「その筆じゃないとぜったいにダメ、っていうことがあるのかしら?」
「君のスプーンに置きかえてみたらどうだ?」
「そうね、あれじゃなきゃぜったいにダメ!
……でもないわ。ほかのスプーンだって、慣れちゃえば使えるはず」
「そういうものなのか……」
きっと魔法の専用品だろう、という推理は大きくはずれた。
「サラのこだわりは、並の画家とはちがう。
かわりの筆を何本も贈ったんだが、どれも不十分らしい。すべて送りかえされてしまったよ」
王子が言い、ウェイクは彼にむきなおる。
「お言葉ですが、その画家、少し怪しいのではないですか?」
「ううん、どうだろうか。私としては、彼女をねたむ誰かが盗んだと思うのだが」
首をかしげた王子に、メリーが申し出た。
「ハーティスさま、おまかせください。
この事件、私とウェイクがばっちり解き明かしてみせます」
「ああ、ミス・シュガー! どうかお願いする、このとおりだ」
大きく伸びやかな両手が、少女の手をつつみこむ。
正真正銘の、キラキラの王子さまの視線をひとりじめしたメリー。
「あっ、あの。ええ、もちろん……」
と、真っ赤になってうつむいた。
となりで表情を消すウェイク。もう胃薬どころではなかった。
ハーティス王子が輝く笑顔をむける。
「君たちの協力、心から感謝するよ。さっそく捜査をはじめてくれ!」
(第8話につづく)




