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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─2─ レオールはライオンの国
13/66

第7話 ライオン王子とわがままな画家(前) 1/2

 もう少しで今年も終わり、という冬の日。

 クロックベルの町を、一台の自転車がつっぱしっていた。


「ああ大変だ、ミス・シュガー……」

 あわあわとペダルをこぐのは、郵便屋のお兄さん。

 メガネがずれて、帽子は脱げかけ。それを直すヒマもなく、坂の上の建物に駆けこんだ。

 息をきらしながら、てっぺんの部屋のドアをたたく。


「ミス・メリー・シュガー、お手紙です!」



 顔を出したメリーは、青い目をまん丸にした。

「私に? お手紙なんて、きたことないのに」

「まちがいなくあなた宛てです。驚かないでくださいね、はいどうぞ」

と差しだされたのは、うす紫の封筒。


「まあ、国旗とおんなじ色……」

 なにげなく受けとったメリーは、ふと動きをとめた。

 厚手の紙のはじっこに、もこもこのひつじの紋章が、くっきり型押しされている。この国のかわいいシンボルマーク――


 郵便屋さんが、ごくりとのどを鳴らしてうなずいた。

「これは、王さまから、あなたに」


「……なんで!?」

「僕もわかりません! 開けてみたらどうです!?」

「いやよ怖い、一緒に読んで!」

「ダメです、ほら “極秘” のマークが。あなただけに、って王さまが!」

「なんでなの王さま、どうして平民の心を乱すの!?」

 ひとしきり大さわぎしてから、メリーは魔法史調査局へ走った。



「どうしたんだメリー、真っ青じゃないか!」

 出むかえたウェイクの頭にリスが乗っていて、メリーの混乱は加速した。

「あああ、それは冠?

 リスの国の王さまになったのねウェイク、建国おめでとう……」


「しっかしりろ、これはレインだ。

 かわいいから遊んでいたわけではなく、健康状態をチェックしていた」

 レインが、「元気だよ!」というようにメリーを見つめ、ふさふさの尻尾をふる。

 彼女はようやく落ちついて、手紙を取りだした。


「ひどいまちがいなの。

 王さまってば、私のこと “評判のいい探偵さん” ですって。選りすぐりの助手をひとりつれてきてください、って!」


 ふわっとただよう、謎とサスペンスの香り。

 選りすぐりの鍋まわし助手・ウェイクは、キリッと眉をあげた。

「では、王家が君に捜査の依頼を?」

「ええ、困っているそうなの。おとなりのレオール王国が」



 レオールは、ライオンがシンボルマークの大きな国。

 事件はその宮廷で起きた。

 宮廷おかかえの天才画家が、お気に入りの筆を盗まれてしまったという。


「新年までに、王子さまの肖像画を描かないといけないそうなの。

 それで、レオール王国の宮廷にいって、犯人と筆を見つけてあげてほしいっていうのよ」


 ウェイクは、数秒考えてからきっぱり言った。

「無茶だな」

「無茶だわ。

 うう、どうやってお断りしたらいいかしら。断ったらどんな罪になるかしら」

 輪っかのみつあみ頭をかかえるメリー。


「ちょっと待て、なにかの陰謀かもしれないぞ。偽造であれば、行く必要もない」

 手紙をたしかめたウェイクが、情けない顔をあげた。


「……すまない、メリー。見つけてしまった」

「えっ?」

「どうやら断れなさそうだ」

 彼はびんせんのすみっこを指す。

 王さまの代筆係は、ゴマつぶのような字で追伸を書いていた。


『注意!

 画家の証言は、ぜんぜんあてにならない。なにしろ、彼女はこんなことを言っている――

 “夢の中で、筆をなくした”』




 クロックベルの仕立て屋・マーシャル縫製店は、プロの集まりだった。


「い、行き先がおとなりの宮廷なの!」

「明日じゅうに出発したいんだ!」

 駆けこんだ少女と、くっついてきた青年が、“お好きな一着、なんでもお仕立て券”をふりまわす。

 支配人は、とっても紳士的にうけあった。


「おまかせあれ、ご用にぴったりのお召し物をお作りしましょう。

 さあみんな、出番ですよ」


 号令がかかった瞬間、採寸係が二人をかっさらう。

「はい、殿方はこちら」

「うわあぁ、メリーッ!」

「怖がらないでウェイク、これは単なるとってもお急ぎオーダー……」


 シャッとカーテンが閉まって、二人は離ればなれ。

 職人のあいだをぐるぐるまわり、目までまわした時、縫い子さんが高らかに宣言した。

「ご安心ください、明日のお昼までにおとどけします!」


「あ、あり、がと、う……」

 疲れはてた二人は、サロンのイスに崩れおちる。

 そこへ、お店の令嬢がトレーをかかげて現れた。

「メリー、ウェイクさん、おひさしぶり。せわしなくって、大変だったでしょう」



「ソフィー! お元気だった?」

 メリーがむくりと生き返る。

 美しい令嬢は、しとやかに紅茶をすすめて微笑んだ。


「おとなりの王家に招かれたんですってね。なんて光栄かしら!」

「けど、荷が重くって……」

 メリーが輪っかのみつあみをかたむけると、ソフィーはいたずらっぽくささやいた。

「ねえ、メリー。

 レオールの王子さま兄弟は、とってもすてきな方だそうよ。ご婚礼のお話は、まだ決まっていないとか」

「なんだか元気になってきたわ。がんばりましょう、ウェイク」



 声をかけても、返事がない。

 メリーが横をむくと、ウェイクは、魂が抜けたような顔で虚空を見つめていた。よそゆきのオーダーをふり返ってひとこと、

「嵐……」


 ソフィーが恥ずかしそうに笑う。

「私を救ってくれたお客さまだから、みんな張りきったのね。あの時は、本当にありがとう」


 彼女には、夢の中で親しくなった男の人がいる。

 彼の過去を探していたとき、謎の青年・ヨルに横やりを入れられたことがあった。

 そして、惑わされたソフィーは、ヨルにちょっとだけ惹かれてしまったらしかった。


 ……令嬢の心は、その後どうなったんだろう?

 ウェイクは聞くに聞けず。

 すると、クッキーパイをサクサクかじったメリーが、さっくり尋ねた。

「あれからいかが? 悪い夢は見ていないかしら」

「ええ、おかげで。実は、それをお話ししたくて……」

 ソフィーはますます頬を染めた。



 名前のない男の人とソフィーは、あれからも夢で会っている。

 そうするうちに、彼のことが少しずつわかってきたという。

「あの方は、たくさん本を読んで、たくさん旅をした気がする、と言っていました。

 きっと、なにかを調べていたんじゃないでしょうか」


「なるほど……

 あちこち飛びまわるとなると、どこかに所属する研究者かもしれないな。外国の者、ということもありえる」


 ウェイクが腕組みをして、メリーは目を輝かせた。

「それじゃあ、レオール王国にだって手がかりがあるかも!

 私、聞きこみしてくるわ。すてきなおみやげになりますように」

「ああメリー、やっぱり頼れるのはあなたね!」


 ウェイクは、盛りあがる女の子たちを見て微笑みながら、こう思っていた。

 すてきな王子さま。

 それも複数、か……

 なんとも胃の痛い旅になりそうだ。よくきく薬を持っていこう、と彼は決めた。

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