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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─1─ クロックベルのメリー
12/66

第6話 翼はどこですか? 2/2

「お出ましね、フクロウさん! やっぱり、ヨルの手先にされちゃったんだわ」


 かわいい顔を険しくしたメリーが、銀のスプーンをかかげた。

 キッドがあわてて引きとめる。

「それで戦うつもりかよ!? あいつ、すっごくでかいぞ!」

「大丈夫、私が飛行機さんを守るから。そのあいだに……」


 サァッと影が割りこんで、二人の会話はとぎれた。

「うわっ!」

 大きくよろけたキッド舞い戻ったフクロウが、激しく羽をうつ。

 彼はたまらず駆けだした。

「くそっ、しかたない。メリー、ここは頼んだ」

 返事のかわりに響く、勇ましいかけ声。


「メア・ディム・鳥……

 じゃなくって、ドリム! 私を惑わすなんて、なかなかやるわねフクロウさんっ」

「あんまり時間なさそうだな」

 キッドはすっかり不安になり、町へ急いだ。



 原っぱの終わりにある町は、びっくりするくらい立派だった。

 どこを見ても大きな建物ばかり、道ゆく人の身なりもピカピカ。

「よし、ここなら腕のいい技師が見つかる!」

 キッドは、通りかかった人をかたっぱしからつかまえた。

「飛行機を直せる人、いませんか?」


 けれど、みんな目を丸くするだけ。

「なにを言うんだね、坊や!」

「あれは飛ばないよ」

「完成していないものを直せる人? どこにもいないんじゃないかしら」


 町じゅう尋ねても、結果は同じ。

 走りまわったキッドは、へとへとになって路地裏にしゃがみこんだ。

 早くしないとメリーが危ない。

 だけど、どこにも技師がいない!

 もどかしい気持ちが言葉になった。

「……僕が。僕が翼をつくれたらよかったんだ!」



「よーし、だったらやってみようか!」


 やたらと明るいおじさんの声がはじけて、キッドは汗だくの顔をあげた。

「だ、誰!?」

 きょろきょろしても、それらしき人の姿はない。

 どこからか届く声が少年を急かす。


「さあ、おじさんと一緒に翼をつくってみよう。

 レッスンその1、といってもこれが卒業試験なんだけどね―― 用意、スタート!」

 パーン! と号砲が鳴り響く。

 キッドは思わず駆けだした、けど、これはなんの競争だろう?

 すれ違った人が、びっくりして少年を見送る。


「走った走った!

 んーまだだ、まだ遅い。そんなスピードじゃ、風に乗れなくて落っこちるぜ?

 ほら足を出す、前にだーす!」

 なんだよ、このおっさん!

 キッドの息は、すでに荒い。だけど意地になって声を追いかけた。



「そう怖い顔するな、女の子が逃げちゃうぞ。

 よし、こっちにあがるんだ、キッド! んー、この愛称もひさしぶりだな」

「わけの、わからない、ことをぉ……」


 少年は、誘われるまま建物に入り、らせん階段を駆けあがる。勢いをつけて屋上へ走り出た。

「おっさん、いないじゃん。どこだよっ!」

 すると、見えないコーチの声が、ちょっとだけ真剣になった。

「いつも一緒さ。君が前を見ているかぎり」


 この人もなぞなぞ好きだ。

 だけど、キッドには尋ねる余裕もない。翼がほしくてひたすら駆ける。

 いつのまにか、声がぴったり寄りそっている。寄りそって、励ます。

「そうだ、キッド。走って、走って、走って……」

 もうすぐ屋上がつきる。

 空はこれ以上ないくらいに晴れていた。


「飛べ!」

 少年は、思いっきり踏みきった。




 旅から帰った翌日。

 メリーは、思いっきり寝坊した。

 お日さまが高くなってもベッドでごろごろ、あくびをひとつ。

「ふわぁ…… ああ、くたびれた! 遠出はあんまり得意じゃないのよね」


 そしてまた、ごろり。

 永遠にごろごろしそうだった彼女だけれど、お昼の鐘が鳴ると、観念して窓を開けた。

 そこへ、太陽をはじきながらフクロウが飛んでくる。

 夜の鳥は、頬づえをついたメリーのそばに舞いおりた。


「おはよう。あなたにとっては、こんにちは、かしら?」

「こんばんは! 僕、いつでも夜だから」

 くちばしを開けたフクロウは、あの奇妙な青年・ヨルの声で笑った。

 メリーは、じっと鳥の眼をのぞく。


「あなたにあいさつしたんじゃないわ、ヨル。フクロウさんを好き勝手つかうのは、やめてあげて」

「フォレスタは友だちだよ?

 なんでも僕を助けてくれる。だから僕も、彼の望むものをあげようとしたのに…… 君が邪魔した」


 最後のひとことに笑みはない。

 メリーはひるまずに言った。


「ねえ、フォレスタ。

 なによりも速い翼なんて、本当にほしかったの?

 ヨルがあなたに与えたかっただけじゃなくって? もっと色んなことを、あなたに手伝わせるために」


「ホウ……?」

と首をかしげる鳥。

 それがフクロウ自身なのか、ヨルなのか、メリーにはわからなかった。

 大きな鳥は、ひとつの音もたてずに飛び去っていった。



 メリーが朝食と昼食とおやつをいっぺんにすませたころ、ウェイクが訪ねてきた。

「やあ、昨日は留守にしていたな」

「急な小旅行よ。フリットの町まで行ったの」

「そんなに遠くまでか! たしか、あそこは飛行船の――」

と言いかけて、空を想像して、青ざめる。


 メリーがティースプーンをふった。

「そこは抜かしましょう。

 ともかく、ヨルのたくらみはとめられたわ。翼を落とした男の子、キッドと協力してね」


 納得しかけたウェイクが、声をひそめる。

「そんなに急いで、例のものは無事に用意できたのか……?」

「危険物みたいに言わないで!

 なんとかなったわ、“たくさんの未来のうちの、もっともキラキラしているひとつ”をたっぷりこめました」

 鍋をまわしたかったウェイクは、少し寂しげにうなずいた。

 それから、腕を組んで考える。


「ヨルの目的は、なんだろうか。

 どうにもフラフラしている印象だが。この前なんて、パン屋で会ったぞ」

「まあ、彼がそういうお店に?」


 ヨルは、

「おすすめ教えて!」

と、しつこくなれなれしく聞いてきたという。

 しかも、ウェイクの一押しパンは「上にくっついてるつぶつぶが気に入らない」という理由で却下し、ぜんぜん別のパンを選んだ。

 それから店番の娘さんに愛想をふりまき、まわりの女性の視線を釘づけにして、軽やかに退場。



 話を聞いて、メリーは顔をしかめた。

「現実に進出してきてるわね……」

「ああ、あいつは最重要監視対象だ。所長にも報告しなくては」

 ウェイクは、難しい表情でカップをかたむける。


 彼のイスの背に、メリーが贈ったマフラーが、きちんとたたんでかけてあった。

 それをちらっと見た彼女は、なにげなく尋ねる。

「そういえば、調査員さん。私のことは、なんて報告したのかしら」

「かわいいこんぺいとう屋さん」

 メリーは、青い目を見開いて固まった。


 ウェイクが生真面目につづける。

「安心してくれ、ちゃんと “自称” と書き添えてある、特大の赤文字で。

 書類は正確でないと…… おや、どうしたんだメリー。まだ眠り足りないのか?」

「いいえ、もうじゅうぶん。じゅうぶんよ……」

 小声で答えたこんぺいとう屋さんは、しばらく机につっぷしていた。




「キッド、底板を持ってこい!」

「はい、親方っ」

 工房は今日も活気にあふれている。

 キッドは、すっきりした表情で、重い部品をかさねて運んだ。ふりむいた親方がびっくりする。


「おいおい、ムリするなよ」

「これくらいできなきゃ、でっかい大人になれませんから!」

「なんだ、やたらとやる気だして。ミス・シュガーの訪問が効いたみたいだな」

 ニヤニヤからかわれても、キッドは腹を立てなかった。

 やけに落ちついて言う。


「親方。俺、歴史に名前を残す予定なんです」

「飛行船づくりで? そりゃあ嬉しいね」

 だけど少年は、首を横にふって胸をはった。


「そのうち、新聞にのりますよ。

 世界初の“飛べる”飛行機開発者、ロバート・キッド・スカイラー!」



「は……」

 親方がぽっかり口を開け、一拍の間があく。

 それから工房じゅうが笑いだした。

 やっぱりキッドは怒らない。空色の目を、期待と自信で輝かせる。


「本当だぜ、みんな。今にびっくりさせてやるよ」

「それじゃあ信じよう、キッド。完成したら、乗せてくれるんだろうな?」

 彼はにっこり笑う。

「もちろんです、親方。ただし、予約は二等席から!」


 キッドは、目覚めたときから決めていた。

 空の特等席は、あの不思議な女の子── メリー・シュガーへの、すてきなお返しにしようって。



    (第6話 おわり)

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