第6話 翼はどこですか? 1/2
今日こそ夢を見ませんように!
少年は、そう祈ってベッドに入った。だけど願いはかなわない……
「あー、またこれか!」
声をあげてひっくりかえると、青空が目にしみた。
彼がすわっているのは、原っぱにぽつんと置かれた、飛行機の操縦席。
目の前につやつやのハンドルがあって、お日さまで輝いている。「早く飛ぼうよ!」と言っているみたいに、きらきら光る。
「……わかったよ、やってみる。
飛ばせばいいんだろ、このキッド・スカイラーさまが」
キッド少年は、目をするどくしてレバーを引く。大きなプロペラがゆっくり回りはじめた。
ドドドッ、と振動が強くなって、緊張が天まであがった、その時。
ぽすんっ!
まぬけな音が草原に響いた。
つづいて、飛行機の翼がポロリと落っこちる。右と左、仲よく一緒に。
「ほら、やっぱりこうなるんだからっ」
キッドは、魚みたいになった飛行機の中で、今度こそひっくりかえった。
明るい巻き毛をくしゃくしゃにかきまわして、叫ぶ。
「もういいんだってば。こんな夢、僕はとっくに捨てたんだ!」
「キッド、ちょっと手を貸せ」
「はーい親方!」
少年は、寝不足の目をこすりながら駆けていく。
工房は今日も忙しい。はしごと階段の迷路のあいだで、たくさんの技師が汗をかいていた。
「お待たせしました、キッド・スカイラーただいま到着…… あれっ?」
彼は、空色の目をいっぱいに見開いた。
親方のとなりに、とても場違いな人―― きちんとおめかしした、かわいい女の子が立っている。
その子は、はしごから顔を出した少年に、にこっと笑いかけた。
「こんにちは、キッド。私はメリー・シュガー」
「えっ、ああ、どうも!」
キッドは、汚れた頬をあわててぬぐった。手も汚れていたから、顔じゅうが真っ黒になる。
親方が呆れて笑った。
「格好つけてもムダだぞ。俺たちはいつでもススまみれさ」
「親方、女の子の新入りなんて、どこから掘りだしたんだよ? いくら、うちの工房がむさ苦しいからって……」
しょっぱい顔をした少年の前に、メリーが進み出る。
「私、おイモみたいに掘りだされたんじゃないの。
こちらでつくってる空のお船を、ぜひ見学したくって」
キッドは、ますます目を丸くしてメリーを見た。
「ここらへんの女の子なんて、飛行船に見むきもしないぜ? 変わった趣味だなー」
「こら、失礼いうな」
と、親方が彼の頭をたたく。
「そういうことでだ、キッド。
ミス・シュガーに工房を案内してさしあげな。質問にもしっかりお答えするように、よろしいかね?」
「なんだよ親方、俺よりかっこつけてるじゃん」
「いいから早く行け!」
バンッと押しだされたキッドが、身体ごと飛びあがる。黒い手のあとがくっきりついた背中を見て、メリーはくすくす笑った。
「えーっと、それじゃあ開発室から…… 高いところ、平気?」
キッドは、足をとめてふりむいた。
空中にはりめぐらせた通路は、便利だけれどよく揺れる。女の子は、余裕の笑顔で答えた。
「ありがとう、大丈夫。
私ね、クロックベルのてっぺんに住んでいるの。晴れた日はすごく遠くまで見渡せるのよ」
「そりゃ頼もしいや、君っていい工員になれるよ。
ほら、あそこでつくってるのが、風船のところ。つぶれたボールみたいだろ?」
キッドが、手すりに身を乗り出して指をさす。気づいた仲間が手をふった。
「まあ、ぺちゃんこ! あれがふくらんで、大きなお魚になって泳ぐのね」
「ほんとに魚の絵を描いたこともあったぜ。川ぞいの町の注文でさ」
「それじゃあ、ひつじの絵は?」
メリーがいたずらっぽく尋ねる。
もこもこの白いひつじは、この国のシンボルマークだ。キッドは笑う。
「あるある、なんと王さまからのご注文! 設計図、見る?」
あれこれ説明するうちに、キッドはすっかり楽しくなった。わけのわからないしつこい夢なんて、忘れてしまえる……
そう思った時。
彼の話を聞いていたメリーが、唐突に言った。
「翼は、どこにあるの」
「えっ……」
「風船じゃなくて。羽で空を飛ぶ、飛行機」
キッドがぎこちなく首をふる。
「飛行機は、ないよ。
まともに飛べるやつは、世界のどこにもない。まだ、誰も作れてないんだ」
「あなたは?」
少年は言葉をうしなう。すぐそこにある青い目が、不思議に輝くのを見た。
メリーは、にっこり微笑んだ。
「翼を落とした男の子。ヨルが言っていたのは、あなたのことね」
ほんとに変な女の子だったなあ……
工房のすみっこの部屋で、キッドは小さなビンを眺めた。
帰りぎわに、メリーが贈ってくれたものだ。受けとったとき、彼は面くらって頭をかいた。
「こんぺいとう? クロックベルって、こんな名物あったっけ」
「ふふふ、そのうちそうなるかもしれないわね」
彼女は、かわいらしくたくらんだ顔でつけくわえる。
「これはね、気持ちよく眠れるおまじない。寒い冬って、夢まで冷えちゃうでしょう?」
「ううん、君ってなぞなぞみたいだな。知恵の輪みたいな髪型してるし」
「ちえのわ! 私が!?」
メリーが目を丸くして、輪っかのみつあみが揺れる。
「あっごめん、見たまんま言いすぎた! ごめんなさい!」
焦って謝ったけれど、メリーはそっけなくお別れを告げて、さっさと帰ってしまったのだった。
ばつが悪い思いで、ビンをつっつく。
結ばれた真っ赤なリボンは、夢に出てくる飛行機の色そっくり。キッドは顔をしかめた。
「夢が冷えるって、なんだよ。おまじないなんて子どもだましだろ?」
ふてくされた彼は、明かりを吹き消して、頭までふとんをかぶった。
シーンとなった暗闇の中。
ベッドから、そうっと手が出てくる。そして、フタを開けた小さなビンを、窓辺に置いた。
だけど、彼をむかえたのは、いつもの景色だった。
「また!?
またこの原っぱ! おまじないはどうしたんだよ、もー勘弁して……」
嘆こうとして、彼は気づく。
「あれっ。ここ、操縦席じゃないぞ」
僕は草むらに立ってる。それじゃあ、あいつはどこいった?
ぐるっと見回せば、丘の上に赤い機体があった。
そして、異常もあった。
ふたつの翼は、すでにポロリと取れていた。誰かが操縦席にすわっている。
「そっ、それ僕の!」
キッドがあわてて走りだすと、謎のパイロットがふり返った。
ちょっと目の色が違うけど、どうみてもあの子だ。
「メリー!? なんで君がここに」
「世界初の有人飛行を、と思って」
かろやかに肩をすくめたメリーは、なんだかちぐはぐな格好をしていた。
少年っぽいシャツと、吊りズボン。なのに、金色の髪をお人形みたいにおろしている。
キッドは眉をさげた。
「あ…… 髪型のこと、そんなに気にした?」
「そうじゃないの。おろした方が、自由な場所に似合うでしょう?」
「ええっ。またなぞなぞだ、君にはかなわないよ」
二人は、顔を見あわせて笑った。
「せっかくだけどさ、メリー。その飛行機じゃ飛べないぜ、翼がポロッといっただろ?」
「いいえ、羽は初めからなかったわ」
たしかに、まわりのどこにも翼は見あたらない。
「悪化してる。ますます救えないな」
キッドは苦笑いしたけれど、メリーは真剣な顔で彼を見すえた。
「これを直せるのは、キッド、あなたよ」
「僕が?」
少年の心が、ドキッと鳴る。
メリーがうなずいた。
「そう。あなたなら、直せる人を探しだせるわ。ほら、あっちに町がある」
「あー、そういう意味ね……」
キッドは、ちょっとがっかりして、遠くの町に目をやった。
その瞬間。
大きなフクロウが、音もなく空を滑りおりてきた。




