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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─1─ クロックベルのメリー
11/66

第6話 翼はどこですか? 1/2

 今日こそ夢を見ませんように!

 少年は、そう祈ってベッドに入った。だけど願いはかなわない……


「あー、またこれか!」

 声をあげてひっくりかえると、青空が目にしみた。

 彼がすわっているのは、原っぱにぽつんと置かれた、飛行機の操縦席。

 目の前につやつやのハンドルがあって、お日さまで輝いている。「早く飛ぼうよ!」と言っているみたいに、きらきら光る。


「……わかったよ、やってみる。

 飛ばせばいいんだろ、このキッド・スカイラーさまが」

 キッド少年は、目をするどくしてレバーを引く。大きなプロペラがゆっくり回りはじめた。

 ドドドッ、と振動が強くなって、緊張が天まであがった、その時。


 ぽすんっ!


 まぬけな音が草原に響いた。

 つづいて、飛行機の翼がポロリと落っこちる。右と左、仲よく一緒に。

「ほら、やっぱりこうなるんだからっ」


 キッドは、魚みたいになった飛行機の中で、今度こそひっくりかえった。

 明るい巻き毛をくしゃくしゃにかきまわして、叫ぶ。

「もういいんだってば。こんな夢、僕はとっくに捨てたんだ!」




「キッド、ちょっと手を貸せ」

「はーい親方!」

 少年は、寝不足の目をこすりながら駆けていく。

 工房は今日も忙しい。はしごと階段の迷路のあいだで、たくさんの技師が汗をかいていた。


「お待たせしました、キッド・スカイラーただいま到着…… あれっ?」

 彼は、空色の目をいっぱいに見開いた。

 親方のとなりに、とても場違いな人―― きちんとおめかしした、かわいい女の子が立っている。

 その子は、はしごから顔を出した少年に、にこっと笑いかけた。


「こんにちは、キッド。私はメリー・シュガー」

「えっ、ああ、どうも!」

 キッドは、汚れた頬をあわててぬぐった。手も汚れていたから、顔じゅうが真っ黒になる。

 親方が呆れて笑った。

「格好つけてもムダだぞ。俺たちはいつでもススまみれさ」


「親方、女の子の新入りなんて、どこから掘りだしたんだよ? いくら、うちの工房がむさ苦しいからって……」

 しょっぱい顔をした少年の前に、メリーが進み出る。

「私、おイモみたいに掘りだされたんじゃないの。

 こちらでつくってる空のお船を、ぜひ見学したくって」


 キッドは、ますます目を丸くしてメリーを見た。

「ここらへんの女の子なんて、飛行船に見むきもしないぜ? 変わった趣味だなー」

「こら、失礼いうな」

と、親方が彼の頭をたたく。


「そういうことでだ、キッド。

 ミス・シュガーに工房を案内してさしあげな。質問にもしっかりお答えするように、よろしいかね?」

「なんだよ親方、俺よりかっこつけてるじゃん」

「いいから早く行け!」

 バンッと押しだされたキッドが、身体ごと飛びあがる。黒い手のあとがくっきりついた背中を見て、メリーはくすくす笑った。



「えーっと、それじゃあ開発室から…… 高いところ、平気?」

 キッドは、足をとめてふりむいた。

 空中にはりめぐらせた通路は、便利だけれどよく揺れる。女の子は、余裕の笑顔で答えた。

「ありがとう、大丈夫。

 私ね、クロックベルのてっぺんに住んでいるの。晴れた日はすごく遠くまで見渡せるのよ」


「そりゃ頼もしいや、君っていい工員になれるよ。

 ほら、あそこでつくってるのが、風船のところ。つぶれたボールみたいだろ?」

 キッドが、手すりに身を乗り出して指をさす。気づいた仲間が手をふった。


「まあ、ぺちゃんこ! あれがふくらんで、大きなお魚になって泳ぐのね」

「ほんとに魚の絵を描いたこともあったぜ。川ぞいの町の注文でさ」

「それじゃあ、ひつじの絵は?」

 メリーがいたずらっぽく尋ねる。

 もこもこの白いひつじは、この国のシンボルマークだ。キッドは笑う。

「あるある、なんと王さまからのご注文! 設計図、見る?」


 あれこれ説明するうちに、キッドはすっかり楽しくなった。わけのわからないしつこい夢なんて、忘れてしまえる……

 そう思った時。

 彼の話を聞いていたメリーが、唐突に言った。


「翼は、どこにあるの」


「えっ……」

「風船じゃなくて。羽で空を飛ぶ、飛行機」

 キッドがぎこちなく首をふる。

「飛行機は、ないよ。

 まともに飛べるやつは、世界のどこにもない。まだ、誰も作れてないんだ」

「あなたは?」


 少年は言葉をうしなう。すぐそこにある青い目が、不思議に輝くのを見た。

 メリーは、にっこり微笑んだ。

「翼を落とした男の子。ヨルが言っていたのは、あなたのことね」




 ほんとに変な女の子だったなあ……

 工房のすみっこの部屋で、キッドは小さなビンを眺めた。

 帰りぎわに、メリーが贈ってくれたものだ。受けとったとき、彼は面くらって頭をかいた。


「こんぺいとう? クロックベルって、こんな名物あったっけ」

「ふふふ、そのうちそうなるかもしれないわね」


 彼女は、かわいらしくたくらんだ顔でつけくわえる。

「これはね、気持ちよく眠れるおまじない。寒い冬って、夢まで冷えちゃうでしょう?」

「ううん、君ってなぞなぞみたいだな。知恵の輪みたいな髪型してるし」

「ちえのわ! 私が!?」


 メリーが目を丸くして、輪っかのみつあみが揺れる。

「あっごめん、見たまんま言いすぎた! ごめんなさい!」

 焦って謝ったけれど、メリーはそっけなくお別れを告げて、さっさと帰ってしまったのだった。


 ばつが悪い思いで、ビンをつっつく。

 結ばれた真っ赤なリボンは、夢に出てくる飛行機の色そっくり。キッドは顔をしかめた。

「夢が冷えるって、なんだよ。おまじないなんて子どもだましだろ?」

 ふてくされた彼は、明かりを吹き消して、頭までふとんをかぶった。


 シーンとなった暗闇の中。

 ベッドから、そうっと手が出てくる。そして、フタを開けた小さなビンを、窓辺に置いた。



 だけど、彼をむかえたのは、いつもの景色だった。

「また!?

 またこの原っぱ! おまじないはどうしたんだよ、もー勘弁して……」

 嘆こうとして、彼は気づく。

「あれっ。ここ、操縦席じゃないぞ」

 僕は草むらに立ってる。それじゃあ、あいつはどこいった?


 ぐるっと見回せば、丘の上に赤い機体があった。

 そして、異常もあった。

 ふたつの翼は、すでにポロリと取れていた。誰かが操縦席にすわっている。

「そっ、それ僕の!」

 キッドがあわてて走りだすと、謎のパイロットがふり返った。

 ちょっと目の色が違うけど、どうみてもあの子だ。


「メリー!? なんで君がここに」

「世界初の有人飛行を、と思って」

 かろやかに肩をすくめたメリーは、なんだかちぐはぐな格好をしていた。

 少年っぽいシャツと、吊りズボン。なのに、金色の髪をお人形みたいにおろしている。

 キッドは眉をさげた。


「あ…… 髪型のこと、そんなに気にした?」

「そうじゃないの。おろした方が、自由な場所に似合うでしょう?」

「ええっ。またなぞなぞだ、君にはかなわないよ」

 二人は、顔を見あわせて笑った。



「せっかくだけどさ、メリー。その飛行機じゃ飛べないぜ、翼がポロッといっただろ?」

「いいえ、羽は初めからなかったわ」

 たしかに、まわりのどこにも翼は見あたらない。

「悪化してる。ますます救えないな」

 キッドは苦笑いしたけれど、メリーは真剣な顔で彼を見すえた。


「これを直せるのは、キッド、あなたよ」


「僕が?」

 少年の心が、ドキッと鳴る。

 メリーがうなずいた。

「そう。あなたなら、直せる人を探しだせるわ。ほら、あっちに町がある」

「あー、そういう意味ね……」

 キッドは、ちょっとがっかりして、遠くの町に目をやった。


 その瞬間。

 大きなフクロウが、音もなく空を滑りおりてきた。

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