第5話 眠れない森 2/2
「すてきなベッドね、森のいたずら者さん!」
凛々しい声が、矢のように飛んできた。
フクロウの巣の上に、金色の髪をなびかせたメリー・シュガーが立っていた。
「メリー! 僕に会いたかったの?」
少女を見つけたヨルが、パッと笑顔になる。彼をねらっていたフクロウは、翼を返して宙を離れた。
「ウェイクの声を聞いたのよ。彼はどこ……」
答えより早く、巣をとられたフクロウが急降下してくる。
メリーは、ひるまずに銀のスプーンをかかげた。
「メア・ディム・ドリム、メア・ディム・ドリム。
羽を休めるのはどんな夢? 盗んだ夢は、甘く返して!」
元気なひとふりに誘われて、キラキラの巣がぶわっと巻きあがる。
それは竜巻みたいな渦になって、お砂糖の香りと一緒にパーンとはじけた。
「ホウッ!?」
びっくりしたフクロウの頭に、コンッ、とこんぺいとうの雨があたる。
そのひとつだけじゃない。森じゅうにふる雨が、ぜんぶこんぺいとうに変わっていた。
ヨルが一粒の雨をつかまえて、口に放りこんだ。
「僕、甘いもの好き。いっぱいおみやげにしようっと」
枝に引っかかっていたウェイクの帽子を引っくりかえし、雨を集めはじめる。
木の上のメリーは、夕焼け色の目をつりあげた。
「ヨル、遊んでいないで手伝って!
早くウェイクを助けないと、ちぢんでキノコになるだけじゃすまないわ」
ヨルが不思議そうに首をかしげる。
「そんなにあれが大事? ただの人間なのに」
「お友だちだもの。あなたにだって、誰かいるでしょう?」
メリーがやさしく尋ねると、青年の笑みが消えた。
端整な顔が仮面みたいになったのは、ほんの一瞬だった。
パチッと指を鳴らして、虚空からランタンを取りだす。
「いないよ。いないから、手に入れる!」
形のいい唇が、ニイッと横に引かれる。
メリーは、その笑みに嫌な予感を覚えた。
だけど、彼をとめる間もなく、ランタンがカァッと燃えあがる。こんぺいとうの森は、真昼の明るさをこえて一気に白熱した。
「きゃっ……!」
メリーはあわてて目をかばって──
光がおさまると、もうすべてが終わっていた。
水の雨、夜の森。
そこにいるのは、輪っかのみつあみの少女と、帽子をなくした青年…… 木の根もとに崩れかかり、苦しげに目を閉じた調査員だけ。
「ウェイク、しっかりして!」
急いで駆け寄るメリー。
脈をとろうとして、彼女は気づく。ウェイクは、失神しながらも、片手をしっかり胸もとにあてていた。
そっと手をどけてみる。
守られていたのは、小さなリス。
やわらかく身を丸めて、安心しきった顔で寝息をたてていた。
雨は、真夜中をすぎてようやく弱まった。
霧の小雨が煙り、町は眠る。
静まり返った路地を、たったひとり軽やかな足音がゆく。
彼のマントがひるがえる。
手にさげた金色の鳥カゴがのぞく。
とらわれたフクロウが、翼をたたんで震えていた。
青年は、カゴをかかげて、怯えた眼をのぞきこむ。
「僕は、君の友だち」
歌うようなささやき。
「君のほしい夢をあげる。だから、一緒に遊んでくれるね……?」
逃げ場をうしなった鳥は、声のない悲鳴をあげた。
「まあ、すっかり元気になって!」
メリーは、カゴの中で動きまわるリスを見て、明るく笑った。
報告書を書いていたウェイクが、ペンをとめる。
「ああ、元気すぎるんだ。
冬眠のタイミングを逃してしまったらしいから、事務所で飼うことにした。所長の許可もおりた」
「本当によかった。名前は決めたの?」
「レイン。雨の日に出会ったから」
ウェイクは、ちょっと恥ずかしそうに顔をふせた。
「知っているだろう、俺はこういうセンスがない……」
「そうかしら? ぴったりすてき、ねえレイン」
微笑んだメリーが、バッグからリボンを取りだす。
ウェイクが首をのばしてのぞきこんだ。
「おっと、レインはこんぺいとうじゃないぞ。かわいさはこんぺいとう並だが」
「これは、おまじないよ。
冬を元気にすごせますように! 色もちょうどよかったわ、きらきらの雨の水色」
魔法とはいえない無邪気な願いは、カゴの取っ手にかわいらしく飾られた。
「ところで、メリー。
ヨルは、あのフクロウをつかまえてしまったのか?」
ウェイクは、表情を引きしめて身を乗り出した。
「ええ、彼のために働かされると思うんだけれど……
助けだす前に、めんどうごとが起きそう。地面が消える気配がしたら、教えてちょうだいね」
少女は肩をすくめて、ちょっと気の毒そうな顔をした。
「フクロウさん、夢と現実にはさまってしまったみたい。
森のみんなの夢を集めて、でも足りなくて。あれじゃない、これでもないって、とっても焦ってたと思うわ」
「……どんな夢を探していたんだろうな」
「自分でも、わからなくなっちゃったのかもね」
それを聞くと、ウェイクもかわいそうに思った。(無限の奈落に落とされたことは、脇にどけておく)
彼がまだフクロウのことを考えていると、メリーがなにか差しだしてきた。
「はい、ウェイク。これはあなたに」
「うん?」
顔をむけると、目の前に紫色のもこもこしたものがある。
メリーが聞かれる前に答えた。
「マフラーよ、いつも寒そうだったから。
それに、その味気ない制服になんとか色を足したくって」
こんぺいとうをつくる時のような、てきぱきした口調は、彼女なりの照れ隠しだった。
びっくりしてマフラーを広げたウェイク。でこぼこの編み目を慎重になでる。
「おお、斬新なデザインだ」
「……初めてつくりました。
ルシアに教えてもらって、なんとか形になったの。冬が終わる前に渡せてよかった!」
メリーはホッと息をつく。
それから、何気なく微笑みかけようとして、固まった。
ウェイクは、いつもと違う、じんわり満ち足りた笑顔で彼女を見ていた。
やさしくなった灰色の目に、さわやかな甘さがただよう。
その表情のまま、穏やかに口を開いた。
「ありがとう、メリー。今日から使うよ」
メリーの心が、きゅっと跳ねた。
けれど、お昼の鐘が鳴った瞬間、ウェイクはウェイクに戻った。
いそいそと引き出しを開け、クルミの入った缶を取りだす。
「よし、昼食の時間だ。まずはレインに…… メリー、君もどうだ」
「あっ、ええ、ありがとう。クルミはおいしいわね!」
「レインにあげてみるか、と聞いたんだが。おや、これは?」
彼は、カゴに咲いたリボンをつっつく。
蝶々結びの真ん中に、金色の飾りが通されていた。心を落ちつけたメリーが、一緒にのぞきこむ。
「それは、幸運のコイン。
悪いツメから守ってくれるの。ヨルは野放しだし、いつフクロウが飛んでくるか、わからないでしょ?」
彼女の声に誘われて、レインがカゴの内側をのぼってくる。
「そうそう!」と言うみたいに、メリーの指に鼻先をくっつけた。
それを眺めていたウェイクは、じっと考えて、真剣に言った。
「……そのコイン。町じゅうの女性に配っておいた方がいいんじゃないか?」
「あら。たしかに」
二人は顔を見あわせる。
大きな鳥を抱いた、底の知れない夜が、どこかで笑っている気がした。
(第5話 おわり)




