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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─1─ クロックベルのメリー
1/66

第1話 メリーの薬は苦くない 1/2

 この町に、怪しい薬が広まっている――


 そんなうわさが舞いこんだのは、よく晴れた10月の昼さがり。

「薬だって? このクロックベルで、かね」

 丸い顔をあげたのは、わたあめみたいな白髪のおじいさん。秋の金色の光がさしこんで、大きなメガネをきらっとさせた。

 机の前には、黒っぽいマントをはおった青年が立っている。

 青年は真剣に言った。


「ああ。ある建物から出てきた者が、小さなビンをこそこそ隠していたそうだ。おかしな粒が入っていたらしい」

 背すじをのばして、するどい灰色の目をくもらせる。

「きっと陰謀だ、所長。町が危ない」


 彼はツメの先まで大真面目、手に持った帽子をもみくちゃにする。

 この忠実すぎる部下をよく知っている所長さんは、うん、とうなずいた。


「そういうことなら、ウェイク、君に頼もう。詳しく調べておいで」

「まかせてくれ! クロックベルの平和は俺が守る」

 青年はキリッと帽子をかぶったけれど、幅広のツバはしわしわに波打っている。 


 あまりかっこうのつかない格好でドアを開けた彼に、所長さんはのんびりと声をかけた。

「急いで転ばないようにな、ウェイク」


 風は冷たくて、太陽はあたたかい。

 さっそうと路地をゆく青年を見送ると、所長さんは大きなあくびをした。




 事務所を出たウェイクは、隙のない足どりで石畳を進む。

 明るい色の建物のあいだには、焼きたてのパンの香りと、お茶の気配。たくさんの草花。楽しげにおしゃべりする人々……


 俺はこの町が好きだ。

 彼が頬をゆるませると、荷馬車の御者が手をふった。

「やあウェイク、散歩かい」

「任務中だ!」

 巡回だ、見まわりだ、とどれだけ説明しても、クロックベルでは“散歩好き”にされてしまう。それほど平和な町だった。


 御者のおじさんは笑う。

「歩くにはいい天気だ。お日さまに見とれて転ぶなよ」

「俺は小学生か? 所長にもそんなことを言われた」

「わかるなあ、それ。なんとなく心配なんだよ、じゃあな」


 荷馬車が行ってしまって、残されたウェイクはちょっといじける。

「もう二十歳なんだが。迫力が足りないのか、それとも筋肉か」

 彼はいまいち細っこくて、どっちかといえばどっちも足りていない。


 気を取りなおして視線を戻す。

 ぐるぐると坂をのぼった先の、町を見おろす高台に、大きな時計塔がにょっきりそびえていた。

 怪しい薬の出どころは、その近くにある。


 彼は表情をひきしめた。

「……待っていろ、陰謀。たとえ迫力がなくとも、お前を阻止してみせる」




 まさに、その時。

 時計塔が見える怪しい部屋で、とっても怪しい動きがあった。


「メア・ディム・ドリム、メア・ディム……」


 かわいらしい声の、怪しい呪文。

 秋の青空を背景に、銀のスプーンがくるくるくるり、もうひとつ、くるり。

 軽やかなスプーンの軌道を追いかけて、不思議な光がチカッと走った。ダイヤモンドを粉にしたみたいな、一瞬の鮮やかなきらめき。


 だけど、それはすぐに消えてしまった。

 スプーンが宙でとまる。考えこむように、そばにあった小ビンの口をカチカチたたいた。


「明るすぎる…… きっとそうね、お日さまはスプーン3杯まで」

 少女の独りごとは、凛として熱心だ。

 それでいて、ベールをかけたようにやわらかくもある。夢の中のおしゃべりにぴったり、そんな響き。


「本当はたそがれどきが一番なんだけれど。令嬢は門限でお急ぎ、もう取りにきちゃうかも」

 怪しい実験の主は、サッと机を離れた。

 いくつも積まれたトランクを次々開けて、あわててかきまわす。


「あれじゃなくて、それでもなくて。どこにやったかしら、まさか捨ててないでしょうメリー・シュガー? ……あった、これ!」


 騒々しく引っぱりだしたのは、青い夕焼け色の大きな布。

「さあ、早くはやくっ」

と、窓に走ってイスの上に立つ。

 ところが、布をかけるフックは絶妙に意地悪な位置にあった。彼女は苦しそうに伸びあがる。

「ううう、物件選びに失敗したみたい……」

 いっぱいに上げた腕がプルプルして、限界がきた。



 そこへ、刺すようなノックの音と、鋭い声が飛んだ。

「クロックベル調査局だ! おとなしく事情聴取に応じろ、さもなくば――」


 少女はイスの上でパッとふり返った。

「ああよかった、どうぞ入って!」

「えっ!?」

「手伝ってほしいの、困っているの。お願い!」

「いきなり買収だと? なんて手馴れた悪党だ」

 調査員の驚きのあとで、そうっとドアが開いた。

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