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チビの行方


 あの時と同じで、少し違う。あの時は雨が降り始めて泥濘んだ大地だった。しかし、今は雨を呼ぶ飴ガエルも鳴きやんで、もう少しで雨が止みそうな空。

 足元は泥濘みに汚れ、白いスカートも泥だらけ。ただ前を見て、ただ走ってきた。ミアの者以外の足で踏み荒らされた大地は滑らかではなかった。

 討伐隊の姿は見当たらない。

 だけど、隠れているのかもしれない。罠なのかもしれない。

 大丈夫。自分に言い聞かせた。

「大丈夫…………」

竜にも血は流れている。人間と同じ赤いもの。成分までは分からないけれど、温かくて命を感じられるもの。冷たくなれば固くなり、動かなくなる。


 チビは、チビちゃんは。生きている。


 ミアは息が止まりそうなくらいに緊張して、心臓が壊れてしまうんじゃないだろうかと思えるほどの恐怖を感じていた。そっと、崖を覗き込む。

「チビ……ちゃん?」

雨に打たれた茂みはぐったりと大地に寝そべり、静かにいつか射し込む光を待っているだけ。

「チビちゃん?」

少し大きな声で呼ぶ。いつもは茂みからはみ出ているくせに。下手くそなかくれんぼなくせに。どうして、姿が見えないの? ちゃんと逃げたの?


 鏃が見えた。いくつも。見慣れない形だ。既に討伐隊がここに来ていたのだろうか。

 空を見上げた。細い雨がまばらにミアの頬に落ちてくる。チビはいない。

 嘘だ。竜が鏃になんてやられるわけない……。だけど、チビちゃんは、まだ赤ちゃんだから……。


「チビちゃん……」

ミアはうっすらとまだ曇っている空に向かって、唇を動かし、涙とともに、もう一度叫んだ。崖の下に向かって。

 どこを探せば良いのか分からなかった。間に合わなかった、そんなふうに思ってしまう。でも、もしかしたら、バァサの薬が効いて、既に飛び立った後なのかもしれない。それなら、いい。だけど、自然とミアの足は崖下へと向かっていく。落ちて死ねる程の高さではない。だけど、護れなかったという気持ちがミアの中にただただ溢れてきていた。

 いや、それ以上に大切なものをまた自分のせいでなくしてしまったのだ。

 もしかしたら、……小さくなって、あの茂みの奥のもっと奥に蹲っているのかもしれない。小さくなる竜だっているかもしれない。探さなくちゃ……探さなくちゃ。


 ミアが崖を滑り降りた時、その背後で「放て」という叫びと、何かの咆吼が重なり合った。

 落ちるミアの頬を矢が掠めた。

 そして、咆吼をあげたそのものが、ミアを掬い上げた。


 竜にやられたと言って、擦り傷しかできないなんて戯言を誰も真に受けたわけではない。イヴァールの少年は混乱していたのかもしれないとも皆が思っていた。そして、その竜はとある人間に懐いているらしい、とも言っていた。まるでファンタジーじゃないか。討伐隊のほとんどがそう思った。しかし、その人物は彼のよく知る人物だったのだろう。彼はどこか言いづらそうにし、結局そこは「知らない」の一点張りだったのだ。だけど、早く助けないと、危険だから、と訴える。

 なんとなく、誰もが、嘘ではないのだろうと思った。


 討伐隊がここにたどり着いた時、確かに二メートルほどの小さな竜がいた。厄災は小さきうちに撃ち取るべし。しかし、撃ち損じてしまった。その小ささに余裕をかましてしまったのが敗因だろう。余裕というのもまた違うかも知れない。討伐隊指揮官は、隊の安全を第一に崖の下から顔だけを出している小さな竜に、遠方攻撃のみを行ったのだ。

 しかし、その水色の竜は警戒心がとても高かった。もしかしたら、以前に怪我でもしたことがあるのかもしれない。姿を見せなくなった竜は崖の下から消えていた。飛び去ったわけではない。おそらく、さらに下にある森へと隠れたのだろう。それなのに、竜の気配は消えなかった。近くにいるのだ。余程ここが気に入っているのだろうか。しかし、姿を隠した竜の気配は大きすぎて、特定仕切れなかった。

 そこへ幼い少女が現われた。竜の殺伐とした気配が変わった。

とある人物は彼女のことだったのだろうと誰もが思った。彼女は崖の下を覗き込んで、すくっと立ち上がったのも束の間、泥濘みにでも足を取られたのか、その崖の下へと滑り落ちた。

その瞬間を見逃さないようにして、空が翳った。


「構え」

 指揮官の声が迷わず響いた。

 空色の竜だ。思った通り戻ってきたのだ。そして、その刹那が過ぎるその時間に、竜は成長を遂げてしまっていたのだ。

 それなのに、その全身を見て、本当にかすり傷程度を負わせる竜だったのかもしれないと思わせた。力が弱いとかそういうものではない。力の加減が出来る竜という意味で。

 討伐隊が口をぽかんと開けてしまうくらいに、それは美しい竜だった。雲の隙間から零れてくる柔らかな光が、滑らかな鱗に艶めき、その頭に白い衣服をまとった娘がいる。

 実際、その娘は振り落とされないように必死になってしがみついているのかもしれないが、まるで竜を守護する聖女のように優雅にも見える。


 神々しかった。きっと、その竜は優しさを吸い込んで大きくなったのだろうと思えた。

 だが、()の竜は討伐対象だ。いずれ、大きな厄災をもたらす。


矢が弦を引く音が静かにその時を待っている。

魔法使いが竜の反撃に備えてシールドの呪文を唱え始める。

竜が口を開く。



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