弱き竜
学校帰り、ミアの足取りはわずかに重い。だけど、いつも通り、町外れの林道をぬけてきた。最近しつこくミアに付きまとうミィアも撒いて、バァサの薬店に寄って。そこで上着だけを着替え、髪も結い直す。普段はしないけれど、ハーフアップにして、見分けがつかないようにした。双子という点も、全身真っ白という点も町中では目立つのだ。
それにしても、……
と、ミアは思った。
やっぱり、ミィアは私が怪我をしたから心配してくれているのだろうか。
しかし、ミアは素直にそんな風に思えない。
また……って思ってるのかも。
町を抜ける際、どこかでミィアの気配を感じた。なぜだかミィアは家と学校にいると、ミアによく構うようになっている気がする。その割にミアが一人になりたい時には、何にも構ってこない。なんとなく見られている、だけど、視線は合わない。そんな感じだった。
そして、後ろを振り向きほっと安堵の息を吐く。誰もいない。チビちゃんに会いに来ていることを町の誰かに知られでもすれば、大事になってしまう。そして、手に持つカゴの中身を見て、にやけた。ミアの持つ籐編みのカゴの中にはマルマルキャベツとビスケが入っていた。
竜のチビちゃんはこの二つが気に入ったみたいだから。
その様子を思い出すとさらににやけてしまう。チビが美味しそうに食べる姿はとてもかわいかったのだ。口の中に入った丸々のマルマルキャベツを、シャクシャクと言わせながら「もうないの?」と次を催促する瞳を投げかける。
今日もちゃんといっぱい食べられるからね。
ミアが落ちた崖下を覗くと、ミアの気配を察したチビがキュルキュル鳴き始めた。それだけでも、かわいい。大きな図体をしているくせに、まだまだ赤ちゃん。隠れているつもりなのだろうが、ほとんど体が見えているのだ。
「チビちゃん」
ミアが崖の上から呼びかけるとその姿を現した。その姿はすでに、茂みに隠れられる大きさではない。だけど、草食みたいだし、危険性はないんじゃないだろうかと思えてしまうが、これですでに立ち姿2メートル弱の大きさだ。
チビはミアが放り投げたマルマルキャベツを上手に口でキャッチし、ガシュガシュ音を鳴らして食べている。なくなるとミアを見つめて催促する。ミアはおかしそうににっこり笑う。
「ふふふ。大丈夫だよ、今日は10個も買ってきたから」
正直、ティキンだったらこんなに買えなかっただろうなぁ、とミアは胸をなで下ろしていた。
むしゃむしゃ食べるその姿は本当に可愛い。
キュルキュル鳴くくせに。こんなに澄んだ瞳なのに。
ミアはぼんやりと大食漢なチビを見つめて思った。このままここで成長させて良いわけでもない。竜は小さいものでも50メートル。大きなものだと100メートルを越すものすらあるという。
崖の陰に隠れていられるのも時間の問題かもしれない。そうすれば、いずれ見つかる。翼だって最初に見た時よりもずいぶん大きくなってきている。それなのに、傷口は塞がらない。
「キュルキュル?」
「あ、ごめんごめん」
マルマルキャベツを食べ終えたチビが再び催促するので、ミアは籐編みのカゴからマルマルキャベツを取り出して「それっ」と放り投げた。
とても幸せそうに食べるその姿には癒されるが、ミアはそこで現実的な問題も考えた。
翼の付け根の傷は、ミアが持ってきた市販の薬では効かなかったのだ。ミアはそっと制服のスカートのポケットに手を入れた。治ってたら、使わないで突っ返そうかと思っていたものだ。
少し化膿してきているかもしれない。翼がなくても、生きていけないわけではないのだろうけれど……。
飛び立てなければ、小さいうちに駆除対象になるかもしれない。
こんなに可愛いチビちゃんが駆除対象になるなんて……。
「ねぇ、チビちゃん……」
ミアの声にチビちゃんが視線をあげた。
「ううん、なんでもない」
ミアはにっこり笑って最後のマルマルキャベツを放り投げた。
その様子を見ていると、バァサなんて大嫌い、と思った。薬をくれる代わりに「これ以上チビちゃんに会うな」だなんて。だけど、バァサの薬ならチビの傷を治せるかもしれない。
会えないけれど、会えなくなるけど。
「キュルキュル?」
「あのね、チビちゃん、お薬持ってきたの。だから、きっとその傷治ると思うんだ」
「キュルキュル?」
「うん、おやつもあげるから。聞いてね」
ミアはビスケを放り投げると話を続けた。それは、自分自身に言い聞かせるために。
「もう来れないんだ。チビちゃんの怪我が治ったら」
だからね、あのね。あのね……。
チビがビスケをボリボリ言わせながら、ミアを見つめていた。
「言ってること、分かる? 会えなくなるんだけど、ちゃんと自分でごはん食べて、危なくなったら飛んで逃げて、えっと……あのね」
カゴの中のビスケはあと一つ。
「あのね……」
ミアの視界に写るチビが滲んだ。目を袖でこするが、またすぐに景色が滲む。
「キュルキュル?」
チビは不思議そうに僅かに首を傾げたが、残りのビスケをねだるようにして、ミアの頬に自分の鼻先をちょんとくっつけた。