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ミアとミィア


 空は晴れて青かった。多少足は痛むけれど、歩くに不都合はない。夏仕様は白いシャツに黄色のスカーフをリボンに結び、白いロングスカートを穿く。色々な色を吸収するための色。そんな意味があっての白らしいが、膨張色なので、ミアはあんまり好きじゃない。だから、久しぶりに着る制服にほんの少し緊張していた。

 ずっと寝てたし、私、太って見えないかしら。

 誰も見てないとミィアも父も言うけれど、そんな心配を一応してしまう。


 その姿見に同じ姿のミィアが映り込む。髪型だけが違う。ミィアは二つに分けた茶色い髪を耳の辺りでまとめているが、ミアは頭の高い場所で一つにまとめている。最近は間違われないが、ミアなりにミィアに気を使った結果だった。

「靴下だいじょうぶ?」

「うん、座ればはけるから、大丈夫」

学級委員長のミィアは「ゆっくり来てね」とミアの肩を叩いて、先に行ってしまった。落ち着くとも不安とも、気持ちが軽いとも重いとも。なんだか色々なものがない交ぜになった気持ちに襲われてしまうが、諦めて登校するしかないのだ。いつまでも休んでられないし。

 きっと、私の捜索隊が組まれたから、色々訊かれるんだろうなぁ。

 夏休みもあったから、そんなに目立たなかったりするのかなぁ。


 ミアの学校はちょうど町の中央にある。町のほとんどの子どもたちがそこへ通い、そこで勉学に努めるのだ。だから、町で起きた大きな事件は、全て学校にも持ち越されるのだ。

あの時もそうだった。

 入学してすぐ、ミアはすれ違う全ての子どもたちの好奇の目にさらされた。その好奇の目はミィアにも及び、ミアがちゃんと区別できるようにしようと提案するくらいだったのだ。ミィアは、ミアじゃないんだから、そんな目で見て欲しくなかったのだ。そして、ミィアが学級委員にまでなっていた。ミィアは本当はそんなに活発な性格ではなかったはずなのに。

 しかし、学校へ行ってみるとそんなミアの心配は杞憂に終わった。


「転校生だって」

「ほら。イヴェールの」

緊張しながら教室に入るとそんな声が聞こえてきた。そう言えば、イヴェールの生き残った人たちが近隣の村や町へやってくるって言ってたもんな。そう思いながら、親友のリディアに話しかけた。

「おはよう」

「あ、ミア。足もう大丈夫?」

綺麗に一つにまとめられたリディアの金髪がふわりと揺れる。

「うん」

「ミアはミィアから聞いてるんでしょ? 転校生のこと? 名前知ってたりするの?」

足のこと以上に、捜索隊が組まれて大騒ぎだったことすら転校生に呑み込まれてしまったようだった。なんだか、寂しいような、悲しいような、ほっとするような。しかし、リディアの最後の言葉に思わずミアは大きな声で否定してしまった。

「聞いてないよっ」

「えぇっ!? ミィア、お姉ちゃんにまで内緒にしてたんだ。学級委員長だから知ってるはずなんだけど……」

その言葉を聞いて、昨日のはちみつミルクが脳裏に浮かんだ。

内緒にしていたことのお詫びの意味があって、強くバァサに訴えたんじゃないだろうか。後でバァサに謝りに行かなくちゃ。ミアはそう思いながら、ホームルームが始まるのを大人しく待つことにした。


 転校生は二人いた。

 一人はリディアの金髪よりもずっと色素の薄い金髪の女の子。もう一人はやっぱり色素の薄い金髪を持つ男の子だった。名前はマリエとノルド。

 まだイヴェールの制服を着た、新しい学友だった。



 父親世代までは学校と言えば初等までで6年制。それがミアたちの世代の5年上から9年制になってしまった。そこからまだまだ深く勉学に努めようと思うのならば、王都の高等学校までいくことになる。マリエとノルドはその王都の高等学校へ進みたいらしい。

 そうすれば、滅ぼされた村の復興に役立つ建築学や重傷者を助けることが出来る薬学の勉強が出来るらしい。同い年とは思えないくらいにしっかりした二人だと思った。


 他にも勉強できることあるのかしら?

 例えば、竜についてとか。

 どうせ、私には無理だろうけど。


 ミアがそんなことを思い浮かべながら学校帰りをバァサの店に向かって歩いていた。バァサの薬店は学校から自宅までの道々を少しそれて、目抜き通りに出て、さらに小道をあがりきったところにある。だから、新入者にはあまり知られていない。まぁ、古参の地元人なら誰でも知っているので、バァサが商売に困ることもないのだろう。


 石を積み上げた生け垣を越えて、この町に良く馴染むチャコールの瓦屋根と木の扉。殺風景とも思える外見のお店がバァサの薬店だ。

 扉を開けると薬品の匂いが鼻を掠めた。今日はいつもよりも匂いがきつい気がする。

ツンとするようなすぅっとするような、鼻腔の奥に残るような。ミィアが嫌いだというのが、不思議なくらい。なんとなく落ち着くんだけどなぁ。

「バァサぁ、いるぅ?」

ミアの声にカウンターの向こうに垂れる布の向こうから物音が聞こえてきて、険しい顔のバァサが姿を現した。

「おや、ミア。学校の制服かい? ということは良くなったんだな」

顔にはしわが深く刻まれて、鷲鼻で、ロマンスグレーの髪はまさに魔女。しかし、ミアの顔を見た途端、険しかったバァサの顔が少し緩んだ。ミアはほっと胸をなで下ろした。機嫌が悪いとバァサは怖い。

「うん、はちみつミルクのお礼言いに来たの」

バァサはにこりと笑いながら「いやいや、こっちも悪かったからなぁ」と言いながら、姿を完全に現した。

 白い割烹着に身を包んだバァサはきっとまた何かの薬草を煮込んでいたのだろう。

「何作ってたの?」

「あ、あぁ、これか?」

バァサが自分の割烹着をつまみながらニシシシと笑う。

「目が痛いって言う奴がいたからな、目薬を煮込んでいたんだよ」

「じゃあ、コルタの葉っぱにイモリの冷や汗ね」

薬の材料を言い当てるとバァサはにやけた。ミアもにっこり微笑み返す。

「今回のはしつこい痒みだと言うておったから、トロンチョもいれておる」

トロンチョと聞いてさすがのミアも渋い表情を浮かべた。


 トロンチョとはこの辺りに飛んでくる魔虫ビートルの幼虫を煮詰めたものだった。ビンに詰め込まれている時は金色で綺麗なものだけど、じっくり見るとやっぱり芋虫の詰め合わせに違いない。しかも、煮詰めた後に溶けない顔の部分を取り除く作業が残っているのだ。

 そして、バァサはそんなミアを薄ら笑い「あぁ、ちょっと待ってな」とまた奥の布の後ろに隠れてしまった。ミアはいつも通り、カウンターにもたれかけながら、バァサを待つことにした。

 待っている間、ミアは無意識にあの卵のことを考えていた。

 淡い水色の、空のような卵。今頃、生まれて元気にその辺りを走り回っているのかなぁ? 例えば、竜だとしたら、どのくらいの大きさになっているのだろう。竜は長寿だと聞くけれど、成長はどのくらいなんだろう。

「ねぇ、竜ってどのくらいで大きくなるの?」

お盆を持って目の前に現われたバァサにミアは無意識にそんなことを口走っていた。

「竜かね?」

そう尋ね返されて、ハッとした。

「ううん、あのね、お母さんがむかし竜の話してくれたから……」

竜は不義理を働くことはない。義理があれば必ず返してくれる。

 本当はそんなことを考えていたわけでもないのに、ぱっとそんな言葉が思い出された。

「あぁ、ミルリアがそんなことを言ってたんかい」

なんとかバァサをはぐらかせたかなぁと安心しながら、バァサが出してくれたお茶を飲む。

「まだ痛むじゃろ? そろそろ痛み止めを渡しても大丈夫だろうと思ってな」

バァサもお茶を飲みながら、カウンターに置いた湿布薬に視線を向ける。心なしか、そのバァサの言葉には気持ちがこもっていないように感じられたが、ミアは気にせずにっこり微笑んだ。まだ少し痛む足首を気遣ってくれるだなんて、心に沁みてしまう。それに、さっきの話を蒸し返されたくもなかった。

「ほんとに? もう、バァサ大好き」

「で、竜とな?」

痛み止めに手を伸ばしたままミアは固まってしまった。

 



「リディア、ミアってもう帰った?」

教室を覗くとリディアが友人数人とおしゃべりに花を咲かせていた。内容はイヴァールの二人が付き合っているかどうか。しかし、当然、その中にミアはいない。もともと、そんな乙女な話にミアは興味を持たないから。

最近ミアはミィアを放って帰ることが多い。始めは転校生のお世話があって遅くなるから仕方ないとミィアも思っていたけれど、さすがに半月となると、どうして、と思ってしまう。

「うん、バァサのとこ行くって」

「えぇっ? なんで?」

リディアは首を傾げてミィアに答えた。

「双子でも分からないことあるんだね?」

 親友のリディアでも分からないこともあるんだ……。

 ミィアの感覚ではそうだった。

 ミアは自分のせいで母親が死んだと思っている節がある。だから、どこかミィアによそよそしいのだ。双子なんだから以心伝心でしょう? なんて、嘘だとミィアは思っている。

 もちろん、なんとなくは察することはあるけれど、心を半分くらいしか開いていない相手と以心伝心なんてそもそも無理な話だ。だけど今回のミアの行動は、そのなんとなく、察するという感覚において『ミアはミィアに隠し事をしている』というものがあった。

「ありがとう。じゃあ、バァサのお店に寄って帰るわ」

ミィアは手早く答えて、リディアに手を振ってバァサの店に真っ直ぐ向かった。

 それに、今のミアを一人にするのがとても心配だった。


 ミィアは五歳のミアを思い出しながら、走り出していた。幼かったとはいえ、ミィアの中では、消えることのない衝撃として、抜け殻のようなミアが焼き付けられているのだ。




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