Best Answer
[じゃあ、おやすみ。スマホ見過ぎるとまた眠れなくなるよ]
[分かった。おやすみ]
私と樺恋は中学生の頃からの付き合いだ。
こうして朝のおはようから、会社、そしておやすみまでずっと繋がっている。
あの有名な頭痛薬ではないが、私の半分は樺恋で出来ていると言っても過言ではないだろう。
冗談ではなく本当に「樺恋なしでは生きていけない」とさえ感じてしまう。
こうなってしまったのには、私の過去が関係しているのかもしれない。
簡単に言うと、私は両親……特に母からの「いじめ」を受けて育った。
元々体も丈夫でなく、話し始めるのも遅かったらしい私は、育児だけでなく母と文字通り「水と油」な父との間のストレスの恰好の捌け口になった。
殴る蹴るなどの物理的な暴力は無かったが、言葉で存在を否定されたり、いたずらレベルの事は色々とされた。
今はもう離婚したらしいが、当時は本当に両親の仲が悪く、家の中をあらゆるものが飛び交っていた。
私はその喧嘩を止める事も出来ず、ただ一人茫然と眺める事しか出来なかった。
その結果なのかは分からないが、小学校でも独りぼっちだった。
元々人見知り気味だった事に加え、家で夫婦喧嘩を延々と見せられ、母からいじめられる毎日を過ごしてきた結果、人とのコミュニケーションに対して苦手意識を持つようになったのかもしれない。
人を信じきれない、人が怖い……
他者に対しそう考えるようになるまで時間は掛からなかった。
でもそれでいて、人から何か頼まれると断れないでいたのだった。
そんな暗いだけだった小学校6年間の先に光が待っていた。
中学校入学後も相変わらず独りぼっちだった私に優しく微笑みながら話しかけてくれた天使……それが樺恋だった。
樺恋はあくまでも私に負担にならない程度に接しつつ、誰もアクセス出来ぬよう鍵を掛けていた私の心を優しく解き解していった。
次第に私は、そんな樺恋の虜になっていった。
高校も、大学も、そして今の会社も……全部全部樺恋の選んだ所を受けてきた。
樺恋から離れたくない、その一心であまり得意ではなかった勉強も頑張ってきた。
結果としてそれなりの学力と、それなりに社会的地位のある企業に就職できたが、私の心は満たされなかった。
本当は、私は大学進学のタイミングで家を出て、樺恋とルームシェアしたいと考えていた。
だがそれは、母からの圧力で無かった事にされた。
「貴女みたいな出来損ないを人様の娘と一緒に暮らさせられない」
それだけが理由だった。
その後大学を卒業してやっとの事で家を出たが、樺恋とは一緒に暮らす事は出来なかった。
どうして……?
私が出来損ないだから?
樺恋に迷惑掛けたから?
考えても、考えても、答えは出なかった。
結局母のいる実家から出られたものの、樺恋とは離れての一人暮らしになった。
それでも樺恋は、こうして私の事を機にかけてくれる。
それ自体は確かに嬉しい、だが時々樺恋の本心が気になってしまう時がある。
本当は、樺恋は私の事をしつこい女と思っているのではないか?
本当は、樺恋は私が嫌いなのではないか?
本当は……
「…………はっ!?」
どうも私は寝落ちして夢を見ていたらしく、不安になって目覚めた。
今もこうして色々な事がフラッシュバックしては私を苦しめている。
(嫌な夢…………樺恋は……?)
スマホを見ると深夜二時を少し過ぎた所だった。
当然こんな時間に彼女が起きている筈など無い。
だが……
(怖いよぉ……寂しいよぉ……樺恋……)
私は年甲斐もなく涙を流していた。
ただ寂しい、怖い、樺恋に会いたい、その一心だった。
(樺恋が……本当に……私の、事をきらい……なら……)
こうなると私はどんどん悪い方向に考えていく癖でもあるのだろうか。
(はぁ…………っ……く、苦しい……)
胸が苦しく、不安に押し潰されるような感覚に襲われる。
ガサッ、カチカチカチ
(これしか……ない、よね……)
私が行おうとしている行為、それは不安になった時の特効薬的なものだった。
すーっと腕にカッターナイフで赤い線が引かれていく。
そう、私が行っているのは「自傷行為」だ。
一般にはリストカットやらアームカットとでも言うのだろうが、呼び方など私にはどうでも良かった。
切る瞬間は確かに痛いが、痛みで不安はかき消されるし、何より不安がすっと消えていく感覚がある。
まだ樺恋にはこの事は話していないが、世間のイメージ的には軽蔑され、嫌われても仕方ないだろう。
そうした不安がより一層私を自傷行為に走らせてしまう。
(まるで負のスパイラル、ね)
赤い血が滲む腕を眺めながら独り言をこぼす。
制服のある企業、それも通年で長袖の所である故、あまりバレる心配はなさそうだが、万が一の事を考えて深くは切らないようにはしている……つもりだった。
(痛っ!?)
少しカッターが深く入ってしまったらしく、みるみる腕から血が滴り落ちだした。
(どうしよう……えぇっと……)
急に冷静になると同時にパニックになってしまう。
(ティッシュで止血して……それから……)
この程度で死ぬことはないのは分かっているが、パニック状態の私にそんな事は関係なかった。
(収まった……!?)
何とか血は止まったが、不安は完全には消え去っていなかった。
(でも、これ以上は切れない……)
このまま夜明けまでの数時間、ワンルームの中で一人、孤独と戦わなければいけなかった。
〈KAREN SIDE〉
私の悪い予感というものは大体当たる事が多い。
これから雨が降るなぁと思うと大体雨が降り出すし、電車に乗り遅れると思えば本当に乗り遅れる。
そして今、目の前にいる私の彼女、真綾が左腕を気にしているのもまた、昨夜に何かあったという事なのだろう。
「ねぇ、その腕……何かあったでしょ?」
「えぇっ……!?な、何もないよ……何も」
「ちょっと来て」
真綾の手を引きトイレへ誘導する。
私の「悪い予感」が本当ならば、他人には見せられないからだ。
「怒らないから……見せて」
「でも……」
「じゃあ、絶交する?」
どうしても確認したくて、思ってもいない事を口にする。
真綾は私がいないと生きていけない、だから「絶交」の一言はここぞの時の切り札。
「いや……やめて…………ひとりにしないで…………」
案の定、泣きながら引き留めようとする真綾を優しく諭す。
「じゃあ、左腕を見せてくれるね?」
「ほんとうに、ひとりにしない?」
私は優しく頷く。
真綾は安心したのか手首のボタンを外して腕をまくった。
やっぱりか……
予想通り、真綾はアームカットをしていた。
大半は気付かれないためか浅く薄い傷だが、一本だけ傷口が痛々しい深めの傷があった。
これが原因ね……
今日は朝から真綾の元気があまりなく、しきりに腕をさすっていたのが気になっていた。
そこで、こうして昼休みに「確認」しているという訳だ。
「どうして……こんな事するの?」
すると真綾は俯きながら
「だって……夜中だったし……さみしかった、から……」
「言ったでしょ、どんな時だって話聞いてあげるって」
「でも……」
躊躇う真綾にそっと口づけをして身体で理解させる。
「!?」
「私は真綾が好き。これはどんな事があっても変わらない。だから私を頼って」
「……ありがとう」
「そういうところも可愛いよ。真綾」
「私も樺恋が好き……」
結局のところ、真綾に依存されているのではなくて、私が依存しているのかもしれない。
私が真綾をコントロール出来る事に対しては何とも思わないし、むしろ真綾には幸せになってほしいという親心に似たものさえある。
問題なのは私が真綾に頼られることで私自身が嬉しい……と言うのか、認められるような感覚になる事。
私も真綾と同じように両親は離婚しているし、いじめられたりもした。
だからこそ似た境遇を潜り抜けてきた真綾に救いの手を差し伸べた。
友人のいなかった真綾は私を頼ってくるようになった。
次第に私はそれを嬉しく思うようになり、わざと真綾を突き放すような発言をしたり、離れる素振りを見せたりもした。
とにかく真綾に頼ってもらう事で、満たされなかった何かを埋めたかったのかもしれない。
これ以上は私では分からなかったが、とにかく私は自己犠牲が好きなのだろうか。
〈MAAYA SIDE〉
樺恋は怒った後はいつも私に優しく接してくれる。
それはまるで、私が求めていた理想のお母さんそのものだった。
「お疲れ様。何かあったらすぐ連絡してね」
「はい。今日はありがとう」
帰り道、駅で帰る方向の違う私たちは分かれる。
ネット上では繋がっているし、十数時間後には再び会えるというのに私は未だにこの別れが怖くて仕方がない。
(もし、樺恋に何かあったら……)
(もし、樺恋が私の事を嫌いになったら……)
考えれば考える程に私は落ちていく。
[樺恋、生きてる?]
[どうしたの真綾?私は生きてるよー]
(はぁ…………)
[樺恋は私の事を好きだよね?]
[真綾の事がずっと大好きだよ]
不安は一応解消されるが、完全ではなかった。
電車の中、流れる雲と夕焼けだけは変わらなかった。
「ただいま……」
誰もいない部屋に私の声だけが虚しく響く。
〈では、次のニュースです。アメリカで……〉
私は基本、家にいる時は常にテレビを点けている。
そうしないと無音で、独りぼっちなのが自覚できてしまうからだった。
バラエティ番組を見ても面白くないし、むしろ他人が笑っているのを見るのが苦痛で仕方ないので基本的にニュースしか見ないのだが。
(はぁ…………)
今日だけで何回ため息を吐いただろうか。
あれだけ私の事を気に掛けてくれて、大好きだと言ってくれる人がいるというのに、私の心はずっと空っぽのままだ。
〈次のニュースです。女優の……さんが、昨日亡くなりました。自殺とみられます……〉
(じ、さつ……)
別のその人のファンという訳でも無かったが、どこか悲しい気持ちで一杯だった。
私自身、小学生の頃は何度も死にたいと思ったし、樺恋と出会ってからもこうして、いつか樺恋が離れてしまう事に不安で死にたくなる事さえある程。
だからこそ、死にたい人の気持ちは痛い程分かってしまう。
(でも、悲しむ人もいる……よね)
今日の私は自分でも怖いくらい冷静沈着だった。
おもむろにスマホを持ち上げると、鳥の羽ばたくアイコンをタップした。
案の定、トレンド欄にはその女優の名前があった。
コメントは大きく分けて二つだった。
一つはやはり、亡くなってしまって悲しい……という意見。
もう一つは、そのニュースに対しての誹謗中傷のようなものだった。
(…………っ。うっ…………)
私自身も感受性が高いのか、こういったコメントを見ると気分が悪くなる。
スマホの画面を消すと、思い切り深呼吸した。
(でも、もし…………樺恋も同じように考えてたら…………)
思いたくもない事が湧き上がってくる。
ある筈もないと、必死で振り払うがあまり効果はなかった。
〈…………医療機関への相談も一つの手段です〉
テレビは先程の話題の続きを流していた。
(病院ね……とすれば精神科、かしら)
実は精神科には小さい頃に行った事があった。
と言っても母の通院の付き添いであるが。
今思えばあの頃から母は「病んで」いたのかもしれない。
(よし、病院の予約取ろうっと)
こうと決めた時の私は、えらく積極的でもあった。
〈KAREN SIDE〉
「精神科に行く」
恋人からそう言われた時に振舞うべき模範解答は一体何なのだろうか。
もちろん真綾自身が考えに考えを重ねた結果である事は分かる。
そうであっても、精神科という言葉が持つイメージ……頭がおかしい、心が壊れた人が行く所というのは真綾とは重ならなかった。
「どうして……真綾はそんな事言うの?」
私には理解出来なかった。
「違うよ樺恋。私ね思ったの。私、樺恋に『依存』してるって」
私が一番良く分かっていた筈だった。
「だからね、病院でアドバイス貰って、改善させて、樺恋に迷惑掛けないように生きていけたらなって……」
「今でも迷惑なんかじゃないのに……」
「ううん。私自身、樺恋がいなきゃ何もできないし、いつまでも俯いていられないから」
半ば真綾に押し切られる形で精神科へ行くことが決まった。
無論私もついて行く訳なのだが。
それにしても、真綾も時々だがこうして私以上に積極的になる事がある。
こういう時はむしろ私が真綾に振り回されているのかもしれない。
ただほんの少しだけ、恐怖心もあった。
真綾を助ける事しか考えてない私なのだ。真綾がもし入院などしてしまえば私はどうなるのか火を見るよりも明らかだった。
(はぁ…………)
真綾ではないが軽くため息をついた。
〈MAAYA SIDE〉
樺恋に病院に行くと伝えて数日後、いよいよ通院の日になった。
一応付き添いとして樺恋も一緒だが、あくまでも私がメイン。
ネットで見つけた病院は、オフィス街のビルの中にあった。
正確には心療内科と言うらしいここには、私達みたいな若い女性が多く、樺恋には少し意外だったみたいであった。
「意外と、いろんな人がいるものね」
「ストレス社会って言う位だから、ね」
すると看護師がやって来た。
「白瀬様ですね。では問診の方をお願いします」
様呼ばわり、されることに若干の違和感を覚えつつも問診に応えていく。
朝までよく眠れるか、とか食欲はあるか、みたいなものが多かったと思う。
応え方がよく分からなかったので、自由記述欄に色々と書き込んでおいた。
[中学からの友人に依存してしまい、寂しさから自傷行為をしてしまった]
我ながら思ったが、私はいわゆる「メンヘラ」なのではないかとも思えた。
「番号札7番の方、診察室にどうぞー」
恐らくは患者間のプライバシー保護の為なのだろうが、樺恋には番号で呼ばれる事がどうも気に障ったらしかった。
「まるで刑務所みたいね」
「あはは……」
「失礼、します……」
「どうもこんにちは。院長の中川です」
ネットで事前にチェックしているとはいえ、実際に会うとまた緊張する。
「こ、こんにちは……」
「はい、リラックスしてねー。では診察始めますね。えぇっと……ご友人に依存気味……なのかな?」
「はい……」
自分で書いたとはいえ、読み返されると恥ずかしかった。
「その……わ、私……友達と呼べる人が、一人しかいなくて……それで……」
横の方をちらっと見ると樺恋も思いつめたような顔だった。
「隣の方がご友人?」
「はい」
「じゃあ、一回真綾さんに聞くので一回待合室で待ってて下さいね」
「分かりました」
そう言って樺恋は出て行ってしまい、診察室のは私と院長先生だけになった。
「これでお友達に気を遣わずに話せますか?」
「……は、はぁ……」
「じゃあ、聞かせて下さいね。どんな所で真綾さんは『依存している』って思いますか?」
「その……一人で何も決められないところだったり……友達がいなくなっちゃうような感覚がして寂しくなったり……色々です」
気付くと涙が出ていた。
自分の傷口を自分で抉る作業をしているのだ、涙が出ても仕方ないだろう。
「よしよし……」
中川先生は優しく私の頭を撫でてくれた。
「きっと過去に辛いことが沢山あったのですね。でも大丈夫、これから少しずつ改善させていきましょう」
「はい。分かりました」
〈KAREN SIDE〉
私は一人、真綾のいる診察室を見つめていた。
追い出された訳では無いとは分かっていた。
(でも……)
どこかで私も不安だったのだろうか。
「ご友人の方、お入りください」
看護師に呼ばれて真綾と入れ替わりに診察室に戻る。
「……では、貴女についても色々と聞かせてもらいますね。真綾さんといて不安ではないですか?」
「不安、ですか?そういうのは感じませんが……」
噓をついていた。
実際、真綾の面倒を見る自分に価値を見出している節があるのだから。
「真綾さんがもし、貴女から自立した時、貴女はどうしますか?」
この医者は凄い、と素直に思った。
的確に的を絞った質問を投げかけてくる
「その……真綾は……」
それ以上答えられなかった。
「これが貴女の答えです。真綾さんが貴女に依存しているように、貴女も真綾さんに依存しているのです。一般的に『共依存』と呼ばれる状態ですね」
「きょういぞん……」
真綾に依存しているとは自分でも分かっていた筈だった。
ただ、私はただ、真綾の役に立ちたかっただけなのに……
「治療方針としては、カウンセリングを軸とした心理療法で行きたいと思います」
「……はい」
もう話を聞く気力も残っていなかった。
「じゃあ次回はこの日に真綾さんと来て下さいね」
日時の書かれた紙を渡されて、私たちの初診は終わった。
〈MAAYA SIDE〉
病院からの帰り道、私は泣いたからなのか少しすっきりした気持ちでいた。
一方の樺恋はどこか浮かばない表情をしていた。
「樺恋どうしたの?」
「……聞かないで」
「えっ……!?」
実際、樺恋が今どう思っているかなんて私に分かる筈もなかったが、私にはあまり良い方向には受け取れなかった。
「……私と真綾は『共依存』なんだって」
(なに……それ……)
よく分からなかったが、恐らくは病院で言われたのだろう。
「正直ショックだった。私は真綾の為を思ってたのに……」
「樺恋は私の事を好きなんでしょ?恋人なんだから何もおかしくないよ」
このままでは樺恋が離れてしまう……そう思った私は何とか繋ぎ止めようと取り繕う。
「……でも、これも真綾の為、なんだよね」
樺恋は顔を上げた。少し涙が浮かんでいた。
「うん。でも、樺恋には迷惑掛けないようにする、から」
少しだけ、ほんの少しだけ、前を向けた気がした。
〈KAREN SIDE〉
初診の日からしばらくは、真綾との関わり方について悩み続けていた。
真綾は本当に自立したいのか。
それが本当に真綾の為になるのか。
私は真綾の役に立っていたのか。
……悩めば悩むほど抜け出せない、負のスパイラル。
だが、このままの状態が続けば真綾にも、私にも良い影響は与えない事だけは分かっていた。
真綾の為には、私も頑張らなければいけない。
結局のところ、原因は私だったのではないのかとさえ思ってしまう。
私が真綾を可愛がる事で、私自身がどこか満たされるような感覚がしていたのもまた事実だった。
(……もしかして私自身、真綾の世話を焼く自分に酔っていたのかも……)
冷静に考えると、そのような気がしてきて急激に自己嫌悪の波が襲ってくる。
(……結局、私が一番『病んでた』のね……)
誰にも言ってなどいなかったが、私自身途轍もなく独占欲は強く、それでいて自分に自信はない。最低な人間。
(はぁ…………)
いずれこうなる運命だったのだと自分に言い聞かせる。
(あっ真綾!?)
駅ナカをあてもなく歩いていた時、真綾に似た人を見つけた声を掛けようとしたが当然、人違いだった。
(はぁ…………)
ここ何日か、ため息しか出ない。
(いっそのこと、真綾と一緒に居なくなれれば……)
考えてはいけないことを考えていたように思えて、益々自己嫌悪が激しくなる。
結局、独りぼっちなのは私だったのかもしれない。
〈MAAYA SIDE〉
月日はあっという間に流れて、次の診察日になった。
「はい、こんにちは。お変わりないですか?」
中川先生は変わらず優しい口調で、心身の変化を聞いてくる。
「そう……ですね、私はまだいいのですが……樺恋が……」
この二週間、私が思っていた以上に樺恋に「共依存」の言葉が突き刺さってしまっていたようだった。
その為か、ここ二週間あまり樺恋が関わってくれなかったせいもあり、私自身も不安定だった。
「まず一番は真綾さん自身なんですから、真綾さんの人生ですよ」
「は、はぁ……」
まだあまり理解出来ていなかったが、確かに私の人生だ、樺恋の為の人生ではない。
「今日、樺恋さんは?」
「一応、一緒に来てますが……」
「次からは、『真綾さんお一人』でいらしてみましょうか」
「え?……はぁ……」
中川先生の言う事は、理解はしているがいざ一人となると怖くもあった。
「これも適度な距離感を持つ為ですよ」
もっともな意見であった。
確かに今の私は何をするにも樺恋を頼ってしまっている。
少しずつ、樺恋から離れることも必要なのだろうか。
「……分かりました」
「前向きな返事でいいですね」
そう言われるのがとても嬉しかった。
〈KAREN SIDE〉
今日は真綾の三回目の診察日……だが、私は会社にいる。
今回からは真綾一人で病院に行く事になったからだった。
元々あの病院自体も真綾が見つけていたし、私に依存気味なのを真綾が気付いたことも本来は喜ばしい事なのかもしれない。
だが、私は少し複雑だった。
少しずつ私から離れて自立していく真綾を見ると、少し疎外感というのかどこか劣等感のようなものを感じていた。
病院に通いだして日に日に良くなっていく真綾と、どんどん孤立していく私。ひどく対照的だった。
(真綾……こんなに、愛してるのに……)
思えば私達は恋人同士だった筈、それなのに治療の為だとして引き離される運命。
「野口さん……どうしたの?」
入力作業の途中だったが、なぜか涙が流れていた。
「だ、大丈夫……です」
まるで少し前の真綾のような弱々しい返事をする。
「……お変わりはないですか?」
それから数日後、今度は私のカウンセリングの日。
「あまり……変化はないですね」
いい意味でも、悪い意味でもだった。
「そうですか、真綾さんとはどうですか?」
「最近は、真綾から連絡が来る事も少なくなりましたね」
「なるほど。それで樺恋さんが寂しく感じる事はないですか?」
「ありますが……真綾の為だと思って、何とか抑えてます」
一応カウンセラーには正直には言っているが、正確にはもう少し、毎日真綾が夢に出てきたり、街で似た人を見かけるとドキッとしたりはするし、その度に自己嫌悪に襲われる。
「そうなんですね……でも、ここからまだまだ人生長いんですから、改善させていきましょう」
はい、と弱々しい返事を返す。
(本当にこれまでの日々は、真綾の為になっていたのかな……?)
自問自答の毎日ばかり過ごしているが、いつかは私も変われるのだろうか。
〈MAAYA SIDE〉
今日で初診から一年になる。
この一年は、私にとっては色々と考えさせられる事の多い年だった。
樺恋とは毎日毎秒から二日に一回位には連絡のペースは落ちた。
もちろん最初はとても辛かったし、寂しかった。
このまま私は死んでしまうのではないかとさえ思った。
しかし世界は広いもので、樺恋以外にも気が合う人を見つける事が出来た。
具体的にはネットだったり会社の同僚だったりだが、思いのほか樺恋とは違った性格だったり、趣味嗜好が合いそうな人と仲良くするようにした。
よくよく考えれば、私は今まで趣味らしい趣味を持っていなかった。
きっと自分に自信がなく、趣味を持ってはいけないと自分で思っていただけだったのかもしれない。
私は前から気になっていた本を買ってみたり、前向きに行動するよう心掛けた。
これもまた、樺恋一人に気負わさせない為の中川先生のアドバイスだった。
最初は色々と戸惑いもあったが、次第に楽しさが心の隙間を埋めていってくれた。
気付けば自傷行為も止まり、性格も少しずつだが前を向けるようになった。
「人生のレールを引くのは貴女自身」とは中川先生の言葉だが、前みたいにはもうなりたくないとしっかりと自分で思っている。
それでもたまには、逆に樺恋の事が心配になる事もあるが、樺恋は樺恋で頑張っているらしい。
頑張る樺恋の姿を見ると、私もどこかエネルギーを貰えるところがある。
友人も沢山出来た今なら、もう寂しさも感じない。
一年前の私が見たらきっと驚くだろうか。
〈KAREN SIDE〉
真綾が「独り立ち」を始めてから、私も少しずつ変わりだした。
どうも私自身も幼少期のトラウマを抱えたまま大人になってしまったらしく、原因の切り分けには時間がかかった。
幼少期にあった、母親からのネグレクトによって満たされなかった私の心の空白を無意識のうちに、真綾を可愛がる事で満たそうとしていた……私はそう結論付けた。
そう気付いてからは、私も前からやってみたかった事……ヨガやランニングなどで体を積極的に動かす事でストレス解消を行うようにした。
また、昔習っていたピアノを再開してみたりと、とにかく日常を色々と「忙しく」してみた。
この方法は効果がすぐに出て、真綾のいない寂しさは次第に薄れて行った。
今は真綾とは会社で立ち話する位しか会わなくなった。
実際のところ、真綾とは恋人同士でもなんでもなく、お互いに寂しさを埋めあうだけの関係でしかなかったのかもしれない。
それでも、真綾は前よりもずっと楽しそうだし、私もどこか明るくなった気がした。
(これで良かったんだ……)
納得するまでに時間は掛かってしまったが、お互いにプラスになったとは思っている。
「おはよー」
「おはよう。早いね」
今では真綾同様に私も新しい友人が出来た。
多分これからお互い進む道は違うのだと思う。
でも、これがきっと私達の「ベストアンサー」だったんだと思う。
Fin.