3 孤児院の恋愛模様はドロドロです
「ジャック、ちょっといい?」
薪割りを終えて帰ってきたジャックに声をかける。
首にかけた手拭いで汗を拭っている。汗だくだ。煉瓦色の髪の毛も汗でペタリと湿っている。
「これ飲んで」
急いでお水をピッチャーからグラスに入れる。ピッチャーにはたっぷりのアップルミントの葉を浮かべている。
ここでは紅茶を飲めるのは、たまにお貴族様から寄進があったときくらいで、普段はハーブティーを飲む。孤児院の裏を少しいったところ、雑林の手前に庭があって、そこには雑草のようにはびこるハーブが幾種類もあるので、紅茶が飲めなくても問題ない。
ジャックはお湯で入れるハーブティーより、ミント水とかレモングラス水のような、すっきりした香りの水出しのハーブ水が好きだ。
「ありがと」
ごくごくっと一息に飲み切ったジャックからグラスを受け取る。
「もう一杯いる?」
「いやいい。で、どうした?」
グイッと口元を拭ってジャックが私を見る。
薪割りや水汲みのような力仕事を手伝い始めて三年。ジャックのヒョロヒョロの体に筋肉がついて、それから背も伸びた。
ジャックも私もまだまだ子供だし、二人とも痩せっぽっち。でもジャックが私には大人っぽく見える。なんだか悔しい気がするから、ジャックにはナイショ。
「ネモフィラさんとお話し出来ないかな、と思って」
「なんで?」
ジャックの目が鋭くなる。
「ネモフィラさんのことが知りたいから」
「なんで?」
ジャックがぐっと顔を近寄せてくる。眉を吊り上げ、口はへの字。ちょっと怖い。後ろに下がってしまう。
「院長先生とネモフィラさんが恋人同士じゃないかって話したでしょう」
「それがリナに何か関係あるのか?」
「関係あるかって言われたら…ないけど」
「じゃあダメだ」
断られてしまった。まあ予想はしてた。
ジャックは不機嫌そう。
「…なんでって思わない?」
「何が」
ジャックの目がますます吊り上がる。
「だって院長先生はもうおじいちゃん。ネモフィラさんは、多分、二十歳くらいよね?」
「うん」
「おじいちゃんと孫くらい年が離れてるのよ。ジャックだったら、ナタリーよりずっと年上の女の人とお付き合いしたい?」
「絶対やだ」
ジャックが顔を歪めて、ゲエッと舌を出す。うん、まあ普通はそうだよね。
「でも男の方が年上なのは、よくあるんじゃないか?」
なんだと。聞き捨てならんな。
「じゃあジャックは、私がレオンよりずっと年上の男の人とお付き合いしてもいいの?」
「ダメだ!!!!!」
ジャックが私の肩をガシッと掴んだ。痛い。あとツバが飛んできた。汚い。
「そういうことよ、ジャック」
肩を掴んでたジャックの手を払う。ジャックは「それはちょっと違うと思う…」と不貞腐れた顔をする。
「何が違うの?」
「…いやいい。年が離れすぎてるのはわかった」
渋々、といった感じでジャックが頷く。
「リナはネモフィラさんが心配ってこと?」
「うーん…。心配…。してないわけじゃないけど、気になるのはそこじゃないかな」
「何が気になるんだ?」
怪訝そうにしているジャックの目の前に、指を一つ立てて見せる。
「まず一つ目に、ネモフィラさんが修道女だってこと」
「うん?」
ジャックが首を傾げる。
「清貧・貞潔・従順。修道女は修道誓願しているはずで、ネモフィラさんは貞淑の誓願に背いてるかもしれない」
「…うん?」
ちょっと頷いたふりしてるけど、これはわかってないな。
「つまり、修道女に恋愛はご法度ってこと」
「なるほど」
どうやら納得してくれたようだ。
次に、ともう一本指を立てて見せる。
「二つ目。ネモフィラさんとルークさんが、ここの孤児院出身なこと」
「あー。そんなこと言ってたな」
ジャックと私が早くこの孤児院に慣れるように、と、以前ネモフィラさんがこの孤児院で育った話をしてくれたことがある。ルークさんとはそのときから一緒だと言っていた。
二人ともお世話になった孤児院に恩を返したくてここにいる、ということ。
その話を聞いていたとき、もちろん私は何もしゃべらず、黙って聞いていた。ジャックは「へー。そうなんですか」とか、適当な返事をしていた。だから深く話を掘り下げていない。子供の頃もここにいた、ということだけ。
「三つ目。ネモフィラさんがたぶん、お貴族様の血を引いてること」
「は?」
ジャックが目を丸くする。
「どういうこと?」
「これはただのカンだけど。たぶんね」
ネモフィラさんの髪は、平民によくいるブルネットだけど、目が淡い水色なのだ。
ジャックのヘーゼルの瞳も、アンバーとブルーとグリーン、ブラウンが混じり合ったような神秘的な色をしているから、根拠に乏しいけれど、平民は普通、濃いブラウンの目だ。他の色の場合、お貴族様の血が混ざっていることが多い。
ナタリーと同じ、真っ黒な瞳の私は例外。
ジャックの場合は、本当の父親がわからないから、もしかしたら、ということもあるかもしれない。だからジャックには言わない。
ジャックは髪の毛も煉瓦のような赤毛で、平民にはとても珍しい。これもジャックには伝えていない。
困惑しているジャックに四本目の指を立てて見せる。
「四つ目。これが一番気になること」
ジャックの目をじっと見つめると、ジャックが頷いた。
「院長先生は、この孤児院のお金を横領してる」