1 平和な家族は疑似家族です
私の父は約150年前の、この国の王様らしい。
母に聞いたとき、それ程までレオンが嫌なのかと思った。それにしても嘘が下手すぎじゃないかとも思ったけど。
我が家は四人暮らしだった。医者もどきのレオンと魔女の母と、ジャックと私。
レオンとナタリーは夫婦じゃないし、恋人でもない。
ジャックと私は兄妹みたいに育ったけど、血の繋がりはない。
ジャックはレオンの義弟。親子くらい年が離れてる。
レオンのお父さんの後妻さんが、レオンのお父さんとは違う男の人との間に作った子供らしい。複雑だ。
レオンのお父さんは、ジャックが生まれる前に亡くなっていたようで、複雑だけど、そこは重なっていなくてよかったな、と思う。
それからその後妻さんは、ジャックを生んですぐお亡くなりになったらしい。
ジャックの本当のお父さんは、わからないみたいだ。
私はナタリー(母と呼ぶなと言われている)と約150年前のこの国の王様との子供。
……うん。よくわからん。
まあ、とにかくレオンとナタリーの愛の結晶ではない。
あれ。なんで私達一緒に暮らしてたんだろ?よくわかんないな。
我が家のことを聞いたのは、私が4歳の頃。
「なんでレオンはお父さんじゃないの」
それがキッカケで、ナタリーがこのめんどくさい家族関係を幼児の私に説明しだして、よくわかんなかったけど、とにかく私達は家族じゃないんだな、と思って泣いた。泣きわめいた。
そしたら玄関の扉が割れた。
え、なんで?
物凄い音だったから、一瞬にして泣き止んだ。ビックリして固まってたら、ナタリーが片手を頬に当てて頷いてた。
「あら。やっぱりリナはあたしとレオンの子なのね」って。
いやいや。
ナタリー、私のことレオンの子じゃないって言ったよね。
何言ってんだこいつっていう顔をしてたんだと思う。たぶん。
そしたら、私はレオンの子供だけど、レオンの子供じゃないんだと言う。
うーん。本当に意味がわからないぞ。
つまり同じ名前の違う人なんだな、とそのときは思った。
約150年前の云々は忘れることにした。
それより突然扉が割れたことが衝撃だった。
あれ、私がやったんだろうか…。
おうち壊しちゃった、怒られる。4歳の私はぶるぶる震えた。
けれどナタリーは、手を叩いて大喜びしていた。
「さすがあたしとレオンの子!」って叫ぶから、ちょうど買い出しから帰ってきたレオンが、「あなたとの間に子はいない!」って真っ赤な顔して怒ってた。
ジャックは壊れた扉をツンツン突付いていた。平和だった。
そうやって四人で平和に暮らしてた。
レオンとナタリーはよく喧嘩してたけど、仲良しなんだってジャックも私もわかってた。
レオンはナタリーにはツンケンしてたけど、ジャックと私には優しかった。お勉強も教えてくれた。
ナタリーはよくレオンをからかって遊んで、私とジャックのこともからかってた。ナタリー、大人気ないな。
あと私が、ビックリしたり、すごく怒ったり、どうしようもなく悲しくなったりしたときは、ギュッと抱きしめてくれた。
感情が昂ると危険だから、まだ外には出ないように言われてた。
なぜなのかと聞くと、ナタリーはキョロキョロとあたりを見回して、レオンの顔を見た。
ナタリーと目があって、顔をしかめたレオンを横目で見ながら、ナタリーは魔女の力だと言った。
「この力は悪い力なの?」
レオンが顔を反らしたから不安になって、ナタリーの上着の裾を握って、ナタリーを見上げた。
ナタリーはしゃがんで、私と視線を合わせると、ニッコリ笑った。
「とても素敵な力よ! レオンとあたしの力!」
「そのレオンは僕じゃないけど、リナの力は僕も素敵な力だと思うよ」
不安がった私に気づいたレオンが、ナタリーの隣りに並んで、私の頭を撫でてくれた。
ナタリーがそんなレオンを見て、ふふん、と口の端を上げた。
ジャックが「オレもリナと同じ力が欲しい!」ってベソをかいた。
そんな毎日。
そうしたら突然、平和な日常にヒビが入った。
突然、身体の大きな男の人達に家の外が囲まれた。
顔が見えないフードのついた、黒っぽい服を着て、腰に剣を下げたその人達は、無理やり家に押し入ってきて、そのうちのリーダーみたいな人が集団の後ろから出てきた。
偉そうな人が、ぐるっと家の中を見渡した。
「我が名は、フランクベルト王オットーの息子、ユーフラテス!」
偉そうな男は、そう名乗った。
「魔女ナタリー・キャンベルよ。王子の権限を行使し、貴様を反逆罪で捕える!」
王子だとかいう人が叫んだ。
それから、真っ黒で大きい熊みたいな男の人達が、家の中をめちゃくちゃにして。
ナタリーが突風を起こしたり、大きな雹をいくつも落としたりして。
レオンがナタリーを背にかばって。
私はただもう、怖くて。
動けない私をジャックが引っ張っていった。
ジャックと一緒にクローゼットに隠れて、ガタガタ震える私をジャックがギュッと抱きしめて、ジャックも震えてた。
リーダーみたいな人のかぶっていたフードが外れて、その人はくすんだ金髪の王子様みたいな見た目をしていた。
その人は、眉間に深いシワを寄せて、ナタリーをつかまえようとして。
「やだやだやだやだやだやだやだやだぁぁぁぁぁ!!」
体を丸めて頭を抱えて、ジャックに抱きしめられながら、大声で叫んだ。
目の眩むような、真っ白な強い閃光が当たり一面広がって、レオンとナタリーとジャックと私の大切な家は崩壊した。
パーン、という大きな破裂音の中、何かが焦げたような、ジュッと嫌な音が聞こえた。色んなものが壊れていく中で、小さな音だったけど、いくつも聞こえた。
ナタリーとレオンがジャックと私の名前を呼んだ気がした。