勇者のおみやげ
五人の女神により、保たれている世界。
しかし、世界に満ちた不浄によって数百年に一度、魔王が現れる世界。
魔王を倒し、浄化できるのは女神だけ。
けれども女神は制約により直接力をふるうことができない。
女神はその不浄を浄化するために魔王を唯一切り裂ける神剣を作り、人に与えた。
神剣を手にした者は勇者と呼ばれ、その側には女神の依り代となる巫女が常に寄り添った。
勇者は神剣により魔王を切り裂き、巫女は女神の力で不浄を浄化する。
これが、長きに渡り続くこの世界の歴史である。
魔王が倒されると世界が変わる。という言葉がある。
もう何百年も前のある有名な神官の言葉らしいが、よもやそれが本当であることを自分自身で経験しようとは。
朝焼けの空に降り注ぐ白い光に感動しながら、わたしはほうっと息を吐いた。
「よくやったわね。ロヴィン」
遠く、魔王を倒したはずの幼なじみに向かって。
わたしがその幼なじみに出会ったのは、たぶん生まれてすぐのこと。
両親同士もまた幼なじみで、ちょうど同時期に子供を授かった、ときゃっきゃうふふしていたらしい。
どうでもいいけど。
ついでに言うと、生まれてから性別が向こうが男、こっちが女だったから、あわよくば結婚させようとしてたらしい。
どうでもい……よくないけど。
そっちはうちの父親が「うちの娘はそう簡単にはやらーん!」と阻止した。
うん、今思えばいい判断だったと思うよ。お父さん。
なにせその幼なじみ、奴はとても手がかかるやつだから。
どう手がかかるか、というと。
「お前のかあちゃん、でべそ!」
とからかわれれば。
「お母さんはでべそなの?」
とおばさんに本気で聞いて怒られ。
「真夜中に鏡を覗くとお化けに食べられちゃうぞ」
と言われれば、真夜中に起き出して鏡を叩き壊し。
町はずれにある大木の下には死体が埋まってて、毎日花を置かないと幽霊が出ると聞いて毎日献花しに行ったり。
聞いてわかるように、奴はなんでも真に受ける。それを生真面目に実行するのだ。
よかれと思って。
でもまあ、これだけならまだかわいい方だ。
まだこの先に比べたら、全然、ほんとに先っちょの先。
ロヴィンの本当の問題はそれじゃない。
いや、根っこは同じなんだけど。そうじゃないんです。
あれは十歳の時のこと。
ロヴィンは当時町の子供の中でもそこそこ顔がいい方で、神殿が無償で行っている児童学校の女子からかなりの人気があった。
女子の危機的状況に助けに入るのは当たり前。運動神経も抜群。勉強も出来る。性格も素直で人当たりもいいとくれば、将来有望物件である。
そりゃ食いつく。
そんなわけで、日々水面下での女子同士の牽制をくぐり抜けた勇者が告白に辿り着くのだが。
「ロヴィンくん。好きです。つきあってください」
彼女は男子から見て、とても可愛らしい女の子だった。
ふわふわの金髪。顔立ちはとても整っていたし、はにかんだ笑顔は同年代だけでなく年上年下関係なく魅了した。
実際、彼女に告白する人間は少なくなかった。
けれど、彼女の答えは全て「いいえ」だ。
その彼女がロヴィンに告白する。
しかもそこそこロヴィンとも仲が良かったものだから、これは、と周囲の期待度は高かった。
誰もがその様子を固唾を呑んで見るような一大関心事だったのだ。
そしてロヴィンの返事は。
「うん、いいよ」
にっこりと笑みを浮かべての了承だった。
彼女は「本当?」と嬉しそうに頬を紅潮させる。
だが、問題はここで発生した。
にこやかに、かつ真面目にさわやかに、奴はこう言ったのだ。
「それで、どこにいくの? あ、でも、今日はアリエルの家に呼ばれてるからあんまり遅くなれないんだ。時間がかかるようなら、明日でもいい?」
「……え?」
彼女は目が点。
完全に斜め上の展開だったに違いない。
見ていた側もびっくりしただろう。
わたしもロヴィンの初彼女になる子かもしれないと期待して見てたから、呆気に取られた。
いつもなら「何言ってんの!」と頭をはたくとこなんだけど、この時は何も出来なかった。
それくらい予想外だったのだ。
「あ、そうだ。よかったら君も一緒に来る? おばさんの料理はとってもおいしくて――」
ロヴィンの台詞はこの後もまだまだ続いたが、彼女の耳には届いていたかどうか。
かわいそうなことに、彼女はこのあと泣き出して、走り去ってしまった。
取り残されたロヴィンは「僕、なにかした?」と本気で首を傾げていたんだからたまらない。
このあと、我に返ったわたしは当然奴を締め上げた。
その上で謝罪に行かせたんだけど、さらに斜め上の出来事が待っていた。
それは女子全員から敵対認識。
どうしてかって?
そりゃ、奴が自分が謝罪しに来た理由の中に「アリエルの言うことは絶対だから」っていうのを入れたからだよ。ちくしょう。
確かにそれまでも散々、ロヴィンの言動で呆れたり、怒ったり、言い含めたりしてきたさ。
ロヴィンの両親も、自分の子供の間の抜けた言動に「アリエルちゃんの言うことはちゃんと聞きなさい」って言ってたのもしってるさ。
けど、だからってそれを告白した相手に言わないよね。普通。
結果、ロヴィンを支配する悪い魔女として認識されたわけですよ。
おかげで気の抜けない学校生活でした。
椅子に糊、物は隠される、扉開けたら上からバケツが落ちてくる、倉庫に閉じこめられる等々、今思い出してもよく切り抜けたな。わたし。
……それはともかく、まあ聞いてわかるように奴はこれが本気である。
そんな奴が、だ。
ある日突然に勇者だという神託を受けたのだから驚いたのなんのってない。
そして同時に聖女として選ばれた子は同じ町の目立たない女の子。
え、わたし?
なんの取り柄もない善良な一般人ですよ。
異論は認めません。
ま、聖女に選ばれなかった同じ年頃の子たちはぎゃーぎゃー喚いてたけど、聖女ってそんなにいいものかね。
めんどくさいだけだと思う。
だって、あの素直すぎて突っ込みどころしかない奴が勇者だし、勇者と聖女はセットだ。
ちなみに勇者がいるってことは魔王もセット。
うん。めんどくさい。
生き死にがかかってるとこに行きたくないのもそうだけどさ。
勇者はあのトラブル生産機なロヴィンだ。
そんな奴と四六時中一緒にいたらどうなるか想像に難くない。
魔王倒す前に精神力が死ぬわ。
聖女とか無理無理。
そんなわけで、わたしはロヴィンを快く旅に送り出すことにした。
「いってらっしゃい。おみやげよろしくね」
そんな言葉で。
それから――
魔王が現れて治安は悪くなった。
普通の動物たちが凶暴になって姿形が変貌して人を襲ったり、物流が滞って盗賊や山賊が増えたり。
ただ、うちの町は勇者と聖女誕生の地だからか、他のところより優先して国の軍隊が常駐したり、物流も途切れたりはしなかった。
ま、そうだよね。
故郷が潰されて勇者と聖女のやる気がなくなっちゃ意味ないし。
だからうちの町は比較的平和ではあった。
でもだからって嫌な話がないわけじゃなかった。
どこそこの村が襲われて滅んだとか、どこかの国が滅亡したとか、そんな話もたくさん聞いた。
力のない自分たちは祈るしかないこともわかってた。
だからわたしたちは待った。
勇者が。
ロヴィンたちが、魔王を討ったという知らせを。
そして勇者と聖女、ふたりの旅立ちから三年後。
魔王が現れてから徐々に薄暗くなっていた空が白い光に包まれたのはちょうど、ロヴィンの十八歳の誕生日の朝だった。
ぶっちゃけ、それはそれは感動的な日だったと思う。
あのロヴィンがやったんだな。と自分がしたことでもないのに誇らしくなったし。
けど、けどさ。
魔王が倒されて王様に表彰されたりとか、王女さまとの婚約がどうのとか、いろいろとややこしそうなあれこれが終わって故郷に凱旋。
町をあげてのお祭り騒ぎで家族も三年ですっかりたくましくなったロヴィンを見ておいおい泣いて。
すごく感動的な物語を見た気分だったのに。
久々の幼なじみの対面でいきなりこれはないだろ、ロヴィンさんよ。
「あ。アリエル。はい。お土産持って帰ったよ」
そう言って差し出されたもの。
それは。
「はじめまして。僕はルース=ルーヴェン=ルイースです。君がアリエルだね。よろしく」
めっちゃ美形な男の子。
背はわたしより少し高いくらい。年はたぶんわたしより下。
銀色の髪に純粋そうな青い瞳。そして魔法使いっぽいローブ。
この町の男なんぞ足下には及ばない洗練された仕草。
あと名前。めっちゃ長い。まつげも長い。
って。
うん。おちつこう。
確かにわたしは、勇者として旅立つ奴におみやげをよろしくと言った記憶がある。
だがしかしロヴィンの頭は大丈夫なのか?
「だ、誰が人間をみやげとしてもってこいと言ったかぁぁぁぁぁ!」
わたしの叫びが町中に響き渡る。
ああ、なんだか懐かしい。
ロヴィンが勇者になる前もこうやって怒鳴っていた気がする。
頭の隅で懐かしさを感じつつ、わたしはこの先の人生に思いをはせた。
これ、絶対にアウトなやつだ。と。
何年も書きかけ状態で放置されていたものを掘り起こして短編としてまとめてみました。
そしてこういう主人公のほうが一人称では書きやすいこと気づく。
難しいですね。