知らされた真実
こちらの笑い声が聞こえているのかいないのか、部長が手にしたタブレットを男に渡す。簡単な使い方が表示されているアレだ。その様子を見てダーツが手元の端末を操作する。スクリーンの映像が六つに分かれる。いろいろな角度からの両側の四つがいろいろな角度からの映像。中央上下二段が部長のタブレットとあちらのタブレットの画面表示。
んー、それほど難しいことは書かなかったはずだし、少なくとも前世の時代にはタブレットもあったし、大丈夫だと思うんだが……そう思って『使い方わかります?』と送ってやった。
男は、部長が見せているこちらの画面を眺め……手元でタブレットの操作を始めた。リアルタイムの表示しなかったので、何を書いているのやら。そして、ピピッという受信音と共にスクリーンの画像が切り替わった。
『これで送れてますか?』
「お、来た来た。何て書いてあるんだ?」
「これで送れてますか?って」
「よし、それじゃあ……大丈夫です、と送ってくれ」
ダーツに言われた通りに書き込んで送信。スクリーンの向こうでは三人が顔を見合わせてうなずき合っている。まあ、こんな宇宙の彼方で日本語が通じるとは思っていなかったんだろう。
「よし、とりあえずこっちから自己紹介をしておこう。この文章だ」
ダーツが手元のタブレットの文章を見せる。皆がのぞき込み……サラサがぽつりと呟く。
「ダーツ……ラスティにはまだ読めない字があるよ」
「あ、すまん」
サラサが読み上げてくれた通りに文章を書き入れていく。ただ単にタブレットを持っているのがこの一回目の会合(?)の責任者だと言うこと。両側二人はただのアシスタント。そして三人とも日本語は全く理解できないが、タブレット越しに理解できる者がいて、この会話の通訳をしている、と。
三人が文章を読み、何やら話し合っている。向こうの音声も拾っているのだが……日本語が聞き取れない。音としては聞こえいているんだが、意味のある音に聞こえない。多分耳の構造が変わったりとか、聞き慣れなくなったからだろうな。
話し合いの結果が出たのだろう、男が文章を送ってきた。
『初めまして。まずは我々の宇宙船を回収しただけで無く、このような場を設けていただきありがとうございます。私はこの宇宙船の船長、山本啓介です』
『我々は地球という星にある日本という国から来ました。目的は移住可能な惑星を探すこと。正確に言えば移住のための先遣隊です』
ダーツに意味を伝えると、部長と返答内容を検討しているようだ。ある程度のパターンを想定しているはずだが、どのような応答をすべきかを詰めているんだろう。
そして、日本人であることが確定。だが、移住可能な惑星を探すとはどういうことだろうか。開拓精神?あまり日本人が持ち合わせていない考えだと思うんだが。
そんなことを考えていたら、ダーツから返答の指示があった。内容を聞いて……こっそり自分の質問も混ぜてしまうことにした。
『いくつか質問させていただきます。地球からここまでどのくらいの時間が?移住可能な惑星を探す理由は?先遣隊とはどういう意味?宇宙船には五人乗っているようですが、あと二人は今?』
質問多過ぎ。だが、山本さんは丁寧に答えてくれた。
『地球からは七十二年かかっています。コールドスリープを使い交代でここまで来ましたが、燃料その他の関係でそろそろ限界が近かったので助かりました。移住可能な惑星を探す理由は……話すと長くなります。あと、二人は中で休んでいます、呼んできましょうか?』
七十二年か……長いと言えば長いが、宇宙の単位では短いな。
『事の発端は、地球に小惑星群が飛来すると言うことがわかったからです。観測の結果、人類のみならず、生物の生存はほぼ絶望的と言うことが判明、他の星への移住を検討となりました。そして実際に移住する人々を乗せた宇宙船に先行しているのが我々の宇宙船です。移住可能な惑星を見つけたら信号を送り、誘導するということになっています』
とんでもないモノぶっ込んできたな。ダーツと部長の会話はヒートアップしっぱなし。いろいろなパターンの中でも厄介な内容だったのだろう。待たせるのもアレだし、雑談でもしておくか。
『少し、検討をしていますのでお待ちください』
『いえ、構いませんよ。突拍子も無いことばかりでしょうし』
『ところで、小惑星群が飛来、と言うことですが』
『はい』
『何年頃なんでしょうか?』
『えっと、西暦でいいのかな?』
答えてくれたのは俺の生きていた時代から約百年だった。それで宇宙に飛び出しちゃうとか、科学の進歩というか、意地?ってすごいな。
ちょっと感心しながらふとスクリーンを見る。ちょうど山本さんの手元が写っていた。左手に……アザ?
『あの、失礼ですが』
『何でしょう?』
『その左手のアザ』
『ああ、これは生まれつきです。別に怪我とかじゃ無くて、痛いとかそう言うのは無いんですよ』
必死に記憶をたどる……たどる……
『えっと、松田良介と言う名前に心当たり、ありませんか?』
『祖父が確かそんな名前でした。小さい頃に亡くなったのでもしかしたら違うかも知れませんが』
前世で娘が結婚した相手の姓が松田。良介は孫の名前。そして我が家の家系の左手のアザ……山本さん、俺の玄孫だった。
『どうかされましたか?』
『いえ、何も』
まあ、孫が生まれていたのなら、幸せな人生を送ったんだろう。多分娘もきっと。
「ラスティ」
「ん?何?」
「返事を書いて送ってくれ、内容は……」
ダーツと部長の話し合いは何とか終わったらしく、文章を書いていく。内容は色々だが、まずは今の格納庫暮らしからの脱出。もう少し細かく空気の状態を調整したりするのと、食料をどうすれば良いかを決めたいと言うこと、等。食料に関しては割と厳しい状況が近づいていたらしく、大いに盛り上がったのだが……結局の所、地球と同じ物がこの星にあるわけでも無く、連合の他の星で探すとしても時間もかかる。とりあえず、持ち込んだ食料をサンプルとして提出してもらい、それを再現する、と言う方式になった。コストがすさまじいことになるがやむを得無い。とは言え、再現しながら分析を進め、類似の物が無いか探すことにして、とりあえず一回目の会合は終了となった。
部長としてはもっと色々と決めたかったようだが、俺が限界だったのだ。筆談で三時間、結構きついんだな。
その後、どうなったかというと、一度帰宅することになった。わずか三時間の会合だったが、俺の頑張りもあって情報量は比較的多く、宇宙船の五人もとりあえず生命の危機は脱することが出来る見込みが立ったからである。もちろん、他にも色々と検討しなければならないが、今日はお開きになった。行きと同様、専用シャトルに乗って地上に戻り、駐車場で車に乗り込むと、ダーツとはここでお別れだ。そう、色々と仕事が増えたのでステーションへとんぼ返りだ。
「三日以内に連絡をするから」
「わかった」
「体に気をつけて」
「おう」
そんな感じで家に帰った。