ファーストコンタクト
二人を見送ると……暇である。
幸いこの部屋にも窓があり、外を眺めることが出来るので覗いてみる。惑星側では無く、宇宙の方を向いているので、星がよく見える。こちらでも「星座」と言うものはあり、地球同様にいろいろなお話がついている物も多い。だが、星座の数自体は五〇と、地球に比べると少ない。これは連合の中の他の惑星と比べても少ないらしい。なぜか、と言う疑問を今まで聞けずじまいだったが、今なら聞ける。
「マーティ、どうしてこの星から見える星座は少ないの?他の星だと百以上あるところもあるって、聞いたんだけど」
「ん?それはね、星の周囲の暗黒物質が多いからよ」
「ダークマター?」
「そ。まあ、カールが行くような学校でも教えるかどうかってレベルの物質ね。何で出来ているかというと……」
うん、ゴメン。全然理解できない単語が並び始めた。簡単に言うと、この星、というか恒星系は周囲の光を通さない――というか吸収してしまう――物質の密度が高く、他の星の光が届きにくいところが多いので、見える星の数が少なくなり、星座自体も少ない、と言うわけだ。
と言うか、そろそろ機嫌良く饒舌に説明するマーティを止めないとね、とサラサが声をかけた。
「マーティ」
「何?」
「さすがにラスティには難しすぎるわよ、その話」
「……ゴメン、ちょっとテンション上がってた」
知ってた。
ちょうどそこへアルバートとダーツが戻ってきた。もう一人、見たことが無い人を連れて。多分、この人が部長だな。
背の高さはアルバートと同じくらいだから、かなり長身。髪は緑、肌は青、目は赤。性別を判断するのは無理だった。
「紹介する、ヘンリー部長だ……マーティもサラサも面識はあったな」
「ええ、そうね。何年ぶりかしら」
「ニムが生まれてすぐくらいだったかな?」
「お二人ともお元気そうで」
軽い挨拶が交わされ、部長がこちらへ向き直る。
「君が、ラスティかい。よろしくな」
そう言って手を差し出してくるので、「はじめまして」と握り返す。
「さて、何からどう話した物か」
部長が全員に座るよう促し、自分は部屋の隅の丸椅子を引っ張ってきて腰掛けて話し始める。宇宙船の五人の現状……とりあえず、格納庫内を自由に動けるようになったものの、それ以上は動けず、結局宇宙船の中で大半を過ごしていると言うこと。たまに出てくるときの表情からは読み取りづらいが、このままでは彼らの持っているであろう食料が尽きるであろう事、等々。
そもそも閉じ込めている理由は簡単で、この星の空気、ひいてはステーション内の標準空気は地球人には合わない。温度はほぼ問題ないようだし、重力もわずかな違いしか無いが、酸素の濃度が地球に比べると低すぎるのだ。また、窒素以外にもいろいろ――多分地球人には有害な物が――含まれているので、とてもじゃないが地球人はこの空気の中で生存不可能だ。
そこでどうするかというと、彼らが何のために宇宙を飛んで、というか慣性のままに漂っていたかを確認し、できる限りのことをしたい。これが部長の、というか政府の方針なのだが、彼らとコミュニケーションをとる方法が無く、ほとほと困っていたのだという。
地球でも言語の違いというのは大きな壁になる。何か共通の言語から派生した言語同士ならばなんとなく通じることはあるとしても、例えば日本語と英語では物の名前から主語・述語の順序等、色々と違うので、通訳とか翻訳とか言った物が必要になる。地球という同じ星の上ですらこれである。別の惑星同士だったらどうなるか。惑星連合に属している星同士ですら、言語翻訳の機械化、精度の向上には何十年という単位で取り組んでようやく、と言う形らしいから、地球人の言語となると……五人が生きている間に意思の疎通が出来るかどうかは、かなり分の悪い賭けと言える。
そこで、俺、だ。どの程度通じているかは不明だが、一応はこちらの意図が通じているのは明らか。どうにかならないかと、藁にもすがる思いという奴で呼び寄せたというわけである。
「簡単でもいいから何か……うん、何でもいいから話をしてほしい。何でもいい。極めて独善的な考えだが、見殺しにしてしまうには忍びないんだ」
部長、悲壮感漂いすぎです。
協力するのはやぶさかでは無いが、どうやって……と思っていたら、その辺は抜かりなく準備をしていたとのことで、色々と説明してくれた。
まず、格納庫内へ入るのは部長と他二名。中の空気の関係でこちらが宇宙服着用で入る。そして、大型のタブレットタイプの端末を渡し、筆談形式でコミュニケーションを図る。筆談の相手はもちろん俺。俺の横ではダーツが待機し、筆談の内容の確認、返事の指示などを出す。残念ながら俺は映像越しでしか彼らを見ることは出来ないが、最初としてはそんなもんだろう。
準備は出来ていると言うことなので、こちらから何を伝えればいいのかを聞く。それと出来れば伝えない方が良いこと等の注意点。と言っても、細かいフォローはダーツがするし、筆談という性格上、会話のテンポは遅いので困ることもなさそうだ。
では早速、ということで部長が持参していたバッグから大きなタブレットを取り出して渡された。これを使って筆談か。前世の小学校で使っていた画板を思い出すレベルのサイズだ。ちょっとだけだが、普段使っている端末とは操作が違うと言うことで説明を受ける。半分聞き流してる感じがするが、困ったらダーツがフォローしてくれるだろう。
そのダーツはと言うと、壁のスイッチを操作して、窓の反対側の壁にでかいスクリーンを出している。格納庫内の映像をここに表示するのだろう、と勝手に想像。どこかへ移動するのかと思ったが、秘密保持のために移動は最小限にするつもりらしい。
「では、そろそろ準備をしてくる、任せたぞ」
「はい」
ダーツにそう言い残して部長は部屋を出て行った。
「よし、こっちも準備OKだ」
「おおー」
スクリーンに例の宇宙船が映し出された。扉は閉じられており、外にいる者はいない。が、格納庫に取り付けられているディスプレイにこちらから文章を表示しておくことになっている。ダーツに言われるまま、文章を手書きしていく。日本語で。
「お待たせして申し訳ない。短時間ではありますが、話をさせてもらえませんか。この中の空気は、私たちは適応できないので、宇宙服で対応させていただきます」
送信、とした次は、彼らに使ってもらうタブレットに表示する文章を書いていく。指でなぞれば線が描ける――文字が書けること、全部消す操作があることを書いておく。実際にはもっと細かく、線の太さを変えたり、一部だけ消したり、と言う操作ができるが、細かい説明は今はいいだろうと言うことで、送信っと。
後は待つだけだ。いつ出てきてもいいように、部長は格納庫の近くで宇宙服を着込んで待っているらしい。空気ボンベも背負うタイプだから結構重い上、ステーション内では不要と、温度調整は切ってあるらしい。「あれ、蒸し暑いんだぜ」とはダーツの言。
ただ待っているだけだからと、サラサとマーティは勝手に飲み物の用意を始めた。俺は、自分のタブレットを操作して、星座の情報を呼び出して、実際の星空と見比べたりし始める。普段は夜更かしできないし、住んでいるあたりが都会なので星空に縁が無いのだ。いろいろな星を表示して、実際の星空と見比べて……うん、地球で言うオリオン座とかさそり座とか、シリウスとかベテルギウスとか頑張って探してみたが見当たらない。星の位置とか角度の関係で見えないのか、そもそも見えないのか。
そうだ、一つダーツに聞いておきたいことがあったんだ。
「ダーツ、一つ……いや、二つかな、教えてほしいことがあるんだ」
「何だ?」
「二年前に飛んできた物と、今回の宇宙船なんだけど」
「二年前……ああ、あれか。あれがどうかしたのか」
「それぞれ、どのくらいの速度で飛んでいたのかなって」
「速度か……ちょっと待ってろ」
ダーツがすぐに自分の端末を操作して教えてくれた……が、単位が難しすぎてよくわからないので、必死に換算した。そして、その数字を見たとき、二年前に確認しておくべきだったと後悔した。
ボイジャーの速度は光速の約五%、宇宙船の速度は光速の約十%だったらしい。
換算が間違っていたのかと見直すが、間違いは無さそう。ついでにダーツにも聞いたが、合っているようだ。
この速度には二つの意味で驚いた。一つは予想以上にとんでもない速度だと言うこと、もう一つはこれ以上の加速をするための機構の無いボイジャーがどうやってそんな速度に加速したのかと言うこと。
そして、光速の五%と言うことは例えば地球まで四光年の距離だとしたら……途中の加速にかかる時間を考慮しても百年程度と言うことになる。そして宇宙船は……数十年という単位でここまで来たのだろう。
と言うことは、それほど時間は経っていないのかも知れないな。可能性は極めて低いが、娘や孫も生きてるのかもしれないな……五十年経ってたら厳しいか?
だが宇宙船はともかく、既に加速するための機構が機能していないはずのボイジャーはどうやってそんな速度まで加速したのだろうか?
「スイングバイ、じゃない?」
「あり得るな」
ふと口にした疑問にすぐ答えたのはマーティだった。スイングバイか。重量の大きな星、例えば地球とか月でも可能なんだが、軌道を正確にコントロールすると、星の重力を使って加速できる、と言う航法で、俺の時代でもいくつかの衛星がその方法で加速して遠くまで進む速度を得ていたはず。しかし、そのためには地球からの打ち上げの日時や速度、角度などを精密に計算する必要があったはず。仮にボイジャーがスイングバイで光速の何%という速度にまで加速したというのなら……相当な幸運だ。文字通り天文学的な確率の。改めて思う、よく頑張った、と。
と、しみじみ考えている横でマーティがやや興奮気味にマーティとダーツがスイングバイについて熱く語り合っていた。もう少し静かに出来ない物かと思う反面、あまり家ではこんな光景を見たことがないので、ちょっと新鮮だ。ブラックホールによるスイングバイ、とかという物騒な単語が聞こえたが、気のせい……か?
そんな様子を見ていたら、壁のスクリーンからポーン、と呼び出し音が鳴る。宇宙船のドアが開いたようだ。
「っと、おしゃべりはここまでだな。ラスティ、準備はいいか?」
「ん……うん」
「よし」
ダーツが仕事モードの顔になって俺の所に来る。手元で端末を操作すると、部長の声が聞こえてくる。
『用意はいいか?』
「大丈夫ですよ」
『とりあえず、五人の反応を見よう』
宇宙船から降りてきたのは一人だけだった。黒髪、黒目の三十代の男性。典型的な日本人顔だった。スクリーン上は、そのままこちらに向かってくるように歩いてきた。こちらから表示しておいたディスプレイの文章を読みに来たのだ。まあ、宇宙船の中からも確認できたのだろうけど、念のためだろうな。
男性はしばらくアゴに手を当ててふむふむと考え込むような感じ……と思っていたら、踵を返して宇宙船の中へ。一応意見を確認に言ったんだろう、と思う。
しばらく見ていると、宇宙船から出てきた。うん、どうして左のほおが赤く腫れて、髪がボサボサになっているんだろう。よく見ると右目の周りもあざになっている。何があったんだ。
満身創痍と言ってもいいような男はディスプレイの前に来ると、両手で大きくマルの形を作った。了解したようだな。ダーツに伝える。
「部長、向こうは了解したようですよ」
『わかった、中に入ると伝えてくれ』
「ラスティ、今から中に入る、と書いてくれ」
「はい」
言われるままに、タブレットに指を滑らせる。書き終えたところで送信、と。
向こう側は……なんかちょっとびっくりしたような表情で、アタフタしている。いや、心の準備はしとけよ。慌てて宇宙船の方に声をかけている。中から男女が二人、出てきた。最初の男性より少し若いな。
『入るぞ』
部長の声と同時に格納庫内が少しだけ明るくなる。さらに慌てる男性と、ちょっと警戒したような感じの男女。
ま、気持ちはわかる。宇宙服で対応します、と書かれていても、実際見ると結構ごつい感じの服だし、中に入った部長含めた三人は、結構いい体格なので少し威圧感があるかな?慌てて、「安心してください、ちょっとこの三人、体格がいいので怖いかも知れないけど、小動物とか愛でちゃう感じの人たちです」と書いて送信した。三人は内容を見て少し安心したようだ。皆に「何て書いたんだ?」と聞かれたので、機転を利かせてこんなことを、と言ったら爆笑された。
「部長、あの顔でオカピナ飼ってるんだぜ」
「マジで!?」
ダーツが言うオカピナは地球で言うところのハムスターのような位置づけのペット。お子様世代に大人気。まあ、和やかに始められるならそれでいいじゃ無いか。そう思うことにした。