ちょっと無理のある言い訳
「さて、どこまで話したっけ」
シャトルが離陸し、高度を上げていく中、ダーツが切り出す。
「ラスティが描いた絵、それと中から知的生命体が出てきたって所か」
「そうだったな、それから……」
とりあえず、宇宙服無しでも出られる状態になったと言うことで、ステーション内は大騒ぎである。ダーツもまさかここまでうまくいくとは、と驚きを隠せない中、部長に呼ばれた。理由はもちろん、事情の説明である。だが、どうやって説明すればいいのか……
「部長、実は……ある人物から『これを試してほしい』と言われ、試してみただけなのです」
「ほう、ある人物……試してみてほしい……か」
「ですが、いろいろな理由から、秘密にしてほしい、と」
「いろいろな理由?」
「ま、そこは聞かないでください」
「ん、わかった」
「ありがとうございます。ではこれで」
「待て」
「いや、あの」
「その人物が誰だとか、秘密にしたい理由とかはいい」
「はい」
「知りたいのは一つだけだ。もっといろいろなコミュニケーションが可能かどうか、だ」
「そこは、本人に聞いてみないことには。この調整も本人も『多分』という感じでしたから」
「わかった。それじゃ一つだけ質問を追加だ」
「何でしょう」
「その人物の秘密を守ると約束したら、ここに連れてくることは出来るか?」
「ここに……ですか」
「お前が心配する理由はわかる。状況が特殊だからな。だが逆に、この状況だからこそ、情報統制がしやすい部分もある。なんとしても上にかけ合って、秘密を守り通すことを約束する。どうだ、連れてきてくれないか?」
ふむ……と、ダーツは考える。この部長、どういうわけか就任以来、トラブル続きの苦労人だ。トラブル、と言っても、設備の故障――まあ経年劣化による物だが――とか、入港直前の定期船内で産気づいた乗客がいて、大騒ぎになったりとか、部長自身に原因がある物は無い。単にそう言う事件を引き寄せるような星の下に生まれた、と言う奴なんだろう。しかし、そうしたトラブルにおいても、冷静に状況判断を下し、的確な指示を出す。結果、今まで一人も人的被害を出していないどころか、組織の問題点を洗い出し、改善に取り組んで成果を上げている、結構尊敬できる人物だ。おそらく今回も、「上にかけ合う」と言うからには、しっかり筋を通すだろう。
「では……」
ダーツはいくつかの条件を提示し、部長は全て承諾した。極力誰にも会わずにステーションに移動できるようにすることもその一つ。そして、この後も部長の他は、防衛管理部の責任ある立場の数名以外には一切会わないと言う情報統制を要請し、部長も承諾した。
例えば、このシャトルも規程通りの操縦士三名の他は誰も乗っていない。さすがに操縦士無しではシャトルは飛ばせないが、人員は厳選。経験年数、人柄その他を考慮して選び抜いた者達だ。そしてその三名も、緊急の事態でない限りはダーツ以外とは顔を合わせない予定だ。しかも、通常は客室内の安全確認のため動作させているカメラも止めている。
「いつまでも秘密を守り通すことは難しいだろうことは十分承知している。だが、それ以上にあの宇宙船の五人をどうにかしてやりたくてな」
ダーツの言に親たち三人はどうした物かと顔を見合わせる。そして、アルバートが口を開く。
「ラスティはどうしたい?」
「どう、って?」
「あの宇宙船の五人に、会ってみたいか?」
さて、どうしたものか。非常に高い確率で『日本人』だ。何しろ仮名漢字交じりの日本語の文章が通じている。だが、一体どれほどの時間が流れているのか。『日本』とかそう言うのは残っているのだろうが、ある程度言葉は通じているのが不思議だ。前世でも学生時代に古文とかは苦労したが、それと同じくらいにジェネレーションギャップがあるだろうし……
――でも――
「会えるなら、会ってみたい」
彼らが何のために、宇宙を旅してきたのか知りたい。彼らが知りたいこと、欲しいものをできる限り提供する手伝いをしたい……というのは建前で、俺が死ぬ直前に完結していなかった漫画とかの結末を知りたい……無理だろうけど。
「ダーツ、そういうことだから」
「ああ、任せておけ」
そう答えると、ダーツは席を立ち、操縦室へ向かう。ステーションへ色々と連絡を入れるのだろう。
残された面々の微妙な沈黙に耐えきれず、席を立って窓の近くへ向かう。外を見ると、雲がはるか下の方に見える。客室にあるディスプレイには現在の高度がわかりやすく図示されていた。もうすぐ、いわゆる成層圏を超えるようだ。ほぼ垂直に近い角度で上昇しているが、普通に床に立っているというのはなんとも不思議な感じだ。人工重力を発生させているのは専用機だからで、普通のシャトルでは重力発生装置自体は組み込まれているものの、通常は使用しないらしい。結構燃料を食うらしいのだ。
窓の外を眺めていると、マーティとサラサがそばに来て、窓の外を見ながら、あれがナントカ大陸、あれがナントカ山脈、と教えてくれる。人が住めない大陸らしく、シャトルやステーションからでもないと見ることが出来ないので、貴重な機会だそうだ。
シャトルはぐんぐん高度を上げていく。通常のシャトルはステーションまで四、五時間らしいが、この専用機は三十分もかからずにステーションに着くと言う。何から何まで特別対応らしい。
やがてダーツが戻ってきて、もうすぐ到着だから席に着くように告げる。窓の外を見ると、ステーションが見えた。人工重力の効率のためとかで球体で某宇宙映画に出てくるデ○スターみたいだ、と思った。銀色に輝いていて、宇宙船の発着用か、何カ所か穴が見える。光の加減かも知れないから確証はないが。
ともかく席についてベルトを締める。
「ダーツ、一ついいか?」
考え事をしていたのか、無言だったアルバートが口を開いた。
「ん?何だ?」
「着いたらもう少し、家族だけで話をしたいんだが」
「そう言うと思ってたよ。部屋を一つ手配しておいた」
そして、軽い減速ショックと共にシャトルが発着場に到着、静止する。相変わらず誰も出てこない中、ダーツは慣れた手つきで扉を開けてステーション内を先導していく。さすがに長時間無人に出来るわけでない区画も多いので、大人の早足。ラスティはアルバートに抱っこされての移動だ。
しばらく歩き、ダーツが一つの扉の前で立ち止まる。
「ここで」
言いながら、中に入る。応接室になっていて、ゆったりくつろげそうだ。
「部長には一時間ほど待ってくれ、と言ってある」
「気が利くな」
「当然だが、カメラによる監視の類いも無い。そう言う専用の部屋だ」
「ありがとう」
「ラスティ……大事な家族のためだからな」
全員がなんとなく席に着くと、アルバートが切り出した。
「ラスティ、ぶっちゃけたところ、一体何がどうなっているんだ?」
「確かにそれは聞きたい」
うん、いくら何でもまだ幼い自分の子供にする言い方じゃ無いよね。まあ、仕方ないんだろうけど。
さて、何からどう話せばいいのだろうか。と言っても、悩むことは無い。既に、どういう説明をするかは決めてあるのだから。
この星の科学力は何百年、ひょっとしたら何千年と言う単位で地球よりも進んでいるが、一つ地球と同等の物がある。それは『死』だ。死んだ者は生き返らない。死後の世界があるかどうかはわからない。そこだけは地球と同じで、誰もが突然の死を恐れるし、病気治療の研究も熱心に行われている。そして、かろうじて読むことが出来る――文字の種類的な意味でだが――本の中に、ちょっとオカルト的な物があり、その中に『前世の記憶をもった人』と言う物がいくつかあった。
地球でも、前世の記憶があって、生まれて初めて来たはずの街をまるで何十年も住み慣れた街のように歩いてみたり、その生い立ちでは決して知ることの出来ないはずの歴史的、地理的知識を持っていたり、と言う事例は多く報告されていた。それと同じ事がこの星でも起きているのだ。
それをうまく利用する。そのために色々と考えておいた。あまりはっきりしていると怪しすぎるので、曖昧にぼかしながら話すギリギリの線だ。
「夢で見たんだ……」
そう話し始める。
内容はこうだ。時々、妙にはっきりした夢を見る。この星の物では無い文字、生き物、見たことも無い風景。それらが時にはっきりとしたメッセージのように見えるときがあり、あの人工物――ボイジャーについて。そして、新たに飛んできた宇宙船について。詳細はわからないが、きっと文字が、言葉が通じる、と言う確信を夢の中で得ていた、と。
「そうか……」
アルバートは難しい表情で黙り込む。大丈夫、こういうときはきっといいアイデアを思いつくはずだ。
そんなアルバートを見ながらマーティがそっと頭をなでてくる。
「きっと、あれね。前世の記憶とかそう言う奴ね」
「前世って、生まれる前の、あれ?」
「そそ。きっと、前世はあの宇宙船の来た星に住んでたのかもね」
さすがに、ハイそうですとは即答できない。ましてや死後の世界はなんか、役所みたいなところで、パンフレット配ってますよとも言えない。
「ダーツ」
「何だ?」
「部長に会わせてくれ」
「一人でか?」
「いや、さすがにお前同伴だ」
「そりゃそうだろうけど」
「ラスティに会わせる前に、色々と条件をのんでもらう。ダーツのことはもちろん信用しているが、ラスティの親として、そしてダーツの家族として、言うべきことを言っておきたい」
「わかった」
アルバートの言うことももっともだ、とダーツは席を立ち、部長に到着の報告とアルバートとの話について、話してくる、と部屋を出て行った。