もしかして
その宇宙船の形は、直方体と言う程シャープでは無く、角がかなり丸い直方体。写真には映っていないが反対側はロケットエンジンがついているらしい。正確な分析はされていないが、イオンジェットエンジンの可能性が高いとのこと。俺の記憶だと、かなり新しい技術だった気がするが、この星、というか連合ではかなり古い技術だ。
「慣性航行だったからな。冷凍睡眠をしていたのは間違いないだろう」
ダーツが教えてくれた内容はニュースでも公開されている。回収直後は何も無かったのだが、一日程経つと、何かが動いているような振動があるという。おそらく冷凍睡眠を終えて中から外の様子をうかがっているのだろう、と見られている。
全体的に上下左右が対称なので、ぱっと見では上下がわかりづらい。重さのバランスを見て「多分この向きだろう」という向きで置いたそうだ。だが、その向きが『正解』と言うことは一目見てわかった。
船体は白く塗られているが、長い航行を経たせいか、あちこち剥げている。窓などは無く、あちこちに小型のカメラがついているようだ。いくつかヒビ割れているので、ちゃんと機能しているか不安だが。だが、それ以上に俺にとって衝撃的だったのはその船体に描かれていたマーク、というか文字だ。
白地の船体に四角い線を引き、中央に大きな赤い丸。そしてその脇にははっきりとこう書かれていた。
JPN-03
銀河系には億単位の恒星があるという。それだけあると、地球のように岩石で構成され、重力により大気を持っている惑星も多い。そして、そこに文明をもった知的生命体も。連合の推測ではこの銀河系だけで数千の文明を持った惑星があるはずだ、と言うから、その中にはこんな絵と文字を使う星もあるはずだ。
でも、普通に考えて……日本の国旗と、『日本』って意味だよな。
うん、どういうリアクションをしていいかわからないので、適当にごまかしてダーツとの通話を切った。その時のダーツの切なそうな顔と言ったら。
ニュースによると、今のところ、この宇宙船をどうしたらよいのか、意見が分かれているという。どんな生物が乗っているのかわからない。何を食べるのか、どんな言語を話すのか、どんな文化的性質を持っているのか。友好的なら良いが、他の星の侵略をもくろむ敵対的な種族だとまずい。
もう少し様子を見てみるべきだと言う意見、他の星や定期船にぶつからないコースへ放り出せばいいという意見、もう強引に扉っぽいのを開けてしまえと言う意見。映画『未知との遭遇』って、やっぱり作り話なんだろうね。
さて、どうしようか。とりあえず、中にいるのが地球人、それも日本人だと仮定して動いてみるか。と言っても出来ることは限られている。何とかして、ダーツに情報を渡せば、色々してくれるだろう。
だが、まずは色々調べなければならない。俺の『この星での知識』は、ある程度の文字の読み書きと簡単な計算くらいだ。だから、色々してやりたくても、なんと言って伝えればいいのかわからない。そして、知りたいことを聞きたくても、なんて聞けばいいのかわからない。
一人で頑張るしか無いか。大丈夫だ……と思う。なんとなくだが、物理法則とか、化学とかそういった部分は地球で学んだ物と大差ないはず。それっぽい本を片っ端から調べていけば、必要な情報は見つかるはず。頑張ろう。元『同胞』のために。
まず、学校の図書館にアクセス。一番高学年向けの本で絞り込み、辞書とにらめっこしながら多分これだろう、という本を探し出す。何とか見当を付けて、ページをめくっていくと……目的の図、元素の周期表があった。よしよし。
記憶を頼りに、必死に文章を書き上げる。そして、端末の絵を描く機能で何とか描き上げる。これだけあれば、何とかなる……と思いたい。
まずはダーツにメールだ。
「ダーツに相談したいことがあるので、お仕事の無いときに電話をください」
送信、と。作るのに二時間くらいかかってしまった。返事はしばらく待……もう電話がかかってきたよ。
「大丈夫?眠くない?」
「ラスティとの電話は眠くない」
確か、仕事明けで寝てる時間のはずだが、と気を遣ってみたが、意味のわからない返事が返ってきた。まあいいか。
「あの宇宙船……倉庫みたいな所にあるよね?」
「ああ、そうだな」
「あの周りの空気って、成分とか圧力とか調節できるの?」
「出来るぞ」
「重力は調節できるの?」
「出来るが……難しい言葉を知ってるな。どうしたんだ?」
とりあえず、何も聞かずにこれを見てほしい、と必死に書き上げた文章を送る。そして画像データも。
「これは?」
「空気をこれで調整してほしいんだ」
「窒素百十二%、酸素三十%、アルゴン一%……?」
どれもこれも、日常の会話では出てこない単語なので、必死に周期表と辞書を頼りに文章を書き上げた。
「気圧と重力はよくわからないから、この絵を宇宙船から見えるところに大きく表示してほしいんだ」
送って見せたのは、絵では無い。日本語で書いた文章だ。
空気を窒素七十八%、酸素二十一%に調整しました。比率が大丈夫そうなら、宇宙服のまま出てきてください。気圧と重力はまだ調整していません。最初に重力を調整します。ちょうど良くなったら、両手で丸を作ってください。次に気圧を調整します。ちょうど良くなったら両手で丸を作ってください。
え?%が違うって?こっちは十二進数だからな。
そして、その内容をダーツに伝える。多分これで、宇宙服無しでいられる可能性が高い、と。
うん、どうしていいか、ダーツは悩んでいるようだ。
「一つ聞いていいか」
「なに?」
「これ、うまくいくと思うか?」
「半々かな……」
「そうか……しかしこれは……」
ま、悩むよね、普通の反応だよね。
「このこと、皆は知っているのか?」
「質問が増えてるよ」
「いいから答えるんだ」
「誰にも言ってない。ダーツだけ」
この種族で上目遣いって効果がある仕草なのだろうか?とも思うが、やってみたりした。どうかな……?
不意にダーツが両手で顔をパチンと叩いた。
「よし、決めた」
「え?」
「子供の言うことを信じられない親なんていない。ラスティのことを信じられないなら俺は親失格だ」
「え?え?」
「ラスティ」
「は、はい」
「きっと、うまくいくんだよな」
「た、多分」
「だが、もしもうまくいったら情報源についていろいろ聞かれるはずだ」
「うん……そうだね」
「だが、絶対に守る。愛する大切な家族だ」
「う、うん……頑張って」
任せとけ、と短く答えて、通話は終わり。後はダーツがどうするか、そしてどんな結果になるか……
実際には気温も調整が必要だろうが、多分大丈夫、と判断して話さなかった。「水」が冷たく感じられると言うことは、温度の感覚はほぼ地球と同じだろう、と考えたからだ。
二日間、ダーツからの連絡も無く、ニュースもこれ以上の情報が無いのか何も流れないまま過ぎた。あれは正解だったのか?地球じゃない星からだったのか?わからないが、連絡を待つしか無い。メールを送ってもいいが、返事が怖くて出せない。
日付が変わり、夜が明けるまでまだ少し、と言う頃、ダーツは突然帰ってきた。空港から結構な時間を掛けてタクシーという贅沢な方法で。一体何事かと大人達がリビングに集まるが、ラスティは眠ったままだ。
「例の宇宙船の件だ」
「例の……って、一体どういうことだ?」
アルバートが問い詰める。
「簡単に言うと、あの宇宙船の中には知的生命がいた。そして、『ある方法』でコミュニケーションが取れてね。何とか適合した空気、重力が用意できた」
「な……」
「だが、それ以上のコミュニケーションが取れていない。出来れば目的とかを確かめて、出来る範囲で手を貸したい、上はそう考えている」
「それはまあ、わかる」
「だから、帰ってきた」
「どこをどうしたらそうなるの?」
マーティの突っ込みももっともだ。
「家族だから話すし、家族だから他に漏らすこともないと信じているから言うが」
「ああ」
「コミュニケーションをとったのは……ラスティだ」
「「「は?」」」
一同、目が点になる。
「とにかくラスティを連れてステーションへ行かなければならない。すぐに準備を。詳しくは途中で話す」
「待て」
「何だ?」
「大丈夫なんだろうな?」
「確信できるから、連れて行くことにした」
「……そうだな、お前はラスティに限らず、子供達は全力で守るよな?」
「当たり前だ」
「だが、念のためだ。全員でついて行く」
「そう言うと思っていたし、そのつもりだよ」
アルバートが納得し、出かける支度をしよう、とマーティとサラサに目配せをすると、二人は早速リビングを出て行った。
「シャトルの時間は?」
「定期便じゃない、空港に到着次第出発できるようにしてある」
「お前の準備は?」
「特にない。すぐに戻るつもりだったからな」
「わかった。車を出しておいてくれ」
アルバートもリビングを出て準備にかかる。
十分もすると、荷物をまとめたマーティと、まだ寝ぼけたままのラスティを抱きかかえたサラサが玄関を出る。車に乗り込むと、ダーツが操作盤を操作し、空港へ向けて自動走行を開始する。夜明け前の道路はほとんど走っている車も無い。いつもよりも早く着くだろう。
「ん……」
サラサの膝の上でラスティが寝ぼけ眼をこすりながら辺りを見回す。子供にはまだ早い時間だ。
「どうしたの?」
「ちょっとお出かけ」
「どこへ?」
「空港。そのあとは、ステーションに」
「ステーションに行けるの……って、ダーツ?」
「おう、いるぞ」
「えっと……」
「後で教えてあげるから、もう少し寝てなさい」
皆に促され、コロンと横になり目を閉じる。まだ眠いのだろう、すぐに寝息を立て始める。
「さて、詳しく話してもらおうか」
アルバートの問いにダーツが話し始める。と言っても、突然ラスティからいろいろな情報を渡され、これを試してみてくれ、と言われ、何とかごまかしながらその通りにしてみただけ、と言う話だ。
「にわかには信じがたいが……」
「これ、何が書いてあるの?」
「さっぱりわからん」
ラスティの描いた絵――ではなく文を見たアルバートとマーティの感想だが、ダーツもラスティから「こういうことを書いてあるから」と聞いただけだ。
「で、俺が交代したときに、空気を調整してな、この絵を壁に表示したら、しばらくして中から宇宙服を着た二人が出てきたんだ」
「二人?もっといるような話を聞いたが」
「ああ、一応警戒してたんだろうな。一人はなんて言うか、環境を計測する機械のような物をもっていてな、この絵の前に立ってるから、空気圧をゆっくり上げていったんだ。そしたら、途中でこう、両手を丸にしてな」
「つまり、この絵……いや、文章なのか?意味が通じていたと言うことか?」
「そうとしか言えん。その後重力も調整してやったら一度中に引っ込んだんだが、宇宙服を脱いで出てきた、五人で」
「ほう、それで?」
「それで――と言いたいが、空港に着いたな。続きは後にしよう」
車はそのまま空港の駐車場へ入っていく。あらかじめ許可を取ってあるので、一般用では無く、専用スペースに誘導されていく。
「ここに入れるって事は、相当だね」
「ああ、色々便宜を図ることになっている」
マーティが感心するのも無理はない。ここに停めるのは、政府高官や国賓級の送迎位のはずだ。
車を降り、四人が歩き出す。ラスティはサラサに抱っこされたまま。一応起きているようだが、目の焦点は合っていない。一般用でない特別ゲートを通り、そのまま搭乗口へ進んでいく。ダーツが仕事柄何度か通ったことがある、というくらいに滅多に出来ない経験だ。
「ここ、去年テレビで観たね」
「ああ、大物政治家がどうこう、って奴だな」
「まさか自分たちが歩けるとはね」
だが、不思議なことに駐車場からシャトルの搭乗口まで誰もいない。そしてそのまま、待機していたシャトルへ乗り込んでいく。政府が用意した専用機だ。
「専用機って、国賓級の扱い?」
「急な話でね、他の機が用意できなかったんだ。乗り心地は保証するぜ」
「そりゃ、見ればわかるよ。だけど、こんなシート、逆に緊張しちゃうかもね」
「他のシートは無いからな、我慢してくれ」
適当に好きなところに座るように言うと、ダーツはそのまま乗務員用のドアをくぐっていった。出発の指示を出しに行ったんだろうと、とりあえず座ることにする。ちょうど夜明け頃になり、ラスティもお目々ぱっちりになっていた。
「ま、話を聞きやすいように、こんな感じだな」
座席の向きを変えて全員が座る。ダーツの位置がちょうど真ん中になって囲むような形だ。
「すぐに出る、離陸したらじっくり話そう」
ダーツが戻ってきて、真ん中の椅子に座りベルトを締めると、シャトルはゆっくりと滑走路へ向けて進み始めた。