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地球最後の日

「今、最後のシャトルが到着しました。三十分ほどで移動完了し、予定通り切り離します」

「了解、ご苦労さん。少し休んだらどうだ」


 手元の画面に次々表示される大量の数字をチェックしながら部下の報告を受け、笹塚宗一は労いの言葉をかける。実際、この部下――航海長の山下だ――はこの三ヶ月間、休んでいないはずだ。


「いえ、あと少しですから」

「無理はするなよ。体を壊したら元も子もないからな」

「はい、気をつけます」


 部下が下がるのを確認すると、さらに画面のチェックを進める。今のところは予定通り、順調だ。たった二年でよく仕上げた物だと感心しつつ、船内電話に手を伸ばし、操舵室(メインブリツジ)を呼び出す。


「笹塚だ、副長はいるか?」

「今、計器確認中です。代わりますね」

「いや、船長室へ来るように伝えてくれ」

「はい」


 こちらに来るまでの間に最終チェックを進めておく。あと少しで終わる、と言うところでドアをノックする音がする。


「桜井です」

「入れ」

「失礼します」


 真面目、堅物を絵に描いたような男が入ってくる。これで、美人の嫁さんもらってて、休みの時は二人の子供にデレデレだというから世の中わからない。と言っても、コイツもここ三ヶ月、休み無しで働いている。まだ二十代だというのに将来心配だな。


「状況報告を」

「メインブリッジで無く、船長室(ここ)で、ですか?」

「構わんだろ?」

「それはそうですが……」


 確かに、本来ならここで聞く報告ではないものだが、そこは折れてもらうことにして、報告をさせる。機関の状況――正常、居住区画――最後に到着した人員が移動中、保管区画――正常、工業区画――現時点では稼働無しだが予定通り準備完了、農業区画――先月から開始した栽培が順調、等々。船内は問題ないようだ。


「あと、ここに来る直前に最新の観測結果が出ました。速度が上がっているらしく、半日、正確には十時間半、前倒しになりました」

「と言うことは……あと一時間も無いのか。出発時刻ギリギリだな」

「そうなります」


 手元の端末を手早く操作し、ある情報を引き出す。うん、これなら問題ないだろう。


「居住区画、少しは空きがあったよな」

「ええ、今後増えることを前提にしていますから」

「よし、わかった」


 そう言うと、椅子の背に掛けてあった上着に袖を通しながら立ち上がる。


「すぐに出発だな。先に行って、準備を進めていてくれ」

「わかりました」

「おっと、待った。忘れるところだった」


 部屋を出て行こうとする副長を呼び止める。


「何でしょうか?」

「今までよく頑張ってくれたな、感謝する」

「何を言ってるんですか、船長の方が大変だったはずですよ、それに、本番はこれからです」

「俺はほとんど何もしてないよ、チェックしていただけだからな」

「それが大事なんですよ」

「そうか?」

「そういうものです」


 短く答えると、副長は部屋を出て行った。上着のボタンを留め終えると、笹塚もドアを開けて出る。ただし、副長とは逆方向に。


 三年前、衛星軌道上の望遠鏡が、ある絶望的な物を発見した。地球に向かってくる大小様々の隕石群だ。その数は……数えるのに野鳥の会を呼びたくなる程。目立った大きい物――直径数百メートル程――だけでも百以上、もっと小さい物がさらに数百。何しろ大きな隕石の向こうにもたくさんありそうなので、全部で千以上あってもおかしくないという観測結果もある。

 各国の研究機関が何度も軌道計算を行ったのだが、一番大きな隕石――直径九百メートル以上あるらしい――が地球に落下する可能性は八十%以上。そのほかの隕石まで含めると、地球に落下しない可能性はゼロに等しいと言う結果だった。

 そんな物がやって来たら……人類が生き残る可能性などあるはずも無い。一部の国は核兵器を使ってでも破壊することを検討した。しかし、隕石の速度が速すぎて命中する確率が小数点以下にゼロが五個並んた上、命中してもほとんど破壊できないというシミュレーション結果が出たため、やるだけ無駄、と却下された。


 ハリウッド映画なんて嘘っぱちだな、と誰もが思った時でもある。


 各国が対応に右往左往している中、この手の判断にいつも時間のかかる日本が一番早い対応を見せた。持てる技術を全てつぎ込み、大勢――数千人――を輸送できる宇宙船を建造していった。地球に住むことが出来ないのなら、居住可能な他の惑星を探し、移住しよう、と言うわけだ。

 多くの国が荒唐無稽と(わら)い、地下シェルターや津波から逃げるための潜水艇を建造していく中、日本は次々と宇宙船を建造していった。しかし、巨大な宇宙船は地上からの打ち上げは不可能。ならば衛星軌道上で建造してしまえば良い。短い期限内で可能な限り――全部で六隻が建造され、笹塚が今いるのはその六隻目、『のぞみ』。既に建造が完了した五隻は出発しており、のぞみもまもなく出発だ。

 ちなみに、他の国の宇宙船の状況は伝わってこないため、不明。何しろ世界の情勢が不安定になりすぎて、他国からの情報の信頼性は著しく低くなっていたし、確認できたところで何が出来るというわけでも無い。どの国も自分たちで手一杯、と言っても良い状況だった。

 そして、資源に乏しい日本が宇宙船を作り上げるというのは非常に困難かと思われたが、隕石発見の数年前から世界情勢は不安定になっており、日本は輸入ばかりで輸出が激減していた。国内に物が余り続けており、幸運なことに、宇宙船を作り、飛ばすための資材が豊富にそろっていたのだ。

 シャトルとの連絡通路に着いた。厳正な抽選により選ばれた乗員の移動は完了しており、客室は無人。切り離し前の最終確認中だ。チェックしている作業員が怪訝(けげん)そうな顔をしているが、「少しは現場を見ておかないとな」と告げて、そのままシャトルへ向けて歩いて行く。シャトルに入ると、そのまま操縦室へ向かい、ドアをノックして中へ入る。


「よう、お疲れさん」

「え?笹塚船長?どうしてここに?」

「ああ、こういうシャトルの操縦室が見てみたくてな」

「はあ」

「子供の頃はさ、飛行機のパイロットに憧れていたんだ」


 そう言いながら、興味深げにあれこれ見ている。

 二人の操縦士は突然の来客に戸惑いながら応じる。無理も無い、出発直前に船長が持ち場を離れているのだから。


「ところで、だ」

「はい?」

「さっき確認したんだが、居住区に二名、空きがある」

「は?」

「シャトルの操縦士なら、『のぞみ』の操縦も出来るだろう」

「え、え??」

「歓迎するぞ、時間の余裕も無い、すぐに移れ」

「し、しかし……」

「シャトルは通路を切り離して破棄する。地上に戻ってもすぐ地球ごとスクラップだ。もったいないとか言ってる場合でもないだろう」


 そう言うと、笹塚は二人の操縦士を追い立てる。二人とも何がなんだかわからないが、従うしか無いか、と連絡通路へ向かう。


「ホレホレ、急げ急げ」


 ケツを叩きながら追い立て、通路を渡りきったところで、笹塚が壁のスイッチを操作し、ドアをロックする。笹塚は通路に残ったままだ。


「「「え?」」」


 最終チェックをしていた作業員共々目が点である。しばらくすると、通路が笹塚を乗せたままシャトルに格納されていく。


「「「ち、ちょっと!?」」」


 やがて、シャトルの操縦席の窓に人影――笹塚だ――が見え、シャトルが離れていく。作業員が慌てて近くにあった船内電話に飛びつき、メインブリッジを呼び出し、応答を待たずに叫ぶ。


「はい、こち「船長がシャトルに乗り込んで離脱している!」



「一体、どういうことですか!?」


 副長がシャトルと通信を繋ぎ、問い詰める。


「何、簡単な話だ。こんな老いぼれ乗せるよりも、若いもん二人乗せた方がいいだろう」

「そう言う話ではありません、あなたはこの『のぞみ』の船長ですよ」

「副長……いや桜井、今から君が船長だ」

「無茶苦茶です」

「大丈夫だ。この半年、様子を見ていたが、問題は無い。お前ならやれる」

「しかし!」

「それにもう前倒した出発予定時刻まで三十分を切っている。今更そっちに戻ることも出来ない」


 連絡通路の接続にはたっぷり十五分はかかる。接続しても、通路内を空気で満たすことを考えると三十分なんてあっという間だ。


「そっちに行った操縦士、腕は確かだし、独り者だ。こんな六十間近の男やもめより、ずっといいだろう」

「しかし!」

「何度も言わせるな。桜井、お前が船長だ。お前に『のぞみ』の命運を託す」


 通信の間もシャトルはどんどん離れていく。自動操縦により、地上降下に向けてゆっくりと進み始めている。


「隕石群が予想よりも早く来る、予定を前倒しでも間に合わないかも知れないぞ」


 言いたいことだけ言って、通信が切られた。


「副長……どう、しましょうか」


 通信を聞いていた周りを代表して、航海長の山下が訪ねてくる。どうもこうもない。今更シャトルを接続するなど……この船の全員の命が危ない。


「全員聞いてくれ」


 振り返ると、メインブリッジ内の全員の視線が集まる。


「緊急事態につき、船長を代行する。色々思うところはあると思うが、今は時間が無い。着いてきてくれ、頼む」

「「「「「はい」」」」」

「最終チェック状況は?」

「完了しています」

「シャトルとの距離」

「安全圏まで五分と思われます」

「機関、出発に向けて出力上げろ」

「了解、出力二十五%まで上げます」

「針路を確認したい」

「先ほどの観測結果に基づいた修正候補、表示します」


 ブリッジ内の大きなスクリーンに地球・『のぞみ』・隕石群の位置関係が表示され、当初予定コースと修正コース候補が三つ表示される。


「よし、このコースで行く」


 桜井はその中の一つを示す。多分、笹塚も同じコースを選ぶはずだと信じて。


「操舵長!」

「はい!」

「針路のインプットし直しだ、かかれ」

「三分……いや、二分で」

「居住区画の誘導は?」

「現在進行中です」

「出発時間が早まったことをアナウンスして急がせろ。全員所定の場所で待機だ」

「はい」


 次々と指示を出す。今はこれしかない。


 やがて、ゆっくりと『のぞみ』のエンジンが稼働し始め、ゆっくりと動き始める。隕石群と一番距離をとるように、ほぼ直角に。



「動き出したか」


 動き出した『のぞみ』を見ながら笹塚が呟く。本来ならばシャトルは地上帰還を開始するところだが、既に自動操縦を切り、漂っているだけになっている。このシャトルでは全速で飛ばしても、隕石群の落下予想範囲からは逃げられないし、もし逃げられても食料を積んでいるわけでもないから、あとは餓死するしかない。ならば、かっこ悪くあがくよりはダンディな感じで過ごしてみるか、と思ったのだが、誰が見てるわけでもあるまいし、と苦笑する。

 海上自衛隊の大型護衛艦の艦長として二十年以上、という経験を買われ、船長に選出されたが、直後に妻に末期ガンが見つかり、二ヶ月もたなかった。その二ヶ月、どんな言葉をかければいいのかわからなかった。三十年以上連れ添ってきたというのに、気の利いた台詞の一つもかけられなかった。

 内ポケットから小瓶を出す。妻が最後に贈ってくれた誕生日プレゼント。一番好きな銘柄の最上級。蓋を開け、一口含み、香りを楽しむ。


「やはり、こいつは人肌が一番うまいな」


 写真を一枚取り出す。誰に似たのか気が強く育った娘にきつく言われ、渋々ながら撮った妻との最後の一枚だ。撮ったときは照れくさくて仕方なかったが、今となっては宝物だ。


 レーダーが隕石群の接近に反応し、操縦室内に警告音が鳴り響く。ボタンを押して黙らせた後、客室へ向かう。中央やや前寄りの窓際の席に座り、窓の外を見る。『のぞみ』はもう肉眼では確認できない距離まで進んだようだ。代わりに隕石群が見えてきている。ある程度観測映像は見ていたが、実物は何というか、雲のようにも見える程。


 座席のテーブルを引き出し、写真を立てかけ、小瓶を並べる。


「途中で仕事放り出すなんて……って叱られるかもな」


 ま、それもいいか。今どき珍しく、夫を立てるタイプだったが、時には一歩も引かない気の強さもある女だった。そんな心の強さに惹かれ、助けられてきたのだ。

 叱られるだろうが、きっと最後には「それがあなたの良いところなんですけどね」と笑いながら言ってくれるだろう。


 窓の向こうに隕石が迫る。


bon voyage(ボン・ヴォヤージュ)。幸運を祈る」


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