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よくある話ですが、死にました

 江戸時代の頃、巨大都市江戸に憧れた地方の住民達は洒落っ気でこう言ったという。


「江戸と背中を見てから死にたい」


 ところで、俺、斉藤達也が見ているのは自分の背中ではないだろうか。見覚えのある両手――とくに左手の甲にあるアザは見間違えるはずが無い――、着ている服、靴も俺の物だ。道路に倒れ、頭から血を流して、ピクリとも動かないということは結構ヤバいのでは?周りには野次馬が集まってきていて、遠くから救急車のサイレンも聞こえてくる。


 何がどうしてこうなったのか……


 俺の人生は、波乱もあったが「悪くなかった」と言っていいだろう。二十代半ば、会社の先輩の紹介である女性と付き合い始め、一年ほどで結婚。その一年後、唯一の肉親である父親が亡くなったが、妻は一言「家族なら私がいるじゃない」と支えてくれた。それから二年後、娘が生まれ、誰が見ても幸せな家庭、と言う奴を築いていたのだが、娘がようやく首が座った頃、いきなり離婚を言い渡された。理由はよくわからないが、俺に原因があるとは最後まで言われなかった。娘は置いていく、もう会うこともない、そう言って慰謝料代わりにと、わずかばかりの退職金――結婚と同時に仕事を辞めていた――をおいていった。その後のことは知らない。

 それから俺は一人で娘を育て上げた。娘は二年前に結婚した。もちろん、世の男性の(ロマン)「お嬢さんを僕にください」「お前のようなどこの馬の骨ともわからん奴には、娘はやれん!」「ちょっと、お父さん!」もやった。後で娘に「そう言うお馬鹿は余所でやって」と、しこたま叱られた。解せぬ、ここ以外どこでやるというのだ。ちなみに連れてきた男は「どこの馬の骨」どころか、結構立派な家柄の三男。家は継がないが、しつけは厳しかったようで、真面目とか誠実が服着て歩いているような男。ちゃらんぽらんが服を着ないで歩いてるような俺なんかの娘が結婚相手でいいのか、と不安になるような好青年だ。

 そして、半年前、孫が生まれた。俺や娘と同じように左手の甲にアザがある。ちょっと肌の色が違う程度で、あまり目立たないが、遺伝らしく、俺の母親にもあったようだし、ますます俺の血を引いていると実感する。娘が言うには「目元がお父さんにそっくり」という男の子。目に入れても痛くないほど可愛い、というのを実感した。孫が出来てからは毎週末、顔を見に行くのが生きがいになった。


 部下からは「孫バカだ」とよく言われるが、いいだろ別に。先月もスマホで孫の写真を見ていたら「かわいらしいお孫さんですね」と大変うれしい感想を言った部下に二時間ほど、いかに孫が可愛いか懇々と説いた程度だ。


 今日のような火曜日は少しマゴニウム、つまり孫成分が不足気味になる。日曜にたっぷり補充しておいたのだが、一日しか保たないのだ。帰ったらおととい録画してきた動画を眺めて補充しよう、と考えながら信号待ちをしていた。ちょうど隣にベビーカーを押した女性がいたのだが、子供がぐずり始めた。両手にバッグを提げていて子供をあやそうにもうまく出来ず、オロオロする女性を見ていたら、いても立ってもいられなくなって、なんとなく手をヒラヒラ振って注意を引いてみる。よし、ちょっとこっちを見ているな。手を振りながら指をチラチラと動かす。ちょっと楽しげな感じで。しばらくするとニコニコしだして、ご機嫌になったようだ。


「ありがとうございます」

「いえいえ、このくらいの頃は大変ですよね」


 なんて言う世間話をしたりした。そして、信号を渡って女性と別れ、すこしマゴニウム不足が解消されたな。まあ、動画は見るが。と、しばらく歩いたところで、何かを踏んだらしく転倒。ヤバい、と地面に手をつくより早く、縁石が……


 自分の姿をこうして見下ろしている、ということは死んだと言うことか。なんてこった。あっけなさ過ぎる。せめてスーツの内ポケットのスマホに入っている孫の写真だけでも最後に見させてくれ。これじゃ、未練が残って地縛霊になってしまう。というかスマホに取り憑いてやる。


 ところで、だんだん視界が高くなってる気がするんだが気のせいじゃないよな。うん、夜景が綺麗だ。って、そう言う話じゃ無い。俺の、俺の孫の写真ー!


 俺、このまま天に召されるのか?と思ったら視界がブラックアウトした。


 ハッと、気付いたら市役所の受付窓口の待合のようなところで座っていた。手に何か持っている。七十二番と書かれた紙。受付番号か。周りを見ると、同じように座って待っている人が大勢いる。老若男女様々だが、誰も一言も発していないのは顔見知りがいないからなのか。少し伸び上がって、左右を見るが、はるか遠くまで受付窓口が並んでいて、どこまで続いているのか見当もつかない。どうなってるんだここは。


「七十番の方」


 アナウンスが流れ、「ハイ」と、前の列にいた男性が立ち上がり、番号が表示された窓口へ向かう。しばらく眺めていたが、何かの書類に記入して、簡単な受け答えの後、封筒を渡されて、「あちらの七番の窓口へ」と案内されていた。後ろを振り返ると、扉がずらりと並んでいて、その脇に番号の書かれたプレートと小窓がある。男性が七番の小窓に封筒を差し入れて、扉の中に入っていった。


「七十一番の方」


「はいはい」と、隣にいた高齢の女性が立ち上がる。「七十一番、アタシね」とガハハと笑いながら受付に向かう。大阪のおばちゃんっぽいな。こちらも何かの書類に記入、「九番の窓口へ」と案内されていた。


「七十三番の方」


 おや、俺の番号が飛ばされた。紙を再確認。俺の番号は七十二番で間違いない。その下に、「受付内容により順番が前後することがございます」と書かれている。受付内容って何だ?

 他の客(?)の様子をボーッと八十番まで眺めていた。待っているというのも退屈だな、スーツの内ポケットを探ると、スマホがあった。よし、孫の動画でも見ていようか……電源が入らない。嫌がらせか。


「七十二番の方」


 絶妙なタイミングで呼ばれた。「はい」と軽く返事をして番号の表示されている窓口へ向かう。この受付だけ、ほかよりも一段低くなっていて、椅子もある。


「どうぞおかけください」


 窓口の男性に促され、腰をかける。雰囲気的に課長とかそんな感じに見えるが、そう言う人が窓口をやるのかね。


「えーと、斉藤達也さん、ですね」

「はい」

「こちらの書類の確認をお願いします。記載内容に誤りがないか、よく確認してください」


 数枚の紙の束を渡される。見ると、名前・生年月日・住所といった役所の書類に必須のものが並んでいる。ん?家族構成?学歴に職歴?身長体重に視力、最近かかった病気等、あまり見かけない項目が並んでいる。パラパラとめくっていくが、さすがにこれは覚えてないぞ、と言う物もあったので、正直に伝えると、


「ああ、よくわからないところは、多分そう、と言う程度で大丈夫ですよ」


 結構いい加減に思えるが大丈夫なのだろうか。

 一通り目を通したが、特に間違いは無い、と答えて書類を渡すと、そのまま封筒に入れて返された。


「あちら側、十三番の窓口へお願いします」


 振り返り、並んだ扉の方を見る。やや右手の方に「十三番」があった。コンコン、と窓を叩くと、「はい」と返事が聞こえて窓が開いた。


「これを、お願いします」


 封筒を差し出すと、中から手がにゅっと伸びてきて封筒を受け取っていった。手つきからすると男性のようだ。そのまま中をパラパラ確認していながら奥へ歩いて行く足音が聞こえる。


「そちらのドアからどうぞ」


 ドアを開けて入ると、応接室のような感じになっていて、一人の男性が待っていた。


「初めまして、斉藤さん」

「あ、どうも」

「どうぞ座ってください。規則でお茶などは出せませんが」

「はあ」

「これまた規則で名前を名乗ることが出来ませんので、山田でも田中でも好きなように呼んでください」

「どうも」


 ソファに腰掛け、テーブルの向かいの山田さんを見る。紺のスーツ――と言っても上着は脱いでワイシャツにネクタイ姿だが――に黒縁メガネ、髪はぴっちり七三に分けていて、なんだか漫画にでも出てきそうなサラリーマン、といった感じか。


「さて、斉藤さん」

「はい」

「ここがどこか、と言う顔をしていますし、疑問に思うのも当然でしょうから先にお答えします。ここは、『あの世』の入り口です」

「あの世……死後の世界、ですか」

「ええ。ご理解が早くて助かります。そう、あなたは亡くなりました。そして、魂だけになってここへ連れてこられました。ここは、この先どこへ行くかを振り分ける場所になります。ほら、地獄の閻魔大王とか、聞いたことあるでしょう?あれの実態がここです」

「じゃあ、さっき確認した紙は?」

「本人確認、閻魔帳、と言う奴ですね。生前の行いをちょっと要約した物です。間違いがあると困るので、念のための確認です」

「そうですか」

「でね、斉藤さん。ここからが本題なんですが」

「はあ」

「実は、あなたはまだ死ぬ運命では無かったんです」

「あ、そう言うパターンですか」

「偶然の事故としてはよくあるんですよ」

「偶然……ああ、何か踏んで転んだような」

「そそ、それです、それ」

「で、予定外だった、と」

「まあ、よくありがちですね。安っぽい感じで申し訳ないです」

「では、生き返らせてもらえる、とか?」

「そうしたいのは山々なんですが、斉藤さんの場合、肉体の損傷が激しくて、生き返ることは不可能でした」

「やっぱり」


 色々飛び出してたように見えたからな。そんな状態で生き返っても困る。


「まあ、こういうケースは毎年数件ありましてね、今回も上と相談して、選択肢を三つ用意しています」


 上、って。


「まず一つ目、普通にあの世へ行く。斉藤さんの場合、目立った罪がありませんから、天国行きになります」

「天国ですか」

「はい、こちら、天国の案内パンフレットです」


『天国観光案内』と書かれた二つ折りのパンフレットを渡してくる。


「二つ目、そのまま現世をさまよう。いわゆる幽霊ですね。思い残したことがあったりすると、選ぶ人もいますが、魂がすり減って消滅するまでさまようので、おすすめはしません」


 そう言いながら『君も幽霊になろう』という小冊子を渡してくる。


「三つ目、生まれ変わる。これはどこの誰になるかは選択できません。ただ、今の記憶、人格を引き継いで生まれ変わることになります。まあ、生まれてしばらくは右も左もわからない赤ん坊ですが、自我の芽生えと共に色々と思い出してきますよ」


『よくわかる、はじめての転生』というパンフレットを渡してくる。


「ま、慌てなくても結構ですから。考えてください。ここで考えづらいのでしたら、外の待合でも大丈夫ですので」


 とりあえず渡されたパンフレットを見てみよう。

 まずは『天国観光案内』から。二つ折りのパンフレットを開くと、天国中心部の地図が描かれている。注釈で「とても広いので全てはここに記載されていません」と書かれている。大体お花畑や綺麗な泉がメインのようだ。苦しみも悲しみも無いところ、とか色々と書かれている。まあ、大体そう言う物だよね。

 裏面には天国に行った経験者のコメントが載っていた。

「とても幸せな毎日を送っています」

「詳細を書くことが出来ないんですが、あの有名な偉人Kさんとか、Gさんとか会いました。感動です!」

 新興宗教か。


 次に『君も幽霊になろう』を開く。これは小冊子で、目次がきちんとしている。『地縛霊のススメ』『浮遊霊の○と×』『こんな場所、近づいていませんか?』『困ったときは』等など。最終ページに『詳しくはこちら』と、URLアドレスが書かれている。隣にはQRコードも印刷されている。どうやって見るんだこれは。

 幽霊になると、現世に行けるので、観に行けずに未練となってしまった映画をタダで観たり、観光名所巡りをしたり、結構自由に過ごせるらしい。他にも、写真に写ったり、ポルターガイスト現象を起こしたり、といわゆる心霊現象を起こして楽しくやれるらしい。ただ、年月と共に魂がすり減っていき、数百年ほど経つと消滅してしまう、とのこと。


 最後が『よくわかる、はじめての転生』か。二つ折りパンフレットには「小説のようにいきません」「スキルとか夢見るのはやめようね」などと希望を打ち砕くようなことが書かれている。前世の知識や人格を引き継ぐ、というのはメリットデメリット両方あるらしく、経験者のコメントもバラバラだ。「転生して幸せになりました。魔王を倒して貴族になって、嫁が八人、執事とメイドのいる大邸宅で優雅に暮らしています」「はっきり言って後悔してます。自分の才能のなさにあきれてます。やめれば良かった」など。ま、現実ってこんなもんだろう。


 正直なところ、どれを読んでも、選びようが無いというか、何というか。最初は幽霊になって現世に戻り、娘や孫を見守りたいとも思ったが、魂がすり減るまでずっと現世に残るというのはちょっとな。孫が天寿を全うした後、何百年もうろうろすることになるのは勘弁願いたい。


 死んでしまったのは仕方ない。未練はたっぷりあるが、どうせなら……


「山田さん、決めました。転生でお願いします」

「お、意外に決断が早いですね」


 どうせなら、記憶も人格も引き継いで人生二週目も悪くない。どこに生まれ落ちるかわからないが、ある程度今までの知識や経験を活かせば、それなりの人生が送れるだろう、と言う打算だ。ちょっとだけだが、異世界転生とかチート能力とか期待してます。


「それでは、こちらの書類、ここにサインをお願いします」


 そう言って、バインダーに挟んだ紙を差し出してくる。紙の上部には『転生申込書』と書かれていて、簡単に「転生を申し込みます」というようなことが書かれている。

 氏名の欄に名前を書くと、山田さんはそのままの向きで手元に引き寄せていくつかの項目をペンで指し示す。


「まずこちら、肉体ですが『新規』にします。『既存』ですと、ある程度成長した体に送り込まれますが、色々混乱することが多いので」

「そうですね」

「それから、『記憶と人格の引き継ぎ』は『はい』にします」


 ペンでささっと丸を付けていく。


「あと、これは申し送り事項としておきますが、『平和な家庭を希望』としておきます」

「え?」

「生前、ご苦労されてますからね。せめてものボーナスです」

「ありがとうございます」

「では」


 山田さんは、テーブルの隅に置いてあった箱を手元に引き寄せると、番号札を取り出して俺に手渡しながら、代わりに用紙を滑り込ませる。


「この番号札を持って、隣の十四番へ行ってください」


 番号札には『転生受付 整理番号三番』と書かれていた。


 部屋を出て、十四番へ行くと、すぐに扉の中に通された。

 中にいたスーツ姿の女性に番号札を渡すと、手元の書類と見比べて何かを確認している。


「はい、大丈夫です。こちらへどうぞ」


 そう言って開けられたドアを通った所までしか記憶が無い。

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