プロローグ
4月某日。
夕食を終えてゆっくりと過ごしていた俺に、嵐は突然に訪れた。
ピンポーン。
こんな時間に誰が、と思いながら扉を開けると、そこには少女が立っていた。
「やっほー、久しぶり!お兄ちゃん☆」
ガチャッ、カチッ。
「ちょっと!なんで閉めるの!?」
* * *
夜なのに家の前で騒がれても困るので、家に上げた。
「もうひどいなーお兄ちゃんはー」
俺の事を「お兄ちゃん」と呼んでいるこの少女だが、こいつは俺の妹ではない。立花遥菜といって、ひとつ年下の、俺のいとこだ。
「で、福岡在住のお前がなんで1人で俺ん家に来てるわけ?」
ちなみにここは東京である。
「えーとね、詳しくはお父さんに聞いて?今電話するから。あたしが何言っても家出扱いされそうだし」
いやさすがに福岡から東京に家出してくるとは考えねぇよ。そんな中学生が身近にいてたまるか。
「もしもし?ーーうん、今着いた。ーーうん、今代わるね?ーはい、お兄ちゃん」
「ーーもしもし?」
遥菜から手渡された電話を受け取る。
「おー!もしもし、涼介くん!久しぶりだな、元気か?私は元気だよ!え、聞いてないって?HAHAHA!」
「……」
今あなたに全部吸われた気がしますよ。
この叔父、いい歳していつもこのテンションなのだ。こんな陽気で落ち着きのない男、もうアラフィフの足音が聞こえてくるとは思えない。
叔父と世間話をしてもしょうがないので、さっさと本題に。
「で、なんでうちに遥菜がいるんですか?」
「それはなぜなら!遥菜が涼介くんの高校に合格したからだ!」
なるほど、福岡から通うのは飛行機通学でもしなけりゃ無理だし、東京で部屋を探すとなると大変だし、家賃もかかる。おおかた俺の父親が俺ん家に居候させれば?とか言ったんだろう。それはわかったが、
「よく受験させましたね……」
「いやーもちろん迷ったよ?でも涼介くんが文化祭に呼んでくれて、実際見たらいいとこだし、遥菜も気に入ったみたいだしね。HAHAHA!」
いや、娘が気に入ったからって理由かよ。典型的な親バカだな。いくらなんでも普通それだけで福岡から東京の高校に入学させないだろう。本人の意思を尊重し過ぎだ。
「部屋探しに困ってるのを兄さんに相談したら、涼介くんがいいなら居候させてもらえってさ。どうせ部屋は空いてるって」
兄さんというのは俺の父親で、社長職をしている。数年前に、隣人が信頼出来る知り合いなのをいいことに海外移住しやがった。中学生だった俺を置いて。
それはともかく、確かにここは高級住宅街と呼ばれるような場所ではあるから、家はそこそこ大きい。そんな家で一人暮らしだから、もちろん部屋は空いている。まあ断る理由もないしな。
「分かりました、大丈夫です。でもいいんですか?男一人の家に大事な娘を居候させるなんて」
冗談のつもりだったのだが。
「ああ、何処の馬の骨とも分からん野郎に持っていかれるより、涼介くんの方がよっぽどいい。何か起こった時には喜んで責任を取ってもらっていいんだよ?」
割とマジのトーンで返ってきた。やべぇさっきの陽気なおじさんはどこ行った。
「……気をつけてお預かりします」
2、3言話をして電話を切る。遥菜に電話を返しながら、
「まあ、そういうことになった」
と言うと、
「うん、これからよろしくね、お兄ちゃん☆」
これは先が思いやられるな……。こいつが何かやらかす予感しかしない……。
しかし、本当に訪れる出来事は、このときの俺の予想を遥かに超えていることを、このときの俺は知るよしもなかった。