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はなむけに贈る -Philia-  作者: セイル
はじまりと終わり
8/17

本当の幸せ


応接間を抜け、あの青白い空間を抜ける。

扉を開けるとはじめのあの廊下へと戻ってきた。

また時計の針の音が絶えず聞こえてくる。

よくよく考えれば不思議な場所だ。

ここは死後の世界、天界。

夢のようで、本当に夢ではない。


鷹尾さんはさっき来た廊下を戻るのではなく、すぐそこの扉を開ける。


「ここが私の自室になっております、ミルニア様のお部屋のように立派ではありませんがどうぞゆっくりしていってください。」


中を覗くと確かにミルニア様の部屋のような豪華さはないがとても過ごしやすそうだ。

部屋の中に入るとふんわり温かみのある照明が照らしてくれる。

これは鷹尾さんのセンスなんだろうか。

さっきのシックな部屋をデザインしたのと同じ人だとは思えない。


「どうぞそちらのベッドを使ってください。」


「ありがとうございます。」


促されるがままベッドに腰掛ける。

家にあったベッドよりもふかふかしていてよく眠れそうだ。

脇にある抱きまくらもちょうどいい。

こんな状況に置かれているのに何故かここではリラックスできそうだ。

鷹尾さんも自分のベッドに倒れ込む。

少しの間沈黙が訪れる。


今日はいろいろな事があって疲れた。

まだ体をきれいにしていないからベッドに寝転ぶのはどうかと思う。

お行儀が悪いかもしれない。

それでもそんなことは気にせずにそのまま仰向けになって抱きまくらを思い切り抱きしめる。


「あなたとお話するのはほとんどはじめてですね。」


鷹尾さんはベッドで仰向けになったままポツリと言った。

顔だけ動かしてそちらの様子をうかがう。

赤い髪がさらさらと崩れてなんだかきれいだった。


そういえばそうだ。

目覚めたときから今までずっと一緒にいたけれど鷹尾さんは口数が少なかった。

いや、あくまでミルニア様やフォールトさんの印象が強いだけかもしれないが。

それでもこうやって言葉をかわすのはほぼはじめてかもしれない。


「周りの人々が個性的すぎるもので……。お疲れになったでしょう? 」


「そう、ですね。」


「フォールト様はもともと始まりと終わりの間の天使ではないのですが、よくミルニア様の様子を見に来てくださるんです。」


「そうだったんですか。」


にしてはこの始まりと終わりの間にとても詳しかった。

仕事のできる人は何でもできるのか。


「ミルニア様は素晴らしい天使なのですが、どうも天真爛漫で抜けている部分が多いのです。」


「大変なんですね。」


「それでもこんな私を置いてくれる、それだけで十分だったりするんです。」


ミルニア様のお側にお使えできて光栄です、と鷹尾さんは嬉しそうに言った。

ミルニア様には信頼されているんだろう。

そういえば、フォールトさんは鷹尾さんのことを朔と呼ぶ。

けれどもミルニア様は、


「アルミサエル。」


「え? 」


「どういう意味なんだろうってずっと疑問でして。」


鷹尾さんは真新しい黒の首輪に手を添える。

中央の飾りをそっと揺らすと目を細めた。


「……最近一人前の天使としてミルニア様が認めてくださったんです。天使になるには洗礼を受けなければならない、それでこのアルミサエルという名前を賜ったのです。」


「ミルニア様がつけてくださったんですか? 」


「はい、それでアルミサエルとはどういった意味なんですかと聞いたんです。そうしたら

『神の裁きの山』とだけおっしゃったのです。」


「神の裁きの山、ですか。」


「今はまだ意味を見いだせていません、それでもいつかこの意味がわかる日が来るんだと思っています。」


「……素敵ですね。」


ただ大変な上司と部下の関係に見えていたが、とてもいいエピソードがあるものだ。

なんだか少しうらやましい。


「高遠さんは契約を延期されたそうですね。」


「はい、いろいろと思う部分があるので。」


「よかったら相談に乗りますよ、私がここの天使の中で一番人間に近い部分がありますから。」


ゆっくりと心地の良い声低さでそう言われてしまうと本当に甘えてしまいそうだ。

今日会ったばかりの人に相談するのもどうかと思うけれど。

それでもなぜかこの人なら大丈夫だと思える。


「もしも一週間の執行でも幸せになれなかったら、僕は幸せになる資格が無いんじゃないかって思ったんです。そうしたら執行を受けるのが怖くなって……。」


「そうですか。では高遠さん、あなたは本当の幸せとは、なんだと思いますか? 」


本当の幸せ。

夢が叶うこと、なりたい自分になること、人と愛し合うこと……。

頭の中に沸いてくるものは確かに幸せではある。

それでも本当の幸せなのだろうか。

――いや、違う。


本当の幸せってなんなんだろうか。

本当の幸せを知らないのに僕は幸せになれるのだろうか。

もし知らないまま幸せを感じたら、それは本当の幸せではないのではないだろうか。


「わかりません。」


「ええ、私もです。」


「鷹尾さんもですか。」


鷹尾さんはゆっくりと深呼吸をしてからゆっくりと話し始めた。


「私はこの始まりと終わりの間に来たときに執行を受けるのを断った。自分の人生に幸せなんてないと勝手に思っていたからでした。それからミルニア様に救っていただいて、執行官になってから執行を受ける人々をずっと見てきました。人々は一週間経ってその日となりの本当の幸せを見つけて帰ってくるんです。みなさん幸せそうに天界に旅立っていきました。私はそれを執行官として見守ることしか出来ない。そこで私は後悔した、私も執行を受けていれば本当の幸せを見つけられたかもしれないのに、と。」


執行で本当の幸せを見つけられるかもしれない、か。


「だからあなたも後悔しないようにじっくりと考えてください。それまではいくらでもここにいていただいていいですから。」


「ありがとうございます。」


「さて、もう夜も更けてきました。よかったら寝る支度をなさってください。シャワーはそちらの扉です。必要なものは一式全部揃っていますから。」


「はい。」


鷹尾さんはベッドから勢いよく立ち上がって奥の扉に手をかける。


「私は奥の部屋を使いますからゆっくりなさってください。」


「何から何までありがとうございます。」


「いいえ、これが私にできる仕事ですから。それではおやすみなさい。」


「はい、おやすみなさい。」


そのままゆっくりと扉が閉まる。

一人で使うには広すぎる部屋。

何も考えずに眠りにつくことはできなさそうだ。


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