決断
実際にそのことが叶ったならば。
そう考えると悪くない。
そう思いながらテーブルのティーカップに手を伸ばす。
いい香りがする。
これはフルーツティーだろう。
ティーカップに口をつけて紅茶を含む。
「……。」
渋い。
それに鉄のにおいがする。
「あの、お口に合いませんでしたか? 」
鷹尾さんが悲しそうな表情をしている。
いや、全然飲めなくはないが……。
様子を見たミルニア様も紅茶を口にする。
「うーん、渋い。」
あー、僕が気を遣って言わなかったことを!
「そうですか、やっぱり私はこういうことは向いていないのですね。」
「アルミサエルは筋肉だからね。」
「そうですね。」
ミルニア様さらっと悪口を言ったような……?
筋肉って今の小学生も言わないような悪口……。
「紅茶はお下げしますね、さあお話の続きを。」
すばやくテーブルの上をきれいにすると鷹尾さんはまた部屋の奥に消えていった。
飲めなくはなかったんだけれでも惜しい。
頑張ってください。
「あとは高遠さんが受け入れるか否かだけです。」
ミルニア様は分厚い本をゆっくりと閉じながらそう言う。
僕が受け入れるか否か。
確かに美味しい話ではある。
それでも。
もしもその一週間に満足してしまったら?
――もとの人生を受け入れられるのか?
もしもこの契約を受け入れなかったら?
――幸せを知らないまま生きることになる。
もしもその一週間さえも幸せでなかったら?
――自分は幸せになる資格が無いのか?
もしも契約の中で戻りたくないと思ってしまったら?
――一週間の幸せを知らないほうがいいのでは?
考えられることがたくさんあった。
もちろんメリットは申し分ない。
でもデメリットも大きい。
「ミルニア様。」
「はい。」
「これは今決断をくださなければならないのですか。」
ミルニア様はゆっくりと首を横に振る。
「今までの人生、そしてこれからの人生をも左右する決断です。じっくり考えてもらって結構ですよ。
――ただ。」
『運命に導かれし者、汝は運命に抗うことは出来ない。』
「……はい。」
「私からは以上です。今夜はアルミサエルにお世話になってくださいね。」
ずっと疑問だったけれどアルミサエルってなんだろう。
聞き慣れない言葉だけれどもここでは何度も聞いたからだんだん違和感はなくなっていった。
あとで鷹尾さんに聞いてみよう。
「高遠さんの決意が決まったらまた会いに来てください。」
「わかりました、ありがとうございました。」
ソファから立ち上がるとちょうど鷹尾さんが奥から出てきた。
「ミルニア様、説明は終わったのですか? 」
「うんちょうど、今日は客間に泊めてあげてください。」
「承りました、さあ高遠さん行きましょうか。」
ミルニア様がまた小脇に分厚い本を抱えるのをぼうっと眺めた後、鷹尾さんに付いていく。
どうか客間もフォールトさんのデザインでありますように。