天使
鷹尾さんが部屋の中に声を掛ける。
かすかに高い声で返事が聞こえた。
僕はそのまま青白い部屋の中に通される。
部屋の奥にある入り口からふわりと白い羽が生えた女性が出てくる。
その人はゆっくりと僕のほうへ近づいてくる。
――なんて綺麗なんだ。
まるで「天使」のような姿のその人は僕の目の前に立つ。
そして優しく、ゆっくりと瞬きをする。
その白い肌に映える紅い唇がゆっくりと動く。
「ようこそ、始まりと終わりの間へ。」
僕はその人から目を離すことができなかった。
ゆっくりと瞬きをする彼女をただ見つめることしかできなかった。
「これは星たちの導き、あなたは強い星を持っている。」
彼女には似つかない首もとのチョーカーに手を添えると青白い光が辺りを包む。
僕は無意識にその青白い光に触れる。
落ち着くだとか、安心するだとか、なんだかもうそんな言葉では表せないほどだった。
「運命の渦に飲まれし者。運命に翻弄され、運命に抗うことのできない人の子よ。汝は何を望む? 」
正直なにも考えられなかった。
ただこの光が心地よかった。
彼女がもう一度チョーカーに手を沿わせると心地いい光はゆっくりと消えていった。
青白くて心地いい光。
その光が完全に消えるまで目が離せなかった。
目を閉じていた彼女はそっと目を開く。
そして柔らかく笑う。
紅い唇がまたそっと開いた。
「どう、そういう人っぽいでしょう? 」
「え。」
まるで悪戯が成功した子供のようにその人は笑った。
その無邪気に笑う人はさっきのあの人と確かに同一人物だった。
わけがわからない。
「あまりにもあなたが素敵なので少し意地悪しちゃいました。」
え、えっと……?
とりあえず状況が飲み込めない。
「アルミサエル。」
聞き慣れない単語を彼女が口にすると鷹尾さんが短く返事をした。
アル、ミサエル?
「この方にはどこまで説明をしてくれましたか? 」
「なぜ始まりと終わりの間に導かれたのかと一週間執行がなされることです。むろんすべてフォールト様が説明をしてくださったのですが。」
「そうですか、ありがとうアルミサエル。」
急にこんなところへ連れてこられてさぞ不安なことでしょう? と彼女は言う。
おそらくこの人が何者なのかわからないから不安、っていうのもある。
天真爛漫なこの人はいったい何者なんだろうか。
……天使だけに。
「高遠永雅さん、ひとつずつしっかり説明しますから。」
「なんで僕の名前を? 」
「言ったじゃありませんか、あなたが強い星を持っているから、です。」
強い星、か。
全く根拠もないけれど、こうやって死んだ後も厄介事に巻き込まれるあたり悪運の強い星なんだろう。
「おいミルニア。」
後ろの方から声が飛んでくる。
フォールトさんはこめかみの辺りを押さえながら溜息をついた。
壁に寄りかかりながら腕組みをしている。
「なぁに、フォールト。」
あくまで天真爛漫にふわふわとした雰囲気で応える。
この二人はどういう関係なんだろう。
わからないけどフォールトさんが猫をかぶっていない時点で親しいんだろう。
(もっともなぜ猫をかぶり通さないのかは謎だけれども。)
「あまり客人を困らせるな。」
「困らせてなんかいませんよ?」
またもや長い溜息が聞こえる。
慣れている人でも調子が狂うんだろうな……。
あんまり関わらないほうがいいのだろうか。
人付き合いって面倒なんだな……。
「……まあいい、俺は仕事に戻る。朔、ミルニアが暴走しないように頼むな。」
「フォールト様、あまり自信がありません。」
「直属の上司なんだ、ちゃんとお守りしろよ。」
普通逆なんじゃないか?
……ここではツッコミを入れているとキリがなさそうだ。
戸惑う鷹尾さんを置いてフォールトさんは扉を開けて出ていってしまう。
この神秘的な部屋にミルニア様(?)と鷹尾さんと僕の三人だけになってしまった。
ものすごく不安になってきた。
そんな僕を尻目にミルニア様は楽しそうに鷹尾さんに指示を出していく。
「アルミサエル、高遠さんを奥の部屋に案内してあげて。それに昨日買ってきたばかりの紅茶を出してあげましょう。ふふ、ゆーっくり話ができますよ。」
これが新手の詐欺だったらだいぶタチが悪い。