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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

よくあるゴブリンのお話

作者: だんごのこ

 人里離れた深い森の奥。

 日の光りも通さない薄暗い林地を抜けた先にある岩壁。その崖の下に出来た不自然な洞窟にそれはいた。


 人の子程度しかない身長に不衛生な緑の肌。真ん丸とした頭には小さな角が二本。獣の眼光に長々と伸びた鼻と牙の生えた口。その形容は一言で表すのなら醜いという言葉が妥当だろう。


 名をゴブリンという。

 力は強いが頭が悪く、動物的にしか行動できない魔物。希に、ゴブリンキングという強力なゴブリンが誕生し、その個体が指揮をすることがあるが、今は関係ない話だ。


 雄しかいないゴブリンには別種の雌を孕ますことが可能だ。人、動物、獣人、その他全ての雌からゴブリンの子供を産ませ、繁殖。受精してから妊娠までの期間は一か月弱と早いため、ゴブリンは異常な速さで増殖していくことが出来る。そうして群れを増やしていき、最終的には人間の軍にも匹敵する脅威となりゆる。

 その生体により、あるとあらゆる他の生命体から意味嫌われているゴブリン。

 果たしてゴブリンという生き物はなんの為に創られ、生まれたのだろう? 当のゴブリンにも真意は掴めない。

 ゴブリンはただ生きるため、本能に従って活動するだけだ。


 生まれた意味などどうでもいい。

 嫌われようが気にしない。

 殺されるなら増やせばいい。


 それがゴブリンという生き物なのだから‥‥‥。




「ギャァギャァ!」


 ゴブリン達が捕らえた雌を隔離しているドーム型の洞穴で、一匹の子ゴブリンが産声を上げた。

 母体である人族の女性は手足を太い蔦に縛られ、大の字に寝転がらされている。全裸で放置された女性の股には、先程産まれたばかりの子ゴブリンが錆びれた声を上げていた。


 母体は無理なお産の疲労からか、間も無くして気を失った。

 そして、母親の状態などお構いない産まれたばかりの子ゴブリンは、本能的に身体を動かし、母体の胸元まで這い上がると、貪るように母乳を吸出す。

 乳房には痛々しい歯形が刻まれており、これまでも子ゴブリンに母乳を吸われた事が見てとれる。幾度と無くゴブリンの子を出産しているのだろう。

 結果、意識のない女性の顔には生気は感じられない。

 死にたいのに死ねない。

 ゴブリンに捕らわれたが最後、生命の尊厳を奪われ、命尽きるまで同種を増やす道具と成り下がるのだ。

 人として、女性として、雌として、これ以上ない地獄はないだろう。故に、ゴブリンは殺すべき存在なのだ。




 ゴブリンの成長速度は早い。

 産まれて一週間もすれば子ゴブリンは立って歩き、狩りに出るようになる。

 身長も他のゴブリンと大差ない程に成長し、一端のゴブリンと同等に扱われる。


「ギャギャ」

「ギャギャギャ!」


 ゴブリン特有の鳴き声で意思疎通を取りながら、二匹のゴブリンが狩りを行うために初めて巣穴を出て森に入っていった。その手にはこん棒が握られている。森で拾った丸太を加工したも物だ。


 ゴブリンにはある習慣があり、食料を狩ってこれてこそ一人前と認められ、正式に群れの一員と迎えられる。繁殖力が高く、森の中では最下位の座に位置するゴブリンに弱い者を養う余裕はないのだ。


 そして、この二匹のゴブリン。どちらも生まれて二週間しか経っていない新人だ。この狩りを成功させなければ群れでの立場が悪くなり、食料が与えられなくなる。そうなれば、いずれは餓死してしまう。いくらゴブリンと言えど、死ぬのが怖くない訳がない。生きとし生きる者すべてに当てはまる感情だろう。

 強気の者が弱者を統べる。それが森の掟であり、生物の大原則であった。


 木々が鬱蒼と生い茂る森の中を、二匹は手探りで縦横無尽に突き進む。狩りの経験など皆無である新入りは、無い頭を精一杯回転させて獲物を探していく。

 木の葉や小枝を踏み潰しながら歩き、幾分かの時間が経過した時、先行していたゴブリンの鼻がヒクヒクと動いた。獣人程ではないが、ゴブリンの鼻は微かな匂いを嗅ぎ分けることができる。


「ギャ」


 獲物を補足したことを伝え、慎重に匂いがする方へ近づいて行く。

 地面に這うように伸びていた樹が途切れ、陽光が降り注ぐ小川が姿を現した。その片隅に、一匹のトライホーンが休憩がてら、長い首を下げて水分補給を行っていた。


 一見鹿のような体系をしているが、通常の鹿より身体が一回り大きく、頭から出ている二本の角は三本に枝分かれしている。列記とした魔物の一種である。


 トライホーンは魔物の中で脅威度が低い方ではあるが、それでもゴブリンよりは格段に強い。だが、そんな知識もないゴブリン達は、こちらに気付いていない事をチャンスとばかりに駆け出した。


 砂利道を駆ける足音をトライホーンの耳が捉えると、川水を飲む作業を中断し、ゴブリンを視界に収める。


「キュオオオオオオオオオオ!!」


 トライホーンが緑の小人に咆哮した。さしずめ、ゴブリン如きが我に襲い掛かってくるとは身の程を知れと言ったところか。

 それでも怖気着くことなくゴブリン達はトライホーンの目の前まで来ると、手にしたこん棒を同時に振り下ろした。

 瞬間、トライホーンは首を全力で横に薙ぎ払った。


「ギャッ!」


 ゴブリン達の渾身の一撃はトライホーンを捉えることなく、二匹揃って薙ぎ飛ばされる。地面を滑っていき、やがて勢いは止まる。

 鋼のように固い頑丈な角は喉元を抉らえ、一匹は首の骨を折られ息絶えて、もう一匹は唐牛で生きてはいるが、力の差を見せつけられて戦意喪失。恐怖で身体を震わせ、どうにか逃げようと地を這う。


 そこにトライホーンがゆっくりと近づいて行き———、


 グシャッ。


 前足でゴブリンの頭を踏み潰した。辺りは瞬く間に緑の血液で染められていく。

 トライホーンは何事の無かったように川に戻ると、ゴブリンの体液で汚れた足を洗い流し始めた。


 よくある日常。よくある風景。弱者は狩られ、強者が生き残る。

 誰にも知られることなく、二匹のゴブリンは骨となり、森の一部となっていくのだった。







 小さな村。人口三百の集落で、ある問題が発生した。ゴブリンである。

 隣接する森で大量繁殖したゴブリン達が食料を求め、人里に降りてきたのだ。

 事の始まりは些細な出来事だった。

 村人が寝静まった深夜。虫の音囀さえずる月下。森に一番近い畑に子供程度の黒い影が三つ、蠢いていた。こんな時間に子供がうろついている筈はない。つまりはゴブリン達であった。


 獣防止のため張られていた柵を無理やり叩き壊し、意気揚々と畑に侵入した三匹の醜い害獣は、その場で腹いっぱいに作物を食らい、手に持てるだけ持ったら闇の中へと消えて行った。


 そして翌朝。村人たちが作業を始めようと畑にやってくると、そこには作物が食いちらかされた形跡が無残に残されていた。

 柵を何かで殴られた痕跡と、壌土を踏み荒らされた足跡により、村人たちは犯人をゴブリンと特定。

 数匹程度ならば村人たちでも追い払うことが出来るが、相手はゴブリン。一匹いれば数十匹はいるとまで言われている厄介者だ。大した被害は出ていないが、村長は万が一に備え、冒険者を雇うよう、近くの町まで若い村人を遣わした。


 数日後、若い村人と一緒に五人の冒険者が村人にやった来た。

 前衛の男剣士、女格闘家、中衛の男シーフ、後衛の男魔術師、女神官の五人パーティーで、その胸には銅のタグをぶら下げてある。

 冒険者には階級という制度があり、下から銅、鉄、銀、金、ミスリルと五階級に振り分けられている。銅、つまりは冒険者試験に合格した新入りの冒険者を指す。

 ゴブリン退治を受注した五人の冒険者もその定義に当てはまり、今回が初めての依頼であった。


 新入り冒険者だけで大丈夫か、という不安の声はない。

 対象が最弱と称されるゴブリンであれば、新入りの冒険者でも難なく討伐できる範囲だ。なので問題はない。

 そもそも、自分たちが暮らすのに手いっぱいな小さな村に、高階級の冒険者を雇えるお金などあるわけもない。



 新入り冒険者たちは村長にゴブリン達の情報を聞き、頭に収めると早速森の中へと踏み入れた。

 男剣士、男魔術師、女神官、女格闘家と隊列を組み、その一寸先に偵察として男シーフが先行する。慎重に周囲を警戒しながら進んで行く。ある程度進んだ所で一旦集合して小休憩を挟む。

 ふいに、男剣士が森の様子が不自然に思い口を開いた。


「やけに静かすぎないか?」

「‥‥‥確かに。ゴブリンどころか兎一匹見やしないね」


 女格闘家が訝しい表情で返事を返す。かなり深い場所までやって来たが、これまでに生き物の影すら見ていない。これは明らかにおかしい。

 ゴブリン共は動物を狩り、血肉を食らう。いくら数が多かろうが、ここら一体の動物たちを狩りつくすことが出来るだろうか。常識的に考えれば、それは限りなく不可能に近いだろう。だが、それならどうして一匹も出会わない。

 名状しがたい不安がパーティーを襲い、背筋に寒気が走る。すると———、



「グギャギャギャ!」



 草むらから、三匹のゴブリンが飛び出てきた。


 ———足音なんかしなかったぞっ!


 近くにいた男魔術師は咄嗟に手に持った杖で殴り飛ばそうとを試みるも、近接戦が専門ではない魔術師には荷が重く、一匹に攻撃を防がれ、もう二匹が馬乗りになってナイフのような物で腹と心臓を貫いた。


「ぐふっ」

「サイラス!」


 一早く反応したのは男剣士。腰の西洋剣を鞘から抜き放つと、男魔術師を押し倒した二匹のゴブリンの首を切り払う。その隙に、もう一匹のゴブリンが横で放心している女神官に飛び掛かった。


「グギャ!」

「きゃああ!」


 後ろに倒れる女神官をゴブリンのナイフが的確に心臓部を捉え、襲い掛かる。


「させないよ!」


 が、遅れて動いた女格闘家がゴブリンの顎を突き上げた。鍛え上げられた肉体から放たれた打撃は、容易くゴブリンの顎を砕き、首をへし折り、上空へと突き飛ばした。重力に従い地面に落下したゴブリンは泡を吹きだし、白目を向いて倒れた。


「囲まれているぞ!」


 男シーフが短剣を握り絞め、焦りの色を滲ませて声を上げると、休む暇もなく全方位から合計七匹のゴブリンが現れた。


「ッチ! 撤退するぞ! 俺が道を開ける、ついてこい!」

「ま、待ってください! サイラスさんはどうするんですか!?」


 襲い掛かるゴブリンを男剣士が切り捨て、撤退の指示を飛ばすと、意識を取り戻した女神官が待ったを掛ける。

 サイラスの辺りは血の溜まり広がっており、その表情には生気を感じさせない。


 ———あいつはもう‥‥‥。


 男剣士は強く唇を噛む。新入り同士、特にこれといった理由もなくパーティーを組んで数日。出会って間もない男ではあったが、サイラスはいいやつだと男剣士は感じていた。これからいろいろな依頼を受け、一緒に成長していき、馬鹿して、騒いで、最高の仲間になったはずだ。

 だから、だからこそサイラスの死を無駄にしたくはない。絶対に敵打ちを取ってやる。


 しかし、今は撤退して体制を立て直すべきだ。理由は分からないが、この森のゴブリンは他のゴブリンとは何かが違う。計画的な行動。まるで誰かに指示されて動いているような。


 不確定要素が多すぎる。ここは念入りに作戦を立て直す必要がある。そうすれば、ゴブリンなど敵ではない。完璧に、容赦も情けもかけず殺してやる。

 男剣士はサイラスを視界に収めてそう心内で誓いを立てた。


「おい! 逃げるなら早くしないとやばいぞ!」

「分かってる! レリア、サイラスはもう駄目だ! あいつのためにもここは撤退するぞ!」


 男シーフと女格闘家が奮闘しているが、ゴブリンは増えてくる一方だ。殺しても殺しても沸いて出てくる。ゴブリンが最弱だろうが、いくら何でも数が多すぎた。いずれは体力の限界が訪れ、ゴブリンの波に溺れてしまう恐れがある。

 女神官は逡巡し、逃げることを決めると、サイラスに頭を下げて冥福を祈った。


「もう限界だ! 行くぞ!」


 男剣士が必死の険相で言うと、パーティーは森の出口に向かって走りだした。







 心臓の音が煩い。

 酸素が足りない。

 足が重い。


 けれど、ここで立ち止まってはならない。


「はぁ……はぁ……まだ、ですか?」

「もう少しだ! 頑張れ!」


 すぐ後ろで聞こえてくる轟音。それは数えきれないほどのゴブリンが追いかけてくる足音、奇声、息遣いによって作りだされている。

 恐ろしい。

 何の訓練もしていない大人でさえ一体一なら倒せてしまう魔物に、これほどまで恐怖を抱くとは思ってもみなかった。死にたくない。助かりたいが為に必死で足を動かした。


 だが、無情にもその願いは、一匹のゴブリンによって打ち砕かれた。



「グギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」



 狂気を孕んだ咆哮が、パーティーの前方から響き渡った。木々が揺れ、大気を震わす。大音量で放たれたお雄たけびは、パーティー全員を怯ませるのには十分だった。


 身体が縛られたように硬直し、足が止まる。地響きを立てながら、徐々に声の主が姿を現した。


「ゴブリン、キング‥‥‥」


 誰かがそう呟く。

 ゴブリンキングとは、ゴブリンの王であり、支配者であり、絶対的強者だ。

 身の丈三メートルにも及ぶ緑の巨体は筋肉で膨張しており、腰には薄汚れた布が巻いてあるだけ。手には、人間など簡単に押しつぶせそうな巨大な石で出来た大剣。ゴブリンをそのまま巨大化させたような風貌は、最早別の生き物であった。

 銀の冒険者が集まってやっと倒せる化け物を前に、全員の表情は恐怖で歪み、手足を震わせる。

 勝てる訳がない。

 微かに死を覚悟する中、男剣士だけは諦めてなかった。

 両手で持った剣を握り絞め、生きる道を考える。


(後ろにはゴブリンの軍勢。正面には化け物。どう考えたって全員が助かるのは無理だ。けど、誰か一人くらいなら生きて村まで逃げ切れるかもしれねぇ)


 誰かがこのことを知らせてくれれば、村に訪れる危機を救うことが出来るかもしれない。そうそれば、助けられる命は増える。

 元々一角千金を目的に冒険者になった男剣士に、そんな考えは柄ではない。だが、今ここで泣きべそ掻いて逃げ出し、生き残ったことろで、そのあと死んだ者達に胸を張って残りの人生を生きてけるだろうか。


 ———そんなの死んでも嫌だな。


 フッと笑みを浮かべ、男剣士は決死の面持ちで声を上げた。


「レリア! 俺が合図したら全力で村に向かって走れ!」


 男剣士は少しでも時間を稼げるよう、戦闘技術の高い者を残し、戦う術を持たない女神官を伝達役に選んだ。これで駄目なら仕方がない。


「で、ですが‥‥‥」


 男剣士の意図を理解したレリアは、強張った顔で男シーフと女格闘家を見る。

 二人ともこれが最善の手だと思い、反論を上げることなく頷いた。その表情には覚悟の色が窺える。

 しかし、レリアは気付いていた。二人の———いや、三人の手足が震え、今にも逃げ出したい気持ちを。それはレリア自身も同じであるから。だからこそ、皆の覚悟を無駄にはしていけないと思った。


 レリアも決意し、頷いて答える。

 男剣士はみんなの意思を確認すると、正面のゴブリンキングを見据えた。



「行くぞぉぉおおおおおおおおおお!!」



 地面を蹴り上げ、不敵な笑みを浮かべるゴブリンキングに突っ込む。

 体格差は歴然。正面でやり合っては勝ち目などない。ならば———と、迎え打つゴブリンギングに、腰に携えたナイフを投げつけた。

 ゴブリンキングは慌てる様子もなく大剣でナイフを弾き、男剣士に向かって大剣を振り下ろした。圧倒的質量で迫りくる大剣を、男剣士は横っ飛びで避け、右足目掛けて剣を振るう。

 だが、男剣士の斬撃は厚い皮膚に阻まれ、傷一つ付けることが出来なかった。


 ———固ったっ‥‥‥。だけど隙はできた!

 

「レリア、走れ!」

「は、はいっ!」


 途端にレリアは全速力でゴブリンキングの横を通り抜けようとするが、ゴブリンキングは逃がすまいと大剣を振りかざす。


「俺達を忘れてもらっては困るぜ!」


 男シーフがゴブリンキングの右目に短剣を飛ばして牽制し、女格闘家が右足に向けて回し蹴りを放つ。

 ゴブリンキングは大剣の軌道を変え、短剣を阻止。そして、足元にいる羽虫に向けて足を蹴り上げた。


「そんなんじゃ私は倒せないよ!」


 素早くバックステップで女格闘家は回避し、男シーフの場所まで後退した。

 その隙に、レリアはゴブリンキングを抜き去り、振り向く事なく出口に向けて足を蹴り動かす。


(皆さんに精霊のご加護がありますように‥‥‥!)


 パーティーが無事に生き残れるよう、泣き顔で祈りを捧げると、レリアの姿は森の木に阻まれて見えなくなった。


(行ったか‥‥‥)


 男剣士はレリアの後姿を見届け、ゴブリンキングを見据える。


「すまんな二人とも。俺の我が儘に付き合わせて」

「気にするな、いつものことだ」

「そうさ。それに、私たちはどんな時でも一緒だろ?」


 この三人は同じ村の出身だった。

 同じ年に生まれ、一緒に育ち、遊び、学び、同時に同じ夢を抱いた幼馴染み。三人はいつも一緒にいた。喜びも、悲しみも、楽しい時も、哀しい時も、一緒に分かち合った仲間。友だ。

 だから、絶対に覆せない絶望も、この三人ならどうにか出来るかもしれない。


 ───死んでやるものか。絶対に生き抜いてみせる。


 三位一体。

 腹をくくり、ここが修羅場だと、三人はゴブリンキング、ゴブリンの群れに駆け出した。




 ☆☆☆☆☆




 

 時は過ぎ、レリアは足元が覚束無い獣道を一心不乱に駆け下りていた。

 根っ子に躓こうが、蜘蛛の巣のように張り巡らされた小枝に肌を傷付けられようが、心臓が今にも爆発しそうなくらい音を立てようが、レリアが立ち止まる事はなかった。

 そして視界が開け、村の田畑が眼下に映る。


 ───あと少しだ‥‥‥。


 目的地を目の前に、レリアはなけなしの体力を振り絞って田畑を尻目に村人を探す。

 走り続け、村の広場に村人達が集まっているのが見えた。村人全員で昼食を取っているようだ。


 レリアが駆け寄ると、村長が只ならぬ異変に気付いたのか、村人達に食事の中断を言い渡してレリアに近寄っていく。


「そんなに慌ててどうしたのじゃ?」


 そう聞き、レリアが息を整えるのを待つ。

 見たところ他の仲間はいない。そして、必死の面持ちで息を枯らす女神官。村長は思った以上に状況が悪いのではないかと勘ぐった。


 レリアは胸に手を当てて呼吸が落ち着かせ、言葉が喋れるくらいに回復したところで口を開いた。


「ゴブリン、キングが、いました‥‥‥。みんな、私を逃がすために、囮になって‥‥‥」


 グッと唇を噛んで涙を堪える。

 ゴブリンキングを相手にして生き残る可能性はほぼ不可能だ。ましてや、ゴブリンの軍勢も同時に戦わなければならない状況。例え銀の冒険者だろうと生きて帰れないだろう。


 そんな絶望的な場面でレリアは一人逃げたしてしまった。いや、助けられたのだ。

 みんなに想いを託され、山を下り、村にたどり着き、危険を知らた。だけど、まだ助かった訳ではない。

 これからが重要なのだ。だから今は泣くときではない。自分の役目が終わるまでは気を抜くな。

 レリアはそんな思いを胸に、拳を握り締めた。


「ッ! それは真かっ‥‥‥!」

「はい」


 村長の言葉に頷いて肯定した。

 途端、聞き耳を立てていた村達が騒ぎ立てる。

 ゴブリンキングが誕生しているのなら、ゴブリン群れも尋常ではないはず。


 ある昔話にこういう話がある。

 幾千ものゴブリンを率いたゴブリンキングは、森を荒らし、村を襲い、沢山の人々を殺し、侮辱し、食らった。結果、幾つもの村と町が滅ぼされた。

 だが、人々も黙って見てはいない。勇者を先頭に、人族、獣人、エルフ、様々な種族が手を取り合い立ち上がった。

 三日三晩。無限のように沸くゴブリンを相手に苦戦を要した連合軍だが、力を合わせ、遂に親玉であるゴブリンキングを勇者が撃ち取った。それによりゴブリンは統率を失い、連合は完全なる勝利を納めた。


 これは空想ではなく実話だ。

 ゴブリンは醜く、頭も悪く、弱い。だが、時にして人々を恐怖に叩き込む潜在的能力を有しているのだ。それを忘れないよう、この昔話は今も親から子へと受け継がれている。

 だから、ゴブリンキングの存在が如何に恐ろしいものかを村人達は知っていた。


「静まれっ!!!」


 村長の声が村中に響き渡った。老体から吐き出された言葉により、村人達は口を紡ぐ。

 喧騒が聞こえなくなった所で、村長は詳しく話を聞こうと女神官の方を向く。


「して、状況はどうなんじゃ?」

「‥‥‥私の見解ですが、ゴブリンの数は優に百を越えると思われます。さらにはゴブリンキングの指揮により、統率の取れた行動をしています」


 最初の襲撃で男魔術師───サイラスを狙ったのは偶然ではなく、ゴブリンキングの指示によるものであると女神官は思っていた。

 現に、対人戦闘のセオリーでは、まず最初に後衛にいる魔術師、もしくは神官を狙う。ゴブリン達はそれを知っていたのではないだろうか。

 確証はないが、ゴブリンの行動がそう思わせた。


「事態は一刻の有余もありません。即座に村から退去した方がいいと進言いたします」

「‥‥‥そこまで危険が迫っておるのか」


 村長は眉間に(しわ)を寄せ、これからどうするかを思考する。

 村を捨て、違う場所に移るというのは簡単だ。だが、それは今まで築き上げてきた物を全て棒に降るという事に他ならない。家、畑、住み慣れた土地、思い出が詰まった故郷を見放す。けれど、村から逃げなければ命が危ない。

 命を取るか、村を取るか。究極の選択を迫られた村長を、村人達は怯えた表情で視線を向ける。


 そして、村長は決断を下した。


「村を捨てるぞ」


 村は廃墟となるだろうが、命には変えられない。時間は掛かるが、生きてさえいれば村は復興できる。

 村長の決断に、村人達は一斉に行動を始めた。







 聖国歴968年。

 聖国パルシュテルの南西に位置する村を、突如として襲ったゴブリン群れ。

 村は見るも無惨に破壊され、荒らされたが、幸いにも危険を知らせた女神官の活躍により、村人達は難を逃れた。

 その後、聖国から派遣された聖騎士軍の奮闘により、ゴブリンキング及びゴブリンの軍勢を駆逐。被害の拡大は未然に防げた。


 これはよくあるゴブリンの終焉。忘れ去られ、人々の記憶から消え去る物語。

 果たして、ゴブリンとは何なのか。

 それを知るものは神か悪魔か‥‥‥。

 いずれにせよ、この地に住む者全てにそれを知る術はない。


 そして、また何処かでゴブリンは息を潜め、着々と力を蓄えている。

 ゴブリンがこの世からいなくなることはない。


 もしゴブリンが絶滅する時があれば、それは世界の終わりの時。

 ゴブリンは切っても切り離せない存在。

 それが例え意味もない暴力を行おうが、恐怖を植え付けようが、全ての生命体から嫌われようが関係ない。




 ゴブリンとはそういう存在なのだから───。




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