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第七話:赤い折檻

 赤い固体を「恒常」がむさぼる。

  赤い液体を「恒常」がすする。

   赤い気体を「恒常」があびる。

 赤い個体を「恒常」がつらぬく。

  赤い疫体を「恒常」がはらう。

   赤い期待を「恒常」がぶちこわす。


 ■ ■ ■


 「白波荘」へ来るのは今日、二回目。

 一回目はユウちゃんの部屋。

 二回目は不破の部屋。

 今、私は不破の部屋の前にいる。このドアの向こうには不破がいる。あいつは絶対に部屋にいる。私がユウちゃんの部屋に入ったときを除いて、絶対、あいつは一歩も外には出ていない。

 事が露見するのを恐れているのだ。部屋にいれば居留守が使える。いない振りをすることが出来るし、最終的には朽ち果てることも出来るし、自分で自分を殺すことだって出来る。そもそも、ユウちゃんの首を切り取っておいて死体をそのまま放置するあたり、臆病者か余程の計画を立てたものの犯行(不破はわざと、ユウちゃんと同じアパートに住んだが、それはあくまで自分の物にするだけに過ぎない幼稚な計画)だと言うことが分かる。写真にとって見たのは、臆病者が人を殺した優越感と言うか達成感と言うか、調子に乗ったついでで撮ったに過ぎない。私の元へ送ったのは、電話帳で一番に名前が来るからだ。

 「いいくらほのか」。ユウちゃんは電話帳登録のとき、フルネームで登録する。一度、電話帳を見せてもらったが、「あ」の付く人の登録は無く、「い」の「いいくらほのか」――私が先頭に来ていたのを覚えている。

 私は、周りにいる人からも分かるのではないかというほど、怒りをこめていた。目は睨み、口は笑い、肩は上がり、手はバッグの中にある「恒常」を握り締めていた。

 片方の手でドアをノックする。

 コンコン――いや、擬音にするならゴンゴンがあっているかもしれない。

 一つ一つの行動に憎しみと怒りがこめられているのが自分でも分かる。さっきから、制御が効かないだの何だのと口走っているが、糸が一本になったところで、私は自分を制御することが出来た。制御と言っても制止するほうではなく、ゴーサインを出すほうの制御。完全にスイッチは入っているのだ。

 ……。

 中から、返事も無ければ物音もしない。

 私は、ドアノブに手をかけ回してみた。鍵は開いている。少し開けたドアの隙間から。

「不破さーん!?」

 とわざと大きな声を出してみる。

「いらっしゃいませんかーーーー!?」

 声にはやはり、憎しみと怒りがこめられている。部屋の中にかすかに響く私の声。

 ――かたり。

 と物音がしたのを私は聞き逃さなかった。

「不破さん!?」

 再び私は、あいつを呼んだ。さん付けしたくない。

「不破!」

 思い切って呼び捨てにしてみた。こちらのほうが憎しみと怒りがこめられているように聞こえる。

「いるんだろ? お前はこの部屋の中にいるんだろ!?」

 私は、あまりに反応が無い不破にキレた。

「いい加減にしろ! お前は一人人間を壊しているだろう?」

「……」

 かすかに人の気配がする。やはり不破はこの部屋にいた。

「わかったよ……」

 奥のほうで、低い声が聞こえた。どうやら不破らしい。

 足音が聞こえた。こちらに向かっているらしい。

「あまり怒鳴らないでくれ。頭が痛い」

 こちらに向かってくる長身の男。不破は痩せ型で身長が高い。髪はぼさぼさとしていたが、眼鏡をかけた顔立ちは整っていた。

「お前に、そんなこと言う資格なんか無い」

「何故?」

「人を壊しているからだよ」

「? よく分からないなぁ。俺が人を壊してるって?」

 不破は呆れたように言い返す。その様子に私のほうが呆れ返りそうだった。

「お前、片里悠美――いや、戸田優美って女の子、知ってるよな?」

 明らかに女が使う口調ではない。

「――!?」

 私の質問に反応する不破。

「そうだよ。虐待を受けて、児童保護センターに小学六年生まで保護されていた――お前が犯した子だよ!」

「――止めろ!!!!」

 不破は、私の言葉と重ねるように怒鳴った。しかし、その怒鳴りにも私はたじろぐ事は無かった。

「知ってるよな? お前の上にその子が住んでいることは」

 不破はうつむいている。

「こっちを見ろ! 私の目を見ろ! ちゃんと――私の目を見て全てを話せ不破!」

 不破はやはりうつむいたままだ。少し顔を上げるそぶりは見せたものの顔は伏せている。

「戸田――ユウちゃんの携帯を使って、私に写真を送ったろ?」

 不破はチラリとこちらを見た。

「ああ、君が飯倉か」

 とぼそぼそと言った。

「そうだよ。お前が壊したユウちゃんを見た奴だよ! それが私だ!」

 自分で何を言ってるのかわからなくなってきた。

「お前、一度ユウちゃんを引き取った片里さんの家に行っているな。何故行った?」

「……を聞くために」

「聞こえねえよ!!!!!」

 私はドアを叩いて怒鳴った。もう、この私は私じゃない。他の誰かだ。そう思えるほどに、憎しみと怒りに満ち溢れていた。

「住所を聞くためだ……」

「ユウちゃんの部屋のな。そして、お前はユウちゃんの部屋の下が空いていることを調べ、そこに住むことにしたわけだな。何故そうした?」

「優美ちゃんのことが忘れられなかったんだ」

「意外と素直だな。じゃあ、あと三つほど質問する。ちゃんと答えろ」

 不破はうつむきながらも頷いた。

「まず、一つ。お前は保護センターにいたときに、そこで会ったユウちゃんを犯したか?」

 コクリ。頷き。

「二つ目。何故、殺した?」

 不破はピクリと反応した。否定でもするか?

「最初は……殺すつもりなんてなかった。本当は謝るつもりだったんだ」

「謝る? 犯したことをか?」

「ああ、忘れられなかったのはあの時の罪悪感からだ。ずっとずっと後悔してたんだ」

「それで、下の部屋に住み、いつでも謝れるようにしていたんだな?」

「ああ」

「じゃあ、何故殺した?」

「謝ろうと、優美ちゃんの部屋に行ったんだ。そしたら、顔が青くなって、後ろへ後ずさりして、ガタガタ震え始めたんだ」

 そりゃあ、そうだろう。過去に犯された経験があるんだから、恐怖心ぐらい植えつけられているだろう。

「しばらくすると、優美ちゃんは奥の台所へ行って、包丁を持ってきたんだ」

 ユウちゃん。この男を殺すつもりだったのか。まぁ、こんな男に生きる価値なんてないけど。


 ■ ■ ■


「出てって!」

 悠美が包丁を握り締め、その切っ先を不破に向けている。

「おい、止めてくれ。俺は謝りに来ただけだ」

「謝る? 今更?」

「ああ、遅くなっちゃったけど……」

「ふざけないで! 今更謝りにきて、私にどうしろっていうの!? また犯す気なの!? 片里のおじさんのところへ引き取られてから、もう会うこともないだろうって思っていたのに! 恐くておじさんにもおばさんにも相談できなかったけど、もう会わないって分かった時点で凄く喜んでたのに! 今になって、あんたに会うとは思わなかったわよ!!」

 言葉が不破に突き刺さる。

 そして、不破は悠美に近づいていった。

「止めて! 来ないで!」

「……」

「ひっ!!!」

「俺は、謝りに来ただけだ――全てを謝りに来ただけだ」

 その顔は悪魔のそれだ。もう、

「や!」

 不破を、

「め!」

 誰にも、

「て!」

 止められなかった。

 包丁を奪われ、丸腰になった悠美。床を這いつくばって逃げる。急いで逃げるが、ガタガタ震えて思うように進まない。

 悠美は部屋に入り、ドアを閉めようとした。

 しかし、目の前には包丁を持ち、不敵な笑みを浮かべる不破の姿があった。

 床にしりもちをつく悠美とその悠美に近づく不破。

「謝りに来ただけだったのに……」

 そういうと、包丁を。

 悠美の腹部に。

 深く、深く刺した。

 刺したというより突き破った感じだ。

 鮮血が吹き出す。赤い赤い。

 赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い――液体が(ほとばし)る。

「――――――ッッッ!!!!」

 あまりの激痛に言葉が出ない悠美。それでも不破は包丁をぐりぐりと回しながら奥へと刺していく。

 事が全て終わったとき、不破はやっと理性を取り戻し、悠美の死体を見て動揺し愕然とし驚愕し唖然とした。

 俺は、なんて事をしてしまったんだ。後悔先に立たず。全ては終わってしまった後だった――しかし、何故か人を一人殺したと言う、達成感。臆病だった自分が一人殺したという変な勘違いが生まれていた。

 不破は自分の部屋に戻り着替えようとした――普通の理性。

 しかし、それよりも先に手にしたのは鋸だった――異常の理性。

 その鋸を手に持ち、不破は再び、悠美の部屋に入っていった。

 悠美の首と胴体を切り離し、近くに落ちていた悠美の携帯を見つけ、その頭を撮り――洸の携帯へと送信した。

 その後、不破は部屋に戻り、それから服を着替えた。


 ■ ■ ■


「――なるほど」

 私は、ことの一部始終を聞いて呆れた。

「じゃあ、三つ目の質問――」

 私はうつむいた不破の髪を鷲づかみにし、無理矢理顔を上げた。そして、



「同じようにして欲しいか?」



 と言った。

 不破は私の手を払い、後ずさった。

 私はバッグの中から「恒常」を取り出した。

 不破はガタガタと震えていたが、私は返答を待たずに「恒常」を。


 ――不破の腹部へとうずめ、突き破った。


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