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第六話:赤い補完

 鋏で切られた糸をまた繋げてみてください。

 ――簡単じゃないですか。

 どうするのです?

 ――切られた糸と糸とを結べば良いんじゃないですか。


 □ □ □


 平川さんがユウちゃんから聞いたことが本当であるとするならば、私はとんでもない思い違いをしていたことになる。別に松田がユウちゃんを殺した犯人だったとして、奴が死んでいようが生きていようが、最終的には同じ末路へと送ってやるつもりだった。だけど、安息の地で地獄と言うものをユウちゃんに与えた者がいたとは誤算だった。

 不破朋之(ふわともゆき)。当時二十四歳の男が、ユウちゃんを嬲り毎日のように地獄を見させていたという。ユウちゃんは当時十一歳。未成年者に対する性行為は、相手の同意を得たとしても犯罪である。それ以前に、同意が無かったと言うことでは強姦罪になる。

 なんて男だ。

 平川さんと別れてから、私の怒りは沸々と沸き、腸は既に煮え繰り返っていた。何としてでも、不破の居場所をつきとめ、事の真相を聞きだしてやる。そう決心していた。今日、二回目の決心である。一回目はユウちゃんが殺されたことに対する真相をつきとめること。二回目は不破が過去に犯した罪に対する深層を聞き出すこと――いや、三回か。もう一つの決心は――。

 ――不破の犯した罪が事実だった場合に、奴に鉄槌を下すこと。

 犯罪なのは分かっている。傷害罪、殺人未遂罪、殺人罪……何が適用されるかは分からないが、おそらく傷害罪にはなるだろう。私の中では、その三回目の決心は曲げられない物になっていた。

 もう、自分でも歯止めが利かないほどに、無意識に動いていた。

 平川さん曰く、「不破は一度、片里さんの家を訪れている」とのこと。

 私は、再び片里さんの家へ行くことにした。


 足は無意識に、自分の理性は正常だと自分に言い聞かせながら、電車を乗り継ぎ、片里さんの家へ行く。どれほどのスピードで片里さんのところへ向かったのかは知らない。

 私の家と松田の家とでは、片里さんの家が丁度、真ん中の位置に存在している。電車の走行距離もほぼ一緒(あくまで、この情報は後で調べたことだったが、それをはじめて知ったとき何故か、自分の中では悔しさが溢れていた)。だから、所要時間はほぼ同じになるはずだったが、約十五分ほどの時間が短縮されていた。無意識だったが、足早に、もしかしたら走って片里さんの家に向かっていったのかもしれない。

 片里さんの家のインターホンを押す。今日二回目だ。

「はい」

 美里さんの声が聞こえる。

「あの、度々すみません……、飯倉です」

 ああ、迷惑しているだろうなあ。そう、思ったのだが、

「あら、ホノちゃん。どうしたの?」

 と、美里さんは優しく返事をした。

「一つお尋ねしたいことがありまして」

 私は、そういった後、一息おいて静かに言った。

「不破と言う男について聞きたいんです」

 と。

「不破……? ああ、保護センターの人ね」

 美里さんはしばらく間を置いて、思い出してから反応した。どうやら、不破が来たのは結構前のことらしい。

「あの……」

 と、言い出そうとしたら、ガチャリと音がした。インターホンを切られたらしい。美里さんの反応とは打って変わった状況に、少し戸惑った。だが、

 美里さんは玄関まで出てきてくれた。そして、

「ちょっと上がってらっしゃいよ」

 と、手招きして私に上がるように促した。

 私は「はい」と短く返事をして、片里さんの家へ入っていった。

 玄関で靴を脱ぎ、リビングに通された。

 ああ、懐かしい。久しぶりに着たけれど、物の配置は全く変わっていない。

「ごめんなさいね、散らかってて」

 と、言う割には綺麗に片付いている。私の家とは大違いだ。

「今、お茶を入れるから座って待っててちょうだい」

 美里さんはそういうと、台所の方へと行った。

 凄く聞きづらくなってきた。そもそも、美里さんは変に思っていないのかなぁ。突然、ユウちゃんの住所を聞きに来て、しかもそんなに時間が経っていないうちに、今度はユウちゃんのことじゃなくて、かつて、ユウちゃんがいたところの人間についてを聞きに来たのだから、少しは疑問に思うだろう。しかし、全くそんな素振りも名なく、美里さんはお茶を持ってきてくれた。

 美里さんは座って、ふふっと笑った。

 ――しかし、苦笑いだ。

「不破さんについては、悠美から聞いたのね」

 美里さんは、私を見て聞く。

「はい。高校二年のときに……」

「何で会おうと思ったの?」

「保護センターでよく遊んでもらったということを聞いていましたし、優しい人で、今度会あわせたいって言ってましたから。悠美ちゃんを誘って、その不破さんに会ってみようかと」

「なるほどね。じゃあ、教えてあげるわ」

 美里さんは、メモ帳とペンを持ってきて、不破の住所を書き始めた。それにしても綺麗な字を書く。

 ――!?

 そんなっ!

 そんな馬鹿なっ!

 美里さんがメモ帳に書いた住所に私は驚愕した。


 ――白波荘一〇一号室。


 不破は丁度、ユウちゃんの部屋の下に住んでいたのだ。もしかしたら、犯人がすぐ近くにいたのかもしれない。

 私は、ユウちゃんの部屋での出来事を思い出した。

 ユウちゃんの死体を発見したときに、突然玄関のほうで物音がしたのを。

 あれは、ポストに郵便物が入った音じゃあない。よく考えてみれば、あのアパートのポストは階段のところにまとめてある。ドアにポストが付いているタイプではなかった。

 では、あの時の物音は何だったのか。

 ――不破だ。不破が部屋を確認しに来たんだ。ドアノブを回してみたら、鍵が開いていた。その時に、中に入らなかったのは自分の姿を見られないようにするためだ。不用意に行って出くわしたときに、対処に困るからだ。殺せば全て済むが、証拠を隠滅する計画を練っていない分、襤褸(ぼろ)が出る。

「どうしたの? ホノちゃん」

 美里さんに呼ばれて、ハッとする。

「あ、いえ」

「はい。ここが、不破さんの住所。でも、面白いわよね。悠美と同じアパートに住んでいるだなんて。なにか、運命的なものでもあるんじゃないかしら」

 運命的なもの。

 それは、殺す側と殺される側がほんの少しの距離に位置してしまう運命。

 いや、これは運命なんかじゃない。

 全ては、不破の計画だ。

 全ては、不破がユウちゃんを侵して冒して犯すための計画だ。

 運命なんて、そんなロマンチックなものじゃない。


 帰り際。私は、

「ありがとうございました」

 と、美里さんにお礼を言った。

「そんな、とんでもない。悠美と仲良くしてもらってるだけでも、私たちにとっては十分嬉しいことなんだもの」

 美里さんは、笑顔でそう言った。

「それじゃあ、失礼します」

 私が去ろうとしたとき、

「ホノちゃん」

 と呼び止められた。そして、

「悠美に、『今度こっちに帰ってきて、顔を見せて』って言っておいてちょうだい」

 と言われた。

 私は、

「ええ、言っておきます」

 と答えて、片里さんの家を後にした。


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