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第五話:赤い転換

 深層にありそうで上層な真実。

 中心にありそうで腐心な誠実。

 熟知していそうで無知な現実。

 感泣していそうで無感な虚実。

 真実の向こう側の不実な口実。


   ■ ■ ■


 私は声を失った。突然、予想だにしていなかった現実を、目の前に叩きつけられた。

 松田が事故で死んでいた? 一年も前に? 何だそれは。何かの冗談かと思った。しかし、この真実だけは曲がりもしないし、歪みもしない。

 横断歩道を渡っていたとき、左から来たタンクローリーに轢かれたのだという。ただ、この時の犯人は以前捕まっておらず、松田自身が関わってきた、「特殊な団体」の一人に殺されたのではないか。という話が絶えなかったようだ。

 それにしても、松田の最後が非常に呆気無さ過ぎたのが腑に落ちない。癪に障る。ユウちゃんをあんなに傷つけたのにも拘らず、タンクローリーに轢かれただけという、あまりに普通過ぎる最後はどう考えても腑に落ちない。腹が煮え繰り返る。

 私は、私の心の中で「残酷」という芽が出ていたような気がした。松田の轢かれた時の状況はどうだったとか、苦悶の表情を浮かべていたのかとか、そういう変な妄想が膨らんだ。私は、どうやら壊れてきているようだ。

 もしかしたら、それはさっきのユウちゃんを見てからそうなったのかもしれない――いや、それ以前か。出かける際にバッグに――を入れた時点で、もう私は壊れていたのかもしれない。

 どうやら、全ては振り出しに戻ったようだ。あがり直前の「ふりだしへ戻る」を踏んだときのあの悔しさのような――いや、あんなものとは比べ物にならないほどの悔しさが込み上げてきた。果たして真実と言うものが、各人の元へ正常に降り立っているのかを疑った。何のために、ユウちゃんの死体のある、ドロドロとした空気が漂う、あんな部屋へ行ったのかよく分からなくなってきた。

 しばらく、私は松田の家の前で突っ立っていた。全ては、ここで終わると踏んでいた為、その後のことを考えていなかったのだ。まさか、こんなことになるとは思ってもみなかったから、次の行動が見えないのである。

 ああ、ユウちゃん……ゴメンね。結局、助けてあげられなかったよ……。

「あれ? 飯倉さん?」

 と、不意に誰かに声をかけられた。私は声のした方に振り返る。

 そこには、一人の女性が立っていた。どこかで見たことあるような顔……。

「平川さん?」

 平川さん。平川華(ひらかわはな)さん。私と同じ高校に通っていた。背の高い女の子。

 私は、あまり平川さんとは話をしたことが無かった。どちらかと言うと、ユウちゃんと仲が良く、私と話をしていないときのユウちゃんは大抵、彼女――平川さんと話をしていた。もちろん、ユウちゃんは他の子とも仲がいいし、男子ともよく話をしていた。

 約二年ぶりに平川さんを見たけど、あまり変わっていない。

 久しぶりに会ったということで、近くの喫茶店で話をすることにした。

 喫茶店は、店内が明るい感じで、それでいて掛かっているレコードはいかにも古そうな曲。マスターは髭の似合う初老の男性。にこやかでとても温厚そうで、髭を生やしている割に可愛らしい人。そして、店内に漂うコーヒーのいい香り。今日、初めて落ち着くことが出来そうだった。朝起きて、すぐにあんなメールが届いて、すぐに出かけたから、落ち着く余裕なんて無かった。

 私はカフェオレを、平川さんはコーヒーを注文した。可愛らしいマスターが「ちょっと待っててね〜」と言って、調理場に戻る。

「久しぶりだね」

「二年ぶりってとこかな?」

 と、久しぶりに会った人たちがするような会話から始まった。

「平川さんは、今何やってるの? 就職?」

「私、家が花屋なのね。だから、今はフラワーアレンジメントの勉強をしてるの」

「へぇ。じゃあ、専門学校か何かに?」

「うん」

 平川さんとこんなに話をしたのは初めてかもしれない。高校のときは、滅多に話する機会が無かったし、共通点と言えば、よく話をする相手がユウちゃんだったということだけだ。

「ところで」

 平川さんが、突然話を変える。

「飯倉さん、あそこで何をやってたの?」

 やっぱり来たか、その質問。聞かれるとは思っていたけど……。

「……」

 仲良くしていた平川さんに、言い辛い。ユウちゃんが死んだなんて言い辛い。彼女、どれだけ悲しむだろう。何とか、有耶無耶にしたい。

「前に、あそこに知り合いが住んでたんだ」

「悠美ちゃんでしょ?」

 ズバリと当てられた。そりゃあ、よくユウちゃんと話をしていたから、前にあの家に住んでたことぐらい聞いてるはず。普通に言えば良かった。

「あそこにいたのは本当に偶然だったの。そういえば、この家、ユウちゃんが前に住んでた家だったって聞いたことあるなあって思って」

 と、口から出任せを言った。最近、本当に嘘をつくことがうまくなって困っている。自分の制御をうまくしないといけないのにね。

 すると、

「お待たせしました〜。カフェオレとコーヒーね〜」

 と、マスターが注文した物を持ってきた。私はカフェオレを一口飲んだ。甘くて美味しい。

「そういえば、飯倉さんと悠美ちゃんって、よく話をしてたよね。結構仲良かったの?」

 平川さんがコーヒーを一口飲んだ後、聞いてきた。

「うん。中学三年から話し始めて、そこから友達になったの」

「へぇ。中学も一緒だったんだ。じゃあ、悠美ちゃんからいろんな話を聞いて来たわけだね」

 暫しの沈黙。

「じゃあ、悠美ちゃんの過去も?」

 平川さんの顔が一気にきりっとした。凛々しい表情。だけど、その奥には悲しみが潜んでいた。

 私はこくんと頷いた。声には出さずに。

「私、悠美ちゃんと仲良くなったのは高校二年からなんだけど、いろいろ悠美ちゃんから聞いたの。昔、虐待されてたこととか、児童保護センターにいたこととか」

 平川さんもユウちゃんから、過去の話を聞いたらしい。その内容は優ちゃんが私に話してくれたことと同じ物だった。ただ、

「親戚の人に引き取られる前の名前が戸田優美って、全然違う名前だったのよ」

 とか、

「児童保護センターで保護されたときにも、酷い事があった」

 など、私が知らない内容が飛び出した。

 保護センターにいたときも「イヤだった」とは、聞いていたけど、酷い事があったということは聞いていない。もとより、前の名前を知らなかった私にとって、驚きとちょっとした嫉妬心があったのは言うまでもない。

「保護センターにいたときの酷い事って?」

 私が聞くと、平川さんはハッとした表情をした。平川さんって結構口軽いほうなのかもしれない。内緒事をぽろっと喋っちゃうような、そんな感じ。

「あ……。まぁ、飯倉さんも悠美ちゃんから結構、そういう話を聞いてるから、話しても大丈夫かな」

 平川さんはそう言うと、

「保護センターで保護されたとき、悠美ちゃん、なかなか周りの子と馴染めなかったんだって」

 と語り始めた。

「そこで、不破(ふわ)って言う保護センターの職員の人に遊んでもらってたんだって。一人じゃあ可哀想だからって。でも、その不破って男、まだ小学生だった悠美ちゃんを……」

 また、暫しの沈黙。

 まさか。

「……犯してたんだって」

 ……。保護された先でも、松田と同じようなことをするやつがいた――不破。当時二十四歳。

何のための児童保護センターなのか、子供を守り、育てるための親的存在の施設じゃないのか。何故、心に傷を負った子の傷をさらに深めるようなことをしたのか。

 私の中で、怒りと憎悪とが入り乱れた。


 帰り際、平川さんに聞かれたことがあった。

「悠美ちゃん、今何やってるか知ってる? 卒業してから全然連絡とってないから、今どうしてるのかなって」

 私は、その質問に対して。

「元気にしてるよ。大学にも通ってるんだって」

 と、嘘をついた。

 全く、本当に嘘をつくことがうまくなって困っている。


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