第二話:赤い悲観
あの子とあいつが会ってから、あの子は一気に崩された。
あの子とあいつが話してから、あの子は一気に汚された。
あの子とあいつが暮してから、あの子は一気に傷ついた。
あの子とあいつが離れてから、あの子は一気に煌めいた。
あの子とあいつが再開したら、あの子は一気に……。
□ □ □
あの写真から判断できたことは、ユウちゃんは殺されたということと、殺した犯人の性別が男であることだった。
ユウちゃんの顔と体。そのユウちゃんの頭を持っていた手は毛深く、大きく、明らかに男の手であったことから、二つの予想は付いた。しかし、ユウちゃんを殺した犯人が分からなかった。一体、誰があんな酷いことをしたのだろう。
私はユウちゃんの家へ行ってみることにした。つまり、ユウちゃんの親戚の家だ。高校時代に何回か遊びにいったことがある。引っ越していない限り、行けば何か分かるかもしれない。
私は、一時的に涙を止めた。人間、何かをやらなくてはならないとき、ある程度の制御が出来るらしい。――の決断が出来た私はもはや、自分でも止められなかった。涙をとめることは出来てもその衝動は止まらないらしい。後悔しなければ良いぐらいにしか思わなかった――いや、絶対に後悔しないという自信のもと動いたのかもしれない。
私は外に出た。まずは、最寄の駅へ向かう。高校では仲良くしていたが、ユウちゃんの家は遠く、電車を乗り継いでいかなければならない。だから、お互いの家へいくのは滅多に無かった。泊まりに行ったこともあったが、一度きりだった。
最寄り駅から電車に乗る。その時気づかなかったが、私はショルダーバッグを持っていた。そのバッグの中には――と携帯が入っている。他には何もない。その二つだけがあれば十分だったように思う。ずっしりと重い――と、あの忌々しい写真の保存されている赤い携帯。その携帯でさえも重く感じた。それだけ、あの写真は惨く、酷く、残忍な物だったのだ。
電車の窓から見える景色は、自分の目に入るものの、何も感じさせなかった。
中吊りの広告は、自分の目に入るものの、何も感じさせなかった。
自分の荷物は、自分で管理しているものの、何を感じさせたのか分からない。
ただ、そこには「恒常」の物体が二つあるだけとしか考えていなかったのか、――をどう使おうとかしか考えていなかったのか、それが私の中では混沌としていた。
電車に揺られること十五分。ようやく、ユウちゃんの家の最寄り駅に着いた。そこからは自然と足は動いていた。私の意思とは関係なく、意志だけで動いていた。バッグの中からは「恒常」同士がぶつかる音が聞こえていた。
ユウちゃんの家は大きい。初めて行った日もそんなことを思った。表札が掲げてあった。「片里」という表札。
親戚に引き取られたユウちゃんは――片里悠美となった。それまでの名前は捨てたという。だから、中学三年以前の名前は分からない。苗字も名前も違うかもしれない。でも、私の中では昔も今も同じ「片里悠美」――ユウちゃんでしかなかった。どんな過去があろうとも、どんな境遇にあろうとも、ユウちゃんはユウちゃんでしかない。
インターホンを押す。すると、
「はい」
と女性の声が聞こえた。この声は聞き覚えがある。ユウちゃんの親戚でもあり、お母さんのような存在でもある、美里さんだ。
「お久しぶりです。飯倉です……飯倉洸です」
私は、そう答えた。
「あら、ホノちゃん? 久しぶりね。ちょっと待っててね」
とても明るい、美里さん……もしかして。
しばらくすると、ドアが開いた。前と変わらない美里さんがそこにいた。私の姿を見ると、笑顔で、
「久しぶりね〜。元気にしてた?」
と言ってくれた。でも、私はそんな美里さんに対し、
「はい」
としか答えなかった。そして、
「あの、ユウちゃんは……」
と美里さんに聞いた。それでも、美里さんは笑顔で、
「悠美なら、今は独り暮らしをしているの。大学に通っているから、近いところに住みたいって言って」
と、教えてくれた。
一人暮らし。やっぱり、美里さん……。
「最近、ユウちゃんから連絡来ました?」
と美里さんに聞くと、美里さんは笑顔を寂しそうな顔にして、首を横に振った。
「電話をしてるけど、出ないのよ。昨日も、行ってみたんだけど、留守だったみたいで。どうしてるのかしら」
と美里さんは言う。
美里さんは、ユウちゃんがどうなったか知らないようだ。ということは、大学からも連絡が来ていないようだ。
「大学は何日か休んでたんですか?」
「それが分からないのよ。あの子、最近連絡しないし、こっちにも帰ってこないから何をしているのかも分からないのよ」
やっぱり、美里さんは何も知らないようだ。
「今は、どこに住んでるんですか? ユウちゃん」
私は、美里さんにユウちゃんの住所を聞いた。美里さんは「ホノちゃんなら、会ってくれるかもしれないね」と言って、住所を教えてくれた。本当に優しい人で、最寄り駅やバス停も丁寧に教えてくれた。
「また、今度、悠美がこっちに帰ってきたら、遊びにいらっしゃい。また、皆でご飯食べましょ」
と、美里さんは優しく言ってくれた。その優しい言葉が凄く、辛かった。言えないよ。ユウちゃんがあんなことになったなんて。口が裂けても言えない……言っちゃいけない。これほどまでに優しい人が、そんな真実を知ったら、簡単に脆く崩れてしまう。言っちゃいけない。言えるわけが無い。
止めたはずの涙が出そうになって、慌てて制御する。駄目だ。早く、ここから立ち去らないと……。
私は、
「はい」
とだけ答え、美里さんに別れを告げた。「また、今度……」と真実のような嘘をついて……。